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3年後ー結婚式

 予定からどれくらい過ぎたのだだろう、チャペルの扉は閉まったまま、静まり返った廊下には私一人。朝になっても、現地を出発したとの連絡は入らず、彼の現在地は不明のまま。予定通りの飛行機に乗っていれば、もう着いているはずなのに。

 久々に実物みて幻滅されたのかもしれない、すっぴんに猫耳……だったし、彼がこの3年間見ていた写真は、プロがメイクして、プロがとってくれた写真のなかから、さらに選ばれた写真だったわけで、いまだにこの人誰だろうと自分で思う事もある作品だ、私のはその作品の一つのパーツに過ぎない。

 私には、自分で書いた似顔絵しかないのに、前よりかっこよくなって現れるなんて、ずるいよ。

 ただでさえドレスが苦しいのに、不安で鼓動が早くなる。こんな苦しい思いして、私は何をしているんだろう。涙がこぼれる、せっかくのメイクもこれじゃ、もうダメ……。百日目で兵士がいなくなる理由がやっとわかった、今逃げ出して、消えてしまえば、彼は来てくれたと、信じて生きていける。このまま消えてしまおう、私は彼がいないと、弱い自分に戻ってしまう、もうこれ以上は強がって生きてはいけない。

 ドレスのせいか少しふらつきながら、控室へ向かって歩いていると、アンさんが走って来る。

 

「あと、10分ほどで到着するそうです。」

「でも、私、メイクが。」

「大丈夫です、なおしましょう。」

「お願い、彼には言わないで。」

「言えませんよ、私も泣いてましたし。」


 結局、さらに遅れて、チャペルパートが進行していく。打ち合わせ通り、違うのは本物の彼がいることと、ベールを持ち上げた彼が、動かない事。最初は、彼のタキシード姿かっこいい、などと喜んでいたのだが、目をじっくりと見る事など無かった為か、鼓動が早くなり、息が苦しい。練習なんて出来なかった為、これから一番緊張するところなのに、長すぎる。参列者もすこしソワソワしだして、ようやく神父様が、彼の肩をたたく。


「すいません、あまりにも綺麗で……。」


 嬉しいけど、今はやめて! 恥ずかしくて鼓動が早いのに、さらに早くしないで!


 気が付くと、彼に抱きかかえられている。


「3秒ほど気を失いました、このまま進めます?」


 彼が耳元でささやく、頷くと彼は私を起こし、式はそのまま進行していく。


 笑顔で見送るみんなに手をふって、オープンカーに乗り込む。ゆっくりと動きだす車、彼がにこんな近くに 、油断するとまた泣いてしまいそう、空を見上げて、息を吸い込む、綺麗な青空が広がっている。


「聞かないの?」


 彼が笑顔で聞いてくる。


「なにを?」

「前に聞かなかった? 私に……って。」


 あぁ、私はうなずき。


「私に、キスしまたか?」


 二人で笑いだす。3年が埋まっていく、こんな感じでゆっくりうまっていくんだろうか、不安もいっぱいだけど、幸せってこういうことなんだろう。


 そんな幸せな時間は、数分しかない。なぜなら、このオープンカーはホテルの敷地を出て、もどってくるだけなのだ、打ち合わせの時は中止にしようか迷ったが、やってよかった。


 車がゆっくりと止まり、彼が扉を開けて、手を握って車を降りる、彼が「いいえ」と耳元でささやく。そうだとは思ってましたけど、わざわざ言わなくていい。

 アンさんが走ってきて、時間が押してるので、すぐに披露宴、お色直し無しに変更になりましたと告げる、仕方ないけど、また気を失うかもしれない。


 披露宴は、滞りなく進行し、打ち合わせもカンペも無しで、彼が人前でも物おじせず話す姿は、3年前には想像できなかった。

 むしろ、問題は私の方だった、たまに司会者さんから、新婦さまと呼ばれても、彼に見とれて反応が遅れ、いじられてしまった。


 2次会は少し余裕のあるドレスに着替えたが、式で気を失ったからか彼は寄り添い手が空いていれば腰を支えてくれる、しかし、緊張して料理の味がさっぱりわからない。

 お世話になった方々に彼を紹介して回ろうとしたのだが、みんな、ご無沙汰しておりますと、彼を様々な名前で呼び、偽名リストがさらに増えていく。そして、これからは白井になりますと、さらっと偽名を名乗ったことを帳消しにしていく、もしかしてこの為だけに結婚したのでは?


「ママ綺麗! おめでとう!」


 そう言って、寮の仲間達が一週間ぶりに集まって来て、お互いのドレスの感想を言って盛り上がる。久々に寮を空けたせいか、再会にすこし目頭が熱くなるのだが。


「空想のフィアンセさんって、オーナーだったんですね。」

「……みんな、会ってるの?」

「だって、寮のオーナーさんですよね?」

「……誰か、説明して。」

「……じゃ、僕が……。大学に寄贈って事にする予定だったんだけど、ローンを払い終えるまでは無理らしくて、補修や、君からの色々なリクエストとかあって、まだ払いきってないんだ。」

「寄贈するって、いつの話ですか?」

「それは……君が、図書館の机に、金欠とか、この日以降宿なし、とか書いたノートを出しっぱなしにしたあたりがスタートかな……。」

「また、そうやって……。でも、なんでみんなに会ってるの? あそこは男子禁制よね?」

「オーナー、工事のチェックとか、色々差し入れとか持って来てくれてましたし、ママと会ってないなんて気が付きませんでしたよ。」

「すっかり食べ物で、飼いならされてる。」

「ママ、食べ物だけじゃないよ。照明とか警備とか、パソコンとか、今日みんなが着てるドレスとかも……。」

「……私のいない間に……。あ! だからいつも頼んだ物より高価になってたの? テレビとかソファーとか安いのでいいって言ったのに。」

「流石に、屋内プールは高額なので、まだ見積中……。」

「すぐに、断ってください。」

「そうするよ。」

「そもそも、あの寮丸ごと個人で買うなんて、ローンって、どうやって銀行納得させたの?」

「それは……また後で。」

「今すぐ、説明して!」

「アハハ……ほら、新しお客さん来たからいこうか、みんな今日はありがとう。」


 なんだろう、これはわが子に誰かが何か買ってあげたら、嫉妬するってやつだろうか。それとも、私の知らないところで、彼と会っていたあの子達への嫉妬なのだろうか。私があの寮にいなかったら、あの子達を支援したりしなかったのだろうか、いったい幾ら使わせてしまったのだろう。


 続々とやってくるお客さんに挨拶し、流石に少し疲れを感じた頃、その人はやってきた。


「なっちゃん。」


 その声よりも、久々のオレンジの香水で、彼女だとわかった。


「ミキさん!」


 来てはくれないと思っていたので、嬉しくて抱き着く。


「結婚、おめでとう。」


 すこし、片言の日本語で祝福してくれたのは、久々に会うミキさんの想い人。


「ありがとうございます、よかった、またお二人が一緒にいるとこが見られるなんて。」

「元にもどった、わけじゃないんだ……。」


 そういって、ちょっと舌をだして、左手を上げると、薬指に指輪が光っている。


「おめでとうございます。」

「ありがとう。私達は、式とか出来ないんだけどね。」

「そう、なんですか。」


 社長さんが、一歩前にでて話始める。


「なつさん、貴方が彼を想って、必死に探しているのを知って。私も、ミキの事を真剣に考える為に、距離を置きました、そして、二人で話をして答えを出すことが出来ました。本当に、ありがとう。」

「いえそんな、私だって、彼に援助していただいて。」

「ん、話していないのか?」


 話を振られた彼が、すこし困り顔している。


「寮の購入費用を借りる為に、保証人を頼んだんだ。一緒にいたときにバイトしてたのは、その為だったんだ。」

「あんなに大事になるとは思っていなくてな、大事な人に無理をさせてすまなかった。」

「いいえ。」


 彼と綺麗にハモった。

 ミキはさんは、幸せそうだ。初めて会った日、社長さんと腕を組んで帰っていく時の、幸せそうな笑顔が戻ってよかった。社長さんは、確か結婚してたから、式は出来ないって、そういう事なんだろう。私は、こんなに沢山の人に祝ってもらったのに、彼はすごく優しくしてくれるのに、不安でしょうがない。


 

 まだ少し明るいうちに、私達は会場を後にした、主役が居ないくても、勝手に盛り上がるだろう。終わったあとの予定は好きに入れていいと言われていたので、目的の病院に向かう。少し前まで寮母さんをしてくれていた人のお見舞いに行くためだ。彼を想って泣いているわたしを、シャキッとせんか! と叱ってくれた、気の強いおばあ様だ。

 さっきのオープンカーほどではないが、高級車の後部座席は意外と広い。やっと二人になったのに、会話がでてこない。緊張と彼に対する理不尽な不満や怒りの整理がきちんとできない。3年前のように急接近できるほど、もう子供でもないと、へんなプライドが頭をよぎる。


「あの、寮母さんって、知り合いですか?」

「はい、僕が頼みました。」


 もう、いちいち考えるのはよそう、彼がオーナーだったのだから、当然なのだ、これからもいっぱい出てくるのだろうし、受け入れよう。しかし、なんでそんな固い口調なのだろう。


「おばあ様死なないで!」

「勝手に殺すんじゃないよナツ!」

「アハハ、死なないってわかってないと、こんなおふざけ出来ないよね。」

「ナツ、もうすこしだけでもいいから、年寄よりを大事にしな。」

「大丈夫、おばあ様以外のお年寄りは大事にしてるから。」

「私も入れろ! しかし、ほんとにあんたらの相手が、お互いとはびっくりだよ。」

「別の人だと思ってたの?」

「そりゃそうだろう、二人ともそりゃ一途に想うとる、その相手がこんな、不愛想な男と、不器用な泣き虫女なんておもわんだろうが。」

「おばあ様の中では、そんな低スペック扱いだったんだ。そんなに不器用だったかな?」

「週に2回も消火器使わせる女がそうそういるかい、他にも話すか?」

「もう結構です、でもさ、なんで寮母なんて引き受けの? 彼に頼まれたんでしょ?」


 二人は、顔を見合わせて、あきらめたのか、おばあ様が話し出す。


「うちはこいつが通勤する路地にあってな、ある朝から突然挨拶されたんじゃ。」

「家って、あのでっかいやつだよね?」

「でかいだけじゃ、あそこに一人で住んで、毎朝みずやりするぐらいしか、する事なんてなかったんじゃよ。毎朝挨拶されて、そのうち私もかえすようになってな。これだけ不愛想なら、なんか売り付けにくるとも思わんかったからな。」

「ほめられてますよ!」

「そうだな。」

「おまえら、大丈夫か? そのうちお茶でも飲むかとさそって、縁側でお茶飲んだりしたんじゃ。」

「色々、想像しにくいんですが。」

「そうじゃろな、後で聞いたら、話しかける練習に私を使ってただけだったんじゃ! 不愛想だから、むしろやりやすいと、失礼なやつじゃ。ある日、寮母してくれと頼まれてな、断ったんじゃが、年明けからの予定がが早まって、来週から頼むと、ほんとあんたと一緒で人の話聞かないやつじゃよ。」

「え、私はおばあ様のお話はいつもちゃんと聞いてますよ。」

「住み込みは無理だと言ったら、寮にお墓用意するから大丈夫といって住み込みにしただろうが!」

「だって、安心じゃないですか。」

「話が聞こえてるのと、理解してるのは別なんじゃぞ、二人ともじゃ!」

「お墓はどこにでも作れるもんじゃないしな。」

「本当に、あんあたら大丈夫か? まぁ、そんなところもお似合いだろう。ちょっと強引だったけど、あの寮に関わらせてもらったことは、感謝してるよ、こんな性格だから娘達も家に寄り付かなくなって、一人で暮らしてたのに、突然沢山の孫に囲まれた様で楽しかったよ。」

「死なないで、おばあ様。」

「まだお迎えはこないわ! 来月には復帰するわ。最近わな、本当の娘や孫達も会いに来てくれるようになったんじゃ、前より優しい顔になったいうてな。この歳になっても、新しい事をやってみるのは、いいもんじゃよ。少し話があるから、ナツ借りるぞ。」

「車でまってます。」

「はい。」


 そういって、彼は病室から出ていく。


「ナツ。」

「はい?」

「見合い結婚じゃあるまいし、なんでそんな他人行儀なんじゃ?」

「流石に鋭い。3年前はどんな感じで話してたか、わかんなくて。」

「日記を読み返せばいいじゃろ、かなり詳しく書いておったろに。」

「勝手に読まないでって、言ったでしょう、早く忘れて。」

「彼に会いたい、ってびっしり書いてあった時は病院送りにしてやろうかと悩んだもんじゃ。」

「あれはちょっと壊れてた時だから、日記も似顔絵も、私の妄想とまざっちゃってるから、今だって夢かと思うぐらいで。」

「からだばっかりでかくても、中身は子供じゃの。」

「まだ気にしてるんだから、言わないで! 彼の横にいられるようにってがんばってはいたけど、最近は忘れる努力もしてた気がして。そんな私が、側にいていい気がしなくて。」

「あの不愛想を気にいる物好きが、あんた以外にいるわけないじゃろ。今はどうなんじゃ、あいつに会いたいか?」

「……会いたい。」

「なら、大丈夫じゃ。子供が欲しいとか言えば、素直なあいつの事じゃ協力してくれうじゃろ。」

「そんな事言えるなら、3年も悩んでおりません……。」

「ナツ、そうやって悩めるのも、数年経てば懐かしくなるんじゃぞ、それには後悔しない選択をせんとな。いつも言っとるじゃろ、年寄りの言うことは信じとけ。」

「言ってないし、おばあ様の言うことは信じられないけど、会いたいって気持ちは、信じられる。」

「ほんと、おまえは、がんばってこい。」

「はい!」


 おばあ様に押してもらった背中も、彼の顔を見ると、安心して、その言葉遣いや、今までの不満が喉元まで上がってくる、何でだろう、離れている時のほうが幸せ、そんな気がしてきた。

 

 3年前に二人で一週間一緒に生活して、3年間私が泣いた場所。そのマンションに戻って来ると、彼はすこし不思議そうに見上げる。その不思議そうな顔も、困った顔も、判別できるのは極少人数だけ。アンさんやみくちゃんですら、彼の動画を一緒に見て、これ苦手っぽいというと、よくわかるねとびっくりしていた、それでも全てわかるわけじゃないし、まだ正面から目を見て話す事も出来ない。


 部屋に入ると、彼は隅々までみて、3年分を埋めているようだ。机に座ると、何も映っていないモニターを眺めている。私もベッドの上に座り、彼を見つめる。昔と同じ景色のはずなのに、まるで部屋の中央にガラスがあって、時間の流れが別になってしまったように思える、私側の時間だけ止まって、息ができなくなってしまう。まだ、無理なドレスを着た副作用が残っているのだろうか、彼に断って横になる。こうやって彼をみるのも、懐かしい、いまバスタオル一枚で寝たら、彼はどうするだろう。


 スマホの通知で目が覚める、時間は一時間もたっていない、彼は机で小説を読んでいる。彼の難しい本が消えて、その空いた場所に、彼が読みそうな新刊を置いていった。そんな事をしても、読んでもらえるとは限らない、置いて行かれた仲間が増えるようで、すこし落ち着いた。

 通知はみくちゃんからで、欠席者に電話挨拶よろしくとリストがついている、2代目はとことん人使いがあらい。彼に断って、キッチンで電話をかけると、声は違うが同じ会話が彼の部屋から聞こえてくる。


「えっと、どういうことでしょうか。」

「声を変えてくれるソフトがあって……。」

「そこじゃなくて、みくちゃんが知らない、偽名キャラがいるんですか?」

「すこし。」


 彼にリストをチェックしてもらうと、ほとんどが偽名キャラで、残りも彼が頼んだ人なので連絡は不要との事だった。ちゃんと言わないと、どうやって言ったらいいんだろう、部下でも、クライアントでもスポンサーでもないし、一言でも不満を言ったら止まらなくなりそうで、すべて壊してしまいそうで怖い。


 結局言えずに、ベッドに退散する、彼はまた小説の続きをよんでいる。久々に会ったのに、会話がないなんて、私達大丈夫なんだろうか。

 みくちゃんから、メッセージが届く。


「そろそろ一回目終わりましたか?」

「キスもしてないのに、なにもないよ!」

「ヘタレだなぁ。起業家精神で気合いれていきましょうよ。」

「それは、幻想だったと教えてくれたばっかりでしょうが! なんか彼の弱点ないの?」

「そんなの無いです、数年アプローチしてた私が言うから、間違いないです。」

「そんなのいらない、タクちゃんは、なんか知らないかな?」

「無いって言ってます。」

「返信はやいよね?」

「いま、一緒に部屋にいるので。」

「おまえらー。」

「こっそり会うのも楽しかったけど、これからは会うとき報告します。」

「いらーん!」

「そういえば、まーちゃんの机にあった写真なんですけど、一枚すごいのありましたよ。」

「全部モデルショットじゃなかった?」

「ずぶ濡れで、キス顔の写真、なっちゃんだと思うけど、いつのやつ?」

「どうしよう、彼はこの写真の事なんか言ってた?」

「いや、私は聞いたことない、何回かオフィス行ったけどきずかなかったし。見つけたのも、さっき寮のみんなで動画見てた時だし。色っぽいけど、なんか黒歴史?」

「黒というか、浮気写真。」

「ほほー、やることやってたんだ。」

「やってはないけど、彼が持ってるって、どうしよう!!!」

「付き合ってたわけじゃないし、いいんじゃない。でもまぁ、あれだけ探してのにー、浮気ねー、気になるー、まーちゃんも気にしてるかもー。」

「どうしよう。」

「逆に、飾ってあるって事は、そこが弱点なんじゃない。あの写真色気がすごいし、みんなもエロすぎって。」

「無理だって、あれは再現とか出来ないし。」

「気になるなら、聞いてみなよ。どうせ会話止まって、困ってるんでしょ?」

「そりゃ、そうですけど。」

「ファイトー」


 彼の反応が分からないのに、悩んでもしょうがない。まずは説明しよう。肩を軽く叩くと、彼が振り返る。


「ちょと、大事な話がありまして、聞いて、頂きたいのですが。」

「はい、なんでしょう?」

「この、写真なのですが。」


 そういって、みくちゃんに送ってもらった、動画切り取り写真を写したスマホを机に置く。


「これは……。」

「ごめんなさい、浮気しました!」


 そう言って、素早く土下座する。これって、前にもやった気がする。


「ちゃんと、説明します! 最後まで、聞いて、ください。」

「はい。」


 そう言うと、前と同じく、彼も正面に正座する。


「2年になって、しばらくして、土手で貴方に似てる人に会って、声をかけました。その人は、写真が趣味で、風景の写真を撮っているところで、普段は市内で英会話スクールの先生をしていて、その後、その先生の授業を受けて、授業以外でも、一緒に土手に座って、貴方に似ている事、ずっと探している事、もう会え無いかもしれない事、英会話の練習って言って、話をしました。夏になって、スクールに行くと、先生は辞めたと聞いて、もう会わないと思っていました。次の日、雨が降っていて、バスで帰っている時、土手にいる先生が見えて、三脚をかたずけているところだったので、次のバス停で降りて、傘もささずに走りました。私が、いままでのお礼と伝えると、最後にキスしてもいいかって聞かれて、私は、いいよって答えました。でも、先生はこの写真だけ撮って、ありがとうって言って、それからは、会っていません。」


 彼を見ると、下を向いて、すこし悲しそうに見える。怒ってはくれないのか。

 しばらく下を向いていた彼が、なにか決心したように、私を見る。


「僕が、頼みました。」


 勢いよく、彼のほほを叩くと、思ったよりも大きな音がした。


「すまない。」


 人を叩くなんて、小学校以来だろうか、彼への怒りが収まらない。拳を握りしめる。


「……なんで。」

「許して、くれるの?」

「そんなの。……聞かなくたって……、結局、何したって、私は許しちゃう。……説明して、ください。」

「わかった。……向こうでの仕事が落ち着いて、こっちに帰って来て。君のバイト先のレストランに行って、2階席で食事する為に裏口から入ろうとしたら、君がでてくるところで、近くの木に隠れた。」

「それは……泣き出して、木を叩くとこ……。」

「うん、その後、由紀さんとも会って。連れていくか、遠距離恋愛するかしないと、君が壊れるって言われて、僕には自信が無くて。忘れてもらうほうがいいと、卑怯な選択をしたんだ。由紀さんからは、君が興味を示すのは、僕に似た男性だけだと聞かされて、トムに頼んだ。」

「そうだ、トム先生……。俳優さんとか……ですか?」

「本当に、カメラマン。世界中の風景写真撮って、個展もやったりするけど、それだけで食べてけるほどの人気はないから、結婚式のカメラマンしたり、日本にいるときは英会話の先生も。」

「後から聞いたんですが、私以外の生徒にも手をだしていたって。」

「女性慣れしてるのは、知ってた。」

「……どうやって、先生を雇ったんです?」

「向こうで知り合った、飲み友達。」

「いっしょにナンパしたりしてたんですか? もっかい叩いても?」

「何度叩いてもいいけど、説明してからでもいいかな?」

「はい。」

「向こうに行って、しばらくしてから、職場のメンバーに、似た人が個展やってるって言われて、見に行ったんだ。詳しくないけど、いい写真かなって見てたら、やたら人に話しかけられて、感想きかれて。トムが戻ってきたら、みんな驚いてた。それから、トムが日本好きってのもあって、たまに二人で飲みにいくようになって、一緒いると人の反応が面白いから。お互いはそんなに似てるとは思ってないんだけど、しゃべらなければアンも気が付かないぐらいだから。」

「それで、私もひっかかると。」

「それは、そう、かな。……ある日トムに間違われて、知らない女性に叩かれて。トムはお詫びに、なんでもするって言うから、君を口説き落として欲しいって、トムに頼んだ。」

「……最後まで聞きます。」

「次はグー……トムには、君の事、話してしまっていたので、君を落とした後も友達か? って聞かれて、無理だなって。それでも、友達の頼みならやるよって言って、しばらく連絡はなかった。写真が送られてきて、落としたけど、キスもしなかったぞ、まだ友達だろって。」

「叩くのは、次にとっときます。トム先生、教えるの上手かったし、あの数か月ですごい上達したから。」

「異性の外国人と付き合うと、上達するよね。」

「やっぱり、叩いておこうかな?」

「ごめん。」

「なんで、今回呼ばなかったんですか?」

「僕が間に合わなかった時のために、呼ぼうとしたんだけど、アンに見分けがつかないから、混乱するって言われて中止に。呼んでたら、披露宴で叩かれただろうし。」

「それは、そうかも……。それで、浮気に入ります?」

「トムが? そんな、キスぐらいで浮気だなんて、向こうに居たら、何回叩かれて……。」

「何回叩かないといけませんか?」

「ええ! えっと? トムと間違えられて、5回以上は、正確にはおぼえてない、かな? あの、ちょっと確認。……結構痛いんだけど、他にも色々とある感じ、だよね?」

「あたりまえじゃないですか! 3年ですよ、せめて待ってろとか言ってくれればよかったのに! 尊敬ってなによ! どっちかわからないじゃないの! あと5回も肩が持ちそうもないので、拳にします。」

「肩にくるほどの、勢いで、拳?」

「目をつぶって、歯を食いしばったほうがいいですよ。」


 彼は素直に、目をつぶっている、怖がって首をすくめて、すこしぷるぷるとして、可愛い。


 唇にキスをすると、目を見開いて、驚きの表情を見せる。


「チャペルでちゃんとしないからですよ。」

「……それは、君が気絶するから。って、いきなり、何するんですか。」


 彼は、照れて真っ赤になった顔を、横を向いて腕でかくす。


「耳まで真っ赤ですよ、ほんと可愛いとこもありますよね。……チャペルで、もしかして、迷ってたからすぐにキスしなかったの?」

「……不安で、プロポーズを受けてはくれた時、君はまだ、寮の事も、会社を支援してた事も、トムの事も知らない。全部、余計な事で、君ならもっと良い解決策が見つけたかもしれないし、トムに頼んだのは、二度と会わないと決めていたからで、許してもらえるとは、思えなかったから。」

「なのに、写真を仕事机に?」

「あれは……いつか会えるって思ってしまわないように、君が一番怒るであろう事を、忘れないように。」

「……そこまで決めてたのに、なんで、現れて、しかも……プロポーズ。」

「みく達が、結婚の通知を出した言ってきて、今まで協力してた人が、君に会いにいかないのなら、もう協力はしないって。最初は逃げようとして、オフィスに行って、写真や君が書いてくれた似顔絵を取りにいったんだ。スーツケースに詰めていって、今日着てたあのウエディングドレスを着た写真を手にしたとき、もう本当に最後なんだなって、床に座り込んだまま動けなかった。気が付くと、みくとケンがいて、謝りたいなら協力してやるって、もしも断れたとしても、一回は会えるだろうって。」

「断られる予定、だったんですか。……ずっと見てて、私ってそんな行動とってました?」

「それは、あの似顔絵だってそうだし、あんなに涙流して想われるなんて、3年も探し続けるなんて、どれだけ空想の中で美化されてるのか、考えるだけでも怖かった。」

「私が悪いって言うんですか! そんなの、お互い様じゃないですか、あんな綺麗に撮れた写真ばっかり持ってて、今朝だって、実物見て嫌気がしたからこないのかと思ったんですから!」

「実物のが、綺麗だったよ、猫耳似合ってた。」

「わざと怒らせようとしてるんですか?」

「ごめん、そんな意図はないよ。」

「ほんとに、嘘つかないきなんですかね。でも、なんでウエディングドレスの写真?」

「あれだけは、データが無いんだ。ネットにあるやつじゃなくて、君が自然な笑顔で笑ってる一枚で、あいつが送ってくれたんだ。」

「チハルさんですか?」

「なんで……誰かしゃべったのか……。」

「……実は、おととい会いました。」

「捜して、会いにいったの?」

「いや……実は、ウエスト入らなくて……チハルさんの指揮の元、改造していただきました。」

「そう、だったんだ。ごめん、そこは気がつかなかった。」

「きずかなくていいんです。そもそも、なんでこの一週間は仕事してたんですか?」

「式の準備とか忙しくて、2週間以上仕事してなかったから、アンが指揮してなんとかやってくれてたんだけど、むしろ仕事増えてて。」

「そう……ですか、二度と置いていかないって言ったのに。」

「いや、え? だって、一週間ぐらいなら、いいかなって。」

「何勝手に決めてるんですか! またルール決めないといけませんね。」

「それって、触っちゃいけない?」

「そんなわけないでしょ! とりあえず3m以上離れるの禁止!」

「なんで3m?」

「どっちか寝てても、トイレいける距離。」

「ここでは、いいけど、ロスの家は無理かな。」

「それだって、勝手に決めたでしょ、二人の家なのに!」

「ごめん、あれは買ったわけじゃなくて、会社所有のとこに住むわけだから、寮みたいなものだし。」

「そんな事は、どうでもいいです、これからは仕事以外の事は、私が全部決めます。」

「全部?」

「そうです、全部、サプライズも事前に、全部言ってもらいます。」

「それは、もうサプライズではないよね。」

「とりあえず、君、は禁止! 名前で呼ぶこと!」

「なつさん?」

「さん無し!」

「なつ。」


 これは、ちょっとやばい。


「ちょっと、昔みたいに、背中付けて話しません。ちょっとまだ、緊張するし。」

「はい。」


 そう言って、その場で背中を見せる彼の手を引いて、ベッドに座らせる。反応だけみると、経験者と未経験者が逆転してるようにも見えるが、もちろん気のせい。


「私は、竜馬さん、って呼びます。」

「さんつけるの?」

「年上だし、呼び捨てにしたら、なんか鬼嫁みたいじゃないですか。」

「……みたい?」

「なにか、不満ですか?」

「いいえ。」

「じゃ、しますか?」

「……な、なに言ってるの?」

「チハルさんと、話したんですよ。話せてよかったですよ、私からいかないと、絶対にしないって。」

「あいつ……。」

「それに、約束覚えてますよね。」

「なに、初詣いくってやつ?」

「今、その話なわけないでしょ!」

「そうか。」

「告白したら、してくれるって、言いましたよね。」

「えぇ! 近い事はいったかもしれないけど、だいぶ違う気がしますけど。」


 振り返って、彼をベッドに押し倒す。


「竜馬さん、3年もお預けだったんです、いい加減観念してくださいよ。」

「本当に、僕でいいの?」

「次言ったら、手錠でつなぎますよ。」


 そこからは、経験値の差がはっきりと出た、強がっても仕方ないと、彼に全てを預けた。


「なつ……、その何か聞きたそうな顔は分かるんだけど、今は手加減してほしいかな。」

「警戒しすぎですって、思ってたよりも、ずっと優しかったですよ。」

「それは、どうも。」

「……なんか、こんなに筋肉ありましたっけ?」

「トムとサーフィン行くから、それに、こうなるかもしれないと、トレーナーに鍛えてもらったから。」

「私は、絶食だったのに、そんな事してるから、仕事たまったんじゃないですか?」

「まぁ、確かに。」

「竜馬さん、私マッチョ嫌い……。」

「……数か月で、戻るとは思うけど。」

「冗談ですってば、ちょっと腕枕固いけど、我慢する。」

「なつ……、体の真上に乗るのは、腕枕とは言わないかな。」

「そうなんだ、重い?」

「正直言えば、ちょっとしんどい。」

「そうなんだ、でも、どかないけど。」

「そ、そうなの?」

「冗談だって。でも、3年前も、こうやって猫みたいに、胸の上で寝てみたいって思った。」

「猫?」

「そうそう、嬉しくて、猫だったら飛びつけるのにって、何度も思った。」

「堤防での殺意もそれだったのか。」

「あれは、飛びついたらあぶなかったね。」

「それで、降りてはくれないの?」

「じゃ、このまま。」

「なにしてるの!」


 足を折り曲げて、彼のお腹の上に正座する。


「一通り儀式も終わったことですし。これから末永く、よろしくお願いします。」

「お、お願いします。……普通に座ってやろうよ。」

「何言ってるかな、これから3m以上離れられないんですよ、寝るときは、竜馬さんの上で寝ます。」

「……寝れない。」

「アハハ、なんか、こうやって冗談言えるようになるなんて、考えもしなかった。」

「確かに、そうだね。」

「……ほんとにもう、何もいらない……。竜馬さん、おかえり。」

「ただいま。」


 これから、何度も言う事になる言葉が、今はとても愛おしい。

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