38.勇者、宿屋のメンバーと村長とで夕食をとる
お世話になってます!
キリコがバイトに来てくれた、その日の夜。
食堂にて。キリコを含めて、宿のメンバー全員で、夕飯を一緒に食べることになった。
「今日はキリコちゃん、手伝ってくれてありがと~」
母さんがニコニコぽわぽわ笑いながら、村長キリコにお礼を言う。
「お礼は結構。これは労働。ボランティアじゃない。金をもらっているのよ。して当然のサービスをしただけ」
キリコが長い黒髪を手でくしけずる。
「それでもありがと~♪ キリコちゃんがいてくれたおかげで、とっても楽だったわ~」
「……あら、そう」
ふん、とキリコがそっぽ向く。するとちょうど、隣に座っていた少女と目が合った。
「じー」
「…………」
「じ~」
「……なに?」
キリコが少女を見下ろして言う。赤髪の幼女、ソフィだ。
「あなた……ゆーくんの、なんなのっ?」
くわっ、と目を見開くソフィ。
「……? 意味がわからないのだけど」
「とぼけないで! ふぃー、わかってるんだから」
ソフィは立ち上がると、俺の隣までやってくる。
「おひざ! 乗せて!」
「はいよ」
俺の膝の上に、ソフィが乗っかる。顔を合わせるように座る。
「ゆーくんがまた新しい女を連れてきました。ふぃーさんごりっぷくです」
ソフィがぷくっと頬を膨らませる。
「新しい女って……」
「そうじゃん! ゆーくんのすけこましっ! ゆーくんが連れてくるひと、みーんな女の子! もうどーなってるのっ!」
どうなってるのと言われても……。いや確かに、フィオナ、ルーシー、黄昏の竜たち、そしてキリコと……。
た、確かに女性しか連れてきてない気がする。
「ふぃーさん怒ってます。ゆーくんはふぃーさんだけじゃ満足できないの? ほしがりさんなの?」
「ちげえよ……何言ってるんだよソフィ」
くわっ、とソフィが目をむいて言う。
「じゃあ言って! ふぃーが1番だって! ふぃーさんが大好きだって、言って!」
すると……。
「うるさいぞ小娘」
俺の後から、ソフィをひょいっと持ち上げる女性が1人。
「ふぃーを小娘と呼ぶ、きさまはフィオナちゃん!」
持ち上げていたのは、同じく赤髪の女性・フィオナだ。
「これから食事だというのにぴーぴーぎゃあぎゃあうるさいぞ」
「ぴーぴーもぎゃあぎゃあも、言ってないもん! ゆーくんへの愛を確かめてただけだもん!」
ふしゃーっ、と子猫のように、かわいらしく歯を剥くソフィ。
「それをやめろ」
「やめませんっ! ふぃー、ゆーくん大好き! 世界一好き! ちょー愛してる!」
「だからそれをやめろと言ってるんだ!」
フィオナが顔を真っ赤にして吠える。
「やめません! ふぃー、ゆーくん大好きファンクラブ会員第一号だもん。会員証もあるもん。ほらこれ!」
「ば、バカやめろそれを見せるのはやめろぉおおおおお!」
ソフィがポケットから、厚紙を切って作ったカードらしき物を取り出す。
【ゆーくん大好きファンクラブ】と手書きで書かれたカードだった。
「裏に会則も書いてるよ。読む?」
「読まなくていい! ユート! 貴様は特に読むな!」
フィオナはソフィからカードをひったくり、手でびりびりとやぶく。
「ユート!」
「あ、はい」
「これ! このソフィが! この世界のソフィが勝手に作っただけであって、【私】は作ったことないからな!」
「あ、うん……」
ソフィとフィオナは、実は同一人物だ。ソフィが20年経過した姿が、フィオナである。
ただ俺やフィオナが、未来の世界から過去へきたことで、ここはまったく別の【2周目】の世界へとなってしまった。
当然、ソフィは本来歩むべき道とは、別の道を歩いている。つまりソフィとフィオナは、別人と言えるのだが……。
さっきのフィオナの反応を見る限り、このフィオナも、昔そんなカードを作っていたのだろうか……。
いや、作っていたわ。遠い昔に見せてもらったことがある。
「あー! フィオナちゃんがビリビリにやぶいたー! わーん! ゆーくぅん!」
ソフィがフィオナから降りて、俺に抱きついて、えんえんとなく。
「フィオナちゃんがふぃーをいじめる~。ふぃーさん傷心モードだよぅ。ゆーくんの胸で慰めて~……ちら」
「だまされるなユート! こいつまったくへこたれてないぞ! ええい離れろ小娘ー!」
「や! ぜったいにのぜったいに、やっ!」
ぎゃあぎゃあ、とソフィとフィオナが言い争う。その姿を、母さんはニコニコと笑いながら、キリコがあきれながら見ている。
そのときだった。
「う゛ぇええ……ゆーどざぁああん……」
ふらふらーっ、とぽっちゃり体型のえるふが、食堂へとやってきたのだ。
俺はソフィを下ろす。えるるの元へ行き、彼女の顔色を見やる。
今朝ほどではないが、本調子ではなさそうだ。
「えるる……寝てないとダメだろ」
「うう……だぁってぇ……げほごほっ! ウウー……ぶえっくしょん!」
えるるが大きくくしゃみをする。
「あらあら大変。えるるちゃん、温かくしなきゃダメよ~」
母さんが立ち上がると、上着や半纏など、羽織る物を持ってくる。そしてえるるに着せる。
もともとちょっぴり太っていたが、着ぶくれして、もこもこのぷくぷくになっていた。
「ずびばぜん……ナナさん……ぶぇっくしゅ!」
くしゃみがもろに、母さんにかかる。
「あらあら、えるるちゃん。お鼻でてるわ~。ほら、ちーんしましょ?」
母さんがハンカチを取り出す。えるるがずびーっ! と鼻をかむ。
「ウウ……いくぶん楽になりましたぁ……」
「えるる、おまえ寝てなって」
「だって……だって……おなかがすいたんですよぅ……」
えるるが自分のお腹を押さえる。「ぶえええくしょっん!」とまたくしゃみをして、母さんにかかる。
母さんは怒ることせず、むしろえるるの体調を気にして、
「だいじょうぶ~? ママとっても心配」
と眉を八の字にする。
「はい~……。でも、おなかが……」
「後で俺がフィオナの料理持って行くから、おとなしく寝てなって」
「ウウ……空腹でしぬー……。はぁあ!」
えるるがテーブルの上の料理を見て、目を輝かせる。
「からあげ……チャーハン……はるまき!」
今日は中華らしい。テーブルの上には美味そうな料理が並んでいる。
「うまそうですね~……」
「えるる。風邪引いてるんだから、もっとあっさりしたもの食ったほうがいいだろ。おかゆとか」
「…………………………」
「その絶望しきった顔やめてくれ」
結局えるるは、かぜっぴきだと言うのに、ばくばくばく! と中華料理を腹に収める。
「うまー! フィオナさんの料理はやっぱりうまーですよぅ! はっくしゅん!」
「あらあら、えるるちゃんたら~。またお鼻出てますよ~。はい、ちーん」
「ちーん。えへへ~……ナナさんありがと~……ぶえっくしゅ!」
風邪引きながら、くしゃみをしながらも、えるるは決して飯を食べるのをやめない。
「…………」
それを見て、キリコが瞠目していた。
「どうした?」
「……私、エルフって初めてみるけど、こんなに食欲旺盛なのね」
「ああうん……うちの子は特別だと思うぞ」
「そう……。それにしても、おそろしい食への執念ね」
えるるは連続でくしゃみをしている。明らかに体調不良だ。目が据わっている。
だのに飯をばくばくばく、と一心不乱に食べていた。ソフィが怖がっていた。
「何があなたを、そこまで食に執着させるの?」
キリコが俺……じゃなく、えるるに直接尋ねた。
「そんなの! お腹がすくから! ただそれだけのシンプルな答えですと、わたしは高らかに宣言します! ぶぇえええくしょん!」
「口に入れた状態でしゃべらないの……」
まったく、とキリコがため息をつく。俺はそれを見て、嬉しかった。
「……なにかしら?」
「あ、いや。宿屋のひとたちと、キリコが普通に会話してたからさ」
今までは、キリコは俺としかしゃべろうとしなかったからな。
「……別によそ者全員が嫌いなわけじゃない。私が嫌いなのは……」
キリコが母さんを見やる。母さんはえるるの鼻をちーんしていた。
「あら~? キリコちゃん、食事が進んでないよ~? おなかいっぱいなの~? それともお風邪移っちゃった~?」
「違うわ。お気になさらず」
「気になるよ~。だいじょうぶ~? うつって…………くちゅん」
母さんが可愛らしく、くしゃみをする。
「……自分の心配をしてはどう?」
「ママは平気よ~。ママは元気が取り柄の元気女ですからね~」
「! ふぃーも元気女になる-!」
「じゃあふたりで元気女になろ~」
と無邪気に笑う母さんとソフィ。
「…………」
それを見たあと、キリコは無言で、食事を食べる。
「良かった~。食欲あるのね~」
「だから風邪ではないと言ってるでしょう。バカなのあなた?」
「よく言われる~♪」
「……なぜ嬉しそうなのかしら。理解に苦しむわ」
そんなことをしながらも、比較的なごやかに、夕食の時間は過ぎていった。
☆
そして、夜。
キリコが家に帰ることになった。玄関先にて。
「今日はありがとうな」
俺はキリコを見上げていう。
「お礼なんて結構。対価はきちんともらっているし」
「それでも、手伝ってくれてありがとう。正直、手伝ってもらえないかと思ってたからさ」
「……あなたが困っているのなら、私はいくらでも力を貸すわ」
キリコはしゃがみ込んで、俺の頭を撫でる。微笑んでいる姿は、普段の何倍も美しい。
この笑顔をみんなにも向ければ良いのにと思うのだが、俺以外のひとには、笑顔を向けようとしない。
現に、
「キリコちゃん待って~」
ぱたぱたぱた、と母さんがこちらに向かって歩いてくる。さっきまでソフィを風呂に入れてたのだ。
湯上がりの母さんは、頬が上気し、髪の毛がしっとりと濡れていてキレイだった。
「今日は本当にありがと~」
「……さっきも言ったけど礼を言われる筋合いはない。私は別にボランティアしたわけじゃないから」
「うふふ~♪ それでも、嬉しかったな~」
母さんが微笑みながら言う。
「ほら、さっきうちの店主に迷惑を~って言ってくれたでしょ~? それがね~、ママとっても嬉しかった~」
さっき冒険者にからまれたとき、キリコが母さんをかばってそう言ったのだ。
「あ、あれは臨時とは言え、いちおう私はここで働いてたわけで……」
「それでもね~。あんなふうに言ってくれたことが、ママね、とっても嬉しかったの。ありがと~」
「…………」
キリコは何かを言おうとして、何も言えず、くるりと振り返る。
「それでは、私はこれで」
「帰っちゃうの~? おそいから泊まってけば良いのに~……くちゅん」
母さんがくしゃみをする。
「ここで結構。それじゃ、ユート君。また困ったことがあったら、気兼ねなく言ってね」
「あ、ああ……またな。今日はサンキュー」
キリコは俺に向かって微笑む。その次に、母さんを見て、言う。
「風邪引かないように、厚着して寝なさいね」
「うふふ~。だいじょうぶよ~。ママ元気が取り柄だもん~。けど、心配してくれてありがとね~」
キリコはそっぽ向いて、そのまま出て行ったのだった。
☆
その翌日。
案の定というかなんというか、
「へくちゅ……うう……ごめんね~……」
母さんが、風邪を引いたのである。
「えるるさんもまだ本調子じゃないというのに、今度はナナミさんですか……弱りましたね」
母さんの部屋にて。ルーシーがこめかみを抑える。
と、そのときだった。
「……まったく。なにが大丈夫なの? 案の定かぜをひいてるじゃないの、あなた」
そう言ってうちにやってきたのは、キリコだった。
「キリコ……」
「そこの人が風邪引きそうだと思ったから、様子を見に来たの」
キリコが母さんを見下ろす。
「無様ね」
「めんぼくない~」
キリコは目を閉じて、はぁ……とため息をつく。
「ルーシーさん」
「なんでしょう?」
「今日もここを手伝ってあげてもいいわ」
「! 良いのですか?」
ええ……とキリコがうなずく。
「キリコちゃん~……ありが……くちゅん」
「早く治しなさい。ユート君に迷惑をかけてまったく……何が元気女よ……バカみたい」
「えへへ~……ごめんね~……」
母さんとキリコは、なんだろう、できの良い姉とおっとりとした妹に、見えなくもなかった。
ともあれ、キリコの厚意のおかげで、なんとか今日も乗り越えられそうだ。
書籍版12月15日発売です!
手にとっていただけると嬉しいです!
ではまた!




