1-1 夜訪 のち 行列
「いや、真一。今回は色々と申し訳ない。あのようなことが起こるとは思いもしなかった。こちらは後手後手に対応が回って、身の危険も感じた事と思う。日本の国内であそこまでの堂々とシージャックをするとは全く予想していなかったんだ。本当に我々の不手際だ。すまなかった」
「前置きも抜きに謝罪っていうのは変わらないなぁ。まあ、話は席に着いてからにしよう。取りあえず頭を上げて中に入るといい。この時間になると虫も入って来るからな。さっさと入ってしまいなよ」
夜間に入り、開口一番にログハウスを尋ねてきた白石雄吾は執事兼護衛の門倉と共に深々と頭を下げ、出迎えた旧友の但馬真一を前にそう切り出した。
雄吾は入口から中に入る際にちらりと視線を送り、入口からも見える広々としたリビングに設置されたテレビの前の床に座る面々を眺めた。
大型のテレビの前に1、2世代ほど古いタイプのゲーム機が置かれており、それに皆でワイワイとボードゲームのソフトに興じている面々の中に自身の娘の姿を見つける。
娘の深雪もそれに気付き、視線が交錯する。
どちらとも視線を逸らすことなく見つめあう様子を見て、真一が話しかける。
「とりあえず1部屋、君らの為に準備してある。ちなみに警護は彼1人なのか?」
「ああ、今日は私と門倉の2人だけだ。明日、駅で他の部下とは合流予定だが」
ふむ、と腕組みをする真一。
彼に“お詫びの品だ”、と門倉が雄吾の後ろから風呂敷包みになった物を手渡してくる。
それを受け取った彼の表情は若干厳しめだ。
「僕の会社が管理している場所で言うのは何だけど、不用心だと思うがな。お前、この間襲われたばかりだぞ?ボディーガードは増やすべきだと思うがね」
「ふふ。いや、そうはいってもな?多分、ここにいるのだろう?“彼”は」
「そういう事ですな。恐らく我々警護チームよりも“彼”お1人の方がそれに勝るでしょう?そのような無駄、まるで意味を感じません。これは私だけでなくチーム全体の総意です。それに、他の方々も“そこそこ”にはやるのでしょうなぁ。見たところそう感じますので」
そのような遣り取りをテレビ前で輪になって座る面々が興味深げに眺めている。
ゲーム機の前に広げられているポテチやら、冷凍物を解凍したピザやら、しなっとした皿一杯のフライドポテトに、くたっとした鳥のから揚げの山を摘まみながらである。
ででん、とビッグサイズのコーラとジンジャーエール、ウーロン茶のペットボトルがある机の横ではコップが若干乱雑に置かれている。
夕飯も終わり風呂上りなのだろう、皆がジャージ姿やラフな格好でぐでっと寛いでいた。
「あ、いらっしゃいませ。……で、良いのか?この場合」
「隼翔くん、ほらほら出番だぞっ!深雪さんのおとーさんに一言ガツンと言ってやるんだって話だったじゃん!」
夕方過ぎに合流した「魔王」柳博人がどこかおかしな挨拶をして、由美が隼翔を嗾けようと、肘で彼の腹を突く。
それを避けるようにして慌てた隼翔がどもりながら答える。
「ち、ちがうよっ!?詳しい話が聞きたいって、そう言っただけで……、ガツンとなんて話、僕してないよ!?由美ちゃん、何でそんなっ!?」
「隼翔、そこはガツンと行けよ。そのヘタレ方、カッコ悪いぞ」
「そーだ、そーだ!深雪さんも、やっぱ守って欲しいって思ってるぞー!」
はやし立てる彼らを横目に隼翔が助けを求めるように、ついと視線を送る。
そこには困ったような、それでも慈愛に満ちた表情で苦笑する深雪がいた。
「2人ともそういうからかい方、止めておきなさい。隼翔はジョークをまともに捉えるんだから。……でも、隼翔。少しは私もそういう女の子っぽい白馬の王子には憧れは有るのよ?」
「うええぇっ!!?」
くすくすと笑いだす深雪につられ、博人と由美も笑いだす。
どうも彼はこの集団内ではこういういじられ方をする立ち位置になってしまうのだろう。
そんな戯れを真一や雄吾のナイスミドル組が微笑ましげに見つめる。
「ふ。まずは荷物を置いてから、だな。資料も有るし少し時間を貰うぞ」
「資料って……。お前、本当に相変わらずだな」
ちゃり、とポケットに入れておいた鍵を雄吾に手渡すと、リビングの集団に会釈して雄吾は門倉と2階の部屋へと上がっていった。
「……アイツ、プレゼン資料みたいなもの持ってきてるな。間違いなく。相手は高校生がメインなんだぞ?バカ丁寧というか用意周到というか……」
ふう、と頭が痛くなったのは夜に1本開けた缶ビールのせいではあるまい。
「……ふぅ。良い湯だったー。まさかの露天風呂だとは。いや、最高最高」
頭をわしわしとバスタオルで拭いながら、Tシャツとひざ下までの短パンで茂が現れる。
ふはぁ、と湯上りのサッパリした雰囲気で現れると、そのまま冷蔵庫へと直行し、買出ししてキンキンに冷やしておいた清涼飲料水を取り出す。
ぱき、とキャップを外しぐびぐびと一気に飲む。
「くぅ……。やっぱ効くなぁ……。こう、隅々まで染みわたるっていうこの感じぃぃ……」
風呂上りの余韻に浸る中、リビングを見ると全員が茂を観察していた。
その視線はどこかスーパーで品定めをしている主婦の目線にも似ている。
「な、何だよ?どうした、皆して?」
全員が茂から視線を外し、顔を見合わせる。
「そうなんだよな、茂さん。こんなだけど「光速の騎士」だもんな」
「そうそう、ここ最近ヒーロー扱いされてるあの「光速の騎士」だよー?ヒトの枠を超えた超人扱いのアレだって騒がれてる人。非公式のファンサイト、英訳したバージョンまでできたって話の」
「いや、でも僕「騎士」のアンチが増えてるってネットで見たけど」
「それは、嫉妬から来るやっかみよ。杉山さん、アレを何て事の無い“人助け”って思ってるけど。……ここまで世間の反応がヒーロー寄りに振れると思わなかったんじゃない?」
ひそひそと話しはじめる、「勇者」ご一行。
「え?何、何なんですか?」
横にきた真一にこの状況を尋ねる。
「うん、まあね。君が「騎士」だってことを僕はこれっぽっちも疑ってないんだけど」
ぽん、と茂の肩に真一が手を置く。
「……そういえば見た?あの子供のインタビュー?ほら顔にモザイクかけて放送してたヤツ」
「由美も見た?いや、茂さんのことを知ったら、俺はあの子の夢を壊す気がするなぁ。ほら茂さんが悪いわけじゃないんだけど」
「由美ちゃんも博人も失礼だよ!そりゃあ、僕もあの子の話した「光速の騎士」がすごい美化されてるのには、正直驚いたけど」
「……でもあの状況で現れると、ねえ?私の弟、あの登場シーンのネット配信の映像見たくて継母にダダこねてたし。ショッキングな映像だってことで地上波じゃモザイクかけたうえで一部カットしてあるから」
「うわ、深雪さん。弟君、「騎士」に毒されてますねー。ヤバいです、それはヤバいです」
当事者とわずか3メートルと離れていないなか、そんな内輪話を続ける彼ら「勇者」ご一行。
「おい、こら」
茂が注意する中、その内輪話が続行された。
「しかもそれに乗っかったブームが起き始めてるもんな。ほら、コレ」
博人が掲げるスマホには、ずらっと並ぶ人の列が映し出されている。
どこかのニュースサイトの画像のようだ。
「え、と。“横浜○○記念講堂にて開催中の『騎士の時代の始まりと終焉』展が好評”。うへぇ、2時間待ち!?“メインではなく、その従者の兜のデザインが「光速の騎士」に酷似。主催者も嬉しい困惑?”……。何ていうか、可哀想な話ー。見てほしいのじゃないのが皆の目的って」
「ずっと前から計画して、交渉して、高い金払って海外から目玉の収蔵品借りたんだってのにな。展覧会のサイトのトップページも昨日からメインの収蔵品から、その「光速の騎士」似の鎧の目立つ画に変更したらしいし。……ぶっちゃけて言えばメインの鎧のバーターのにぎやかしで持ってきてもらったってことだろ?メインを囲むようにして5体1セットで配置されてたやつらしいし」
「下剋上だねぇ……。茂さん、これを見てどう思いますか?」
隼翔が急に茂へと話を振る。
皆が覗き込む博人のスマホを中心に輪になっていたその最外輪で渋い顔をする彼はしぶしぶ答える。
「このような不本意なバズり方。本人としては早期の終息を願うばかりです……。一刻も早い芸能界の恋愛スキャンダル等が発覚することを心のそこから願って止みません」
瞬間、広がる爆笑の渦。
けたけたと笑う彼らの様子に、更に茂がぶすっとする。
「というか、こういうトラブルっていうのは「勇者」とかの専売特許じゃねえのかよ。ずりぃよ、お前ら誰一人としてこういうのに巻き込まれてないじゃん!?何で俺だけこんなマスコミのオモチャにされにゃならんのよ!?」
「だって、だって!あんな超イカレたコスプレ騎士姿で街中ぶっ飛んでたら、そりゃそうなりますよ!俺も由美も隼翔も深雪さんに里奈さんも、帰還する前におとなしーくこっそり帰るんだって、十分なシミュレーションしましたもん」
「ええ……?そうなの、お前ら。そうか俺、事前準備なしで帰ってきたもんなぁ」
思い出すにあの時何も考えず、“帰りたいっ!”という思いだけで緊急起動した帰還陣へと体を投じた自分に言ってやりたい。
お前、その場その場で適当に行動すると後々とんでもないツケを払うぞ、と。
トラック激突も、ホテルスカイスクレイパーでの一件も、後はもしかしたら公衆トイレのリンチの件もそうかもしれない。
もっとよく考えて動いた方がいいのかも、と。
(でも、生き死にかかったギリギリのタイミングだとなぁ。やっぱ動かないとマズイって思っちゃうしなぁ。立ち止まれるかなぁ……?……動いちゃうよなぁ……はぁ)
「で、ですね。あと、面白そうなのがですね」
「面白い面白くないで、俺のニュースの判断をするなよ」
茂の抗議を屁とも思わずに博人がスマホをスワイプする。
「“スタジオぐーてんもーげんより「騎士」について”、ってやつなんですけど」
「……何か聞いた気がする。アニメのスタジオだっけ?」
先日、女子高校生のバイトの後輩である香山から聞かされた。
日本で有名なアニメスタジオの一つであったはずだ。
こくりと頷いた博人が後を続ける。
「今度「光速の騎士」のイラスト専門の投稿ファンサイトを開くって話です。商業目的、じゃなくてあくまで“ファンの集い”の手助けとして場を提供するって形で。イラストやらサンプル映像を主軸に他にも数社、活動に共感した映像関連の制作会社が協賛して、あと有名造型師が1/1サイズの各種立体像を鋭意制作中だそうで。将来的にはそれらを集めてどこかでイベントを開きたいと考えています、本人のご参加を心よりお待ちしておりますと、最後にメッセージまでありますが?」
「行かないよ!というか立体像の“各種”ってナニさ!?」
「えーと、ああ。騎士ver、ピエロverに後は、ぐーてんもーげんの一押しの闇落ちverの計3種を制作中と発表。シークレットも準備していますと書かれてますね」
「シークレットってガチャガチャじゃないんだから。……でも、本当にいいのかなぁ?話、飛び過ぎて無いか?皆、ちょっと落ち着いて欲しいんだけど」
がっくりきている茂を余所に、関係ないところで火がぼうぼうと燃え広がっている。
本人にはその熱がまるでないというのが、また面白い所ではあるのだが。




