1-0 また一日 のち 飯炊
「……県内西部は午前中は空に雲が広がりますが、日差しも弱まり比較的過ごしやすい天気となるでしょう。ただ、夜遅くから翌早朝にかけて徐々に風が強く……」
テレビ画面は何て事の無いニュース番組の天気予報コーナーを映し出している。
そのコーナーを担当する気象予報士が以前より発表していた出産準備へと入り、先日より新しい男性の気象予報士が天気図を指示棒で示しながら近県各所の天候の動きを伝えていた。
ほとんど全ての視聴者にとっては昨日とさほど変わることのない、だが女性気象予報士が見れなくなって少し寂しい思いをしている者もいる朝の地元ニュース番組。
それを見ながら、大きく欠伸をした男がいた。
フローリングの床に直置きされた一人用の折りたたみ式の机の前に胡坐をかき、テレビから流れる情報をBGMとして。
ぼーっとした表情でテーブルとテレビを交互に眺めながらである。
テレビは特に天気予報を見ているのではなく、その端にある時刻表示を。
そしてテーブルにぽんとおかれ、半ばまではがれているアルミフィルムの蓋から湯気の昇るカップうどんを見つめながら。
右肘を立てて顎に当て、左手には七味唐辛子の小瓶を握る男、名前を杉山茂という。
「……うん、もういいかなぁ。5分、経っただろ、多分」
腑抜けた表情のまま、“熱湯を入れて5分”と印字された蓋をべりべりと剥がし、本体付属の一味唐辛子を投入、さらに左手の七味をぱっぱと振る。
ざっくりと掻き混ぜると、湯気につゆの香りが混じる。
麺を箸で持ち上げ、ふぅふぅと適当に冷ますと、一気に口元へとそれを運んだ。
ずぞぞぞぞっ……。
残念なことにちょっと早かったらしく、麺の一部が少し固い。
だが食べれない訳でもないのでそのまま啜る、啜る。
甘めの油揚げをちょっと齧って、口いっぱいのそれをもちゃもちゃとさせながら飲みこむと、器を持って一口つゆをすする。
ずず……。
甘めのつゆにほんの少し感じるぴりりとした唐辛子の辛みと七味の香り。
人それぞれではあるが付属の唐辛子だけだと、少し少ないかな、と茂は思っている。
「晴れそうでよかったなぁ。……ゴミ出し、行っておこうかな。溜まってきたし」
茂はうどんの残りを啜りながら、テレビに映る県内の降水確率を確認した。
午前20%、午後30%。
おそらく大きく天気が崩れることは無いだろう。
そう考えると茂は今日一日のやるべきことを頭の中でリストアップする。
(まずゴミ出しして、洗濯機回す。んで、それを干して。ああ、洗濯が終わるまでに軽く部屋に掃除機、かけておこうかな。風呂掃除は、まあ今度でいいや。後は10時に駅前西公園の駐車場に行かないといけないから、家を9時に出れば余裕だろうし……。んー?まあ、大丈夫か、多分一通り片付くだろ)
最後につゆに浮いた乾燥ネギの欠片をつつきながらぼーっとテレビを眺める。
ついこの間、何でもない天気予報を見ながら号泣していた人物とは思えないほどの落ち着きである。
まあ毎度毎度、天気図が映るたびに泣いていては情緒不安定が過ぎる。
結局のところ何も変わらない日常が過ぎていく、皆が言いながらも、何かしら変わっていくのが現実というものであった。
「よし、まあ取りあえず顔、洗おう。そっからだな、うん」
ふわぁぁとまた欠伸をすると、茂は洗面台へと足を進めるのだった。
唐突ではあるが茂は肉を焼いている。
コンクリートの床に、バーべキューなどに使う竈の常設されたスペースで串刺しにされた肉や魚介や野菜を火にかけている。
天井の屋根に上がった煙が、そこへとたまり、少し煤けていた。
そんな場所で、じゅうじゅうと肉の焼ける音があたり一面に響いている。
その音のする周りには当然、肉の脂が焦げた臭いや、その脇で焼かれている玉ねぎの匂いも同時に漂ってきていた。
朝10時に最寄駅に作られている公園駐車場で待ち合わせをして、この場所まで約30分。
田舎の地方都市というのは大体30分、長くても1時間車を走らせれば周り一面緑にあふれた場所へと到達することが容易に可能である。
先日の白石深雪の東京連れ戻しから始まる豪華客船レジェンド・オブ・クレオパトラ号のシージャックという大イベントを経て、それに関係した人物たちで集まることになり、今回のこの運びとなったわけだ。
あまり人の居ない場所で皆で集まって、深雪の父、白石雄吾の話を聞ける場を設けるということであったが、正直な話これは少し違う気がする。
完璧に手段が目的に勝っているのではないだろうか。
「だからって関係者一同で、会社の福利厚生施設借りて、休日に泊まりがけのバーベキューって……。良いのかなぁ。こんな優雅に休日やってても」
どことなく腑に落ちないが、足代・飯代は隼翔の父但馬真一の手出しで、ということでお言葉に甘えてみたのだ。
正直なところを言えば茂は、あのうな重以降、真一から“飯おごるよ”と言われると断れる自信が無くなりつつある恐怖を感じていたりもする。
げに恐ろしきは食の魔力、ひいてはその源泉の金の力というものにである。
「茂さん、そこの肉焼けてますよ?もうそろそろいいんじゃないですか」
「もーちょっと、もーちょっと焼きたいんだよね。やっぱ食中毒って怖いしさ。だから、由美。あと少しだけハウス!ほら、席に戻って!」
「えー!私ちょいレアが好きですけどー。それでいいじゃないですか!」
「そういうのはきちんとしたお店で頼みなさい。外でバーベキューなんてするなら、きちんと火を通さないと」
「深雪さんもそういう事いうのー?」
腰に手を当てて「軍師」梶原由美へとそう言い放つのは「聖女」白石深雪であった。
彼女は今、バーベキューをしているのとは別の火元で鍋一杯のカレーを担当している。
久方ぶりに会ったというか、落ち着いて話が出来るというか。そういう複雑な状況にあった彼女との東京以来の再度の邂逅は、拍子抜けするほどあっさりと実現した。
茂たちが帰郷したその翌日昼には、彼女も何事もなかったように帰郷し、学校へと姿を見せたのだという。
あの苦労が何だったのかと思わせるほどの簡単な解放に、茂を始め気をもんでいた召喚被害者一同は憮然としたのであるが。
まあ、深雪によれば「白石総合物産」への苦情やら誹謗中傷やら訴訟やらが虚実善意悪意お節介まで含めて鬼のように届いているらしい。
その対応に一通りの指示を出しきるまでは、白石雄吾が直接経緯を説明できないのだと言われたそうだ。
まあ、さもありなん、という状況である。
とはいえ、その様な環境下で深雪を東京に留め置くのも難しいと、普段の生活へと戻された、という体裁を取っている。
外向きは、家出娘を数日実家に呼び戻したが、家のトラブルで一度帰した、となるらしい。
まあ、確かに筋は通っているわけで。
「父は今日の夜には一通りの顛末を説明にこちらに着くそうです。一応シージャックの被害者への謝罪行脚の一つとして、但馬のおじさんと同行した未成年者へあいさつに、という名目で。とはいえ明日の夕方には福岡の関連企業へと向かうらしいですが」
「ジャパニーズビジネスマンという生き方を体現してるな、親父さん。……なんというか土足で人の家に踏み込んで悪いんだけど、そんな状況で結局落ち着いて話とかできたの?」
首を傾げながらこくり、と深雪が頷く。
多少表情は暗いが、家族間の問題に深入りするには覚悟が足りない。
あの頷き方から察するに、イエス4割ノー6割と言ったところか。
そう思った茂は、それ以上の質問をすることはできなかった。
「あ、深雪。手ぇ、止まってる。そのままじゃ焦げ付くぞ」
「え?ああ、すみません!」
壊滅的な調理スキル持ちの彼女には、茂の指示によりカレーの鍋を“掻き混ぜるだけ”の仕事を任命している。
あとは茂が切りそろえた具材を串に刺したりと、“味付”には参加させていない。
カレーのルーをいれるまでの大本を作ったのは肉を欲する由美である。
意外にこの小娘、幼少期よりかぎっ子生活が長く、そういった基本的な生活スキルは高かった。
「まだ駄目ですか?もう、結構火が通ったっぽく見えるんですけど」
「見た感じすごい赤いぞ。いや、自己責任で腹壊してもいいなら別だが、俺はどうなっても責任を負えないぞ?一応注意したからな」
再三の茂の念押しについに肉の奪取に断念した由美が、がっくりとうなだれた。
そんな皿まで持って準備万端の由美へと茂が声を掛ける。
「そんなに食いたいなら、シイタケとシシトウの串は大丈夫そうだから、こっちを……」
「……わかりました!戻りますー!!」
プレートと割り箸を手にした由美が、足取り軽やかにすたすたと席へと戻っていく。
「そこまで露骨に野菜は要らないってのは、よくないと思うぞ……」
バーベキューの串に刺された肉や、ピーマンや、玉ねぎやらが一斉に焼かれている横で、茂は首にかけたタオルで汗をぬぐい空を見上げる。
「はあ……。いやあ、いい天気だ!行楽日和ってやつだよな!!天気予報だと少し曇り空ってなってたけど、いい感じで晴れたしさ」
ぱきぱきと伸びをして体を鳴らしながら、周りを眺める。
うっすらと雲が空にはかかっているが、太陽を遮るほどではなく、暖かな光と爽やかな風が一面に広がっていた。
小高い丘の上にあるこの場所には、雑多な建物やビルなどは周りには見えず、遠くに民家が点在しているくらいだ。
今茂たちの居る屋根つきの調理スペースから少し離れた場所には、ログハウスがあり、その前には看板が立っている。
「但馬アミューズメント 福利厚生……」となっており、社員家族や関係者が申請して使える施設として整備された、と記載がある。
テーブルに置かれたウーロン茶をぐびぐびと飲んで一息つくと、再度バーベキューの串の置かれた網へと向き直る。
「というか、この場所が社員用の福利厚生施設って、「但馬アミューズメント」ってやっぱすごい企業なんだよなぁ」
「そりゃあ、アウトドア関連の土地開発は本職だから。ここはその一環で作った空きスペースを使っているだけなんだけどね。まあ、格安で周りを気にせずに騒げるっていうので若い連中とか家族のいる社員には好評のようだよ」
茂の何気ない呟きにそんな声がかかる。
ビールの缶を片手に、ポロシャツ・短パン姿のラフな格好で現れたのは今回の主賓である「但馬アミューズメント」社長、但馬真一であった。
その後ろには息子である「勇者」但馬隼翔が大きなクーラーボックスを抱えながら、ログハウスから出てくるのも見える。
「でもそういう施設があるってのはうらやましいですよ、きっと。俺、こういう大人数でのバーベキューって久しぶりですし」
「そうかい?庭先で結構やってるって部下はいるんだけど」
大都会では信じられないことかもしれないが、結構田舎の一般家庭の一軒家の軒先では普通にそういう事をやる家は多い。
数人で食材を持ち寄ってビニールシートで天井だけを作ってやったりするのだ。
くぴくぴとビールを飲みながら折り畳み式のキャンプチェアに座ると、未開封のビール缶を茂へと勧めてくる。
「あ、いや今日は止めときますよ。夜には深雪のお父さんも来るんでしょう?アルコールで脳ミソ呆けてたりしたら嫌ですから」
「……真面目だねえ。昼に1本くらいなら夜には抜けると思うんだけど」
「念の為ですよ、念の為。万全を期すってのは大切ですよ」
ビールを断った茂はウーロン茶の2Lのペットボトルから、自分のグラスにとくとくと注いだそれを一気に飲み干す。
程よく汗ばんだ体に冷たい茶が染みこんでいく。
「杉山さんと但馬のおじさんには本当に今回はご迷惑をおかけしまして……。申し訳ありません」
その2人へと横で鍋を回している深雪が深々と頭を下げる。
それに2人は穏やかに手を振る。
「迷惑をかけたっていうよりかは、ねぇ?正直なとこでいえば迷惑だったのはテロリストの奴らだし。むしろそれが起きるまでの間は普通に豪華客船楽しめて、ビンボーな俺はなかなかできない経験だったと思ってるけど?」
「それに言ってしまえば東京まで出張ったのは元を正せば雄吾の奴の責任だ。深雪君が謝ることではないよ。実子とはいえほとんど拉致に近いってんじゃ、それは周りの人間は驚くだろう?」
そんな話をしているところに、隼翔がやってくる。
クーラーボックスから刻んだ野菜類が次々出てきた。
そして、最後には3袋を1包装にした焼きそばの麺が数包装取り出されていく。
ソースが粉末になっているタイプのおなじみのヤツだ。
「焼きそば、具材は切りましたよ。茂さん、何処で作りますか?」
「あー、鉄板に火ぃ入ってるから、そっちで頼む。じゃあ適当につまみながらで始めちまいましょう。真一さん良いですよね」
「ん?ああ、大丈夫。じゃあ、お疲れ会ってことで始めようか?」
「用事があるってんで博人はまだ来てませんけどね。里奈とかはまだ外出禁止でダメらしいですし」
「本当は関係者全員で話が聞きたいのだけど。父が被害者と話に飛び回ってまして……。今日以外だと今月はもう日取りがどうしても合わないっていう事で」
またも深雪が頭を下げる。
苦笑しつつも真一が手でそれを制し、大きく息を吸った。
「まあ!それはそれとして。ご苦労さんってことで、お疲れ様。ほらほら、肉も焼けてきたんじゃないか?皆で食べよう!!」
「そうそう。さっさと食わないと、シイタケだけになりそうだぞ。由美の奴、そっちは食う気ゼロに近いしな」
「ふっふっふ!肉は、どこだー!!!」
そんな日常の一コマ。
真一の合図と共に由美が焼かれた串にかぶりつく。
焼きそばを焼いて、ログハウスから炊飯器を持ってきてカレーをよそい、若い者たちが各々で楽しく飯をカッ食らい始めた。
お昼のひと時が騒々しくも流れていく。
一応、さわりだけ投稿。
しばらく仕事がいろいろ動くもので、次回更新は出来上がり次第かな、と。




