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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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7-了 代打 から 日常 を経て 視線

「お疲れ様でーす」


 茂がバイト先の喫茶店「森のカマド」の従業員用ドアをくぐり、休憩スペースへと顔を出すと、丁度そこに店長の伊藤がソファに座って休憩している所だった。


「おや!お帰り!早かったんじゃないかい?東京まで行ったんだから、色々もっとゆっくりしてくるんじゃないかと思ってたけど?」

「いやあ、東京のゴミゴミ感、やっぱ俺には合わんってのがわかりました。あの人の多さ、全然気が休まらない。こう、落ち着いて生活できないですよね。もっとスローペースじゃないと。俺とは、生活サイクルが全然噛み合わないってのがホントに思いましたもん。まあ、それ以上にデカイのが向こうって何するにも金が、ね?無い袖は振れないってやつなんですよ」

「ははは、そうか。あの速度が好きか嫌いかっていうのは、人それぞれだけどね。どうしても刺激の多い都会で生活したいって人も一定数はいるから、大都市ってのが出来るんだしね」


 うはは、と2人で笑い合いながら茂は手に持ったお土産の袋を手渡す。

 がさり、と音をさせたそれを伊藤が興味深そうに覗き込む。


「何買ってきてくれたんだい?定番の?それともちょっと冒険してみたりして?」

「普通に鉄板の買ってきましたよ。こういう時の冒険したお土産ってすごいリスキーじゃないです?俺は自分で食べるならまだしも、人にあげるっていうことは怖くてできませんよ。そういうのは一回自分で試してからですって」


 伊藤が覗きこんだ袋の中には極々一般的なド定番の菓子が入っている。

 若干つまらなそうにして伊藤が横のテーブルにそれを置く。


「いやあ、僕は結構そういうウケ狙いのお土産、好きなんだよねぇ。5回に1回はアタリが来るから。そこが楽しいんだけどな」

「打率2割は低くないっすかね。店長、そういうとこはギャンブラー気質だったりするんですか?」

「いや、でも一口で"ダメだっ"てなるのは5回に1回くらいだし。他は無難に食べれるじゃないか」

「トリプルプレーの確率も2割って……。やっぱギャンブラーですよ、それは」

「そうかなぁ……。2割に賭けて一口齧る。あの瞬間、結構好きなんだけど」


 意見が合わない2人が穏やかに話をしていると、休憩スペースに繋がる更衣室のドアが開く。

 そこから出てきたのは、先日バイト採用されたばかりの香山である。

 学校が終わり、放課後にシフトを組んでいるらしい。

 小柄な体を「森のカマド」の制服に包み、今から主戦場であるホールへ向かう前の少し手持無沙汰の時間である。

 当然のことながら2人へと香山があいさつをする。


「店長今日これからシフト入るので、よろしくお願いします。あと杉山さん。久しぶりですー。東京、楽しかったですか?」

「いや、それがさ……」


 茂は先程伊藤にしたのと同じ説明を繰り返す。

 聞き終わった香山はほうほうと頷き、自分の意見を述べる。


「私はどっちかというとこう、弾けるようなエネルギーが溢れてそうで東京ってのは憧れますけど……。杉山さん、若いのにそういう"枯れた"意見言うんですか。いや、失礼なのは判ってますけどぉ」

「……まあね。でもなぁ、俺どっちかと言えば"今年の人気最新スポット!"よりも"建立ウン百年の古寺、50年ぶりの秘仏公開!"の方がわくわくするんだよな。あと"日本初公開、海外美術館の名画来日!"とか?」

「渋い趣味してますね。確かにそういう友達もいますけど。店長はどうなんです?」

「ん?僕かい?うーん……」


 腕組みをする伊藤を茂と香山が見つめる。

 少し考えながらも伊藤が話しはじめた。


「どちらもいいとこどりしたいってのが正直なトコかな。がやがやしたい時も静かにしたい時もあるじゃないか?くっきりと区分けする必要もないと思うけど。すごい名画が来たら美術館には行くし、新しいアトラクションが出来たらテーマパークにも行くだろうしね。それにご飯関係だと、素っ頓狂なメニューは瞬間的に跳ねるけど、しばらくしたら影も形も無くなってるのが普通じゃないか。無くなる前に出かけないと、それを知らないまま生きてくことになるしさ。それって結構もったいないと、僕は思うんだよ」

「すごいバイタリティっすね。だから、そんなに肥えるんでしょうけど」

「そうですよ。杉山さんの言うとおりです。店長はもう少し痩せた方がいいと思いますよ、私も」

「うわ、まさかの健康指導。そうなんだよな、健診とかでも痩せようって言われてるし……」


 自身の腹を掴んで呟く伊藤。

 それを見てカラカラと茂たちが笑う。


「どっかスポーツジムとか行ってみてもいいんじゃあないですか?駅前に幾つかできてるみたいですよ?」

「私のお父さんも週2で行ってますよ。どうです、ここで一念発起っていうのは?」

「いやいや、まいったね。そういう方向に話が進むとは思わなかったよ」


 コミカルに腹を摘まんで見せる伊藤に、茂も香山も笑いをこらえるのに必死であった。


るるるるる!るるるるる!


 休憩室の奥から電子音が鳴る。

 小さな事務スペースに置かれた電話がなっていた。

 この呼び出し音は、確か外線着信時の設定音であったはず、と思い出し茂は受話器に向かおうとした。

 すると、伊藤がそれを押しとどめる。


「待った待った、僕が出るよ。今日は杉山君はお休みだからさ」

「あ、そうっすね」


 そう断ってスペースを開けると、駆け出して行った伊藤が受話器を取る。

 店名などを言って受け答えするのを見ていると、香山が話しかけてきた。


「杉山さん、おーじに頼まれて東京行ってたんですよね?楽しかったですか?」

「ん?ああ、隼翔はこっちに残ったんだけどな。その代り親父さんに世話になったんだ」

「へー。学校におーじ来てたんで、どういうことなのかなぁって思ってたんですけど」

「学生の本分は、勉強です。なんて杓子定規なことは言わないけど、あんまり学校休むってのも良いこっちゃないから。仕方ないだろ。でも、隼翔の親父さんに飯、奢ってもらっちゃったんだよねー」


 腕組みして思い出すのは、あのうな重。

 はっきり言う。

 マジで美味かった。

 そして、アレはもう数年、いや10年20年単位で食べる機会は無いだろう。


「……ああ、超美味かった。もう、最高よ、アレは」

「何食べたんです?すごい締まりのない顔してますよ、杉山さん」

「んふふふふ……。内緒」

「うっわ、ちょっとその思わせぶりな感じ、ヒドイですよ!」


 やいのやいのしている所で、奥にいる伊藤が少し声を出した。


「ダメダメ!しっかり休んで、それからですよ!……はい、はい。こっちは気にしないで良いですから。……そう、お子さんと旦那さんの熱引いて、それで自分も大丈夫ってなるまでは!まずは自分のこと考えて動いて下さい。……謝る必要はないですから」


 漏れ聞こえる声に2人の視線が集まる。

 不思議そうな顔で電話のある事務室を見つめる2人の前に、部屋から出てきた伊藤が困ったような顔をしていた。

 手元には使い込んだ黒革のカバーの手帳が開かれており、シャーペンで何かを書き込んでいるようだ。


「どうしたんです?」

「ん?ああ、バイトの吉田さんがねぇ……」


 ぽつりとつぶやく伊藤。

 吉田さんは30前半でバイトに入っている古株の従業員だ。

 旦那さんと、その職場内保育所に通う子供がいる女性で、細やかな点にも気の利くこの店のバイトリーダーの一人でもある。


「吉田さん本人は問題ないんだけど、どうやら時期外れのインフルエンザに旦那さんとお子さんが罹ったんだってさ。今日の朝に2人とも熱出して、彼女が病院に連れて行ったら2人ともだって。診断ついて家で寝てるって話だから、体は空いてるんだけど今日のシフトに来るのはまずいかもって電話してきて」

「そりゃダメでしょ。もし吉田さんも罹患してたら、ココでインフルばらまくことになるし」

「そう思って彼女も電話してきたんだよね。まあ、こればかりは仕方ないからな。明日以降のシフトは組み直すとしても、問題は今日これからなんだよ。夕方のシフト、彼女が抜けるとなると、厳しいなぁ……。夕食時に新人の香山さんと、あと1人でホール回すのはちょっとなぁ」


 手帳を見て、代わりに入れる人材を探す伊藤。

 ぽかんとしながら彼に茂が尋ねる。


「え?俺入りましょうか?」

「え?入ってくれるの?」


 首を傾げる伊藤と、それに首を傾げる茂。


「いや、俺普通にここにいますし。この後の予定、家帰って飯食って寝るだけですし。それに東京で金使ったから稼がないといけなくって。……スマホ買替までの道が、長いんですよ、俺」

「帰ってきたばっかで疲れてるかなーという配慮が僕には有ったのだけど?え、本当にお願いしちゃってもいいの?」

「先に俺の方が無理言って休みもらったんで。今日は土産渡すのとシフトの相談に来たんですよ」

「うわ、杉山さんありがとうございます!……今ちょっと吉田さんいないっていうのでビビったんですよ、私」


 香山が喜色満面の笑みを浮かべていた。

 そして伊藤が茂を拝むようにぱん、と手を合わせて感謝を述べる。


「ありがとう!いや、本当に助かった!!」

「いいっすよ。じゃあ、俺ホールに入ればいいんですよね?じゃあ、申し送りまで時間もないし着替えてきますよ」

「うん、お願いね!」


 そう言うと茂は更衣室へとぱたぱたと手を振りながら向かうのだった。






「お待たせしました。まずこちらが和風キノコスパと紅茶のセット。レモンティーでお持ちしました。そしてこちらがマルゲリータピザとコーヒーです。ミルクはポットに入っていますので、お好みで入れてください」

「ありがとうございます。あとスンマセン、取り皿1枚くれませんか?」


 大学生くらいのカップルへと注文を配膳した所で取り皿を頼まれる。

 面倒だという表情も見せずににこりと笑いながら茂はそれに応える。


「かしこまりました。すぐお持ちしますので。ご注文は以上でお揃いでしょうか?」

「あ、大丈夫です」

「ありがとうございます。こちらに伝票を置いていきますので。取り皿もすぐお届けします。ではごゆっくり」


 軽く会釈しながら場を離れると、各テーブルの状況を見ながらキッチンへと戻る。

 そこで丁度戻ってきた香山に気付いて話しかける。


「香山さん、6番テーブルに取り皿1枚持ってって。それで帰りに4、5のテーブルから軽食の皿中心に引き取って来てよ。俺、10番を片しに回るから。あそこ家族連れだったからちょっと皿が多いしさ」

「わかりました。お願いします!」

「おう、よろしくね」


 ぱたぱたと出ていく香山を見ながら、ふぅと茂は息を吐く。

 バイトの吉田の代打としてシフトに急遽入ったが、これは正解だったかもしれない。

 夕食時の込み具合はいつもより若干であるが多く、しかも客層が一人での来店ではなく家族連れがちらほらといた。

 要するに、コーヒー・紅茶と軽食だけというのではなくガッツリと飯を食いに来ている客層が多かったのだ。


(いや、確かに俺が入らなかったら結構ヤバかったかな、こりゃ?ホール2人でその内新人さんが1人ってのは無理目だしなぁ)


 そんな状況寸前だったと思うと背筋に悪寒が走る。

 伊藤もいるにはいるが、今はレジにかかりきりになってしまっていた。

 売上は結構上々の成績を出せそうだが、それ以上にヒーコラ言いながら働いている。


(あれだけ忙しくて痩せないって、間違いなく食い過ぎだな店長。程々にしておかないと、年取ってからヒドイっていうしな。……少し運動した方がいいよなマジな話で)



 視線を送ると、波がようやく一度引いたのだろう。伊藤が疲れたように笑いながら茂の近くに寄ってくる。


「お疲れー。いや、すごいラッシュだったよね」

「ですねー。吉田さんの代わりに入っておいて正解でした。コレ香山さんたちだけじゃヤバかったですよ?」


 カートを準備しながら伊藤と話し合う。


「本当にねぇ。でも明日以降のシフトはどうにか組み直せそうだから。ここまでにはならないだろう。「光速の騎士」のプチバブルも終わってきたからね」

「あ、そうなんですか!」

「……なんでちょっと嬉しそうなの?」


 知らず知らずのうちに少し声が上ずっていたようだ。


「い、いやぁそんなことないです。で、ひと段落してきてるんです?」

「そうなんだよ、残念なことにねぇ」


 カートをガラガラ動かしながら10番テーブルに向かう茂をテーブル用の布巾を持った伊藤が追いかける。

 2名とも雑談をしながらではあるが仕事はきちんとこなしていた。

 テーブルに着いて皿やグラスを片付け、布巾で綺麗に零れたコーヒーの雫などをふき取りながら小声で話し続ける。


「ほら、「騎士」が東京に出没したからさ。あっちに取材とか「騎士」「武者」目的のミーハーな人も行っちゃって。少し昨日と比べて今日の昼は人が減ってたんだ。それで今は家族連れが増えてる。ってことは、観光客が夜に減って、近所の人が来ているってことだろ?」

「なるほど、そりゃあ……」


 よかった、と口に出しかけて気付いた瞬間にその言葉を飲み込む。

 焦りながら、どもりながら、動揺を隠せずに次の言葉を告げる。


「……残念なことです」

「……本当に思ってる?怪しいなぁ?」


 冷めた目で見つめられて、茂の目が泳ぐ。

 そこに、ドアベルの音が響いた。

 からんからん、という入店を告げる乾いたベルの音を聞いた茂が大急ぎで立ち上がる。


「店長、このカートお願いします!俺、お客様を席へ案内するんで!」


 腰のPDAを引き抜いて茂が入口に向かう。

 逃げるようにして小走りに向かう彼を見て伊藤がつぶやく。


「働くねぇ……。若いって素晴らしいなぁ」


 そんな声を掛けられているとは知らず、茂は入口で案内を待つ客へと声を掛ける。


「いらっしゃいませ!森のカマドへようこそ!お客様、何名様ですか?」


 来客を告げる茂の声が、またホールへと響き渡った。






「ねぇ、彼がそうなの?」

「ああ、そうだ。彼がアレだよ」


 森のカマドの店舗がある通りに面した道路の角に自動販売機が置かれている。

 夜の闇の中で明かりのついたその前で2人の男女が話していた。

 一人は小柄な女性でジーンズにロックバンドのシャツにジャケット、ベースボールキャップを目深にかぶっている。

 もう一人は紺のチノパンに茶のネルシャツの長身の男性。そして夜だというのにサングラスをしていた。

 彼らの視線の先には道を挟んで森のカマドがあり、外からでも中の様子が見える。


「普通の人に見えるのだけど?」

「ああ、特に光るものも感じさせないが、彼がアレで間違いない。俺が保証する」


 女性は手に持っていた缶コーヒーをぐいと飲み干し、それを缶専用のゴミ箱へと投げる。

 かつんと音を立ててゴミ箱から外れたそれは、転がってどこかへと行ってしまった。


「……彼と会う。ただ、タイミングを見計らってだ。今日は顔を見に来ただけだ」

「そう。なら帰りましょう。もう用は済んだでしょ?」

「ああ、帰ろう」


 すっと2人が自販機の前から夜になり灯りが付いた電灯の方へと移動する。

 そして一度自販機の光から闇に消えた彼らは、すぐそばの電灯の下には現れることは無い。

 忽然と消えた彼らの痕跡は、地面に転がったコーヒーの空き缶だけである。

 そして、そのスチール製の空き缶は、半ばから断裂する寸前まで捻じられていた。


と、いうわけで一先ず2章-了ということで。


どうもありがとうございました。

続きはいつか、また。

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