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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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4-7 道化師 のち 道化師

「もうすぐ時間だな。どうなると思う?」


 腕時計をみて時刻を確認したピエロマスクのテロリストが隣りの男に聞いた。

 話しかけられた男もピエロマスク。

 最初に話しかけたピエロAは、コンソール脇の椅子に座りながら、船内の防犯用の映像を見ながら、時折スイッチングして別の監視カメラの映像をメインモニターに切替えて確認している。

 ここは保安部門の中枢部。

 船内のセキュリティを一元管理する部屋であり、つい30分ほど前まではその安全が脅かされない様に全員が緊張感をもって職務に励む場所であった。

 今は残念なことに、暴力の権化であるテロリストに占拠され、その逆の役割を果たす一助となっている。

 話しかけられたピエロBは、構えた自動小銃をいつでも発射できるように人質を見張っていた。

 彼ら以外にも2名のピエロが人質を包囲できるように自動小銃を手に彼らを取り囲む。

 全員の姿は同じ。全てピエロのマスクにスーツ、指紋の対策用に白手袋。

 コンソールの位置から1段下がった位置にセキュリティ担当の本職のスタッフが、縛られて床に転がっている。

 数人が口を切って血を流していたり、鼻血が出ている者もいた。

 抵抗した結果であるが、如何せん銃があるテロリスト側と、精々あっても警棒や、暴徒鎮圧用のスプレーくらいでは戦力に差が生じてしまう。

 最終的には、警備用のモニターへと一発打ち込まれた銃弾により、無駄な血を流すことを避けた警備責任者により降伏することになった。

 その責任者は、やっと止まった鼻血が喉に流れ、鉄臭さで充満する口から痰を吐き散らかしたい気持ちを必死に押さえている。

 ただ、大声を上げない様に縛られて猿轡までされていては、その希望はかなわない。


「……恐らく最初の映像配信の要求は通るさ。この国は、"問題を起こさない事"が最優先される国だからな。まず対話するためのルートを作るためにも、それは飲むだろうよ。警察にしても、自分達が交渉に入る前の段階で、人質が死ぬことは避けたいだろう。余程の受け入れがたい内容以外はしぶしぶOKを出すと思う。テロリストの要求を受け入れた、と後々言われるかもしれんが交渉の窓口をネット配信で確立するためと、俺たちの情報収集のため、人質の安全のため、と後付けの使いやすい言い訳まで与えてやった。……そういう見栄えを大事にする奴らは食いつくだろう」

「やっぱり、そういうとこまで見据えてやってんだな。あの人。俺みたいな凡人にはそんなとこまで考えつかないけどさ」

「大丈夫だ。実は俺も全く同じことを聞いてな?今のは全部、受け売りだ」

「何だよ!そりゃひでぇ!!」


 ひゃひゃひゃとピエロのマスク越しに笑う声は、比較的若い。

 ただし、この2人に関しては日本語を流暢に話し、よどみなく会話が成立している。


「スマホの画面はどうなってる?」

「ん?ああ、ちょっと待てよ」


 コンソール脇のスマホを手に取ると、今さっきまでの画面が一部変化している。


「ははは、ビンゴぉ!生配信、まもなくスタートだぜ!!」


 画面をピエロBに見せる。

 未だ、映像は流れていないが、"お待ちください"の文字が消え、代わりの文章が表示されていた。

 拡大してみると、ハイエンの広報発でレジェンド・オブ・クレオパトラ内で不明勢力によるシージャックが発生したこと、人質がいること、その安全を守るため犯人と推察できる人物からの要求で、船内から撮影された映像を流すこと、そして映像をカットすることは禁じられているため、未成年や体の弱い方は視聴しない様に厳に依頼する旨が記載されている。

 下へとスクロールすると、警察から中止を求められたが、人命を優先する観点からハイエンの責任により配信を行うとされている。

 配信開始は20時45分とされており、コメント投稿ができるシステムのためすでに相当数のコメントが書き込まれていた。


「コメント欄も暴言から応援まで色々あるねぇ。これ、超面白い!視聴数のカウンタもガンガン上がってるぜ!」

「……興味本位で何も考えずに"見たい"ってだけで動いてるんだろうさ。人が死ぬかどうか、そんなこと考えもしないでな」

「まあ、な。脳ミソはじけて人が死に、銃で撃たれて死んでいく。アクション映画とかでもよくあるシーンだしな。実際あんなキレイな死体なんてありゃしねえのに。きっとそうだろう、この程度だって感覚で生きてんだよ。想像はどうやっても現実に追いつかないってのが今一つ判ってないのさ、日本人ってのは。ゲロ吐き散らかす奴らがどれだけ出るか、ワクワクするねぇ……」


 へへっと笑う声がマスクにくぐもって消える。

 先程までの喜色満面の物と違いどこか自嘲染みて聞こえた気もする。

 気のせいかもしれないが、そんな気がピエロBには感じられた。


ドン!


 大きな音がして、セキュリティルームのドアが大きな音を立てる。

 ピエロBは入口の重厚なドアに向けて銃口を向ける。

 他の2名はそのサポートとして人質へとしっかりと銃口を向け、万一の抵抗を封じている。


「なんだ?何が、っておい!!アイツ、外で倒れてるぞ!?」


 セキュリティルームと外の廊下を繋ぐドアを監視しているカメラの映像をコンソールの正面へと表示させる。

 そこには上着を大きくはだけさせ、下のシャツを赤く染めているピエロ姿の男が、少しだけ身じろぎしながらこの部屋の前のドアに靠れかかっている姿だった。

 廊下に放り出すようにして銃を転がして、倒れている姿は明らかに何かが起きたことを証明している。


「監視映像はなにも映していないのか!?無駄話をして、見逃したんじゃあるまいな!?」

「そ、そんなわけない!さっきまで、アイツが普通に歩いていたのは確認してる!何が起きた!?」


 BがピエロAを強くなじり、Aが反論すると、モニタに映るピエロがかすかに動くのが見える。

 まだ、生きているのだ。


「一人、来い!中に引きこむぞ!!」

「ワカッタ!」


 片言のピエロC。

 というか、倒れているピエロの母語は日本語ではなかったはず。

 ならば、Cの方が状況を聞きだすには都合がいいかもしれない。


 ドアの横の認証用のカードリーダーに胸元のセキュリティの認識カードを翳し、認証用の数ケタのコードを手早く入力。

 ぴぴ、という電子音と共にドアが開くと、もたれ掛ったピエロマスクの男が崩れる様に室内に倒れ込んでくる。

 それを抱きとめ、室内に引き込むピエロB。

 外を警戒したピエロCが銃口を周囲へと忙しなく向けて警戒する。


「ドアを閉めろ!」


 抱きとめた男をそのまま室内へと運びながら警戒するピエロCに施錠を命じる。

 それに従い、室内に戻ったピエロCが再び施錠する。

 その時に気付く。必死で混乱の中抱きとめたこのピエロ。

 それから香る甘い、甘い香りに。

 気付かなかったそれに、安堵から戻った冷静さがピエロBの脳髄に大音量で警戒を告げる。

 経験からくるその香りは、女子供の飲む缶チューハイや居酒屋で嗅いだことのあるそれ。

 カシスの香りだった。

 


「お、おま!」


 脱力してまるで肉の塊だったピエロが、軽くなる。

 いや、"自分の足"でその体重を支えたのだ。

 密着状態から、腹へと拳が当てられたのを感じた、その瞬間。


ドゥッ!


 ピエロBの体が、"く"の字になって折れ曲がり、マスクの下から胃液が逆流した。

 瞬間、だまされたと確信する。映像はどんなに鮮明でも映像でしかない。

 血染めのシャツの色がどんな物かは知っている。だが、映像のバランスがまちまちでその場その場に適したように調整されている各カメラにどう映るのか。そこまでは解っていなかった。あの場で、本当にすべきだったのは仲間と思ったこの偽ピエロを引き入れることではなく、周囲への警戒発令だったというのに。

 そこまで考えたところで視界が暗く、ぼやけていく。

 わずか一撃でピエロBは昏倒した。

 そしてBが空を飛んだ時間はわずか1秒もなかったというのに、血染めシャツのピエロがピエロBを追い抜いて、ピエロCの目の前にまで一足で踏み込んできている。

 ピエロCは咄嗟に銃を構えようとした時点ですでに、振りかぶられた右拳が、砲丸投げの軌道で顔面に発射されているのを眺めるしかなかった。


メキィ!!


 頑丈なドアと、ピエロの拳に挟まれたピエロCはそのままズルズルと壁に沿ってずり落ちていく。


「くそっ!!」


 じゃき、と銃を向けたのは最後のピエロDだったが、それでも血染めピエロの動きは止まり切っていなかった。

 ピエロCを殴りつけた勢いのまま、人質の方へと体を捩じり、向き直った時には先程までは持っていなかったビール瓶を持っている。

 指紋や唾液が検出されるのだけは困るのでプールの水でよく洗われて、濡れている瓶だ。

 それが、間髪入れず投球、いや投瓶される。

 通常はこんないびつな形の瓶を投げたところで、速度は出ない。

 そう、通常は。


ヒュゴッ……!


「ガッ!?」


 困惑と共に頭蓋骨と正面衝突した時速100キロ超のビール瓶が割れる音を聞きながら、銃を構える最後のピエロが昏倒する。

 下手をすると頭蓋骨が割れる程の威力だ。

 クッション材が入っているパーティーマスク越しとはいえ、まず間違いなく脳震盪は免れない。

 結果としてこの部屋に血染めが担ぎ込まれて5秒足らずで、銃を持ったテロリストが沈黙した。


「な、何だ、てめぇ!?そんな傷で、どうして。いや、裏切ったのか!!?」


 血染めのピエロに最後に残ったピエロAが怒鳴る。

 このピエロAは荒事専門ではなく、船内のセキュリティをクラッキングすることのために来ている。

 当然銃火器は所持していない。

 幼児に刃物を持たせていい結果にならないのと同じことだ。

 ピエロAの言葉を受けて、少しばかり血染めが悩む素振りを見せるが、こう言い放った。


「まず、これは血、じゃない。良く見りゃ、判る、だろ?」


 その声は無理矢理声を変えようとしているのと、マスク越しでおかしなイントネーションに聞こえた。

 だが、それを指摘できる余裕はピエロAにはない。

 そして一歩、血染め、いやカシス染めがピエロAに近づいてくる。


「あと、オレは、最初から、オマエの、敵だ」


 非常にゆっくりとした動きで白手袋が自分の顔を覆っていくのを、呆然とピエロAは見つめ、その後にミシミシと自分の頭蓋が軋む音を聞くしかなかった。そして彼が今思うのは、きっと生涯命尽きるまで、自分はこのピエロの笑い顔を夢に見て飛び起きることになるのだろうということだった。




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