3-3 帰路 のち 餃子
「……あれ?あの子、なんで?」
「勇者ご一行」との会話を思い出しながら、昼を食べたことで若干午睡モードに近い状態になりつつある茂は、周りを見渡してなぜか見たことのある人物を見つけた。
肩で風を切って歩くようにしているが、少々背丈が足らない為、どこか少年が背伸びをしているようにも見える。
少しばかり擦れたりしたせいでダメージ感のある仕上がりになっている革ジャンは、そういう仕上げをしたわけでは無く、多分昨日の件でそうなっただけだろう。
試験場の門の前で、うろうろと周囲を見渡し、警備所を越えて中に入っていく車や、従業員を穴が開くのではないかと思うくらいに凝視している。
ハードワックスでびしっと固めた頭は少しばかり威圧感をまわりに与えている。
隣に置かれたバイクもその威圧感をブーストさせることに一役買っていた。
彼は昨日公衆トイレで酷くボコボコにされていた少年であり、その革ジャンに見覚えがあった。
「入院とかしなかったのかな?結構盛大に血が出てたように見えたんだけど」
茂は最後に残ったペットボトルの緑茶を飲み干すと、おにぎりのごみと一緒に一纏めにして自転車の籠に放り込む。
帰りにでもどこかゴミ箱を見つけて捨てていこうと思ったのである。
取りあえずではあるが、今日の所は顔見世ということで帰宅することにする。
自転車に跨るとペダルに足を掛けて、ゆっくりと漕ぎ出すと、丁度帰り道がその少年の前を通り過ぎるコースの為、自然と少年の顔が茂へと向けられる。
ただ、茂以外にもジョギングする女性や、犬の散歩に来た老婦人などにもその周りをうろうろとしながら、ほぼガンつけに近い凝視を繰り返しており、不審者感は半端ではなかった。
(こわ、何。この子。変な子だからああいう薬の売人と関わるのかなぁ。関わらない様にしてそっと帰ろう……)
目線をふせて、少年と視線を合わせ無い様にチャリを漕いで行く。
無論、それは茂だけではなく少年の前を通る人全員であるが。
ただ、絡まれたり、カツアゲに遭うこともなくその場から茂は離れることが出来た。
内心ほっとしながら茂は思う。
東京って変な人が多いんだなぁと。
「帰ろう、帰ろう。今から帰れば、スーパーのタイムセールに行けるはずだし」
事前に猛から聞いた近くのスーパーの特売時間もある。
然程急ぐ必要は無いが、ゆるゆると帰るにはいい時間ではないだろうか。
取りあえず、明日合流すると連絡のあった「軍師」「魔王」と計画を練るためにも、今日の所は下見ということで帰路へと着くのであった。
そんな茂は顔を伏せていて気付かなかった。
昨日助けた少年の腕組みした手を見ることが無かったから。
その手には皺くちゃになったA4のコピー用紙が握りしめられていたことに。
「ええ!!教授「突破」、来ないんですか!?」
朝から始まったゼミ生全員による「光速の騎士」データの洗い出しと整理がひと段落ついたところで、早苗は今日の打ち上げに参加できない事を詫びた。
先程の驚きの声はそれを聞いた学生である。
大学のゼミ生が集まった早苗の研究室。
少し人が集まりすぎて手狭な印象すら受ける。
「スマンな。野暮用、というには少しばかり込み入っている用事が入ってな。私が行かない事には作業が進まないのだよ」
「え、でも教授。宿泊先「光速の騎士」の出たホテルスカイスクレイパーだって話ですよね。お疲れさんの労務手当ってわけじゃないですけどどっかから休め、とか言われたりしないんですか?」
早苗はふふっと笑うとそれに答える。
「私の宿泊階は事件現場のもっと下だよ。「騎士」の出たのは最上層のスイートクラスのフロアだったからな。せっかくの研究対象が目の前にいるのに会えなかったからな。惜しいことをしたもんだ」
大学職員のIDでセミスイートの宿泊を取ってあったが、学生向けには早苗の泊まった場所は名目上はホテルの一般フロアとしている。
流石に警察沙汰になった経緯を彼らに話すと情報の管理が複雑になるためだ。
そのため、全員が早苗が「光速の騎士」にも「骸骨武者」にも直接接触したことは知らないのだ。
「教授も大変ですねぇ。でも「突破」の予約、長めに時間取ってあるんですけど。後で合流とかできないんですか?」
「難しいだろうな。恐らく深夜までかかりそうだからな。少しばかり億劫な仕事でギョーザの誘惑にまけそうだが。ただ、言いだしっぺは私だしな。後で領収書を渡してくれ。後で向こうの協力者に請求して各々精算するからな。多少は高い物も頼んでいいぞ」
ゼミ生全員から、うわぁと歓声が上がる。
皆で飲み食いしかもタダ。
いやがおうにも盛り上がる。
「一応、節度を持って飲めよ?目玉が飛び出る値段の物が「突破」に有るとも思えんが。後で管理不行き届きで始末書など御免だからな!」
はーい、と返事が返る。
「うわ、それなら兄貴も呼べばよかったかも。タダメシ食えるなら来たかもしれないし」
「あ、おにーさん予定通り約束してた人に会いに行ったんだ?」
「ああ、俺のチャリ乗って出かけてった。ちょっとお金渡してスーパーで買出しも頼んであるから、多分もう家にいると思うけど」
猛とマツがかるくじゃれながら自分のカバンを片付け始めた。
飲みに行くのであればいい席で飲みたい。
店までは大学を出て徒歩5分。
腹も喉も、ギョーザとビールを欲していた。
「……杉山。お兄さん、茂さんが来ているのか?」
「あ、そうなんです。ちょうど人に会う用事が出来た、って話で。今、家に居候してるんですけど」
「俺とおにーさんと猛で車借りて、3人で帰ってきたんですよ。いや、やっぱ男3人でもワイワイやりながら帰る方がたのしかったっすわ!」
「あ、昼飯もマジウマだったしな!流石ぽっちゃり伊藤。レベルじゃなくて格が違うね、格が」
ほぉ、と早苗の瞳が細められていく。
にやにやという笑みでなく、猛獣が肉の塊に食らいつこうかという瞬間にも似た強い笑みを浮かべて。
「えー!ぽっちゃり伊藤の推薦メニューって、なになに!どこの店!」
ぐいとその二人の間に入ってきたのは以前、絶品スパゲティ屋「ヤミ・ヤミィ」で茂と共に飯を食べた梅戸という女子であった。
明るく活発であり、ゼミの中ではムードメーカー的な存在となっている。
「ウメよ……。残念ながら、そこはSA。まず飯を食いに行くなら運転免許を取れ。いい加減仮免の期間きれるんじゃねーの?」
「う……。こ、今回こそは受かるから!3度目の正直って昔の人も言ってるしさ!」
「2度あることは……、ってことも昔の人が言ってるけどな」
意気込んで宣言するウメの言葉を猛がスポイルしてきた。
仮免の講習まではたどり着けたが、路上講習に難があるらしく落とされているのだ。
「ぐぅ……」
「まあ、受かったらゼミの皆で飲みに行こう!お前の分くらいはマツと俺で出してやるから!」
「スギ!何でおれがウメの飲み代出すことに!?」
唐突の負担発表におののくマツ。
「だってお前、今回の「突破」の予約忘れてたろ?ウメが念の為予約確認して気付かなかったら今日、全員で路頭に迷うとこだぞ。俺もギョーザ食える機会失うとこだったし」
「く、そ、それは……」
「うふふふ。マツ、ゴチですー」
ガクリとうなだれるマツを尻目にウメがおほほほと、お嬢様的な笑い方で煽っている。
その光景を見てゼミ生がまたか、と笑いだす。
穏やかな学生のゼミ活動の一幕であった。
「……杉山、松山、昨日お前らの家の近くで事件があったよな?」
「ん?ああ、なんかヤクの売人が捕まったらしいですね。捕まった公園、近くの道はよく通るんで怖かったすわー」
肩を抱えてぶるりとしてみせる。
それを見てマツも続けた。
「俺のトコもスギの家に近いんですけど、見たことある公園が事件現場ってなるとやっぱ緊張しますよね」
「……教授、ゼミ生の家の場所知ってるんですか?」
「いや、昔お前ら2人が酒で酔って話してるのを聞いたことがあったからな。……終電終わりでどうやって家に帰るか、とべろべろで騒いでいたときだ」
ゼミ生の一人が早苗に尋ねると、そう返答が返ってくる。
どの飲み会かはわからないが、確かにこの2人はよくべろべろになっている印象がある。
だからそういった光景を早苗が見ていたのだろうと思った。
「茂さんはお前の家近くがそんなところだと思わなかっただろうに」
「うーん。兄貴ですか? そういえば、一緒にニュースで見てましたけどあんまり何も言わなかったけど。ふつーに朝飯食ってましたし。昨日は事件のあったくらいの時刻にあの辺り歩いてたはずなんですよね。いや、巻き込まれなくてよかったですよ」
「そうだな。"巻き込まれなくて"幸いだな」
ふふっと笑う早苗。
今の何処に笑う要素があっただろうかとマツと猛が?を頭に浮かべる。
「いや、何でもない。茂さんが東京に来ているなら礼をしなくてはと思ってな」
「礼ですか? 兄貴、教授に何かしましたっけ?」
「今お前たちが話していたぽっちゃり伊藤の店を教えてもらっただろ?その分の飯でも一緒にどうかと思ってな。借りを返さないといけないしな」
「おお、そうかぁ。でも東京の良い店って高いですよね? 兄貴、今知り合いから旅費借りてヒーコラいってるような状況だし、あんまり嬉しくないかも……」
「……茂さん、大変そうだな」
「失くした財布もスマホも結局見つかんなかったみたいで。バイト代の振込があっても借りた旅費で全部吹っ飛ぶとか言ってましたし。うちの親からの仕送りも、学校は卒業したからって兄貴はもらってないですしね」
「え、仕送りいらないって言ったの? おにーさん。スゲーな、俺だったらプータローでも絶対金くれっていうけどなぁ」
マツが驚くが、まあそういうものだろう。
大学まで学費と宿代出してもらって、実質今はフリーターなのだ。
弟がまだ東京で在学中で金がかかる以上、家計を考えると茂への割り振りは減らさざるを得ない。
アルバイトのシフトをキチキチに入れている茂だが、そういう生活をしているフリーターやアルバイターは多いのではなかろうか。
「就職浪人なんて、心苦しかったみたいだしねー。まあ、森のカマドの就職が内々だけど出来そうだって話だし。将来的には茶店の店長、ぽっちゃり伊藤みたいなのを目指すんだろうなー」
「あー、なんかしっくりくるかも。ああいう客商売にむいてそうな印象あるわ。おにーさんって」
ウメが一度会った茂の印象を思い出す。
森のカマドの働きぶりを思うと、特に強い印象があるわけでは無いが、ポイントポイントで気が付くし、テーブル周りをよく回っていた。
ああいうバイトリーダーとか、スタッフの配置を考えたりは得意そうだ。
「任せられた仕事を一生懸命に、がモットーだって。兄貴が言うには結構これで人生生きてける仕事があるのは最高だってさ」
「ふーん。そういうもんかね?」
「……茂さんが、そういう普通の仕事を、ねぇ?」
そういう茂の思う未来の展望を聞いた早苗がくすりと笑う。
杉山茂が、普通の仕事を、だそうだ。
「? どうしたんです、教授?」
「いや、何でもない。……茂さんへの礼はまた何か別の物を考えるとしよう。帰ったらよろしく伝えてくれ」
「あ、はい。じゃあ、失礼しまーす」
火嶋ゼミから早苗以外が出て行った。
唯一残った早苗が、そっと胸に手をやる。
チクチクとした痛みがまだ残るそこはすでにかさぶたになっているが、痕は残らないだろうと診察されている。
「さて、何をしようとしているのかな?あの人は?」




