3-2 爽風 さかのぼりて 推測
清々しい風が頬を撫でる。
街路樹は緑を蓄え、その間からは月曜の昼の陽の光が差し込み、木陰とその隙間を縫う光のコントラストを道路いっぱいに描いていた。
その歩道は綺麗に整備されており、時折若い女性や、ミドルエイジの奥様方や、年老いたマダムがジョギングコースとして美しい汗を流していらっしゃったりする。
そんな穏やかな木漏れ日の中で、茂は横に自転車を置いて木陰で日陰になった木調の休息所のベンチに腰かけていた。
「むぐむぐ……。んー、無理だったなぁ」
眉を寄せながら、手に持ったシャケのおにぎりを食べていた。
個包装ではなく、2個入りで海苔がしっとりしているタイプの奴だ。
すでに1個めの昆布のおにぎりは茂の腹の中に納まっており、もう一つのシャケにぎりを頂いているところである。
「途中のスーパーで買出ししたけど、正解だな。この周り、飯屋高いとこしかないんだもん。いや、貧乏人には生き辛い土地だぞ、ここ」
ぱりぱりとおにぎりの横に添えられたタクアンを齧る。
茂としては柴漬けの方がポイントが高いのだが、無いのだから仕方ない。
こういう2個入りのしっとりおにぎりも個包装のぱりぱりもどちらも捨てがたいが、漬物分だけ2個入りが勝ると茂は思っている。
ただし、休息用のテーブルの上にはスーパーのビニール袋が置かれており、最後の一つはフィルムをはがす海苔がぱりぱりになるタイプのおにぎりが入っている。
ベンチには500ミリの緑茶のペットボトルが置かれている。
んが、と大口を開けてシャケのおにぎりの残りを口に放り込み、緑茶を飲んで流し込む。
んんっと伸びをして体をほぐす。
周りのジョギングコースは公園を含む開発計画で整備されたため、少し目を凝らせば公園にシートを広げる子供連れや、茂と同じ休息所でランチボックスを広げて食事を楽しむ老夫婦の光景も目に飛び込んでくる。
なんというか平和な光景である。
(んー、しかし広すぎだな。ちょっとばかり深雪がどこにいるかわかんないわ、これ)
視線の先には3メートル近いコンクリの壁がででんとそびえたっている。
ある程度の距離を開けて監視カメラまで設置されているようだった。
(ぐるっとチャリで外周回ったけど、「気配察知:小」だと真ん中の辺りまで捜索できないんだよな。取りあえず壁のまわり50メートル弱の中にはいないってことくらいしか判らんし)
ううむ、と悩む茂。
要するにゲームのマップを埋めている感覚に近い。
黒く表示される場所を埋めたいが、壁のむこうの少しだけが表示されて、その先は判らない訳だ。
新しく印刷した周辺地図を取り出す。
それによると、この目の前のコンクリ壁で囲われた場所は茂の後ろの公園の倍の広さがあるらしい。
公園自体が地元でもあまり見ないくらいに大きなものであるというのにだ。
その大きな閉鎖空間の真ん中を埋めるのであれば、「イベントキー」が必要になる。
具体的には『白石コーポレーション精密機械、IT技術開発拠点・試作機試験場』に入れる許可証が。
(壁を越えると、不法侵入だしな。それは犯罪だし。隼翔に深雪を家に帰すのを手伝ってほしいって言われたけど、今深雪のいるのは親父さんの仕事場って考えると。……無理に連れてくと俺たち誘拐犯になるよなぁ……。20超えてるから俺の名前だけ、ニュースで流されるよなぁ)
またも悩む。
隠れて侵入してこっそり連れてこればいい、という意見も有ろうが、それは無理だ。
茂はデジタル系の監視装置に弱い。
というか、普通の人は監視カメラの類があるなら映り込む。
「気配察知:小」を全開にすれば人の視線には気づくことが出来る。
ただし、機械操作式のカメラや、「気配察知:小」の範囲外からの視線には全く意味をなさない訳だ。
それにこの場所はIT技術開発拠点・試作機試験場と命名されている。
それはそれは日本トップクラスの監視の網が準備されているはずだ。
「博人と由美は明日来るっていうし、「軍師」さんに相談しようかな。ちょっとこの凡骨の脳ミソじゃなんも思いつかん」
そうそうに諦めると、袋に手を突っ込み最後のたらこおにぎりを取り出す。
ぱりぱりとしたおにぎりをパクつきながら、涼しげな風を茂は一心に感じながら、隼翔と軽く手合せした日の事を思い出していた。
「んで、お前らが弱体化したのは判った。で、もう一つよくわからん項目というのはだ。なんでそんな人気のないとこに深雪の親父さんのボディーガードが大挙して押しかけてるのかってことだ。……深雪の親父さんってデカい会社のトップだけど、深雪本人はじーさんばーさんの家で慎ましやかに暮らしてるって、よく皆に言ってたし。よくわかんないけど親父さんとはギクシャクしてるって話だよな?」
「……色々あったのは確かです。昔は結構僕も白石のおじさんとは会ったりしましたし、疎遠になったのは中学に入るくらいの頃で、5、6年位前ですけど。父親同士友人だったもので、よく東京の白石家には遊びに行ってました。白石のおばさんが病気療養にこっちに戻ってきて、そこからですかね。ちょっとおじさんと深雪がおかしくなったのは」
「深雪自身は結構サバサバと家庭の事情は話してくれてたしなぁ。金持ちの家ってのは貧乏人には判らん苦労もあるんだろうけど」
車庫から戻ってきた全員で隼翔の部屋に車座に座ると、茂は白石家について情報を求めた。
複雑な家庭環境の他人のお家の状況を根掘り葉掘り聞くのはあまりいい気分はしないが、今回ばかりは仕方あるまい、と無理矢理に納得させる。
茂は少しばかり、深雪に負い目を感じてしまったが。
「戻ってきた瞬間、ほぼノータイムで30人くらいに囲まれまして、混乱していたんですけどその中に白石の家の、なんて言えばいいか……。執事頭というか護衛のトップといいますか。その囲んだ奴らの中に門倉さんって人がいまして。まあ、僕が覚えてるくらいなので当然深雪も知ってて」
「……完璧、待ち構えてたってことだよな。それって」
テーブルの上に置かれたウーロン茶。
若干温くはなったが、それをとくとくとカップに注ぎ、ぐいと飲む。
「……「軍師」、説明を」
「わっかりましたー!……って無茶言わないでよ!これだけでどういう説明ができるって!?」
「まあ、なぁ」
急に博人に振られた由美がおどけて見せる。
当然このような状況でどうせぇ、という話ではあるが流石に「軍師」。
なんとかかんとかひねり出してくる。
「絶対にない、と断言できるのは偶然あの場所に彼らがいた、ってパターン。私と博人は違うけど、どうも隼翔君と里奈ちゃんと深雪さんの家からはその日のうちに警察に連絡行ってたみたい。だから、まあ白石の家が人を集めて探してた、って可能性は無いわけじゃない。そのままだったら、ね?」
「そのままだったら?」
「多分警察へ連絡したのは水曜日だろうけど、それが白石家から木曜の夕方には取り下げられてるんだよねー。そんで、但馬家、堀田家両方に"心配する必要は無い"って白石家から連絡があったこともわかってまーす」
由美の説明に茂が隼翔に向き直る。
しっかりと隼翔が茂を見つめながら頷く。
「ちょうど、「光速の騎士」が大々的に報道されたタイミングのようですね。最初の不鮮明な画像ではなく、しっかりとしたシルエットの映像が各局に流れたころに、です」
「……なるほど」
茂の頷くのを見て由美が続ける。
「そんで考え付くのは2パターン。……まあほかにもあるかもだけど、大きな範疇で考えればこの亜流に落ち着くだろうし。ただしどっちにしてもトンデモ意見と推測の域を出ないことは間違いないんでそこは理解してくださいね?」
「わかった、無理を言ってるのは確かだから」
「……1つ目は深雪さんの動向をモニタ出来る術を持っていた若しくは、向こうの世界の情報を手に入れる術を持っている。2つ目は召喚という行為に対して、何らかのデータがあるという場合」
「1つ目はどういう意味?」
「……ちょっと前ですけどスマホの中に位置追尾が可能なアプリ仕込んで逮捕された、ってのあったでしょ?」
茂は少し思い出す。
ちょっと前、といえどもカレンダー通りのちょっとではなく、実時間でいえば3年プラスちょっと前である。
「……あったな、そういえば。恋人同士が勝手に入れたとか、奥さんのに入れてみた、とかで話題になってたよな。子供の位置確認とか、認知症の人の家族の知らない外出にも応用できる、とか利点も出てたけど」
「アレみたいなのが深雪さんに仕込まれてた場合、助けには行けなくても心身の安全は確認できます。世界と世界の壁を超える様なチョーゼツ技術が開発されてれば、ですけど」
「本当にトンデモをぶち込んできたな、それ。なかなかトンデモが過ぎるけど」
「私としてもほぼほぼないとは思ってます。そんなのが出来てれば、スマホの圏外なんてとっくに無くなってますし。第一向こうに基地局なんてものもありませんし。確率5%ってとこですか」
「5%はあるんだ」
「白石総合物産って日本だと総合商社のイメージですけど、海外じゃ超巨大コングロマリットって印象が強いとこですよ。思いもよらないチョーゼツ技術の入手があり得ないと断言できません」
由美はそういうとテーブルの上のちょっとだけしけったポテチを摘まみ、ぱりぱりと噛み砕く。
いつの間にかテーブルの上のスナック類は粗方誰かが摘まんでほとんどなくなっている。
「そして、こっちが本命。白石家が召喚陣、又はそれに類する手段のデータを持っているという可能性」
「データって、向こうでいう観測用の魔術道具みたいなものの事か?」
「そういう事ですけど、ちょっと違いますかね。気圧変動とか、大気の成分変化とか、あとは周辺の家電とかの変調なんかのちょっとした変化をデータとして連結して測定する。普通に使っている個々のデータを統合処理できるなら、予測の精度は上がると思いますし。それであれば、可能ではないかなと。さすがに世界と世界の間を通る通路を開けるなら周りになにも影響がないっていうのは考えにくいかなーと」
一理ある。
だが、それでも確信できるほどではない。
「当然、私が昨日から今日までに思い付いた予想できる範囲のパターンですけど、説明できるのは深雪さんのお父さんだけです。嘘吐かれるとそこで詰みですしね。でも、思い付いたのでいくと、これが一番可能性高いかなぁと思いますよ。それに……」
「それに?」
言葉を切った由美を見つめる一同。
彼女が見つめる先のテレビには消音設定の「光速の騎士」が映し出されていた。
「茂さん、つまり「光速の騎士」が現れてからのタイミングがそれに重なるのが引っかかります。白石家の動きが始まったのは「騎士」の出現が広く知られるようになってから。しかも、「超人」っぽいレベルの存在だと確認されてから」
「……続けてくれ」
茂に促されるが、一度由美は自分のカップに手を伸ばす。
少しだけ残るウーロン茶を飲みこむと茂、いや、その場の皆を見渡してこう言いだした。
「私たちの召喚は時間が経ちすぎていて結果としては"失敗"だった。それは確かだと思います。でも、そうであるならあの遺跡の作りはおかしい。"失敗したから"放棄されてしまったのは事実でしょうが、召喚が出来るかどうかを確認しないまま陣を作って、遺跡を作って一発勝負の儀式やら作動行程に挑んだということになります」
「?話がずれてきていないか?」
博人がいきなり飛んだ話を始めた由美に問う。
しかし、由美は首を振る。
「皆にも聞きたいんですけど、そんな大事な大事な本番前にリハーサルってしないものですか?異世界の大国がぶつかり合う大戦の真っただ中、死霊術を使うバカも、戦地の少年少女の奴隷を盾にしたクソもいたっていうその時代に。倫理観なんてぶっ飛んでいるそんな環境で」
由美が息を吸う。
「地球から「勇者」を呼ぶのも有効でしょうけど。それよりも、茂さんみたいな「兵士」を大量に呼び込んで使いつぶす方が具合がいいんじゃないかと思うんです。何せ元値はタダ。無から有を生む打ち出の小づち。魔力は必要としますけど、質より量を得るのであればこれ以上ないブラック全開のクソッタレハローワークですよ、あの召喚陣っていうのは」
「そうか、そういう事か。ようやく言いたいことが分かった」
隼翔は理解して深く頷く。
同じく博人もだ。
由美は向こうで召喚陣の解析の担当で、その仕様意図についての考察は重ねてきている。
ある程度の確信を持って話しているところもある。
未だピンと来ていないが、茂は何となくクソッタレな結論が目の前に迫ってくるのを感じていた。
「嫌な話ですけど、あの召喚陣は最後の最後に失敗しただけで、実は最低限の目的は果たしていたんではないかと。最初に試しに「兵士」を呼び込むことが出来て、そして"使える事"が分かった。そして「使いつぶした」要らないゴミを、ゴミ箱に放り込むようにして帰すことも"試してみて"成功した。だからいざというときには守れるような立派な建物を作ってみたのではないか。そういう事だったんじゃないか、と」
「……ようやく分かった、頭鈍いな。俺」
かちりと歯車がかみ合った気がする。
「召喚陣の責任者が資料とともに中央から左遷されたって話ですけど、本当は違うんじゃないかと。資料まで一切合財一緒に処分したってのはそういった事実を隠したかったからじゃないのかな?結局人間はどこまでも綺麗で美しくて、でも同じくらい汚くて悲しい生き物ですよ」
由美は結論を述べる。
「白石家は私達の前に異世界へと召喚され帰還した人物を知っている。白石家ではなく関係者一族にそういう類の人物がいるということかもしれませんが。「光速の騎士」の装束は昔から然程変わっていないそうですし、テレビで流れた「光速の騎士」の鎧やら兜やらにデザイン的な共通点も大戦時の装備品との間にはみられるのではないでしょうか?その大戦もかなり古い時代だといいますが、私達は3年をわずか数日で圧縮されています。場合によってはその時の前帰還者が生存している可能性すら考えられます」
「怖いな、それって」
はぁと一気に話した由美が最後に告げる。
「ですが、私の考える確度の高い推測です。何を目的に深雪さんがさらわれたのかわかりませんが、茂さんの「騎士」の力なしで東京へ向かう。最悪の選択肢でしょう。私はそれだけは避けた方がいいと思いますよ?」
ちょっとばかし、クドイかも?




