1-15 巧遅 には 拙速
ぎゃんッ!
金属が擦れ合う耳障りな音が響く。
瞬間に黒木が一閃した大太刀を、片腕のクジョーの黒い短刀が打ち合った瞬間、クジョーがわずかに方向を逸らして刃を滑らせた音だ。
しゃおんっ、と最後に消え入るような音を残して二人は互いの得物を手元に戻す。
「ハハハッ!」
黒木は楽し気な声と共に、戻した大太刀を大上段から両手で一気に振り下ろす。
ぶぉぉっ!!
刀身に黒い炎をまとわせた黒木を嫌ったか、距離をとったクジョーの眼前を剣閃が奔った。
見極めの為のまずはお触りといったところ。
地面まで振り下ろして叩きつけるのではなく、その直前でぴた、と止めて見せた。
それに対して、クジョーは口元をわずかにほころばせる。
真に愉しみからか、それとも苦悶を覆い隠す虚飾か。
全くのノーダメである黒木と違い、クジョーは間違いなく傷んでいる。
前座である「騎士」の一当てを確認してからの真打登場という段取りを踏んだ以上、その状況は当然といえる。
それが許容範囲内のダメージであるか、否か。
「シャァァッ!!」
下段に構えた剣先を跳ね上げるようにして、黒木が大股で踏み込む。
今度の一撃は芯まで届く、と。
先ほどの振り下ろしで見せ、解らせ、強いる。
避けるか、いなすか、それとも同じく踏み込むかの選択を。
クジョーがどう動くかということ。
ぎゃんっ!
再度の金属音。
合せてくる。
クジョーは下段から跳ね上がってきた熊潰の一撃に、きちんと短刀を真正面から合せてきた。
更に言うならば。
短刀に付随するクジョーを覆う巨人型の影。
それが追撃を放つ。
「邪魔ァッ!」
クジョーの折れた左腕側から、フックが黒木を襲う。
とっさに身をかわしたその空間をぶぉん、と音を立てて腕が通り過ぎる。
「おおぅ!!」
下段からの切り上げを回避するならその距離を潰すために突き、若しくはばっさりといく為に、さらに踏み込み、胴を払う。
いなすなら、そのまま手首を返し、鍔迫り合いになだれ込んでの圧し切り。
黒木は五体満足でクジョーを連れ帰る、などという甘々な要望などさらさらやる気はなかった。
だが、目の前のヒヨコ頭は存外やる。
「なかなか、なかなか愉快ッ!」
それらのプランはご破算。さらにクジョーは反撃までしてくる。
むしろ顔の造作が分かる程度の首一つを持ち帰る方が荷物が軽い分、楽でいいという考えである。
「ハンッ!」
たんっ!
刀を合わせたところで、押し戻された黒木は距離をとる。
ちらりと刀身を見ると、押し戻された部分、つまりは短刀が当たった部位の熊潰の刀身から黒炎が散っている。
逆にクジョーの短刀、というかそこから派生している彼を覆う黒靄の巨人像。
その像が熊潰と打ち合わせたあたりを中心にわずかながら薄くなっていた。
(ほぉ……。もう一つ、愉快ッ!)
なるほど、優劣ではなく相剋の関係、というわけか。
一方通行の矢印ではなく、両方向に矢印が伸びている。
遣いの話を聞く限り反吐が出るほどにこの男を嫌っているのだろうと分かりすぎるほどにはわかっていた。
だが、新参にむざむざ褒美をくれてやるようなご立派な先達としての寛容さという概念は持ち合わせてはいないと見える。
「いやはや捻くれ具合・腐れ具合の年季が違うということか。いっそ感心すらする」
「足を引っ張りあいを、涙ぐましい研鑽と呼ぶ乾き物連中だぞ。生き返りのガチャで下手をこいたな」
一方的な食い食われの関係ではなく、互いが互いを餌であり天敵である関係性。
当初の目的が果たせるだけのリソースは与える。だが、別にそれが完遂されるかどうかは別にどうでもいい。
成されれば、それはそれでよし。
できずとも両方ともがそれなりに傷んでくれればそれだけで良い。
「まあ、ガチャ、というのは良くは分からんがそうそう悪いものでもなかろう?」
にたり、と笑う黒木。
自分に仕込まれたものに思うところはあるにせよ、まあそれよりも得ることのできたものの方が大きいという判断だろう。
(まあ、こいつならそう言うだろうな……)
特段の不満を欠片すら見せない黒木を内心苦々しく思いながらも、クジョーは努めて表情に出ないように薄っぺらい軽薄な笑みを貼りつける。
相性という相関関係をイの一番で重視するのはどちらかといえば術師の連中だろう。
互いの得手不得手に属性的な概念が濃密に絡み合うのが術を用いた戦いというものだ。
極論、一点に特化した術師はある相手には何一つさせることなく完勝を得、ある相手には逆に何一つ届くことなく敗死する。
それが術師同士の戦いであるが、この黒木は違う。
剣閃にクジョーと相剋の力が載っている、とはいえ本質は戦人。
術としての力が不利になろうとも、そこを一切合切無視して手持ちのヤッパでバッサリといけば良いだけの話。
黒木の大太刀、熊潰。黒炎が散るも、その下の刃はギラリと光る。
物理系のステータスに集中してガン振りしているわけだ。
ならば、だ。
「そうら、よっ!」
クジョーを包む巨人は地面を蹴る。
ごんっ、と音を立てて床に散らばったままのがれき類が黒木に飛んでいく。
純粋な身体能力に特化。
そうであるなら、物理法則に則った対応が主のはず。
避ける、払う、退く。
(さあ、どれだ)
先ほど「騎士」は同じような状況で「払う」を選んだ。
アレも特異な「魔法」という概念があることで分類がし難いものの、大きく分けるならば身体への特化とみるべき対象。
どの程度が出来るのか、どういったものをこういった場合に選ぶのか。
一つの指標として「騎士」が対応した同系統の攻撃に黒木がどう動くのか、意識のベクトルをどこに置いているのか。
そこが知りたい。
ざっ……!
一歩、黒木が後ろに後退。
(避けたッ! コイツは無理に痛むことは選ばないッ!)
見た瞬間にクジョーが蹴り足を床に。
そのまま、前へ。
黒木が飛んだがれきを避ける動きに合わせ、一撃を……ッ!?
「・・・…ぐっ!」
黒木は、一歩下がった。
そしてその動きは回避。
そう見えたのである。
だが、それは見せかけ、ブラフ。
大きく退くも、それは振りぬくためのスペースを作るための一歩。
答えは「避ける」ではない。「ぶん回す」だ。
クジョーが突っ込んだ分、振りぬいた刃先が到達するまでの時間はミリ単位だが縮まる。
そしてこの場面でのミリクラスの時間の喪失は、悠々と致命に至る。
ぞんっ!
「くはっ、これで浅いかッ!」
ぶん回した刀による胴薙ぎ。
そこへ緊急回避的に置くことが出来た黒靄の巨人の腕。
辛うじて本体であるクジョーまでは届かない。
ぶちん、と胴薙ぎの剣が断ち切ったのは巨人の腕一本。
その腕一本を犠牲にして勢いよく前転して距離をとる。
(その場その場に合わせての対応力。……個対個の経験値が厚いか)
本体まではイかないまでも、確実に削られた。
黒靄が失った腕のあたりに滞留しようとするも、その形を保つことが出来ない。
にたぁ、と黒木の口元がゆがむ。
(……嘘吐きめ。煽ってきやがるか)
当たり前の話だが、戦いの最中のニヤついた笑みなどただの心理戦の一つ。
ボクシングでお前のパンチなんざ効いちゃいないぜと歯を剥くといえば分かりがいい。
ああいう程度が低いものから、より高度に顔の各部を動かして見せるものまで。
この黒木はあの骸骨の黒木兼繁と違って顔面がある分、そういうこともしてみせるのだろう。
先ほどまでの笑い声も本当のものかどうか疑わしい限りだ。
だが、この心理戦は効かない。
何しろ、クジョー自体がこのブラフを多用している側にいる。
真実の戦いの妙にしろ、ただ相手を虚仮にするためにしろだ。
とはいえ、より戦いの場に長居しているクジョーがさらに削れる。
これは、雪崩をうって一気に形勢が動きだす階ともなりかねない。
じゃり、と知らず一歩クジョーが下がる。
「しゃぁッ!」
その意識外の後退を見逃す黒木とは違う。
裂帛の気合と共に踏み込みからの連撃。
先んじる黒木の刃に短刀を合わせに行く。
ぎゃん、ぎゃん、ぎゃん、と合わせに行く刃が増える度に、クジョーがわずかにそれこそ爪の甘皮一枚ほどずつであるが後退していた。
(押される、か。成程、天敵同士の天秤は傾くのが早い)
凌いでいるが、押される。
押し込み返す余分は「騎士」相手で消耗している。
ぎゃん、ぎゃん、ぎゃん。
変わらず、合せることが出来る程度の速度で削る。
シンプルにこれを継続すれば先に尽きるのはクジョーだ、という事だろうが。
(……切るべきかどうか、だな。……そこの計算はないだろうが)
もちろんこんなに冷静に考えを巡らせるのは、奥の手ともいえるものがあるからなのだ。
当然、それはこの黒木を送り出した者たちも理解している。
寧ろそれを暴き出せるのであれば、黒木という駒が欠けるのも了承済みという事だろう。
コストはバカ高いが、リターンはそれに匹敵する。
その奥の手の一端がわかれば、黒木を失っても、自分たちで討てる。
そう思っているのだろう、あの干し柿と梅干と煮干しの親戚連中は。
(一席の爺はどう考えている。俺への忠告、もしくはこの機会にそいつらを摘むつもりか?)
別に一手切る程度はどうということもない。
それくらいであの乾物連中がクジョー・T・シズマを討てると?
あの一席がようやく呆けたというわけでもあるまい。
奥の手が一つだと誰が決めたというのか。
そうやって秘したものがクジョー、一席、共に持ち合わせていることは暗黙の了解である。
あの封緘事件で調子に乗った乾物どもへの打擲であるなら一席が自ら行うだろう。
ならば、別。
そう結論付けた瞬間に浮かぶ顔。
無表情でこちらを見る、眼鏡をかけたある女。
(なるほど、どこだ?)
気付くとそれが気になる。
意識の一部だけを黒木の攻撃以外に裂く。
黒木たちが持っているだろうカメラ、そこらのケータイなどの通信機器、もしかすれば通信障害のはずのホームセンターの防犯カメラ。
見ている、見ている、見ている。
絶対に近いほどの確信。
スミレ・モトミヤ。
彼女がこの戦いの一部始終を見ている。
あの女には必要なのだ。
クジョー・T・シズマの持つ手札という情報が。
どんなに小さくても、さらなる一手があろうとも、それが最終的に無駄になろうとも関係ない。
クジョーの些細でもその一手を知ることが必要だと判断したのだろう。
(爺も乾物連中も巻き込んで、その甲斐はあったか? スミレ?)
くは、と苦しい中でクジョーが嗤う。
相手に何か影響させるものではない、心からの嗤い。
可愛い可愛い、娘の香りをほんの僅か嗅ぎ取ったことから溢れる純粋な喜悦。
ああ、そんな無駄なことに心血を注ぐ愛しい愛娘よ。
「……良いなぁ、良い。良いッ!」
クジョーの感情の高ぶりは、一時的な身体能力のブーストに繋がる。
ぎゃぁっ……あぁんっ!!
熊潰と黒の短刀は、絡むようにして交錯したこの一瞬だけ、大きくクジョーの方に傾いた。
「ぬぅっ!?」
いままで攻め込まれていた分を超えてホームセンターの出入口に向かって黒木の大柄な体が大きく弾き飛ばされる。
ざあざあと降りやまない雨の滴る出入り口付近で地面に手をついて黒木が止まる。
「気分が乗ってきた。一つ、魅せてやろう」
そう言って黒木に店内から歩いて向かってくるクジョー。
外の明るさと停電した店内の暗さのコントラスト以上に、クジョーの周囲に何か黒い靄が集まってくる。
見るが良い。一つ、その目で確かめる、その権利をやろう。
ゆっくりと短刀を握る手を持ち上げ、その剣先を黒木に向ける。
その様を見て、黒木は熊潰の柄をしっかりと握り、クジョーに相対する。
ぴたり、と剣先が黒木に照準を合わせ、そしてクジョーの目が大きく見開かれた。
どぉぉぉぉんッ!!
周囲にとどろく衝撃音。
そしてその音の先にいたはずの黒木は大きく吹き飛ばされ、外の土砂降りの駐車場まで吹き飛んでいる。
どん、どん、と二度ほどバウンドして駐車場に残っていた軽自動車にぶつかってようやく止まった。
「ぐはぁぁっ!!?」
口元から煙のように噴出した血が雨に混じって地面を染めていく。
黒木は誰が見ても明らかに大ダメージを受けていた。
そしてその黒木に相対していたクジョー。
彼は剣先をいまだ黒木が先ほどまでいた場所に向けたままの姿勢を崩していない。
そして、一言。
「はぁぁっ!!?」
全身全霊を込めた全力マックスのボリュームでの疑問符をぶちまける。
違う。
違う!
違う!!
俺は、まだ、なにも、やっていないッ!!
動かしていない剣先。
その延長線上に転がっているのは500L超の家族向け冷蔵庫、重量予測100キロ越え、といったところ。その成れの果て。
黒木に激突したその衝撃は大きかったのだろう。
両開きのドアは破損して片方が脱落し、野菜室の間仕切りは雨ざらしの駐車場のそこかしこに散らばっている。
もう真っ当に使うことは困難であろう。
きっと保証も効かないであろうことは確実で、もったいないことにスクラップ行きは確定だ。
「ッシャァァッ!! 命中ッ!」
そう大声をあげて、駐車場に出て来たのは、ところどころ服のあちこちが擦り切れた上に、頭のヘルメットに関しては大きくひびが入った男。
クジョーたちとは違う出入り口から出て来た、先ほどまで4対1の勝負を押し付けられた彼は、「光速の騎士」こと杉山茂である。
つまり、クジョーたちが戦いをしている間に、もう一つの戦いは終わっていたという事。
4対1をそれなりに余裕を持って圧倒し、勝負を決めた。
そして、クジョーたちのタイマンの妙を一切介することなく、横から全力でブッ叩いて見せたわけである。
クジョーに意識の百の百を向けた黒木目掛けて、恐らく店内にあった冷蔵庫をぶん投げ、それが直撃したということだ。
「……まったく、台無しっていうのはこういう事か」
気が削がれるだけ削がれたクジョーは短刀を下ろすと、やれやれとばかりに息を吐き、雨の降りしきる店外へと気だるげに歩き出した。




