1-14 強撃
お久しぶりです。
ここ数日読みに来てくれる方が増えたようでして。
なんかそういう状況で何も新しいのがないってのも心苦しいので、一本投稿してみます。
「……さて、そこの無作法者と話をしている暇はなくてな」
本当に何でもないような素振りで、「光速の騎士」を視線から外す。
興味がない、それが事実だとはっきりと「騎士」は認識した。
「何ぞ小難しい名前をしているが、そこのヒヨコ頭。貴様がクジョー・T・シズマ、だな」
黒木定良兼繁でありそうで、そうでもなく、だがそうであると思われる”推定黒木”は、「光速の騎士」を無視する形で、彼と相対していたクジョーの方に声を掛けた。
「おいおい。こっらも、お前とは初対面だと思うがね。そちらさん、無礼者って言葉に聞き覚えはあるかい?」
金髪をヒヨコ頭、と揶揄されたクジョーは、片方の腕をだらりと下げたままで、皮肉を言い返す。
少しばかり余裕のある風で、無事な方の手でちょんちょんと自分の金髪をつまんで見せた。
先ほどの会話にちなんだブーメランを受けて、推定黒木はにたり、と笑う。
「そうだな、確かに名乗りもしないのは礼を失するか。俺は“黒木兼繁”」
びくん、と「光速の騎士」の体が小さく揺れる。
名乗った。
確かに、この目の前の男は「黒木兼繁」。
あの甲高いカタカタと鳴る笑い方の骸骨頭の知人と全くの同姓同名を名乗ったのだ。
そして「気配察知:中」の反応は、「黒木兼繁」に極めて近い、そう極めて近い、敵対的存在とその結果を返してきている。
それは「騎士」の知る定良本人であれば、反応として返ってくるのは骸骨、詰まる所アンデッドという反応であるはず。
その要素が当然在ってしかるべきなのに、目の前の男は辛うじてではあるが生物として存在しているという結果が返ってくる。
(なんなんだ、こいつ……。いや、こいつら)
視線が隠れるシールド付のヘルメットの下で「騎士」は片目をほんの僅か動かした。
その視界の端に捉えたのは、クジョー。
クジョー・T・シズマ。
(生物っていうか……、クジョーと同種、だろう)
以前に知ったクジョーの、というかクジョーとあの時の少女。
港湾部での橋の上で出会った、クジョー、そして確かハナ、そうだ、ハナと名乗っていた少女。
あの時の二人と、同じ反応が目の前の自称黒木からもしている。
(人型の複合魔獣……。目の前のコイツも、か)
生命の冒涜、という概念にずっぽりと手を突っ込むような暴挙の産物だ。
継ぎ接ぎにした生肉に無理やり魂を突っ込んで動かすという死霊術の一種である、それ。
死体を生き返らせる、ではなくそれを生きているという認識で動かす。
「光速の騎士」である杉山茂が唾棄すべき所業と断ずる、そのいけ好かない業の結実がこの場に二人も存在する。
「……気ン持ちわっりぃぃ」
目の前の男に嫌悪感を覚えると同時に、クジョーたちにも感じた所謂、死霊術の術式下に特有の自意識の掌握・制限という様子がないことに違和感を覚える。
骸骨の定良と初めて会った時のような何者かに使われているような雰囲気をこの目の前の男、自称黒木、いや兼繁からは感じ取れないのだ。
死霊術ではある、あるにはあるが、別の類のしかし根っこは同じ術式。
この点を認識できない者からすれば、普通の生者とどこがちがうのか、という話ではある。
そんな珍しい存在がホイホイとそこら辺にいていいわけはない。
だからこそ、自分の「気配察知:中」の反応が間違っているのではないかと思う事にもなった。
「それで? 黒木、お前はいったい何の要件でここに来た? 俺はいま、非常に重要な“会談中”だったんだが」
先ほどの大立ち回りを会談と言い放つクジョー。
自然と目の前の兼繁含め、5体の敵対的意思を持ったモノたちに相対することになった。
げんなりとなった「騎士」が自分のスキル「気配察知:中」に疑問と混乱を覚えた理由がもう一つある。
「剣呑なバカ騒ぎをしているのは分かっていたが、そうか、そうか。楽しくお話し中ということだったか」
「ああ、相互理解を深めるには本気でぶつかり合うってのが、現代流だ。ご老体には難しかったか?」
「……冗談、キッツぅ」
兼繁とクジョーの皮肉の言い合いに、自然と「騎士」からは愚痴が漏れる。
冗談であってくれればまだこの意味の分からない状況から生えてくる大混乱は起きなかっただろうに。
この皮肉合戦のさなかに再度「気配察知:中」を一回やり直す。
近くにある反応の内、明確にある敵対反応は目の前の兼繁含め5。
そう、敵対反応は狂ったことに「5」、「5」だったりする。
「で? 俺と、このヘンテコなキテレツ君との交流を邪魔してくれた理由は教えてくれるか?」
へらっ、軽薄な笑みを浮かべ、腕をだらりと下げたままでクジョーが尋ねる。
ごくごく自然に「騎士」の横へと移動してくる、残る一つの反応。
その当人であるクジョーの反応は先ほどと変わることはない。
終いにはこちらにその笑みを向けてさえ来たりする。
もちろん彼らの間に友好的なものは一切ない。
だが、この男は先ほどまで気を抜けば命が飛ぶような大立ち回りをしていたというのに、その相手に向かって笑みを浮かべているのだ。
つまりクジョーは、「騎士」と敵対していない。
(な、ん、でッ! こいつは、俺にそんな面ァ、できんだよぉ!?)
そう、この場でクジョーは「光速の騎士」に対し、「中立」の反応を示してこの場に立っていた。
だからこそ、「騎士」は自分のスキルである「気配察知:中」の精度に疑心暗鬼となっていたのだ。
しかし、二度。
二度の確認作業をした。
敵対的な反応は、5。
そして非友好、かつ非敵対的反応、1。
(……これは、そうである【クソみたいなマジ】と判断して動くべきだ)
目の前にいる男は、黒木兼繁。あの骸骨の定良と同じ、ないしはそれと同じと判断できるほどのナニカ。
であるならば、それがこちらと敵意をもって対峙しているという事実が確定する。
(疲労、疲弊、つーかメンタルが一回落ち付いたってのが最悪だな)
やる気がダダ下がり、というか最初のテンションが底値だったのを無理くり高いところまで引き上げた反動で、もう一度さっきまでのところまで気持ちを引き上げられる気がしない。
嫌戦感、とでもいうか乳酸が全身に回りきったような倦怠感も感じる。
手を軽く握る。
ぎゅう、と反応が返る。
(8、いや7割ってところ、か。水を差されたからな)
往時の7割強。
行けないわけではないが、大事をとるなら止めておくが吉。
そういうライン。
「……俺は、新参にすぎん。まずは先触れ、というわけでこの雨の中。伝令なぞを任ぜられている。信の置けぬ外様の辛いところだな」
黒木はそう言うと徐にスーツの合わせに手をやり中から小さなメモ書きを取り出す。
「さて、では伝える。クジョー・T・シズマ。貴様には先日より、複数回に渡り女媧黄土の上級席次より参集令が出ているはずだ。その全てに是も非もなく無回答で野放図に外をふらつかれては困るとの事だ。ついてはその無責任な態度・姿勢について聴聞も含めた臨時会を開くとの事でな」
「おやまあ、そうかい。そりゃあ、ご丁寧な出席案内状、痛み入る」
にやにやと笑うクジョー。
メモ書きをつまらなそうに読み上げ、それを床に放った黒木は特に感情を露わにはしない。
「で? 返答は?」
「4席以下の連中の連名での召喚ならば、席次の上位者である俺の権限でいくらでも蹴ることはできる仕組みのシステムだ。ただの嫌がらせにしかならんが、段取りはきちんと踏んだってことが必要なんだろう?」
「組織とはそういうものだ。末成りと干物がふんぞり返っていたがな。まあどこかしらでああいうのが肝となることもある」
「理解が深いねぇ」
「で?」
そのうえで黒木は尋ねる。「で? どうするね」と。
「断る。いちいち間に誰かを挟まず、手前で来いと伝えてくれ」
「そうか」
黒木は肩に手をやりごきり、と音を鳴らしてぐるぐると回す。
そうして横の猫背連中に手を伸ばすと、彼らからなにか、長い棒を受け取った。
「ああ、ちなみにその1席だとかいう塩を噴いていそうな乾物が、その末成りどもの訴えに裏書をしている。……要約するとだな。できそうなら連れて来い。そういうことになった」
「なぁる、ほど。猿山のボス猿に泣きついてから、ってか。情けないねぇ、全く。老いて枯れて、その様をさらすかよ」
しゃぁぁぁっ……。
黒木が手に取った長い棒から、ぬらり、と粘つくような様子で抜き放つ。
鈍い光をきらりと反射した鋼の刃。
それは、刀だ。
大太刀。
ゆっくりと抜き放たれた大太刀を黒木が構える。
(……その構え、なのか)
既視感。
いやそうではない。
その構えに、ぴったりと脳内に残る映像が、カーボン紙でトレースされた複写のように重なり合う。
黒木定良兼繁の、本気の姿。
程度の低いモノマネでもなく、流派が同じ同門の構えでもない。
相対した者のみが分かりうる、その者がその者であると言えるだけの直感。
「久方ぶりの真っ当な肉だ。存分に吸わせてやる、熊潰」
たんッ、と重さを感じさせないほどの足音が一つ響くと、黒木がずいっ、とクジョーの前に飛び出していく。
「木偶どもッ! その無礼者は貴様らで止めておけぃッ!」
振り上げた大太刀「熊潰」に、黒の澱をまとわせ黒木がクジョーに振り下ろす。
にたっ、と笑いクジョーは折れた腕と逆に闇一色の短刀を合わせに行った。
ギャンッ!!
二本の刃が散らすはずの火花さえもその刀身に吸い込んで音を立てた。
その横で一気に猫背の恐らくは人型の複合魔獣と思われる連中が、さきほどの命令に従う。
「クソっ!」
4体一斉に「騎士」目掛けて床を滑るようにして襲い掛かろうとしていた。




