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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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3-1 出発 のち 親娘

「兄貴、朝飯食う?」

「んー。何かあんの?冷蔵庫の中」


 兄弟そろってぼさぼさの頭をした杉山ブラザーズは、同時に欠伸をする。

 茂はとりあえずTVを着け、猛は眠たげな表情のまま冷蔵庫へと向かう。

 電源のついたモニターには朝の7時ということもありニュース番組が流れている。

 流石に土曜に有った「光速の騎士」関係のネタはニュース一覧の後半へと移動しており軽くアナウンサーが概要を伝えるに留めていた。

 今朝は違うニュース関係がトップに来るようになっており、久しぶりに茂は穏やかに朝のひと時を過ごしていた。


「ああ、これ。この近くじゃん」

「……へぇ。そうなんだ」


 昨晩の残りのペットボトルの麦茶を冷やしておいた猛は、兄と自分の分のコップと共に戻ってくる。

 映像は、違法薬物の所持等で逮捕された容疑者を報道していた。

 逮捕された場所は件の公衆トイレであり、そこでの通報を受けて警察により所持の現行犯で逮捕、とされていた。


(昨日のあのデブか。結構すぐに報道されるんだなぁ。そういうものなの?現行犯だから?)


 そこらへんはよくわからないので、ずずっと啜る麦茶と共に疑問を飲みこんでいく。

 昨日のあの少年のその後が報道されていないのが若干気になったが、捕まったのが井上某と、未成年の19歳無職×2だったことから、きっと何らかの配慮でもあったのだろうと無理矢理納得することにする。

 流石に重篤であればこの逮捕に合わせて報道もするだろうし、と。


「うわぁ、こいつらこの近くでやべぇ薬売ってたのか。やめろよなぁ、バカどもが」

「そうだな。やめとけよな」


(もしかして警察の仕事、邪魔したかなぁ。……でも人命優先だし、仕方ないよな。うん、仕方ないよ、きっと)


 考えても答えの出ないことは考えないことにして、寝ていた布団を簡単に畳んで横へと追いやる。

 猛はそのスペースに、小さな折り畳みテーブルを持ってきた。

 自然とその周りに2人は座る。


「んで?飯何か残ってる?」

「インスタントの味噌汁。あとは梅干しくらい。兄貴のトコ行く前に在庫全部食い切ってたんだよね。ちょうど買出しのタイミングで教授に誘われたからさ。飯は昨日炊いておいたから十分あるけどね。おかず的なものが冷凍食品でいいなら、から揚げとかあるけど?」

「朝には重いな……。取りあえず、飯と味噌汁、梅干しだけでいいだろ」

「そだね。ちょっと準備する」

「悪いな」


 立ち上がった猛は、廊下に設置された単身者用のキッチンへと向かう。

 一方の茂は、今日一日の予定をどうするか考えていた。





「じゃあ、ちょっと借りてくなー」

「事故にだけは気を付けてくれよ。兄貴結構、抜けてるから」


 猛からスペアキーと自転車を借りた茂は、アパートの前で見送る猛にすこしばかりむっとする。


「なんだよ、それ」

「だって、会いに行く人のトコまでの地図印刷してたのに失くしたんだろ?抜けてるじゃんか」

「……いや、まあ、うん、そうかも」


 茂の段々と小さくなる抗議の声。

 多分どこかで落としたのだろうとは思うのだが、何処でだっただろうか。

 最後に確認したのは昨日の昼のSAが最後である。

 朝から昨日のズボンのポケットをひっくり返したが見つからなかったのである。


「まあ、もう一回印刷し直して手に入れたから。住所はケータイのメールに残ってたしな」

「じゃあ、俺も学校行くからさ。俺、今日飲みだし先に帰ってきたら、寝てていいよ」

「ふーん。ゼミの人と?」

「そうそう、「光速の騎士」調査のお疲れ会でさ。ギョーザ美味い店なんだよ」

「ギョーザかぁ……。いいなぁ」


 疲れてギョーザをパクつきながら、ハイボールとかビールで流し込む。

 茂はちょっと匂い強めだが、ニンニクギョーザとかニラギョーザが好きであった。


「ゼミってことは火嶋教授とかタケくんも一緒だろ?よろしく言っておいて」

「わかった。じゃあ、俺も行くからー」


 手を振りながら猛と逆方向に別れる茂は、チャリを漕ぎ始める。

 後ろを振り返ると既に猛も歩き出している。


(うし、頑張るぞ!でも、ちょっと遠いんだよなぁ)


 特にシティバイクとかオフロードとかでもない通常の自転車である。

 速度変速は付いてはいるが低・中・高の3種類のみ。

 この普通のチャリで向かう先、目的地の『白石コーポレーション精密機械、IT技術開発拠点・試作機試験場』までは、約25キロ。

 ただ、通常の人間よりも茂は体力には自信がある。

 件の建物周辺は駅も遠く、バスも猛の家からは路線がかなり入り組んで迷いそうであった。

 それに如何せん金がない。

 タクシーなどというブルジョアな乗り物なぞもってのほかである。

 茂は強く、借り物のチャリのペダルを踏み込むのだった。





「お父さん。いつまで私を此処に?」


 呆れる様にして目の前にいる"実父の姿"に尋ねる少女。

 顔は言葉通り相手を責める様な表情をしているが、はっきりとした鼻筋に鋭く細められた切れ長の瞳。

 全体的に大きめの各パーツが日本人離れした小顔の上に絶妙な配置で収まっている。

 まだ少女と呼べる年齢でありながら、すでに美女として完成されている感すら漂っている。

 その髪の色は日本人によく見られる黒のカラーリングではなく、それよりも若干色素の薄いダークブラウン系の配色であった。


『そういう顔以外を私に見せてくれることが無い、というのが本当に残念だと思っているのだがね?』

「……お父さんが私に本当のことを言ってくれるまではあきらめてください。それも、"顔と顔を合わせて"です。こんな形で連絡してくるのは卑怯だと思います」


 更に渋面を深くした少女。

 「聖女」こと、白石深雪。

 彼女こそ、「勇者」たちと引き離され、「光速の騎士」がいまその様子を見に来ようとしている人物だった。


『……すまない。私もこういった事態が本当に起こるとは思ってもみなかったのだよ。隼翔君も怒っていただろうな』


 深雪の語りかける先には液晶のタブレットが置かれている。

 通信先の相手は、実父であり「白石総合物産」CEO白石雄吾であった。

 モニターに映る彼は50代とは思えない若々しさを持ち、きっちりとしたスーツにネクタイを締め、恐らくは車内から彼女と連絡を取っていた。


「怒る怒らない以前の問題で、あの状況で隼翔たちに何一つ説明できないままここに身柄を移されたんです。もし、ボディーガードの中に門倉さんがいなかったら、誘拐と言われても仕方ない状況でした!」

「申し訳ありません。あなたをお連れすることが最優先でしたので。隼翔君が私の顔を覚えていたのは驚きでしたが」


 深雪の側に老紳士が黒一色のスーツで佇んでいる。

 彼が補足として言葉を発し、モニターの向こうの雄吾は声にならない唸り声をあげる。

 ちなみに門倉と呼ばれた男の横にはスーツ姿の女性も控えており、彼女はこの部屋へと身柄を移されてから身の回りの世話を担当していた。


「隼翔はよく但馬のおじ様と東京の家に遊びに来ていたから。彼、人の顔を覚えるのは得意中の得意だったもの」

「6年ぶりでしたが、懐かしいことです。ガードの質が落ちたのかと心配しましたが……。手合せしてみるとよく鍛えられておりました。但馬の坊ちゃんはお強くなられましたな」

『門倉、それは良い。……スマンな、深雪。この場で説明するわけにはいかんのだよ。明日の午後には日本に戻れる。そこで会って話そう。こういった形でお前と話をするのは私としても不本意なのだ』


 その声に嘘は無いだろう。

 そして彼が深雪を心配しているのも事実だ。

 だが、それでもこの親子の間には壁が残っている。


『母さんに似たのだな。そんなにむくれないでくれ。必ず、必ず説明する』

「金曜にここに連れられてきたときもそう言いました。お父さん、私達は中学時代に会ってから直接話をしていないんです。その娘と約4年ぶりのまともな会話がこれですか?必ず説明してもらいますから」

『分かっている。必ず、必ず明日、日本へ戻る。待っていてくれ』


 返事をせずに、タブレットを操作し通信を切断。

 音もなく近づいていた門倉にそれを渡す。

 一番近くの窓には日よけのシースルーのカーテンがかかっている。

 そこからは大き目の公園と池、その周りをぐるっと囲むようにサイクリングやジョギングを楽しめるコースが整備されていた。

 「白石総合物産」がこの地で試験場を建設するに当たり、周辺の環境整備を目的に全体を開発した結果だ。

 10年ほど前まではこの場所は小高い丘と小さな川くらいしかなかったのである。

 それが今や周辺には住宅地や、他の企業も進出する土地へと変わっている。

 一企業の開発で街ができているのだった。


「雄吾様も、タイミングが悪かったのです。このような時に国外での商談が入っておりまして。私の方にも但馬様からアポの連絡が来ていまして」

「隼翔から?」

「いえ、お父様の方です。隼翔君はどうも家で反省中のようですが。妹様も家を勝手にあけた隼翔君に御冠のようで」

「そう……」

「堀田家からもお電話が一本。里奈さんが一度だけご家族に許しを得て掛けてこられました。ただお繋ぎできないと丁重にお断りをさせて頂きましたが」


 一人の部屋にしてはだいぶ大きなその部屋の真ん中にはテーブルが置かれている。

 客用の特別室に軟禁状態の深雪は、ため息とともにこれまた細工の施されたソファへと体を沈めた。

 しっかりと体全体をホールドするそれを感じながら再びの溜息。

 そっとテーブルに差し出された白磁のカップに、そこから漂う紅茶の湯気。


「アールグレイ、ね」

「あの頃、お好きだとのことでしたので」

「今も、紅茶は好きよ。でもブラックのコーヒーが今はもっと好きね」

「……時は流れていきますな。私の好きなブレンドで恐縮ですが、今度お持ちしましょう」

「ええ、お願いするわ」


 沈黙が下りる。

 一口、二口と紅茶を飲むと、深雪が口を開く。


「お父さん、あんなに話をする人だったかしら?」

「……留美様は、非常に明るい方です。奥様から影響を受けたのでしょう。よく笑われるようになりました」

「そう。秀樹君は、元気?」


 深雪は人当たりの良い継母の顔を思い浮かべ、半分だけ血の繋がった弟の様子を尋ねる。


「今日も幼稚園へ元気に行かれました。ここ数日は「光速の騎士」に夢中ですね。先週まではマントマンが一番、二番目は雄吾様でしたが」

「……「光速の騎士」はちょっとやめた方がいいと思うわ。一応姉の忠告だと伝えて」

「承りましょう」


 「光速の騎士」の中身を知っている立場としては、少しばかり弟の成長に不安を禁じ得ない。

 なにせ、中身はここ3年付き合いのある彼だろうから。

 映像を見た限り、ほぼほぼイニシャルS・S氏で間違いなかろう。


「門倉さんは今回の件、どう聞いているの?」

「幾たび聞かれようとも、お伝えできません」

「そう言われているの?」

「お伝えできません、という言葉を繰り返すことになります。それは無為です」


 はあ、とそれでも金曜日から何度も繰り返し、返答してもらえない質問を深雪は繰り返した。


「あれだけの人数を、あの時刻に動かすには誰かからの指示がいるわ。どうして、私達があの時、あの駐車場にいることを、あなた達はいえ、お父さんは知っていたのかしら?」


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