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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
5章

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1-3-続 立食 のち 待合

2020年10月2日に「一般人遠方より帰る。また働かねば!」がKラノベブックス様から発売中です。

ご興味のある方はお近くの本屋さんへ。若しくはネットや電子書籍でもありがたいかと……。

あと、マガジンポケットさまで猿乃樹さんによるコミカライズもしております。そちらもどうぞ見てみて下さい。

という宣伝をしてみました。


 駅に併設される特に変哲のない立ち食い蕎麦屋。

 その前で佇む杉山茂。

 部屋着にしているTシャツにストレッチジーンズ、それに外に出る多少の配慮で一枚長袖のシャツを上から羽織っただけの、至ってどうということのない普段着である。

 朝に門倉からの電話をもらい、色々あって待ち合わせすることになったからである。

 わかりやすい場所として駅前で集まりましょうということになった。

 ただ、きょう一日は昨日の訓練明けの休息のつもりでぼーっとする予定にしていた。バイトもお休みを事前に申請していたために特にやることもない。

 手持無沙汰で早めに着いてしまったが、待ち合わせ時刻まではまだ時間がある。ならばその時間を利用して軽く食事でもしておこうか、というわけだ。

 その引き戸をがらりと開けて入店する。


「いらっしゃいませー」


 気の抜けた、おざなりな挨拶を掛けられながら茂はポケットに手を突っ込む。

 財布を取り出すと、小銭の残りを確認。


(お、五百円玉、あるじゃん)


 じゃらじゃらとした小銭の中に、予想外の大金があることに気付き、ほんの少し頬が緩む。

 券売機前には二人ほどサラリーマンが並んでいる。

 こういう立ち食い蕎麦の店の券売機ではよくある光景なのだが、メニューが多すぎて自分の頼みたい商品がどのボタンなのか迷うのである。

 それを知らずに、何頼むか決めてからにしてくれよ、と見当違いのイラつきを覚えていたこともある。

 しばらく後に、そういうことではないと気付くようになったのが、少しだけ大人になった証であろう。

 利用したことのある人は、あのメニューの細かさはなかなかに厄介であることは、わかっていただけることと思う。

 温かい山菜蕎麦が食べたいときは、類似の山菜うどんと、山菜の天ぷら蕎麦・うどん、そして全種類の蕎麦系統のボタンを回避したうえで目的のボタンをプッシュする必要がある。

 そして、要望の品をようやく買えたと思いカウンターのおばちゃんにその券を渡した瞬間、“山菜蕎麦、冷ですねー”と言われたことのある方もまた多いことと思う。

 そう、恐ろしいことにこういうメニューは温・冷の二パターンが別のボタンに配置されている店舗も存在するのだ。

 心の強い者は、“あ、温かいので”とおばちゃんに間違いを訂正し、目的の温かい山菜蕎麦にたどり着くこともできる。

 だが、茂はそういう時には甘んじてそのミスを受け入れるタイプの人間である。

 ミスを受け入れて“冷たいのも、うん。美味しい美味しい”と自分を強引に納得させるのだ。そういう小さな傷を負わないためにも、券売機前での入念なチェックの時間は必要不可欠。

 だから、立ち食い蕎麦を利用されたことのない方は、券売機前のまごまごする企業戦士を見かけた際には是非とも、おおらかな気持ちでお待ちいただきたいと思う次第である。

 いや、マジでお願いします。

 舌打ちされると、キョドるから、本当に。

 楽しくご飯は食べようではありませんか、ね?


(さて、何食おうかなー)


 時刻は朝の十一時。

 昼食には少し早い時間であるが、ふと見かけた立ち食い蕎麦な気持ちの今日のお腹。

 ならば行かねばならぬのが、世の常である。

 一人目のサラリーマンが消えたところで、目の前のサラリーマンの注文する横から何にしようか、と券売機をのぞき込む。

 券売機前で待つ間にいくつかのメニューに絞ってはある。

 とりあえず思いついたのはうどんよりは蕎麦の気分。あと、温かいのがいい。

 丼・カレー系のがっつりサイドメニューも魅力的だが、ここはおにぎり、いなりずし程度までに押さえておきたい。

 しっかりとした歯ごたえの具が欲しい気分。月見・トロロ・カケは外すとしよう。


(ううん……)


 悩む間に目の前のサラリーマンが券売機から発券し、順番が回ってきた。


(とりあえずー、と)


 券売機にコインを入れる。

 とりあえず五百円。ボタンが点灯する中、まずはおにぎり二個のボタンを押す。

 次に残金が不足し、ランプがほとんど消灯してしまったので追加の小銭を投入。


(……やっぱここは、かき揚げだな、うん)


 茂はかき揚げ蕎麦のボタンを押す。

 少しばかり最後まで心の中で争っていたキツネ蕎麦も捨てがたかったが、そこはその場の勢いというものが優先される。

 まあ、キツネ蕎麦でも特に不満に思うことはなかったとは思うが。

 軽く、という思いで店内に入ったのだが、香る出汁の匂いにやられてしまい。空腹が加速したのである。


「お願いしまーす」

「はい、あったかい蕎麦、かき揚げで、おにぎりも一緒に?」

「はい」

「お冷、セルフでお願いしますね」


 手で差し出された先にはセルフ式の給水器。

 茂はこくりと頷いてそこへと向かう。

 そこには先に注文したサラリーマンがコップに水を入れている姿がある。

 各々、水を手に空いている席に座る。

 まだ昼前ということもあり、座席自体はまだ空きの方が多く、どこに座るかは自由に選べた。

 背もたれのない丸椅子に座っておばちゃんに呼ばれるのをただただ待つ。

 その間も、店内中に広がるだしツユのいい匂いがたまらない。

 順番に調理が終わったものがカウンターに並べられて、客がそれを取りに行く。


「かき揚げ蕎麦、おにぎりのお客様ー」

「……はいはい」


 誰にも聞こえない声でつぶやくといそいそとカウンターに向かう。

 盆の上に、温蕎麦かき揚げ載せの丼と、平皿に置かれたおにぎりが二個と、カリ梅が二つ。

 メインのかき揚げはきれいな丸形で、温かい蕎麦の上にそのままとんと置かれている。

 徐々に出汁が染みてしんなりとしていくかき揚げと、油が染み出して出汁を染めていくというコントラスト。

 テーブルの上の七味を手に取り、ばさばさと多いのではないかというくらいにかける。

 それでは蕎麦の味が台無しだ、という人もいるかとは思うが、こういう食べ方が好きなのだから仕方ない。

 この店の蕎麦は若干太目、そして平形ではなく、四角っぽい形で切りそろえられている。

 細い平形であれば、七味ももう少し少なくするのだが。


(ま、そこは個人の好(す)き好(ず)きだろ。こういう太いときは大目がいいのよ)


 卓上の割りばしを手に取り、ぱきんと割る。

 それを手に、いただきます、と小さく声を出してまずは麺を引き上げる。


 ふぅ、ふぅ、ふぅっ!

 ……ずぞぞぞぞっ!


 気持ちだけ軽く息を吹いて蕎麦を冷ますと、一気に啜りこむ。

 はふはふと口の中で蕎麦を噛み、少し飲みこんだところで丼を持ち上げ出汁に口をつける。


 ずず……。


 甘め、辛めでいえば若干甘めよりの出汁だ。

 かき揚げを載せていることで、その油が若干交じっていることもあり、ちゅるり、と口に入っていく。

 当然、浮かんだ七味のぴりっ、としたアクセントもよい。

 ネギを箸先で一つまみして口に入れると、しゃくしゃくと音を発てる。

 そして口の中が少し温まり、水気を含んだ状態になるわけだ。

 ここで、頼んでいたおにぎりに手を伸ばす。

 おにぎりの海苔が湿気を吸って柔らかくなっている。

 茂は、海苔は食感重視のパリパリが、とか、いや真にうまさを味わうにはしっとりでないと、という「おにぎり乾湿問題」には中立の立場を採っている。

 実家では幼少期は母がつくるしっとりに親しんだし、中学・高校ではコンビニのパリパリに馴染んだ。

 最近はコンビニの若干高級志向のおにぎりにしっとりタイプもある。

 これに関しては、最終的に“美味けりゃどっちでもいいじゃん”なスタンスが一番面倒でない。


「んが……」


 大口を開けておにぎりに齧りつく。

 こういう時に一番しょうもない結果になるのが、一口目で具材までたどり着かないパターンであるのは皆も承知のことと思う。

 いや、塩むすびという物があり、それはそれで美味いのは間違いない。

 だが、具があるのに塩をまぶした米だけ、という場合、話は別であるはずだ。

 がぶり、と大きく齧りつくと、中身は昆布の佃煮。

 荒く表面にまぶした塩がときおり、ちくちくと舌に感じられる。


(やっぱ、米がないとね。素で食うよりも豪華っ!)


 ぬふふ、気色悪い笑みを浮かべつつ、もしゃもしゃとやった後に、丼を持ち上げ再度ずず、と出汁を口にする。

 単品で頼むのもオツなものだが、こういうサイドメニューも侮れないと思う。

 時にミニ丼などもあったりするし、看板にある蕎麦やうどんよりもむしろサイドメニューのカレーやらカツ丼がうまい店すらあるのだから。

 箸休めのカリ梅を一つつまんで口に放り込む。

 かりこりとかみ砕き、種だけをぺっ、とさらに戻す。

 梅の酸味が炭水化物で占められていた口中にほんの少し爽やかさを醸し出した。


(さて……)


 時間経過とともに、湯気と出汁でしんなりとパリパリの中間になりつつあるかき揚げに箸を伸ばす。

 箸で持ち上げると、ほろほろと出汁にかき揚げの衣と具材の玉ねぎとニンジンが崩れて落ちていく。

 んが、と口を開けて出汁に浸されていた下側から齧りつく。

 しっとりとした部分を感じる下顎、硬めのしっかりした歯ごたえを感じる上あごの感触の違いが楽しい。

 下側の出汁が染みて具の野菜、玉ねぎとニンジンのしゃくしゃくとした甘みと、上側のまだサクサク感の残る揚げ物独特のあの油の甘み。

 それぞれの違いが同時に味わうことのできるのはこのタイミングだけである。

 これより先であれば、しっとりとした野菜の甘さが足らず、逆にもう少し経つとかき揚げという揚げ物の食感を失ってしまう。

 絶妙なおそらく一分程度しかないだろう一種のモラトリアム。

 ただ、この場は立ち食い蕎麦のお店。

 スタンスとして正しいのはさっさと食ってさっさと出ていく、である。

 長々と味を楽しむのであれば、それは蕎麦やうどんの専門店でやるべきである。


「……ふふふ」


 箸を齧り跡の残るかき揚げの上に持っていき、それをぐい、と出汁に押し付けて沈めていく。

 かき揚げの中に残る空気がぷくぷくと泡(あぶく)となって表面へと小さな気泡を放つ。この瞬間だけはちょっとだけ悪いことをしている気になるのは何故だろう。

 だれでもやったことのある、タオルに空気を包んで風呂の中に一気に沈めるような、そんなちょっとした悪戯をしているような気分だからだろうか。

 ぷくぷくと沈めたかき揚げを軽く箸でほぐすと、丼全面にかき揚げの破片が浮かぶ。

 大きな塊から小さなものまでいろいろだ。

 それを見て茂は丼を両手で包み込むようにして持ち上げる。


 ずずず……。


 汁を啜る。

 先ほどまでの甘めの出汁に、かき揚げの油と、かき揚げのかけら、ネギ、そして七味が加わり、また違った味わいを見せる。

 この時間経過とともに起きる変化はトッピングなしの素のうどんや蕎麦では発生しない。


(まあ、あれはあれで美味いけど)


 かけ蕎麦、かけうどんは徹頭徹尾その変わらなさを楽しむものだから、そういう気分のときに楽しむべきだ。

 茂の考えとしては朝の忙しいとき、飲み会のシメなどであろうと思う。

 そして出汁を楽しむと、先ほどとは別のおにぎりを、んが、と大きな口を開けて齧りつく。


(おかか。……おかか、かぁ)


 おかかだった。

 いや、おかかが悪いわけではない。むしろ茂は好きな部類だ。

 だがここは昆布と同系統の醤油味ベースのおかかはないのではないか。


(シャケ、もしくは焼きタラコとか。ちょっとひねってツナマヨとかさぁ)


 店によっては当日の状況で中身の違う店もあるにはある。

 実際、この店で頼んだ前回はシャケと梅干、付け合わせがたくあんだったはず。


(今回、外れか……)


 一応断っておくが、昆布、おかかが外れと言っているわけではないことはご了承いただきたい。

 あくまで同系統の具材はなんだかなー、と思うだけである。

 他意はない事だけは断言させていただく。

 もしゃもしゃとおにぎりを口いっぱいに放り込み、そのまま嚥下。

 コップの残りのお冷をチェイサーに。

 行儀が悪いが手で残ったカリ梅を口へ運ぶ。


 かり、こり、かり、こり……


 種の周りから果肉を歯でこそぎ落とし、最初のカリ梅より幾分きれいな種を皿へと戻す。

 その頃にはほぐしたかき揚げが完全に出汁を吸い、ぷっくりと太っていらっしゃる。


(ま、メインはこっちだしー)


 いそいそと箸を丼へと向ける。

 持ち上げた蕎麦とぷっくりとしたかき揚げを一緒にすすり上げ、がつがつと貪るように食べ進める。

 この炭水化物と油物のハーモニーがたまらなく好きだ。

 太めの蕎麦と、野菜のしゃくしゃく感、油の甘み、出汁の程よく混じるジャンク感。

 ずずず、と啜る出汁も健康のためには残すのがベターであるのだが。

 人間というのはとどのつまり塩と油が好きな生き物なのだ。

 遺伝子レベルで襲い掛かるその誘惑に負けるのは、仕方ない事と思うしかない。

 ただ、普通はそのあとに必ずしっぺ返しを食らうのだから、対策はするべきである。

 運動かもしくは食事のコントロールか。

 とはいえ、茂には“昨日、あれだけ動き回って汗もかいてるしー”という免罪符がある。

 カロリーにしろ、塩分にしろ、通常よりも消費量は多いはずであった。


「……ごちそうさまでした」


 汁まで完食した丼には、ネギがひとかけと七味が数粒だけ残り、出汁で濡れる店名がプリントされた底が見えるだけだ。

 食べ終わり、盆に全部の食器を載せて返却口に返す。

 そのままの足で店を出る前に一言だけ声をかける。


「ごちそうさまっしたー」

「ありがとう、ございましたー」


 外に出るかどうかで店員のおばちゃんが声をかけてくれる。

 そのままてくてくと外を歩いていく。

 集合場所の駅前公園の駐車場はここからでも見える場所にある。

 そこに目をやると、すでに誰かが立っているようだった。


「お、みんな早いなー」


 時計を見ると集合よりも十分早いのに皆が集まっている。

 五分前行動のつもりだったが、どうやら自分が最後のようだ。


「あ、すんませーん!」


 声をあげて謝りながら、駆け足でその場に向かう。

 そんな、どこにでもある昼前の出来事であった。

発売中の「一般人~」の表紙です。宣伝でございます。

挿絵(By みてみん)


本になったのと200話突破したので思うがままに何か書こう。

そのままの勢いで、こんな感じのやつが仕上がりました。

うん、これよ、これ。

あんまり皆からは求められていない感じはひしひし感じてはいても、よ?

こういうのが書きたいのです、ええ。

あ、ちなみに一番好きなのは七味たっぷりのあったかいキツネそばです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 食事回好きなので嬉しいです 問題は今手元にソバがないことだけ…… そしてど田舎過ぎて立ち食い蕎麦屋が近場にないということ!!
[良い点] こんな話を求める人がいます。 共感できるーと感じてしまったら腹の音が鳴ってしまいます。 ちなみに、立ち食い蕎麦は冷やしタヌキわさび少なめがすきです。 [気になる点] 醤油同系統おにぎりは私…
[良い点] ご飯食べてる時の描写が、いつもいつもほんと飯テロレベルなんですけどっ!無性に立ち食いそばが食べたくなったじゃないすかっ!くぅぅぅ〜!夜中に読むんじゃなかった……orz でもほんと茂さんて美…
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