閑話1 文句の一つでも言いたくなるってもんさ!
閑話というやつです。
ええ、再びの蛇足でございます。
「全損、か」
「はい、全損、ですね」
ポツリとつぶやいた男の前には台がある。
人一人どころか二、三人が寝転がっても大丈夫な大きさのステンレス製の台。
そこに腐食してぼろぼろになり、焼け焦げたような痕がくっきりと残る“棒”が一本転がっている。
「ついこの間卸したばかりで、もうコレなのか?」
「はい。コレです。……残念ながら」
ゆっくりと男がその“棒”に手を伸ばす。
手袋越しに触れてそれを持ち上げると、重さを感じるには感じるが、男が両手で掴めば問題なく持ち上がる。
昨日にはそれを大人二人で持ち上げ、運搬時には台車が必要な重さがあったはずのそれが、一人で持ち上げることができてしまう。
「テレビ見てて、あんなにうれしかったこと久しぶりだったのになぁ」
はぁ、とため息とともに台に持っていた“棒”を転がす。
台の上でころん、と転がるのは元オーガ・ザンバー(仮称)。現在は“棒”である。
「ここまで一気に腐食するとなると、部材から再度練り直しの必要があるかもしれません。取りあえず、腐食部の浸潤が深い所から順にサンプルの採取。現在進行中の分析結果を基に、耐久度の改善に努めるのが最優先ですか。その上で、切れ味や重量などのユーザーの意見を施策へとフィードバック。……デザインなどはそれからの話ですね」
「そ、そんなぁ……。昨日、いくつか仮案のプレゼン資料も作ったのに」
白石特殊鋼材研究所内の機密プラン「裏鍛冶師」の中で武器関連のチームメンバーは揃って肩を落とす。
本来の斧部門・槍部門の別チームの面々が理想を追いもとめ、詰め込んだ要求がその枠を敢えた結果、全てを統合するという妙案(やけっぱちともいう)を導きだし、現行規格から外れた双方の利点を詰め込んだ大型武器の作成という実験的(浪漫ともいう)設計を行ったものであるため、どのような使い方をされるのかを想定していないそれは、純粋な知的探求(ダメ元上等ともいう)とデータ収集用に使われる予定だったのだ。
あくまで“試作上の一プラン”の枠を超えない、いうなれば理想を追い求めた(ぼくのかんがえるさいきょうのぶきともいう)未完成の品。
ところが、先だって「光速の騎士」がオーガ・ザンバー(仮称)を対超硬質仮想敵に向けて実戦での運用を行った。これが質量武器としての側面から言えば、望外の二重丸の結果を叩き出す。
その内容をテレビで確認し、実戦的データの収集が結果としてなされたために、今後の活用についての道筋が見えたのだ。
ならば、そこに向かっての改修プラン及び運用計画の作成は必須で、そこへ徹夜モードで着手したところだったのである。
徹夜明けの面々の眼は真っ赤でぎらぎらと輝いていたはずだったが、それが徐々に光を失っていく。
「ただ、腐食箇所の浸食率には明確な差がありますね。あっという間に腐食したブレード部と比べ、、柄の部分がある程度の形を残していることから考えると、何かしらの腐食を妨げるファクターがあったのではないかと思われます」
「あの瘴気、と呼ばれる霧の密度というわけでは?」
「その側面からも分析を行う予定ではありますが、ブレード部の最も厚みのあった部分と、同程度の柄がほぼ同じ厚みの箇所があります。完全に消失しているブレードと柄の差は調査すべきかと思います。それに、この段階で目視できるんですが……こちらですね」
チームリーダーである男に、部下が指さした箇所は柄の先端部に近い位置。
「こちらを見ると、芯材の腐食が進んでいる一方で、それを包むサポート用の金属部、これの腐食の進行度が明らかに違っています。つまり、金属の種類によってあの瘴気という攻撃に対する耐久度が違うという仮説が立てることができそうです」
「確かに。この周辺部材の金属はどのような用途の?」
「芯は粘り気のある金属を、サポート用の保護材は硬度を重視してサンドイッチしています。ちなみに鎧の一部にもこれは使用されています。そちらからのデータ共有を依頼しようかと思いますが」
「こちら側の分析データもあちらに届けるようにな」
「当然です。これら以外にどの金属、塗料、素材が有用であったかのデータは素材研究部と連携します。ただ、一つ問題が」
「問題?」
顔をそちらに向けると、困ったような顔をした部下がいる。
「同時に鹵獲したアーマー・スーツ、でしたか。あちらの分析に数名人員を出して欲しいという話がありまして」
言った瞬間、えええ、と声を揃えての大合唱。
「主任! 当然、断ってくれたんですよね!?」
「今、最優先で分析しなくてはいけないのは、瘴気、と呼ばれる現代科学では未確認の腐食性を伴う未知の攻撃に対抗できる道筋を早急に見つけることです! 今回の腐食度の差があるということを発見できたのは、我々のチーム発の分析からですよ。だというのに、そんな他の事に手を回しては、二兎を追う者……って結果を招くだけです」
「というか、あれは電子工学の分野になるのでは? 我々もやれと言われれば業務ですから従いますが、門外漢になると思いますよ。プログラミング関連の部署から引っ張ってくる方がベストでしょう」
「第一、オーガ・ザンバーのセカンドシリーズの作成はどうなるんですか? いったん白紙化された以上、一から組み上げていかないといけないんですよ!?」
という、ことを言い放つメンバー。
まあ、総合すれば“オーガ・ザンバーの検証と作成を優先したい。面倒そうなのは別部署でしてもらえない物か”だ。
「そちらにはもう分析班を鎧チームから出したはずだろう? こちらにお鉢を回してくるほど人員が足りないわけでもないと思ったんだが」
結局、チーム全体の意見をもう少しだけ穏やかに、オブラートに包んだ上で、そう提案するのが責任者である彼の精一杯だった。
「……それで? 見せたいものっていうのは?」
照明を落とした室内で一台のモニタの前に屯するおっさんの集団。
むさくるしい中で、モニタ前に座り、キーボードをカタカタ操作する男が、その圧に押されながらも説明を始める。
「スミレ・モトミヤが使用していた通称、ブルー・タイプと直接的な接触のあったジェイク・スタイン氏のアーマー・スーツ。同系統の上位機種、さらに言えばスミレ・モトミヤがマスター権限の有資格者であったことから、セキュリティを通り越してスーツ内にデータ消去用のウイルス入りのワームが突っ込まれましたからね。粗方は駆除できたとは思いますが、どこかにそれを見越しての時限爆弾的な置き土産を仕込んでいる可能性がありました。元々音声認識での緊急停止コードが実際に起動可能でしたし、プログラマーなら個人で組み上げるプログラムにイースター・エッグくらい仕込んでてやろうかと思う気持ちはわからんでもないです」
「バグとして綺麗にしなくてはならないようなものではないしな」
「まあ、そんなものを乗せてればメモリは喰いますからね。コンシューマ・ゲームなら遊び心で済むんですが、実際のガチンコ仕様の軍事用データに仕込むのは……。普通の神経であれば外しておきますよ」
ふぅ、とあきれたように背もたれに体を預ける。
今回、彼が完全クローズドのハイスペックPCと直結させたジェイクのスーツのコード解析を掛り切りで行っていた。
山積みの資料が置かれた机の横に、同じく山盛りのエナジーバーの包み紙とファストフードの袋が突っ込まれたゴミ箱。
部屋の隅には半透明のごみ袋にエナドリの缶がこれまた突っ込まれていた。
「……メンテナンス用のデバッグモードでもないわけか。作成した本人以外は知らなかったと?」
「開発グループによればそのように。それに三年間も見つからないように仕込んでいたってなると、相当ですよ。三年間一度も触らないようなコード。そんなものフツーはありません。誰かしら、改善のためにどこかには触りはします。ほとんどワンオフの機体であればそれ専門にコードの総入れ替えがされてもおかしくない物ですよ」
「そういう必要が無いほどに完成されていた、か」
「まあ、そうなんですが……」
ぼりぼりと頭をかく解析者。
モニタには、専門家でないとわからないようなコードが流れている。
それを後ろから覗きこんでいる者たちは、知ったかぶりをしているのではなく、その意味を多少なりとも理解した上で、唸る。
美しい、と。
コードを書いている人間のセンス、とでも言おうか。
やたらめったにぐちゃぐちゃに書き殴られているように見えても、実機に乗せるとスムーズに動くもの。懇切丁寧にきちんと整った教科書のようで、大丈夫だ、と走らせると、すぐに止まってしまうもの。複数の人間で書きこんでいるせいで、明らかに作りが継ぎ接ぎのもの。
コード自体の作りにそのセンスというか、人柄の一端が見えるものだ
それはバイオリンやピアノの演奏や、絵画の筆致、料理人が最後に加える一つまみの塩にも通ずる。
無駄なく必要なものだけがあると思いきや、そっと添えてある一行分のコード。それがほんのわずかなコード進行を滑らかにしているのが控えめながら利いている。
解析者は飲み残しの温いエナドリを啜りながら、感嘆している後ろの面々へと顔を向ける。
「今回見てほしいのは、元々あったデータ類じゃあなくてですね。スミレ・モトミヤがブッ込んできた、データ消去用のウイルスワームの方ですね」
「駆除した方、という事か」
「門倉さん、でしたっけ? あの警備部の人から隔離したPC内でちょっとばかり解体をすすめてみてくれといわれたもんで。まあ、あのセリフが気になってたんでしょうね。後々聞けば確かにあそこであんなこと言う必要もないですから」
「あのセリフ?」
「メインフレームのイースターエッグ……。なんでわざわざ、そこにおかしなものがあるわよー、って言いますかね。そりゃ、調べますよ? おかしな挙動してるんですから。でも、あの言い方されたなら、そりゃあとんでもなく調べますよ。隅から隅までじっくりと、ね?」
ぱちん、と指を鳴らして離れた位置の協働作業者にスイッチする。
全員の視線がそちらへと移る。
「食い荒らされたには食い荒らされていますが、メインが食いつぶされる前にはどうにか。本当に辛うじてですが本丸だけは守り切りました。……それで、隔離したワームの中から見つけたのが、コレです」
カツン、とキーを甲高く叩く。
離れた位置のモニタにそれが表示される。
「……どういう事だ、コレは? 私には罠以外の何物にも見えんが」
「そう我々も思ったんですがね」
英字で「クリック・ミー」と表示されたそれはメールで届けば、ソッコーで迷惑メールに分類され、見られることなく削除されること必至のサイトに飛ばされるような香りがする。
「白石の警備部の協力で、ここで開くにはリスクが高いんで、裏からトバシの物を準備してもらって、都心の真昼間、フリーのアクセススポットが集中するオフィス街から。安全に気をつけた上でスタッフを現地に向かわせてアクセスしました。何かあった時には即座に移動できるよう車両内で行いました。もちろんアクセスに使用した端末は廃棄処分済みです。それで、アクセス先の最初のページが、……っ、と」
かち、とクリック音の後に表示されるのは、海外のサイト。
金髪の美女と筋骨隆々な男が、あっはん、なページである。
すぐにでも高額料金が発生してきそうな、いかがわしいものだ。横のバナー広告も似たり寄ったりの中々な詐欺サイト。
覗き込んでいたのはいい年の立場もある大人たちである。
当然、何を見とんねん、とばかりに解析者の男を苦々しげに睨む。
「ま、当然ですが“そういう”ページです。お暇でリッチなあなた、どうです美しいステディでも、だとか書いてありますが」
「我々をわざわざ海外のエロサイトを見せるために招集したのではないだろう?」
「ええ、こちら。ご覧ください」
ページの画面をスクショしたそれを、拡大。
大きくした後で、最下段のバナーが集中する所へとカーソルを移動。
くりくり、と移動した先にはクリックできるようになっている花が一輪。
ギリギリ判別できるようなサイズで置かれている。
普通の感覚では見つけるには苦労するはずだ。
「……これは?」
「ノジスミレ、若しくはヒメスミレの花ですかね。日本原産の、そういう野原にでも咲く花です。……こんな海外サイト、しかも詐欺目的のエロサイトのリンクに出てくるには不自然なチョイスでしょうね」
「なるほどな」
「それで、ですね。この先は、と」
クリック。
そうすると、パスワードの入力画面。
「ここで、止まったわけですよ。パスコードを破ろうにも、現地にはツールが無いですし。どれくらいの時間が掛かるかもわかりませんでしたから。これ以上はキツイ、と思ったんですが……」
「朝はどうだった?」
「ええ」
パスワードの入力画面で数秒入力が止まった瞬間、ヒントのようにその文が浮かぶ。文の最後には雨傘の絵文字。
「それで、まあそういう事なのかな、と。【What a gloomy cloudy sky】。なんて憂鬱な曇り空、って」
かたん、とキーを押し込む。
ぱっ、と最後のスクリーンショットが映る。
かなり巨大なサイズのZIPファイルのダウンロードページ。
「……中身は?」
「こちらです」
離れた位置のもう一人がPCを持って来る。
物理的に各種の無線系統を壊してある隔離PC だった。
離れたプロジェクターにそれを繋ぐと、内容が表示される。
「……設計図、だな」
「おそらくは。ただしどんなものなのかは我々は門外漢でして、判断するのは別の方に」
「調査するしかないか、だが一番の問題は」
すっ、と視線をモニタへと向ける。
「ええ、どういうつもりでコレを寄越してきたのか、ですね」
「ああ。取りあえずコレに関しては上の判断を仰がなくてはな……」
映し出されたのは設計図。
モデリングされているものから考えるに、それはスミレ・モトミヤの身につけていた物と、ジェイク達のアーマーを足して二で割ったような段階のもの。
つまり最新式のブルー・タイプに至るまでの過程のものだ。
「どういうつもりかは知らんが、面倒な物を……」
苦々しい顔の役職もちを横目に、解析者の男はプルの開いていないエナドリを机の引き出しから取り出して、ぱきりと開く。
(なんというか、遠まわしな伝言って感じだが。……薄気味悪いってのには変わりねえなぁ?)
ドロドロとした甘ったるい、温い味ではあるが、疲れた体にしみるような錯覚を覚え、彼は大きく欠伸をしたのだった。




