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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
4章

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5-了 高く強く尊く だが 欠け足らず伴わぬ者は

おお、久しぶりに長いかも。

 にぃぃっ、と大きく歯を剥いて口元に獰猛な笑みを浮かべつつ、クジョーが迫る。

 押し負ける、と直感で判断した「騎士」は、そのままヘビー・シールドを構え、肩からぶつかる。


 ドンッ!!


 盾全体に大きな衝撃を感じると同時に、周囲に太鼓を叩いた時のような音が響き渡った。

 クジョーの着込んだレインコート、その下から掬い上げるようにして放たれた一撃が、「騎士」と競り合った結果だ。

 放たれた一撃は、西洋剣。長さは一メートル弱の所謂ロングソードと呼ばれる部類の剣だ。

 それが、ヘビー・シールドとの間で押し合いの状況になっている。

 ここまでの接触状態では、長物の槍は使いにくい。

 盾で押し合うということがベストだろう。

 互いの息遣いすら聞こえるそんな状況であるため、「騎士」から漂う若干のにおいをかぎ取ったクジョーが話しかける。


「具合が悪そうだね? 少し焦げ臭い所からすると、やっぱりダブルヘッダーってのは疲れるものってことか?」

「くっ!」


 確かに、本調子とは言い難い。言い当てた様を見るに、「騎士」が何かしら一勝負終えて急きょ駆け付けたということを看破したのだろう。

 つまり、一定の消耗がある状態だと。

 確かに魔力にしろ、スタミナにしろかなりの消耗度であるのは間違いない。

 今の一撃も、もし本調子ならばシールド・バッシュなりハイ・センスなりのスキル使用でいなすことは出来たはず。

 だが、そこで敢えての素の能力だけで凌ごうと思う程度には、削られている。

 クジョーがレインコートの下に何かを隠しているのは立ち姿から容易に見て取れた。だが、それが何なのかまではわからない状況下では、接近戦に持ち込む方がベストだと思ったのである。

 レインコートのふくらみや立ち姿の重心から長物でないことだけは分かったが、一メートル弱の何か、というと現代社会の装備品として銃火器の可能性は十分にありうる。

 というか、この現代社会で銃火器以外の選択肢を選ぶのはあまりに趣味的であるはずだ。

 そういった観点からも中距離から遠距離にかけての攻撃手段が乏しいと言わざるをえない「騎士」にとって、近距離での戦闘を選ぶのがベストだったわけで。

 そこに来てのまさかのロングソード。


(予想外っちゃ予想外だが、まだマシか!?)


 ロングソードとカチ合う経験に関しては実のところ、結構あったりする。

 この日本ではなく、異世界で一般的な刃物といえば両刃の剣に槍が来て、次点で斧やダガー類。ピンキリではあるが使用者は多いかったのだ。

 仲間との訓練しかり、不埒ものとの実戦しかり。

 むしろこちらに戻って来てからハジメマシテの銃火器の方がなじみが無く、どのように対応するのが一番いいのかをたまに時間ができた時に白石総合物産の警備部の皆さんと訓練中なわけで。


(だから、そんな刃物の方が慣れてはいるんだよっ! だが、そっちはどうなんだ!?)


 盾を押してくるクジョーに対し、敢えてほんの少し支える場所をずらしてやる。

 ほんの少しだけ支えを失ったクジョーが力のバランスを崩す。

 そこに、わずかに横に流れるように力を加えてやる。

 そうすると、剣と押し合っていた盾の上を刃が滑るようにして離れていく。


「フッ!!」


 流れた刃に再び力が戻る前に、今度は「騎士」が強く瞬間的に押し込む。


 ゴンッ!


 今度は金属が鳴る音が響く。

 弾くようにしてクジョーが数歩分後ずさり、その隙をついて「騎士」も距離をとる。

 押し比べで負けたわけでは無く、小手先の技術でしのがれたことにクジョーが感想を述べる。


「手慣れたもんだね。体捌きだけでここまでできるのか」

「……ふぅ」


 感心したようなそぶりのクジョー。

 一方の「騎士」は大きく息を吸う。

 この一連の流れだと、クジョーを「騎士」がいなしたようにも見えるが、真実はそうとも言い切れない。

 本来であれば、もう少し前傾になるように体勢を崩し、そこへ盾での追撃をもくろんでいた。盾で鼻先に一発ぶつけてやるつもりだったのだが、崩し切れず、まんまと距離をとられた形である。


(やられてはいるが、こいつ、そんなに本気ってわけじゃなさそうだぞ? どういうことだ?)


 向こうからつっこんできた割に本気度が感じられない。

 第一、本気ならクジョーだけでなく、周りにいるハナという少女も連携してくるだろう。

 まあそうなれば、動向を注視しているこちらのマユミ、それにエレーナたちも動くことになり、混沌とするかもしれない。

 その状況を嫌ったのだろうか?


(気持ち悪ぃ……。なんでこんなにへらへらと。……ン…ッ! 何だ、この気持ち悪さ)


 笑みを崩さないクジョーに対する、言いようのない嫌悪感。

 相手の様子をつぶさに観察し、その考えを予想し、対策を立て、実行する。

 それはどんな時でもどんな相手でも行う、当然の作業であるのだが、それにしてもクジョーという人物に対する嫌悪感がいや増していく。

 何かはわからない。

 だが、何か、心の中で留めることの出来ないような、不快感。

 一言でいえば、虫唾が走る。

 何故だ。何故、ここまで。


「まあ、この程度は出来てくれないと困るんだが」


 右手で軽く剣を振り、残る左手をやおらレインコートの中に突っ込む。

 そして、再度取り出したのは短剣。乱暴にぐるぐると鞘に痛んだ布が巻かれているのがわかる。

 鞘に入ったそれを左手に持ち、二刀流に構えた。

 それを見て「騎士」は何を始めるものか、と警戒を強める。

 そして、クジョーは短剣を鞘から、抜く。

 こつん、と濡れたアスファルトに鞘が落とされた。

 刹那。


「ッ!? ……オイ、コラ。それ、お前、一体何を持っていやがる!?」

「ふふふ。そうか、わかるのかぁ。俺の直感は正しかったな。じゃあ、少しだけ本気で戦ろうか」


 クジョーの握る、短剣。

 ブレード部は三十センチほどの肉厚の片刃。形状はシンプルでつるりとした表面になったものだ。

 柄も華美な装飾がしてあるわけでもなく特徴らしい特徴も無い。だが、一点だけどんな短剣だった、と聞かれたら皆が一斉にこう答えるだろう、刃がとにかく黒い、と。

 突出してそれだけが目立つ、黒。

 細かな筆致の静物画の油絵の中に、仮にこの短剣があったのならば、恐らくこれ以外は影や光を演出して描いた後で、短剣はきっとポスターカラーの黒でベタ塗りするしかないだろう。

 技法も個性も何もいらない。

 只一色、黒を均一に塗りたくればいい。

 暴力的なほどに、黒。

 そんな短剣から、このところ久しく嗅いだことのない臭いが漂う。鞘は、封印だったのだろう。

 そこから濃密に香るのは、魔の臭いだった。

 それに気付き、驚愕混じりに「騎士」が尋ねた。


「お前、何でそんな平然としてられる?」

「俺は生まれつき特別製でね。その感じからすると、これがどういう類のものかはわかっているみたいだな」

「……死霊術に使う呪物、……しかも格別にヤバいクラスっぽく見えるな」

「だいたいそれで正解だ」


 言い放つと同時に、左手の短剣が、燃え上がる。

 いや、違う。燃え上がるように見えたのは、黒煙と見間違えたから。

 むしろ、熱を発する暖かな焔とは逆の、凍てつかんばかりの冷たさすら感じる、瘴気。

 黒く揺らめく瘴気がその短剣から溢れ出し、クジョーの左腕を包み込んでいく。そこに留まれなかった残滓が、ゆっくりと地面へと落ち、広がっていく。

 ベースは黒木兼繁、定良の纏うそれと同質のものだろう。

 だが、これを目を凝らすことなく視認できる濃度で体に纏わせ、それで平然としている人間、いや生物を「騎士」は知らない。

 以前、レジェンド・オブ・クレオパトラで定良にマスターキーに付与された瘴気は、あっという間にその分厚い刃を侵食し、使い物にならなくした。

 特に耐性の無いこちらの世界の一般人であれば、軽く触れただけで心身への不調を訴えるほどの厄介な代物。

 多少そういった耐性のある「光速の騎士」であっても、若干の影響を受けるほどである。

 それを、平気な顔で笑いながら用いる者。


「……初対面の奴に言うセリフじゃないんだけどな」

「うん?」


 自分に向けられる「騎士」の視線を真正面からクジョーが迎える。


「お前、気持ちわりぃわ。あと、絶対にまともじゃない。……そんな死霊術の触媒を平然と持ち歩く神経も含めてな。……イカレてるよ」

「そんな恰好で人前に出る君が言う台詞なのかい? お互い様だろう。だが、力を持ってるくせに、幼稚なヒーローごっこしかしない君らより、自分がイカレてると認識している分、俺の方が真っ当さ」

「イカレてるって自認してるのに真っ当ってのは違うと思うが?」

「はは、手厳しいな」


 クジョーが黒の短刀を握った左腕を軽く振り上げる。

 するとそれに合わせて瘴気が何かを形作る。

 視認できるだけの瘴気がさらに収斂し、淀んだ澱を煮詰めたような色合いの巨大な左腕と変わる。瘴気でできた手が人一人分ほどの大きさに膨れ上がり、集まりつつあるそれが時折、おぉぉん、おぉぉんと怨嗟の声を上げていた。


「くらいなっ!」


 ぶんっ、と瘴気の腕が、「騎士」へと腕を伸ばす。

 まるで巨人の手である。捕まえられれば握り潰される、との恐怖よりも先に、触れた瞬間に、どうなるかという不安の方が大きい。


「ちぃッ!」


 舌打ちしながら、掴まれる直前にアイテムボックスからデコイ代わりに冷蔵庫を一つ。

 400リッターサイズのそれが、「騎士」の代わりにクジョーの手に握られる。緊急避難に使われたその冷蔵庫のドアを蹴り、後方へと跳ぶ。


 ぐしゃぁっ!!


 地面を伝う瘴気がまだ届かない所まで一跳びで後退し、冷蔵庫が握りつぶされ、中に収納されていた食材や、ペットボトルなどが散乱するのを眺める。

 先程まで冷蔵庫だった成りたての粗大ごみがアスファルトの地面へと叩きつけられるのを確認する。


(うっわ、やっぱり融けてるじゃん……。そのレベルだと掴まれるのはカンベンだな)


 地面に叩きつけられた冷蔵庫は、バーナーで炙ったような沸々とした焦げ目のような表面から紫煙を上げている。地面に転がった、ペットボトルは例に漏れず、ぐずぐずに変形し中の水は、おかしな色に変色して地面へとこぼれ出していた。

 がらんがらんと「騎士」に蹴りつけられ跳躍板代わりになった冷蔵庫のドアが転がっている。


「変わり身の術、ってところか。「騎士」なんて名乗るより「忍者」の方がふさわしいんじゃないかい?」

「悪いが俺は自分から好んでそんな名前は名乗ってねぇよ」

「そうだったか、成程」


 平然としているクジョーが納得したような表情を見せる。

 変わり身の術、というわけでは無いが緊急避難に冷蔵庫を使ってしまったのは、非常に痛い。


(……クソ、仕方ないって言えばそうだが、ここで弾、使っちゃうとはな。使える残り弾もあんまりないってのに)


 業務用コピー複合機に冷蔵庫。

 共にジェイク達の隠れ工場を強襲した時の補充品だ。

 工場を動かすのに、周りから見ておかしくない程度の物品の準備が必要だったのと、研究・生活時の電化製品などを用意していたわけである。

 ここに駆けつける前にアイテムボックス内に持っていた、資料を満載したコンテナ関連を強襲部隊へと預け、何かしら役立ちそうな“弾”を見繕ってきたわけだが、それが功を奏した。

 だが、それもレベルアップで成長した分で追加されたアイテムボックスの最大値である七セットまで。

 内一つは「騎士」個人の装備関連で埋まっており、残りは六。

 予備として一つ開けており、残り五。

 今、業務用コピー複合機と、400リッター冷蔵庫が無くなり、三。


(さぁて、ちょいヤバいか。凌げるかね、コレ)


 最悪触れただけであれば、状態異常回復のファースト・エイドがある。初級の「騎士」が使える最低限の初期スキルであっても触れるだけ、までならどうにかできるだろうが、恐らく捕まれば、アウト。

 初級ではどうにもできないほどに、アレは濃すぎる。


(どうにか一当たりして、そっから全力でバックれるしかねえな。……いやだねぇ。なんでこんな事になるんだろ、ここ最近)


 ふぅぅぅ、と深く静かに息を吸う。

 真正面にクジョーを見据え、首を傾げてこきこきっ、と首を鳴らす。


「うっし、やるかっ」


 軽くつぶやくと、アイテムボックスから施設用の大型室外機を取り出す。

 屋内と繋がっているはずのパイプ部分と各種ケーブルがずっぱりと切り捨てられているものである。工場の壁に溶接してあったものを切り出してきたものだ。

 ちょうどクジョーから見て「騎士」の姿が見えないような程よいサイズ感。強い風に吹かれて電源が切れた室外機のファンがぐるんぐるんと回っていた。これで残りは二。

 クジョーもまたそれを見て腰を落として迎撃の構えをとると、つぶやく。


「へぇ……。幾つくらいそういうデカブツを持っているのかな?」

「内緒だ、よっ、とぉぉっ!!」


 ドンッ!!


 言い捨てると同時に鉄板を強くたたくような音が聞こえ、室外機がクジョーに向かって空を飛んでくる。

 ぐるんぐるんと縦に回転しながら飛んでくる室外機にくっきりとブーツの跡が見えた。

 普通の感覚であれば、回避であるがクジョーは敢えてここで真正面からの迎撃を選択。

 巨大な左腕で室外機を殴りつける。


 めしゃっ!


 対象がまるで紙コップであるかのように、簡単にクジョーの左腕が室外機をつぶす。その向こうにいるはずの「騎士」の姿は、ない。


 タタッ……。


 小さな靴音のした方をクジョーから見て右側。怨嗟蠢く左腕の逆サイドを見れば、「騎士」が先ほどブン投げた業務用のコピー複合機の元へと駆け寄るところだ。

 駆けつけたその勢いのまま、本体から千切れて二つに別たれた両面印刷のフィーダー部を掴み、巨大なフリスビー宜しくサイドスローでクジョーへと投擲。


 本物のフリスビーのような均一な形になっているわけでは無いので、投擲されたフィーダー部は、クジョーに当たるか当たらないかのルートを飛んでくる。


「ふん?」


 鼻で笑い、それを上半身を軽く傾げることで回避するクジョー。

 その間に「騎士」は、今放り投げたコピー複合機の残り下半分を持ち上げて突っ込んでいく。

 軽い助走後に、それを全力で投擲。

 給紙トレイに残ったコピー用紙がばさばさとカッ飛んでいく途中で落ちていく。


「何度も何度も、しつこいな!」


 先程から何度も何度も同じように、大型の物を投げつけてくる「騎士」に若干のイラつきを覚える。

 接近戦でも深くは切り結ぶことをせず、中距離から遠距離で一定のスタンスを保ち、ちくちくと(大型の物品がちくちくかは別にして)煩わしい攻撃に徹している。

 それらの全てが効果的なダメージを与えるには至っていないことは、これまでの戦闘、いや“作業”で十分にわかっているはずだというのに。


「ああっ!」


 苛立ちと共に回避するのではなく、瘴気の手を握り締めて飛んできたコピー機をそのまま地面へと殴りつけた。


 ごんっ!!


 大きな罅を橋の路面に刻み付け、コピー複合機が朽ちた墓標のようにめり込む。

 その工程の間に、またも「騎士」がクジョーの周りを駆け、中距離から再度投擲。

 今度のそれは、幾分小さくそして複数。

 クジョーはそれを、地面に転がったコピー複合機のパーツ類と判断した。

 確かにそれは正しく、またも「騎士」がそんな手段を採る事に苛立ちが募る。


「いい加減にっ!」


 ……つまらない。

 ああ、つまらない。

 なんだ、「光速の騎士」よ。

 結局お前もこの程度なのか?

 そこで転がっている奴らと、何が違う?

 びくびくと怯え、遠巻きに弾をばら撒いて牽制し、それに然程の効果が無いとわかって逃げ出すというのならばまだましだ。そこからそいつを狩り立てるという暇つぶしのミニゲームが始まるから。

 一番つまらないのが、このパターン。

 思考停止して遠巻きでずっと弾を撃ち続けるというタイプだ。

 その行為が無駄だと判断も出来ず、意固地になってそれに固執し、死んでいく。

 まるで小蝿だ。

 ぶんぶんとうるさく飛び回り、何度手で払いのけても懲りずにまたぶんぶんと飛びまわる。

 そのくせ、蜂の持つときには命に届くような針も、蚊の後に残るようなむず痒さも何も持ち合わせない。

 ぱちんと叩いて潰してしまえば、ただの机の上のシミにしかならない。拭き取ればもう記憶にも残らないだろう。

 小蝿と蠅の違い、結局はその程度でしかないのか。群れない分、まだマシか。


「……幻滅、だな」


 飛んでくるそれに合わせ、右手の剣を振る。

 興味が、失せた。

 この程度なら、どうということは無い。大きくなっても蠅は蠅。人は人。

 蟲を叩いて潰すのに、何を感じればいいのだ。

 所詮、蟲。

 振るう剣が飛翔物に迫る。

 気の抜けた、警戒を失った剣。

 コピー複合機という何の変哲もない物の残骸。

 何処に警戒する要素があるというのか。しっかりと、視界に「騎士」の姿もとらえている。


 だから、引っかかるのだ。

 人を下に見る、そんなことだから。


 振るわれた剣、それが飛翔物を切り落とす。

 その瞬間。


 バガンッ!


 硬質ではない、乾いた筒を叩いたような音が響く。同時に、その辺り一面に濃密な煙が巻き上がった。


「な!?」


 突然の煙幕。

 スモークグレネードのようなものではない。

 そういった専用の物ではなく、むしろパンパンの小麦粉の袋を開いた時に立ち上る、細かな粒子が辺りに散らばる。

 その正体は、といえば。


「トナーカートリッジかっ!?」


(正解っ!)


 そう、トナーカートリッジ。

 コピー機本体をブン投げる前に、外れて飛んで行った前面部が偶然クジョーからは見えない位置取りだった。

 そこで「騎士」は瞬時にどうするかを考えた。

 相手は手を抜いているのだと思われる。

 この戦いで何か得なくてはいけない物は何一つない。いわば買う気が無いのにアウトレットをふらつくようなテンションなのだろうと。

 自分に自信があり、相手は疲弊し、何か目新しいものが無いかと暇つぶしに仕掛けたこの一当たり。

 単調で、変わり映えの無い、遠巻きな攻撃を何度も繰り返す。

 自然、クジョー側の迎撃方法も同じように固定化される。

 相手が手札を見せないのに、こちらだけイカレた呪物を見せて、さらに何かを見せるというのは割に合わないから。

 腹立たしい、イラつく、こちらは「騎士」をわざわざ見に来たのに。

 だから、機を見計らって、本当は“迎撃しない”はずの物を入れてやる。本当ならフィーダー部のように身をよじれば十分避けれたはずのそれを。

 コピー機の本体から引き抜いてアイテムボックスへと回収したトナーカートリッジと、廃トナーボトル。


 そこらへん分かる方は読み飛ばして結構だが、コピートナーの交換経験のない方も居られるかもしれないので、書き記す。

 あれは交換時に失敗すると、泣く。本当にがっくり、と肩を落とすことになる。

 交換トナーを取り落としてトナーが床に散らばるとあれよあれよの大惨事。

 こぼれたトナーはホウキ、ちり取りでは取りきれず、掃除機を以てしても薄くは残り、床の目地にくっきりしっかり入り込んでいく。

 風で巻き上がると一気に巻き上がるし、それが服についたらもう目も当てられない。

 さらに言えば特に問題なく交換が完了したときも油断して、薄く手についたトナーに気付かずそのままズボンのポケットや上着を触ったりして、後で自分に腹を立てた人も多いに違いない。

 ……話がずれた。


 そんな廃トナーとトナーカートリッジを投げる。軽く本体を投げる前に握りしめ、薄く罅を入れてから他のパーツと一緒に、後ろに隠れるようにして。

 結果、クジョーは本来は避けるはずのそれを、切りつけてしまうのだ。


「くそっ!」


 しかも、荒れた海上の橋の上。強い塩気混じりの湿度がバカ高い強風が吹き荒れて、一瞬で広がったトナーを拡散し、クジョーの周りはまるでホーリー祭りのようだ。

 べたべたと肌にまとわりつくトナーが、視界を遮る。顔を拭おうにも、それをすれば濡れたトナーによってさらに酷い結果を生むだろう。


 とたたたたっ!


 そんな中で接近する足音。

 当然のことだが「光速の騎士」の足音であろう。

 視界は遮られてはいても、強風が吹こうとも、その足音をクジョーの耳が鋭く捉える。

 クジョーから見て左側。先ほどまでの逆サイドに「騎士」が駆け込んでくるのを視界を制限されても把握する。


「ふざけたことを!」


 ぶんっ、と大きく巨大な腕を振るい、その方向の巻き上がったトナーを払う。

 自分の周りをぶんぶんと飛び回る蠅。

 それが目の前に迫ってもクジョーに焦りはない。

 視界を遮っていた間に、「騎士」はアイテムボックスから暴力的な刃物を取り出していた。

 仮称、オーガ・ザンバー。

 それをクジョーに向けて突き入れようと振りかぶった所である。

 だが、それでも焦りはない。

 引き戻された瘴気の腕が戻り、その手で突き出されたオーガ・ザンバーを掴み、握りつぶそうと力を入れる。

 びた、と勢いを止められ「騎士」の突進しようとする体が、止まる。


「残念だったな。ここまでのようだ」

「ッ!?」


 息を飲んだ声が小さく響くのを聞いてクジョーがにまり、と口元を笑みの形に変えた。

 だが、頑丈であることを至上命題としたオーガ・ザンバーは巨大な手に握られても折れ砕けることは無い。

 仕方なくクジョーがその瘴気の濃度を上げ、どろどろに融け、腐食させる方向へと舵を切った。

 当然、瘴気の流れはオーガ・ザンバーを伝い、その持ち手である「光速の騎士」まで伝っていく。

 掴まれているオーガ・ザンバーの先は、既に融け出しており、しゅわしゅわとおかしな泡を吹きだしながら地面へと融け落ちた金属が煙を上げている。

 柄を握る「騎士」の腕部の籠手も、じじじ、と火に炙られるような音を発て始めた。


「本当に残念だ。期待外れもいいと……」

「そういう、いちいち人を虚仮にしたところが気に食わねぇんだ! 気色悪いんだよ、ボケェッ!!」


 そう言い放ち、「騎士」がオーガ・ザンバーを両手で攫む。

 押し込まれる力が、更に増すが、それでもクジョーは慌てることは無い。

 いまだ、それは予想の範囲内。

 オーガ・ザンバーを掴んだ手は、少しばかり動きはしたが、まだ余裕はある。

 ほんの少しクジョーの顔がゆがむが、そこまで。

 余裕であることを確認し、再度煽るように「騎士」へと声をかけようとする。


「だから、そんな無駄……」

「ブッチ抜けェェェッ!! スラストォォォッ!!」


 叫んだと同時に、「騎士」のオーガ・ザンバーが一瞬だけ力を増す。

 押し込まれるようにして、槍用汎用スキル「スラスト」により、瞬間的な突進力を加味されたオーガ・ザンバーが、クジョーの左腕を一気に貫く。

 そしてようやく、クジョーの顔からあのにやけ面が吹き飛んだのだ。





「ブッチ抜けェェェッ!! スラストォォォッ!!」


 体中から底が見えてきている若干だが回復した魔力をかき集め、「スラスト」のスキルを発動。なけなしの根性と気力をプラスして押し留められていたオーガ・ザンバーを一気に突きこむ。

 だが、瘴気の腕に守られているクジョーの本体までは、届かないだろう。

 瘴気自体が分厚いのはもちろんだが、それ以上にオーガ・ザンバーがもちそうにない。例えるならぐらぐらと煮え立つマグマだまりに突き立てているようなもので、底にたどり着くまでに、穂先が溶けてなくなってしまう。


(ここまで、濃密な瘴気、って。このクジョーってやつ、マジでどうにかしてんぞ!?)


 生身であればあっという間に肉が溶けて骨だけになり、それすらも残らないようなそれにどっぷりと浸かって平気な風情。

 現に超人の部類である「騎士」の瘴気にさらされた右腕はずきずきとした痛みを訴えてきている。

 だというのにクジョーは平気な顔。それは明らかに、人間という範囲に設定された枠を大きく逸脱している。

 そうでなければ、既に人ではない“何か”というわけだが。


(って、余計なこと考えてる暇は無いっ! 集中しろ、俺のド阿呆がっ!!)


 ずぶずぶっ、と深く刺し込んだオーガ・ザンバーの勢いが止まりそうになる。一気に押し込めれば良かったが、クジョーもされるがままではない。

 それに「スラスト」の効果は発動のその一瞬のみ。長時間の効果はない。

 貫かれた瘴気の手を再構築し、再度オーガ・ザンバーを掴もうとして来る。

 真剣な表情で、容赦なく、「騎士」を狩り立てるために。

 だが、そういう顔は最初から。自分が有利だと確証している時からするべきだ。

 強者であるがゆえに、その謙虚さ。若しくは慎重さ。はたまた臆病さでもあるが。

 それらがクジョーには足りない。


「させる……!」

「ハイ・センスッ!!」


 全身から絞る様にして魔力を込める。

 発動に成功した肉体強化スキル「ハイ・センス」が、極限まで知覚能力を跳ね上げる。これもわずか一瞬。

 その引き伸ばされた一瞬で、可能な限り飛び込んでくる情報を取り込む。

 クジョーの体勢、他の者の位置取り、そしてオーガ・ザンバーの完全な破損までの猶予、などなどだ。

 そのなかで最も認識しなくてはならない情報。それは、クジョーの左手、そこに握られる黒い短剣の位置。

 それをしっかりと眼で確認し、気合を入れる。

 この先は、かなりキツイはずだから。


「……かぁぁぁ……」

「スラァァァァ、スゥゥトォォォォッ!!!」


 クジョーの声を聞きながら、それに被せるようにして、最後の最後。

 カラッ欠のタンクの底を浚うように、チューブ歯磨きからラスト一回分を絞り出すようにして、ラスト一回分の「スラスト」を発動する。

 発動中の「ハイ・センス」の効果が切れるギリギリに、クジョーの瘴気で形作られた巨大な腕が一瞬怯み、一番力が入っていないポイントに目掛け、壊れかけのオーガ・ザンバーを、全力でもう一度押し込む。

 そしてその押し込んだ先にあるのが、あの黒い短刀。

 この瘴気でできた馬鹿でかい怨念の塊を制御しているだろう、その触媒に向けて。


「……あぁぁっ!!」

「イっ、けぇええええッ!!」


 気合と根性で体を支え、揺らいだ瘴気の塊の最も薄いポイントを、穂先を完全に喪失したただの棒となったオーガ・ザンバーがぶち抜く。

 刃先の無い棒となったその先っぽで、クジョーの左手に握られた黒い短刀の刀身へ、「光速の騎士」の全力の突きが突きこまれた。


 ギィィィンッ!!


 金属が強くこすれる音がして、クジョーの手から短刀が離れた。

 短刀が地面を滑るようにして弾かれる。


「貴ィ様ァァァッ!!」

「うオオオオッ!!」


 憎々しげに「騎士」を睨んだクジョーが、空いた左手を握りしめ、それを「騎士」へと向ける。

 一方の「騎士」も突きこんだだけでは終わらない。瘴気が霧散し、自由になった元オーガ・ザンバー、現在は壊れかけの棒を真横に向けて大きく振るおうとしていた。この場面で残念なことに有効な「スイング」のスキルの分まで魔力は無い。どうひっくり返してももう完璧にカラになった魔力では発動しない。

 あとは体力任せの大振りの一発のみ。


 クジョーが「騎士」に向けた手に、何か火種のような物が集まっていく。

 振り抜かれようとする「騎士」の金属棒が唸る。

 双方が、それをぶつけ合おうとした瞬間。


「そこまでっ!!」


 ばじぃぃぃっ!!


「ぬおっ!?」


 突如として背筋に走った悪寒が、「騎士」から金属の棒を手放させた。

 危険を感じ、そのまま大きく後ろへと跳ぶ。


「くっ!?」


 それに合わせて、クジョーも渋面を作り後方を睨む。


「こ、これは?」


 手放した元オーガ・ザンバーがバリバリと雷光をほとばらせながら宙に浮いていた。

 いや、そうではない。

 宙に浮いているように見えたが、実際の所は「騎士」とクジョー達の間に薄い膜が

 張られている。

 そこに突き立てられた元オーガ・ザンバーが、まるで感電したかのように光っているのだ。


「スミレ、何の真似だッ!」


 水を差された形になり、鋭く咎めるようにクジョーは自らの後ろへと歩いてくるブルー・タイプ、スミレへと叫ぶ。

 スミレは合掌するように両手を合わせたブルー・タイプの両腕を仄かに光らせながら、クジョーの後ろへと歩いてくる。


「クジョー。あなたの“それ”はやり過ぎです。申し訳ないですが許容範囲外です」

「お前の“それ”もだろうがっ! 未だ試作段階で作動できないはずだっただろう!?」

「……サイレンも近くなってきています。時間ももうありません。これ以上のイザコザはこの後にも影響します。それに、私の“これ”に関しては条件付きで許可をいただきました」

「何だと!?」

「第二席より、あなたが我を忘れるようなことがあれば躊躇なく使え、と」

「ちぃっ……、老いぼれどもが……!」


 吐き捨てたクジョーの傍にハナが駆け寄り、心配そうにクジョーに寄り添う。「騎士」に向けていた手を握り締めると、飛び散っていた火花が消える。

 そんな言い争いをしているクジョー達を見ながら、「騎士」は思う。


(……サイレンも来てるし、逃げたいのも山々なんだが)


 目に飛び込む、というか視界いっぱいに広がる薄い膜。

 これに似たものを見たことがある。

 というか、先日これをぶち抜いて、パラシュートなしでスカイダイビングをした経験が思い起こされる。


「結界か……」


 先日の銀嶺学院襲撃事件で使われた結界。

 それと酷似している。

 苦々しげな表情を取り繕ったクジョーが地面に転がった短刀を鞘に納め、膜の近くまで歩いてくる。

 纏わりつくハナを手で制し、「騎士」の真正面に。

 それを見て、「騎士」もクジョーの真正面に歩いていく。


「ふぅ……今回はここまでのようだ。まあ、俺たちの目的はだいたい達成したしね」

「そうかよ。こっちはただ単純に迷惑なだけだったがな」


 薄い結界の膜一枚を挟んでクジョーと「光速の騎士」の視線が交錯する。

 真っ直ぐ、双方とも視線を逸らすことはない。

 言いたいことはある、聞きたいこともある。

 双方ともが言葉を交わす必要があると思ってはいても、近づいてくるサイレンの音がそれを許さない。

 赤色灯の光も徐々に見え始めた。


「……す、スミレッ」


 遠くから小さく声が聞こえる。

 それに全員がそちらへと視線を向けると、崩れ落ちたジェイクがいる。

 アーマー・スーツを外し、インナーを血やおう吐物で汚しながら、地面へと這い出してきていた。


「スミレ?」

「時間がありませんでしたので情報の吸い上げまでは完了しました。ただ、バックドアが消去されており、自壊コードを仕込むには……」

「そうか」


 芋虫のように這いずるジェイクを結界越しに、まさに虫を見るような目で見つめるクジョー。


「なぜ、何故だ? ……どうしておまえが、そこにっ。そいつは、皆を、みんな。お前の親父さんも、大好きだって言ってた、母親もっ! 皆を殺したんだぞっ!!?」


 文字通り血を口から吐き出しながら肺腑から絞る様にして問いかけたジェイクは、叫んだ後に咳き込む。


「……父親だからだよ」

「は?」


 先程まで苦々しげだったクジョーの顔が愉悦に歪む。


「聞いたことことはないのかな? 愛しい女からさ。まあ、その様子だと聞いたことは無かったみたいだが?」

「ど、どういう」

「だから、俺が。クジョー・T・シズマが! スミレ・モトミヤの父親だってことだ! あはははははっ!! もしかしたらジェイク、お前が俺の義理の息子になっていたのかもなぁ!? くははははっ!」

「そ、そんな訳があるか! だい、第一、年齢が、おかしいだろう!? スミレ、答えてくれ、スミレッ!」


 ジェイクの声にスミレがそっ、と目を伏せる。

 その顔には何の表情も浮かんでいない。


「……スミ、スミ……」


 そのまま、ジェイクが崩れ落ちる。そしてそのまま声が消える。張り詰めた心が折れ、ぎりぎりで保っていた精神が限界を迎えたのだろう。

 気を失ったその頬から一筋涙が溢れ、流れていく。


「ふはは、面白い物を見たな。……さて、帰ろうか? じゃあ、「光速の騎士」ご一行。またいつか、な?」


 結界の向こうで踵を返したクジョーが一歩二歩と歩いていく。

 そのまま振り返ることも無く消えようとするクジョー達。


「おい」

「ん?」


 呼び止められたクジョーが振り返ると、そこには大上段にアイテムボックスから取り出したベンダーを振り上げて、結界目掛け投げつける「光速の騎士」の姿があった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] オーガザンバー好き [気になる点] 悪役を後生大事に使うのは好きじゃないからここでケリをつけてほしいんだけど仕方ないのかな
[良い点] >だから、引っかかるのだ。 人を下に見る、そんなことだから。 騎士さま格好いいー!!(*´∀`)♪ >どうにか一当たりして、そっから全力でバックれるしかねえな。……いやだねぇ。なんで…
[一言] トナーの粉も粉塵爆発に使えるんだよなぁ
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