5-2 獲物 と 狩人 と 過剰装飾
ガタンッ!
突然、床から突き上げてきた衝撃に全員がたたらを踏む。
がちゃがちゃと周りで固定されていなかったものがいくつか床へと転がっていく。
今の衝撃で強く肩を壁へと打ちつけてしまった白衣姿の男が、苛立ち混じりで備え付けの受話器に飛びついた。
「もう少し、静かに運転できんのか! こっちではデータチェックと最終調整をしているんだぞ!」
『無茶言わんでください! 走りながらそういうのをするなんて想定外なんですから!!』
運転席から返ってくる返事も落ち着いたものではなく、怒鳴りつけるようなものである。走行中の大型トラックのなかで怒鳴り散らされると、その音は中の全員に響いて聞こえるわけで。
ただでさえピリつく空気が更にとげとげしさを増した。
(……仕方ねぇとはいえ。くそ、追われるってのに慣れてねぇからな、こういう状況だと弱ぇってことか)
ジェイクはちぃ、と苦々しい表情で舌打ちをしたが、その最中にも細かな振動が襲ってくる。日本の整備された道路であっても、速度を上げて走行すれば所々ひびやたわんだ箇所、マンホールの盛り上がりなどはある。
サーキットの高速バンクではないのだ。どうしても揺れをなくすことはできない。
そんな劣悪な状況でのこういった整備上がりのアーマー・スーツの準備経験はない。
あくまでアーマー・スーツの戦闘状況の主体は攻勢時の装備としてであり、守勢に陥ったときの対策まではできていないのだ。
運用計画でカバーリングするべき箇所は、開発・検証部門では本来考えるところではない。
「グダグダ言ってても仕方ないだろうが。……どうにか起動まで持っていくしかないんだ。急げよ。もうそんなに時間は無いはずだ」
必死に固定された機器にしがみついている開発スタッフにジェイクが声を掛ける。敢えていつもの荒々しい口調ではなく、可能な限り抑えたトーンで。
恐らくそうでもなければ、さらに混乱が伝播し、収拾が付かなくなることがわかっているからだ。
怪獣映画のスーツアクターの休憩中のような格好で、下半身をアーマー・スーツに突っ込み上半身はインナー一枚で待機している。
アーマー・スーツの上半身は周辺から伸びるケーブルに繋がれて、今も調整作業の真っ最中であった。
昼のひと悶着、いや大暴れの結果として破損したパーツ類の入れ替えに、応急修理を施したとはいえそのまますんなり動いてくれるほどアーマー・スーツは完成された代物ではない。
ほぼノーダメージでの帰還であった五号のスーツも、最低限の各部のデータチェックと一通りの簡易メンテナンスを必須とするような精密機械。
パーツの総取っ替えと、フレーム自体の歪みによるバランスの調整が行われたジェイク側のスーツが、スイッチを入れればそのまま問題なく動くはずもない。
全体の状況確認のための各ランプはようやく赤一割、青二割、オレンジ四割といったところ。
全て足して十割とならないのは、残りがブラックアウトしているためだ。通電するためのコードは各部位へ繋がっているのに、そこからの反応が返ってきていない。
青とオレンジ合わせて六割ならば、ギリギリ動かせるラインすれすれというところである。
(最悪、"何か起きれば"これで対応するしかないか……。身から出た錆とはいえ、キツイところだが)
原因を考えるに、消火剤をぶちまけられて、ブースターの不具合を引き起こされたときに無理やり繋ぎなおし、エネルギー供給を再開させるように再プログラミングしたコードがどこかに残って悪さをしている可能性がある。
繋ぎなおした各部のパーツ同士のセキュリティが不正改造のプログラムと認識したか、バージョン違いだからとアップデートを求めているのか。
なんにせよ、相手が機械であるので上手い具合に配慮してくれるわけでもない。
無理なモンは無理、とエラーをこのクソ忙しい真っ只中に遠慮なしで吐き出してくださるものだ。
「くそ……」
苛立たしげにケースからザラザラとミントタブレットを取り出し、数を数えることもせずにそのまま口に放り込む。
ぼりぼりと噛み砕き、少しでも精神を落ち着かせようと努める。
ミントの香りがトラックの中に広がっていく。
『後方警備の車両から連絡! 何か、接近中です!』
「来たか……。もう一方の偽装チームの車両には?」
『……今のところ、追跡車両は確認されていません!』
「バレたか? それとも最初っから片方捨てるつもりで博打でも打ったか」
掴んだままのタブレットケースを床へと投げ捨てる。かしゃん、と軽い音を発ててケースがどこかへと転がっていった。
完全に後手を踏まされている。
もともと強襲を受けた時点で、パッチワークじみたトラブルへ対応をしていく必要があるのは間違いない。それが立て続けに引き起こされているのと、一向に終了する気配がないのが腹立たしい。
戦術の基礎は、敵戦力を如何に労力を少なくして"削る"かに集約する。戦力には実際のゲンコツに当たる"暴力"だけでなく、モチベーションの維持や、とっさの判断までの時間なども含まれる。如何にそれを"使えなくするか"を考えた"嫌がらせ"が肝と言えるわけだ。
もっと大きな戦略という観点でいえば違うこともあろうが、局所的な戦術という観点でいえばそれが正しい。
(絶え間なく一気に押し流すようなパワープレイの嫌がらせに、ダイスの目によっちゃぁ全損確定のギャンブル。……イイ肝っ玉してやがるぜ、クソが!)
重厚な机に地図を広げ、腕組みをしてそれを睨む落ち着いた印象を与えるベテランの初老男性。卓上には湯気の立つブラックコーヒーと、葉巻が置かれていたりする。
そんなイメージ上の、ジェイクは会ったこともないその「光速の騎士」側の戦術家に呪詛混じりの反吐を心の中でぶちまけてやる。
ただ、そのイメージと違い、実際にそれを決めたのは重厚な机の上に、山のようにフライドポテトを皿に盛り、ちょいちょいとつまむ年若い祭りで売られているようなお面をつけた少女。グリーンスムージーをずず、と啜り卓上に散ったポテトの欠片を紙ナプキンで集めて近くのゴミ箱へと放り込んでいる姿は、緊張感のカケラすら無い。
場所とやっている内容以外は自宅で寛ぐそこらの十代の学生と何ら変わりなかったりする。
「取り敢えず、別働隊は逃げられるならそのまま逃げちまえ。ブラフの車両はそのまま海中に放棄でいい。役に立たないガラクタを詰めただけだが、引き上げて分析って話になりゃ、多少は攪乱にはなるだろ」
『了解。……そちらはどうする?』
返信に少し逡巡する。
「……いつまでもケツを狙われるのは勘弁だからな。どうにかするしかねえだろ」
『わかった。……無事でな』
「そのまま返すぜ。俺らと違ってそっちは"フツー"の装備しかないんだ。襲われたら一発だぞ」
『だろうな。だが、一番悪いヒキはお前の方だ。……間違いなく一般人ってのを狙った辺りからケチがついてるってのがな。日ごろの行いが悪いって証拠だぞ?』
「はは、教会で牧師相手に懺悔でもしろってのか? 日曜のミサだってもう長いこと行ってねえしな。もしかしたらそういう事かもしれんが。……だが、俺は信仰なんてもんは捨てたんだよ。……三年前に、な。おたくも、皆もそのクチだろ?」
ジェイクの軽口で車内に沈黙が降りる。
がたんがたんという揺れだけが響いている。
『神を失い、その先で相対するのが幻想の騎士というのも、な。なかなかに皮肉が利いている』
「……あれは、そんな高尚なモンじゃねえよ。外面にみんな騙されてるが、中身は俺らとそんな変わりゃしない」
老いたホワイトラン博士の通信機越しの声にジェイクが反論する。
一瞬ではあるが、あの「光速の騎士」と相対した者としての感想だ。聖人君子然とする行動の一方で、細々とした点で人という生き物を理解している節がある。
それは、人の一面だけを見てきた者の感覚ではない。
人が穢れていても気高く、美しく見えて悍ましいということをわかっているからだ。
穢れも清らかさも内包してこそ人間である。
聖と邪。
どちらか一極に偏る"神"という概念からは程遠い。
『いや、我々とアレは全く違う。アレは皆が望む"英雄"だ』
「英雄様ねぇ。……じゃあ俺たちはどうなんだよ?」
そんなジェイクの想いをホワイトランは打ち砕く。
だからこそ聞いてみたい。
このアーマー・スーツという代物。
超人へと至るやもしれぬ階を創った老いた鬼才へと。
『彼は、あの特異な力を持たなくともきっと我々の前に立つだろうよ。直接的な暴力装置としてではない。それは、言葉であったり、行動でな。何せ人間らしいほどに人間だからな。だが、我々はそうではない。我々は復讐者だ。どこまで行こうとも、な』
悲しげに独白する。
人は人であることをやめることはできない。
だが、それを塗りつぶすことはできるのだ。それは、芳しい希望に似た腐臭を放つ絶望だ。しかし、それが無くては、生きる縁を失う者もいるのだから。
それは、ひどく残酷な真実である。
がたがたと震える腕に抱えたライフル銃をさらに握り締める。
軽四の後部座席に座る男は後方から接近してくるライトを確認すると、窓を全開にする。
(当たれば、当たればいい! タイヤでもエンジンでもどっちでもいい! 当たればそれで追っては来れなくなる!)
ぐい、と上半身を乗り出して、後方から接近してくる車両に照準を合わせる。この雨の中、追いかけてくるライトは一つ。それ以外には何もない。
工場で「光速の騎士」の足止めに残された部隊には悪いが、それを考えると今追いかけてくるのは少なくとも「光速の騎士」ではない。
大まかな性能を知っているアーマー・スーツをあそこまでずたぼろにして見せるだけの絶望的な"特異戦力"。
それが一つないというだけでもありがたい。
「いいかッ! 全員、タイミングを合わせて撃てッ!! 敵側の追跡はあの光点一つだけだ!」
「簡単な仕事だ! 車体を狙え! このずぶ濡れのなかで転がしてやるッ!」
叩きつける雨と走行中の風の音に負けないように、各々が声を張り上げる。
おおッ、と皆がそれに応える。
荷台に積み込むだけ積み込んだ大型トラックが彼らの乗る車の車列を置き去りにアクセルを一気に踏み込む。
残る護衛の車列が道路いっぱいに広がり、後方から追い上げてくる追跡者を迎え撃つために進路をふさぐ。
仮に真正面から突破しようとすれば銃弾の雨に、かわして車列の間を抜けようとすれば押しつぶすこともできる。この陣容ならば十分に対応は可能なはずだ。
そう考えた彼らの前に、追跡者が迫る。
湾岸沿いの街灯の少ない道路で、月も見えないなか、視認距離は非常に短い。追跡する者のライトも目を焼くようなハイビームで、その詳細までは見えない。
だが、ライトがあるということはそこにライトを照らす敵がいるということに他ならないという事でもある。
道をふさぐように一列に走行していた車列が突っ込んでくるライトを囲うように列を変える。
準備は整った。
ならば、やることは一つしかない。
「「「撃てェェェェッッッ!!!」」」
ドダダダダダダダダッ……!!!!!!
叩きつける雨も、吹き抜ける風の音もかき消すような、一斉射撃。
たった一台の追跡者にはあまりにも過剰と思われるような、雨水を吹き飛ばす銃弾の雨が降り注ぐ。
外れた銃弾はアスファルトを抉り、地面を削っていく。
これだけの銃弾に襲われながら、追跡者は真っ直ぐに突っ込んできている。
そして銃弾を放った護衛者の男たちは、未来を直感する。
真っ当な神経の持ち主ならば避けるか、それとも運悪くそのまま転倒し、アスファルトの上を転がっていくか。
だが、彼らの予想はことごとく外れる。
ひゅぅぅぃぃぃぃぃぃっ!!!
金属製の笛に風が通るような音と共に、追跡者が速度を上げた。
先程の攻撃など、どうということもないという風にだ。
どこか聞き覚えのあるようなその音が、自分たちも運用するアーマー・スーツの吸気音に似ているという事に気付いたのは数人。
他の者は、あの銃弾の雨の中を何も問題なく駆け抜けてきた"風変わりな大型のバイク"に意識を取られていた。
「くそっ!」
一瞬呆けたように固まった彼らの中で、銃に弾丸を装填し一番に引き金を引いたのは軽自動車の後ろで震えを止めようとしていた男だ。
連携という言葉はその瞬間の彼の頭からは抜け落ちていた。
ダダダッ!
ギャギャンッ!
カカカンッ!
弾丸の発射音に遅れること少し。
放たれた弾丸が、バイクまで届いた一部を除き、"空中で"落下した。
届いた一部もバイクのフレームにぶつかり、乾いた音と共に弾かれていく。
二輪車であるバイクに銃弾が直撃したというのに、一切のぶれも無く。
「どうなって……!? くそっ!! よりによってこっちに来たのかよ、貴様っ!?」
その異常に気付いた男が悲鳴じみた叫び声を上げる。
バイクの後ろに乗っているヘルメット姿の女は知らない。
だがドライバーが「光速の騎士」によく似た意匠のヘルメットを被った女だった。
そう、追いかけてきたのはマユミ・ガルシア。
件の「光速の騎士」と同じ、特異戦力とされる人物。
少しばかりの情報から、全力で振りかぶったアーマー・スーツの攻撃を片手から出す不可思議な力場で受け止めることができるバケモノ。
間違いなくどこかで戦力として投入されるだろう彼女は、予想では工場の方にいる可能性が高いと思われていた。
万一の後詰として工場へ抑えを置かず、この追跡にぶつけてくる。
策を考えた敵のプランナーの正気を疑い、度胸に驚愕する。
だが、現に来てしまったのだ。
ならば対応するしかないではないか。
「ドライバーを狙うな! 目標は、車体に集中しろ!!」
叫ぶ声を聞きつけたマユミがくすりと笑う。
「ですって」
「ま、普通はそうなるんだけどね」
前方から放たれる弾丸の着弾点は自然、バイクの前面部に集中することになる。
マユミの後ろのエレーナは射線上にマユミがいるため、特に体を隠すということもしていない。真正面からの銃弾はマユミが弾いてくれるからだ。
そして当たるのはバイクのフレーム本体。
先程から散発的に撃たれる弾丸がカンカンと音を発てて弾かれていく。
「よくもまあ、こんな素っ頓狂な物を……」
「浪漫と情熱とあとはほんの少しの実用性。まあ、「騎士」には使ってもらえなかったけどね」
バイクの各部にはどこかの倉庫に転がっていた物がパーツとしてはめ込まれている。
何なのかと一言でいえば"盾"だ。
今まで実際に試作したもののうち、耐久性に優れ、車体を覆うことの出来るサイズのものを、左右両サイドに一枚ずつ計二枚。正面のライトの邪魔にならない小型と中型サイズのものをそれぞれ一枚ずつ。
現代戦に有効な対弾性能は当然のことながら、左側に「騎士」に却下された金線で描かれた獅子意匠のものを据え、右側には銀の縁取りのされている女神の描かれたそれを。
正面のバックラーサイズの小型のものと、中型のカイトシールド仕様のものも華美ではないが芸術性の高いものを選んでいた。
「まあ、使えるなら使わせてもらいましょう!」
マユミはそう言って、前方へと一気に速度を上げる。
降り注ぐ銃弾をマユミの異能と、バイク自体の耐久力でものともせずごり押しで進んでいくその様は、古の重装歩兵のようでもあった。
白石特殊鋼材研究所による「光速の騎士」装備品の開発。
開発陣の努力による様々なプランが策定され、実行に移される。有用とされ、実用に至るものがある一方で開発陣とユーザー間の意見乖離により開発の凍結並びに関連資産の保全が行われることとなる物も存在する。
基本は廃棄・若しくは封印処理(という名のコレクションルーム行き)となる。
ただし、作成完了した試作サンプルや、開発中の一部品目の有効活用に向けた計画をスタートさせる。これについては従来の「光速の騎士」を主としたものから、一部対象を拡大し「ワン・ステップ・アヘッド」への技術流用も可とする旨を追記。
そして完成したのが、コレ。
白石特殊鋼材研究所謹製「シールド・キャリアー」。
継戦能力向上のための、補給用装備運搬を主目的とした車両開発。
車両本体を複数回にわたり活用するための耐久性の向上と、離脱能力の獲得に向けた次世代型エンジンの実験的搭載。
それらの課題を解決した試験機である。
テストドライバーとしてマユミ・ガルシアを活用し、将来的には「光速の騎士」にも運用してもらいたいとのマニュアルに添えた嘆願文もついて、お値段はマンション一棟分と来たものだ。
頭を抱えて唸った杉山茂を誰が笑えようか。
ああ、あと大事なことを一つ。
初期計画で存在した"角"は無くなった。きれいさっぱり無くなった。
本来のユーザー、「光速の騎士」だけでなく、テストドライバー、マユミ・ガルシアからも"かわいくない"と一蹴されたためである。
大事な事なのでもう一度言っておく。
可愛くないというユーザーの希望により、角はやっぱりいらなくなったのである。
一番好きなMAのG-アー○ー。
もしくはF○ⅦACのクラ○○バイク。そんなイメージです。
あと、角は偉くないと駄目なのです。
一般兵に角など、おこがましい。




