5-0 生きる のか 生かされる のか
ごっ!
感情のまま暴力を振るう行為は野蛮であり、この世で最も侮蔑される悪行だという自分の意見は今も昔も変わってはいない。
そういった行為に及ぶ者を心底軽蔑していたし、行為自体が建設的ではなく本来の目的の達成や意見を通すという意味において、寧ろ遠回りになる可能性のある非効率的な頭の悪い人種のやることだと軽蔑していた。
だが、それがどうしたことか。
振り上げた手で否定していたはずの暴力を解き放つ時の一切の躊躇いもなく、そして後悔の無さは。
『ホワイトラン博士、この一回に関しては、私個人の範疇で押さえておこう。あなたがそういったことに及ぶということも仕方のないことだろうから』
額から垂れる血を押さえ、周りに控えた部下を手で制している軍服姿の男が私へと語りかけてくる。
軍のメッセンジャーと名乗る男の部下が、ソファから腰を浮かした私の手から、少し強引に杖を奪い取りソファへと私を引き戻す。
奪い取られた杖は少し曲がり、先端には血がにじんでいる。
『では、我々はこれで失礼する。接収に関しては担当者が改めて詳細を説明に来させる。準備は進めておいてくれ』
ぐいと額の血をハンカチで押さえ、簡単に止血してからメッセンジャー役の男は部屋を出て行った。
……ああ、そうなのか。
本当に本当に我慢のならないことは、理性を超えて体が動くのだな、と自分の事であるというのに他人事のように分析している自分に苦笑したのを覚えている。苦い笑いというのは本当に苦々しいのだということも。
この三年。我々の全てを注いできた結晶であるこのプロジェクト。
それを丸ごと奪い取ろうというのか。
バカな話だが、真実でもある。
どさりと背を預けたソファに沈み込んだ体が鉛のように感じられた。
言っていることはわからんでもない。
日本の地方都市で「ライトニング」「エンシェント・フィアー」などという特異戦力の出現が確認された。
ならば当然、国の方針としてそれらの対抗戦力の調達が必要であり、我々のプロジェクトの産物がその要求に合致するということは。
なにせ大多数の嘲笑と冷笑のなかで、"モンスター"を殺すための装備を大真面目に作り上げていたのだから。
要求するスペックの全てが、対人の枠組みを大きく超えており、個人用装備としての対費用効果は芳しくないどころかむしろ劣悪といってもいい。
それでも開発と研究が継続できていたのは研究から派生する副産物を軍へ定期的にフィードバックしていたことと、ただただ開発スタッフ陣の怨讐を孕んだ意欲の成せる業だった。それでも軍の研究予算というパイを奪い合う他チームと比べ浮いていた感は否めない。
それがあの連中の出現。時代錯誤な鎧姿の槍使いに、出来の悪いジャパニーズホラーの骸骨。
あの日、あの時から全てが覆ることになる。
軍の日陰者であったはずの自分たちの研究が、いつの間にかスポットライトを浴びることになった。まあ、それであるならばそれでもいいのだ。別に使える予算が増え、増員が来るだけであるならばそれでも良かった。
だが、我々と軍の意向は徐々に着地点を異にしていく。
軍の意向は、特異戦力として確認された「ライトニング」「エンシェント・フィアー」等の戦術的優位個体群に現有戦力で対抗できるよう、装備品としてスーツを"量産化"することにあった。
それに対し我々の最終目的は特異戦力たる"モンスター"を確実に殺すこと。
つまり、軍は高性能ではあるがコストのかかるアーマー・スーツを、ダウングレードし、より安価に提供できる研究を進めるように指示してきた。要は性能を犠牲にしても、数を揃えることを優先したい、数を以て強者を刺すとしたわけだ。
一方の我々の目的は"モンスター"を殺すこと。その一点に尽きる。アーマー・スーツをさらに高性能化し、装備を充実させ、"モンスター"という上限不明の特異戦力を確実に殺しうる剣を欲していた。つまり数打ちではなくワンオフの一品。想定される戦力の上限予測値がわからない以上、高性能化に伴う高予算化が加速していくのは自明の理である。
この微妙な差異。
双方ともに目的地は近いとはいえ、その両方の間には深い崖が横断している。
だが、それを双方ともが暗黙の了解の中で自らの内に飲み込み黙々と研究とテストに従事しているのは不思議な緊張感を生み、停滞どころかむしろ技術の向上につながっていたのは不幸中の幸いと言えるだろう。
だが、そんな仮面夫婦のような偽りの時間は終わりを迎える。
きっかけは銀嶺学院の襲撃事件の範囲指定型の侵入阻止装置だ。
あの事態に際し、現行の通常装備の警察戦力ではその"結界"を突破する術が無く、だが唯一例外として「ライトニング」のみがその壁を越えていった、あの映像群。
そこからの治安維持関係者の動きはまさに電光石火。
緊急の会議を招集し、臨時の本来存在しえない予算を組み上げ、そして我々のスーツ開発に関連した技術の接収を決定、そのダウングレード・量産化へのゴーサインの入った書類をでっちあげてみせる。
一連の関連書類が準備され、私たちの権利関係を法的に明確に否定したのだ。
それを届けたのが、先ほどの制服組の連中だった、ということになる。
恐らく我々が爆発するだろうということは予見済みで、その結果をも自らの優位性を明確にするイニシアチブの為のパフォーマンスでもあったのだろう。
落ち着いて考えてみれば、そんな簡単な罠にかかるほど自分が取り乱したということに恥じ入るばかりである。
いまさら言っても仕方ないことではあるが、彼らの拙速な対応もわからないでもない。
実際には杞憂に終わったが、もし仮にあの銀嶺学院と同型の装備を用いて政府の主要施設が襲撃されたとしたら。
おそらく、そのようなことが安全対策部門のかなり上位で議論されたのだろう。そして現有の装備による対応は困難であるとの結論に至ったのは想像に難くない。
そこでどうにか対応できる手段の再検討の中で、我々の装備開発が目に留まったわけだ。
今までの主たるアプローチである開発ルートとは性質を異にする、個人携行可能な高火力・高耐久という異様な装備関連技術が。
しかもいくつかの問題点(当然ながら無視できないほどのレベルではあるが)を抱えつつも実地運用まで持ってきている。
様々な問題を孕みつつも、幾ばくかの人倫的妥協と十分な政治的フォローを組み合わせればどうにかできてしまうのではないか。
上からの圧力もあったのか、ぎりぎりの均衡を保っていた我々と彼らの天秤は土台から崩れ落ち、抜き差しならぬ所まで進んでしまった。
我々としても妥協案としての量産型装備の提供を開始しようとの計画を出したところだったのだ。先んじられ、その計画も水泡に帰し、そうすればどうなるか。
そう、彼らは守り抜くことを考えている。その源泉は家族への純粋な愛であり、知人への友情であり、自らの既得権益であり、選挙の票数であり、そしてそれらを複合的にまとめた"世界"を守護せんとする守護者という存在。
だが、我々は違う。そこを彼らは理解していない。
我々の行動の源泉は怨讐である。躰の総て、髪の毛の一本残らずだ。純度百パーセントの憎悪から我らは成る。他者への友愛でも、利への羨望でも、名誉でもない。
我々は、ただ奴を殺すためだけに在るのだ。三年前、あの日から我らは"そう"成った。
未だその者を殺しうる術を手に入れたとは思えない。あの"モンスター"を。
握り締めた手に血が滲んでいた。
その痛みにふと我に返り、窓際のキャビネットを見る。
そこに置かれた一枚のポートレート。全体が煤けて焼けたそれが飾られている。
おそらく六人の人物が家の前で写したのだろうそれには、誰が写っているのか判然とはしない。だが、その中の杖を突いている老人は、ソファに座る博士と呼ばれた者と同一人物に見えた。
後は彼以外に男性が二人と、女性が三人。上部付近が傷んでいて、彼以外の顔は判らない。
そう、彼は奪われた。そして彼が我々と呼ばれる皆もまた、奪われている。
だからこそ、守護者たる者どもと決して相容れることは出来ないのだ。
何故なら、ホワイトラン博士たちは復讐者であるから。
何かを守り、育み、繋げていく守護者とは別の生き物で。
そのために全てを踏みにじることも厭わないと決めた者たちであるから。
彼らは復讐者である。
目的はたった一つ。
彼らの全てを奪い去った男。裏の世界ですらアンタッチャブルな"モンスター"と呼ばれるその男。「九条・典創院・志津眞」。
彼らは復讐者である。
それが彼らの総てである限り、彼らは止まれない。
何を犠牲に、何を踏みにじってでも。
彼らは、決意をしたのだ。
クジョー・T・シズマ。
我々は、奴を、殺す。
そのために、生きながらえている。
新年度一発目!
色々ありますが、皆さん一日一日気張っていきましょう!
ただ、今気づいたが、本文会話ほぼゼロという、ね。
これでいいんだろうか?