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4-了 痛感 のち 無線

「痛たたた……。まだジンジンするし。む、無謀だったぁ……」


 体の各所をさすりさすり「騎士」がぼやく。

 一瞬の間にPCなどの電子機器がパーになったということは、同時に通信関連の機器も併せてオシャカになったということだ。

 その為、状況確認のため突入班全員が「光速の騎士」の元へと集合するべきだと判断し、入口近くのホールへと移動していた。

 窓のあるエントランスと思しき場所へコンテナを回収しつつ移動して来たは良いが、ブラインドを開いてもざあざあと降りしきる雨のせいで星どころか月すら見えない。

 単純な作りでEMPの影響を受けなかった照明機器数点で灯りを取りながら、これからどうするかの話し合いがもたれているのを遠目から眺めていた。


「んー! ん゛ん゛ん゛ん゛っ!! んぐー!」


 そんな中でじたばたとその「騎士」の足元で暴れているのは、五号である。気でも触れたかのような笑い方をされるので、その場にいた皆の総意でコネクタ付のインナーの上から猿轡とロープでぐるぐる巻きというなかなかアバンギャルドなファッションにコーディネートさせられている。

 当然のことながら、取り扱い品目としては"貨物"扱いになっている。


「あー。ちょっと静かにしててくれないかなぁ?」


 どうも「騎士」の肩に丸太のように担がれて運搬されたことに不満をお持ちのようであるが、まさか「お姫様抱っこ」だの「おんぶ」だのといった取り扱いをしてもらえるとでも思っていたのだろうか。

 肩の上で動き回られるのに辟易した「騎士」により、五号は冷たい床にごろりとミノムシのごとく転がされるという結果になったわけだ。致し方ないと言えば致し方ないだろう。

 そんな五号を無視して周りを見渡すと、どうにか出来ないかと通信機器を弄繰り回している隊員の姿。

 うんともすんとも言わないただの置物と化したそれにようやく見切りをつけ、「騎士」の出していたコンテナへと放り投げる。

 がらんがらんと中で壁面とぶつかり乾いた音をたてた。

 一斉に壊れた電子機器の様子から先ほどの五号の捨て身の一撃がEMPである可能性が高く、コンテナの中に放り込んでいたPCなども恐らくダメになっているのだろうと判断せざるをえなかった。

 それで結局、最終的な目ぼしい成果は五号の装着していたコンデンサーの焼き切れたアーマー・スーツ一式に、その搭乗者という結果。紙ベースのデータを回収したはいいが、重要な物は持ち去られている。


(連絡とれねぇし。向こうはどうなったんだろう?)


 カチコミメインの工場の強襲班と、別働隊の監視・追跡班に分かれていたわけだがそちらとの連絡が途絶してしまったわけで。

 本隊はカチコミの為の打撃力を「騎士」に一任することで、追跡班に同道しているため、既にこの場にはいない。

 EMPの効果範囲外まで移動していれば、通信を寄越すこともできるだろが、それを受信するための機器が全滅しているのでは話にならなかった。


(うー……。もやもやするー)


 焦りにも似た感情に支配されつつある中、周りを見渡したところ、入り口そばの暗がりにウォーターサーバーが一台置かれていたのを見つける。

 仕事場としての体裁を整えるための偽装工作の一環だったのだろうが、そこは張りぼてである必要はなく、普通のオフィスにおかれているものである。

 電気式のものではなく、サーバー本体のコックをひねり、紙コップに注ぐ手動式のものだ。

 タンク交換式のそれにはまだ十分な水が蓄えられており、普通に使えそうだった。


(水、かぁ。ちょっと一息……)


 誘蛾灯に誘われる羽虫のようにしてふらふらとそちらへと歩いていく。特にもうできることもないし、判断を仰ごうにも連絡がつかないわけで。

 第一、先ほどの電撃で焼かれた体が、水分を欲していた。

 先日来、マサトのスタンガンやら銀嶺学院の不思議バリアやら、体の芯まで痺れるような一連の洗礼に強制参加させられたこともあり、パッシブスキルの「状態異常耐性:小」がいつの間にか麻痺耐性もカバーできるほどに成長していた為に、僅かばかりの抵抗力が発揮されていたのである。

 まあ、そのおかげで今回の電撃も受けた瞬間に、全力で「ヒール」を掛け、耐えきることに成功できたわけだ。

 ただこれは、前述した老人による「時間経過による現代科学の敗北」の話の中には無かった項目である。

 前述のケースについては、時間経過による"既存の"現代知識並びに戦術・装備の習得・熟達から想定される猶予期間を算出しているに過ぎない。

 その考察の中には、"「光速の騎士」本体の成長"という想定が抜けている。恐らく、成人の男性と推測される「光速の騎士」が、現段階からの格段の成長は無いだろうとの思い込みからだ。

 成長の限界値が肉体的な成長と比例し、フレームとして完成して以降においては人の爆発的な成長は然程見込めない。

 技術的な熟達についてはその限りではないが、あくまでそれは完成した肉体の"上手な使い方"の範疇に留まる。

 さらに言えば、短期間での向上は誤差の範囲と想定されるのが普通の感覚だと言えるだろう。

 だが、「光速の騎士」の場合、レベルアップというマスクデータが存在するのだ。未経験のハプニングやトラブルが経験値となり、魂が精錬される過程を経て、肉体が即時にアジャストする。昨日までの限界点を突破し、より高みへとステップアップする。異世界では微々たるものでしかないそれが、基本値の低い現代社会では如実に見てわかるほどの差となって表出する。

 ジェイクや五号達が分析したデータは最初期から最新までのものを同一として分析していた。それらの期間が然程長くはないからだ。

 となると、接近戦のデータとして分析されるのは鮮明に映像の残るホテルスカイスクレイパーとレジェンド・オブ・クレオパトラの二件。

 つまり、一番弱い時期とその次の時期のデータでしかない。

 もちろんベースとなる動きは大きくは変わらないが、積んであるエンジンはグレードアップされているのだ。

 今までに経験していないために、"こうであるだろう""そうであるはずだ"という常識という名の思い込みが現代社会の眼を曇らせていた。


 ある老人は、時間が無い、と表現した。

 部下である研究者の男は、そこまでのものか、と頭を抱える。

 そして普通の者たちは、脅威と感じることもない。

 誰も深くは考えていない項目。それが純粋な「光速の騎士」という個人の成長であった。

 砂時計の砂が落ち切るまでの時間は、実は一番最悪の想定よりもさらに短いということに未だ誰も気付いてはいなかったのだ。


じょぼぼぼぼ……


 紙コップを手に取り、コックを捻ってミネラルウォーターを出す。

 そのままくぃ、と行こうとしたときにこつんと兜に紙コップが当たる。


(んははっ。……疲れてんのかなー。やっぱし)


 軽くこんこんと兜をコップを持たない指先でつつく。それはそうだ。兜を被って、どうやって水を飲もうというのか。


(んーと、着替えるならスーツかなー。あれが一番脱ぎやすいし)


 普段着のセットもアイテムボックスに入れてはあるが、無力化しているとはいえこの敵地のど真ん中で装備を外すのはどうだろう。あと、顔を晒しているのは門倉を含めた一部の者だけなのである。出来るならこのまま穏やかに過ごしていきたいなぁと思っている以上、身バレは少なければ少ない方がリスクは少なくなる。

 そういう意向であるのは皆に通達済みであるのだが、やはり人間。隠されると見てみたいと思うのは世の常で。

 時折そういった視線を感じることもあるのだ。

 そんな訳で、兜に手を添えると一気に真下へと振り下ろす。

 渦のようにして「光速の騎士」の体が黒い靄に覆われ、手が振り抜かれた時にはそこには、濡れ鼠になったスーツ姿のピエロが一人。


(あー……。なぁんか、じんわりと冷たい。……ちょっと落ち着く)


 熱っぽい体に雨の染み込んだ服がちょうどいい冷却剤となってくれた。

 そして手に持ったままのコップの水を飲もうと、白手袋に包まれた手をマスクの顎にかけたところ。


「あああああっ!!?」


 何かに気づき、大声を上げるピエロ。

 あまりの大声に何事かと全員がピエロの方を向く。

 慌てた様子のピエロが、皆が険しい顔をして相談していたメインの大机へと、紙コップを投げ捨てて駆け寄る。


「ど、どうしたんですか?」

「いや、そのっ! いや、俺がアホだったってだけなんですけどっ!」


 慌てた様子のピエロ。

 どたどたと駆け寄ってきた彼が再度マスクに手をやり、それを脱ぎ去る。

 おおっ、と周りが騒いだのだがマスクを脱ぐときにはその顔はいつものとおり黒い靄に覆われ、それが消えた時には「光速の騎士」の兜があった。

 形としてはピエロのスーツに、「騎士」の兜という変な状況になった。

 ただやっている本人はそれを気にする風情でもなく、脱ぎ去ったピエロのマスクを突きだしている。


「いや、よく考えたらこん中、このマスクの通信機。多分無事です!」

「「「は?」」」


 全員がぽかんとする中でピエロ、いや「騎士」がテーブルにピエロマスクを放る。

 事実としてアイテムボックスは、それが投入された瞬間からこの世界と完全に断絶する。外気の影響を受けず、且つ時間的劣化も無視できるレベルと思われる。

 そこで思い出すのは、向こうに飛ばされてから少し経ってからのこと。

 アイテムボックスの有用性について皆で考えているときのことだ。

 そこで実際に「勇者」連中とスマホを使った実験を行ったのである。女性陣は電源がもったいないと言う意見もあったが、茂とアイテムボックスに興味のあった「魔王」博人、そして勢いにのまれた隼翔の三台のスマホを使うことで実験が開始された。

 まず、大きな箱の中に盥を置く。その盥の中へ、「魔王」博人に正確に六面体の角の立った氷を作り出してもらう。

 そして二台のスマホA、スマホBのストップウォッチを同時に起動。一台目のスマホAと盥を大きな箱の中に置き、両方を同時に録画できるようにした三台目のスマホCを置く。

 そして焚火を焚き、その横にアイテムボックスの使用者が陣取る。

 その状態で箱をアイテムボックスへと放り込み、スマホBが一時間を刻んだところで箱を取り出す。

 そういった実験。

 通常であれば一時間の間に箱の中の氷のサイコロは溶け、スマホAのカウンターは一時間を示し、一時間のつまらない映像がスマホCに残るはず。

 だが、結果は違った。

 盥の氷はほぼ完全な形で角も残っており、スマホAのカウンターは放り込んでから数秒といったカウントで、アイテムボックスに放り込んでから取り出すまでの間が見られないスマホCの録画映像は全員の口からほぉぉぉ、と感心の声が漏れる結果となったのだ。

 つまり、焚火の熱は通らず、時間は流れを穏やかにしたのだ。

 電池が切れるとまずいので追加の実験は行わなかったのだが、今度時間のある時にでもまたやってみるべきかもしれない、と「騎士」は思った。


「と、とりあえず。向こうに連絡を」

「あ、ああ。では……」


 先程まで通信機を弄繰り回していた隊員へとマスクを手渡すと、内部の配線を手際よく触っていく。

 すると。


……ざ、ざざざっ


「おおっ!」


 何かしらの電波をマスクの受信機が捉える。恐らくは本体が発信している電波だろう。

 だが、距離があるせいかそれとも中継器までやられたせいなのか、音が遠い。


『こ…ちら、……! …う答せよ………応答せ……!』


 途切れ途切れのそれがこちらの応答を求めているのだけは解る。

 飛びつくようにしてリーダーが声を上げた。


「こちら、強襲班。こちら強襲班! メリット2、メリットは2だ! 本部、聞こえているなら応答を!」


 完全な砂嵐ではなく、何かしらの意味のある声が聞こえてくるのが嫌らしい。

 砂嵐混じりの中から言葉を拾おうと全員が耳を澄ませる。


『……こちら、…部! ……本部! し……え…を! しき………を!!』

「こちら、強襲班。こちら強襲班! 聞こえない! もう一度、もう一度頼む!」


 こちらの問いかけに、数秒の沈黙。

 そこに、ざりざりっと不快な音を混じらせながら、本部からの通信が入る。今度は向こうが何か対策したのか幾分、聞こえやすくなっていた。


『…部!! し……救援を乞う! 救援を! 正体…明の敵に、襲撃さ……ている! 襲撃を受け…いる!!』

「な、なにっ!」


 全員が声を上げて驚く。

 そんな中、「光速の騎士」は全員が通信にかじりついている机から一人背を向けて、ウォーターサーバーへと歩き出していた。

 それに気づき、隊員の一人が声を掛けようとした瞬間。


ずるっ。


 いきなり「騎士」が兜を脱ぎさる。

 ギョッとする一同に背を向けたまま兜を小脇に抱えると、ウォーターサーバーのタンクに向かってアイテムボックスから取り出した槍を突きこむ。


ごんっ!


 穂先に刺さったタンクを槍をくるりと回し、自分の元へと近づけ、それを頭の上に抱え上げる。

 当然のことだがざばざばとタンクの水が「騎士」の頭から足元までをしとどに濡らしていく。

 後ろを向いたままで、その表情を誰も見ることは出来ない。

 濡れて乱れた黒髪を手で適当にかき上げ、兜を被り、スーツを鎧一式へと着替える。


「じゃあ、ですね」


 くるりと「光速の騎士」が振り返ると全員が自分を見ていた。


「……とりあえず救援に行くんで、後はもろもろお願いできます?」


 ため息とともに、「騎士」はそう言って肩にがしゃりと槍を担ぐ。

 まだ、夜明けは遠いようだ。

いろいろと世間では騒がしくなっております。

なんにせよ、兎にも角にも健康第一です。

どうぞご自愛下さい。


この投稿で皆様が少しでもへらっ、と笑ってくれれば幸いです。

ではでは。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 日本人らしい穏当なキャラのくせして主人公、やっぱり戦場慣れしてるなぁと思います。
[一言] ヒーローは忙しい。 …と、平日の午前中を寝て過ごした読者は思うのであったまる …いくつもの修羅場を生き残れる能力。それどころか畳める力は「持ってる」のでなく「培われた」のだなぁとしみじみ。…
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