4-0―裏 父 と 子 と その子
なんとなく思いついてしまったー。
……ので、書いてみたー。
と、いうやつ。
「いやぁお疲れ様でした。……大変でしたね、今日。まさか急にこんな事件が飛び込んでくるとは思わなかったですからねぇ」
にこにこと笑いながら相手を労っているのは、少しくだけた縞のシャツに紺の綿パンを履いている男。髪は片側に流すようにしてワックスをかけて、顔には太めの黒縁眼鏡。あごにおしゃれとして整えられた髭。
人によってはいけ好かなさを感じさせる、いわゆる"都会のデキル男"風のファッションで統一された人物である。
三十、四十代でこの格好をしてもいいのは本当に仕事のできる者だけなのだが、それにあやかろうとチャレンジしている者のなんと多いことか。
言い方は悪いがほとんどがそれに憧れているだけの"外見だけ"がほとんどなのだが、本人は一向に気づいていないという悲しさ。
仕事ができる人ではなく、胡散臭い奴、と思われているということに気付けない鈍感さがさらに信頼感を損ねている。
中身で勝負する気が無いことを自分から外部へとアピールしていることに、いい加減気づくべきなのだが。
「予想は出来ませんでしたが、番組で自分のしっかりと意見を言うことができましたし。私としては一向に問題ありませんよ」
「そうですかー。いえ、本当は急な事件でしたし三角さんにコメントいただくのもどうかと思ってたんですがー。いいコメントいただけましたし本当にありがたいことですー」
「いえいえ、お気になさらず。それよりプロデューサーさんもこの後の番組の打ち合わせ、あるんでしょう? ADさんに聞きましたよ。私に気を使わず、そちらのお仕事に行かれてはどうですか?」
所作の所々に胡散臭さというか、信頼感ゼロというか。
漂わせれるだけ漂わせたその番組プロデューサーは正直言って苦手、いや若干嫌悪感すら感じる。
「そうですかー。……じゃあ、お言葉に甘えてー。三角さんも今日は、というかもう昨日ですけどありがとうございました。今日のところはこれで、お疲れ様ですー」
ぎちぎちになった手帳をテーブルから手元に引き寄せてプロデューサーは辞去していく。
扉から出て行くときに失礼しますー、と声だけは愛想よく出て行った。
(……何がありがたい、だ。本当はそんなつもりで呼んだわけじゃないだろう?)
三角と呼ばれた男はシャツからネクタイをむしり取る様に引き抜くと、畳敷きの控室にぱん、と叩きつけるようにして投げ捨てる。
ボタンも半ば力任せに外したせいで糸が少しほつれてしまう。
その糸を見て貸衣装であるというのにそれに苛立ちを乗せてしまった自分を三角は恥じた。
ただの田舎の会社社長の一人でしかない自分に掛けられる期待はこの程度だと思い知らされたのと同時に、明確な自己認識にもつながったからである。
「……ふぅ、ダメだな。俺は」
深くため息を吐く。
こんなみっともない様をするとは、いかに自分が平静を保てていないかの証拠ではないか。
出演者用に用意されているテーブルの上にあるペットボトルの緑茶を一本手に取ると、ぐびぐびと一気に飲み干す。
一息ついて電源を切っていた自分のスマホを取り出すと、電源を入れる。
起動画面が表示されて、ホーム画面が立ち上がる。三角と女性、そして二人によく似た男の子が一人にこやかに笑っている。
ふ、と柔らかな微笑みを浮かべて三角はテレビをつける。
深夜バラエティの芸人たちがわいわいと楽しそうに騒いでいる声が、楽屋に響いた。
特に興味もないのでそれをBGMにして着替えを始める。
(……しかし、予想外だったな。カチ合わせるつもりで彼をキャスティングしたのだと思ったのだが)
着替えをしつつ、今日の生放送の内容を思い出す。
今日は本当は家族での食事予定であったのだが、急遽夜の生放送のニュースで「騎士」に関するコメンテーターを依頼され、家族サービスをキャンセルして出席したという経緯がある。
相手があの四ツ田だ。ある程度の対立構造を作り、視聴者にインパクトを、という番組側の思惑が透けて見える。
だが、今回はその四ツ田が全体の流れとしては「光速の騎士」の行動に好意的な解釈をしていた。内容としては法的な問題点などを突いてはいても、あまり踏み込み過ぎず。さらには警察からの撤退の際の行動もネット界隈では"何故「騎士」は逃げたのか"という批判を"常人逮捕の解釈で動画投稿者の救助活動を行使することによる「騎士」個人の不利益と、公権力の現着を以てそれを行使しないという選択"という論法で独自の解釈をしてみせた。
つまり警察が現地に来た段階で被害者であるマルマルリッキーのメンバーは安全な場所へと避難が完了しており、加害者であるジェイク達をもし仮に殺傷せしめた場合。
この場合に「騎士」は善意の協力者と成りえるかどうか。
警察の到着までの時間を稼ぐまでの活動は、市民の安全を守るための致し方ない善意へと包括されるだろうが、警察が現着した以降は過剰な暴力と捉えられるかもしれない、と。
つまり、あの段階での撤収はベストな判断であり、責められるべきではないとしたのだ。
こんこんこん!
がちゃ。
「おう、お疲れ! 三角、こっちは話は終わったし、そっちが準備終わればそろそろ帰ろうか」
「ありがとう、諸山。……じゃあ帰るかぁ」
入室してきた男、諸山は三角と同じ四十代半ばの男である。
中学時代からの古い友人であるが、今は秘書のようなことを頼んでいる。
外向きでは畏まった口調を心がけてはいても、他に誰もいなければこのような呼び捨てで呼び合う仲だ。刈り上げた頭に少し白髪が混じってはいるがこの深夜だというのに溌剌とした、気風の良い男だ。
先ほどの胡散臭いプロデューサーを見た後だとそれを強く感じてしまう。
テーブルに投げ出すようにしてあったスマホやらなんやらを一つかみにして私服のポケットに突っ込んで立ち上がる。
もう用事もないので。人もまばらなタレントクロークを歩き、受付で入構証を返却する。エレベータを降りて駐車場に向かう中で諸山が薄く笑いながら話しかける。
「今日の放送。見てたけど結構いい感じだったんじゃない?」
「そういうわけでもないよ。何かいいように四ツ田さんにあしらわれた感があるからなぁ」
「そういうのをするってのがジャーナリストってことじゃないか。情報戦のプロフェッショナルってことさ」
そんなことを話しながら駐車場に着くまでに三角は四度ほどため息を吐いたのだった。
三角を乗せた諸山が運転する車はTV局を出た後、都心部を離れ三角の自宅のある住宅街へと走っていた。
助手席に座る三角は車窓を眺めながら、ポツリとつぶやく。
「なあ」
「ああ」
小さく絞ったカーラジオからトーク番組の音声が流れている。
「俺、出ようと思う。……昼にそういう返事白石に、な」
「……そっか。そうなるかぁ……」
「うん」
言葉少なながら、二人の間で交わされたその会話は、二人にとって予想された内容でもある。
「親父さんには事前に言ったんだろ? あの人が一番やいのやいの言われるだろうし? あと会社も」
「会社には明日直接話に行くつもり。親父たちには内々で話が来てるってのは言ってある。電話で正式にお受けしますって返事する直前にも伝えたよ。……そしたら、ちょうどいい機会だってよ。箸にも棒にもかからず、それでも大きなスキャンダルなしで調整役に二十年。党にも地元にももう十分義理は果たしたからって。それに、一昨年に腰の手術したのがね。……さすがに次はもう辛いらしい」
「地元回りに東京までの往復。腰に爆弾抱えた七十超えにゃぁ、キツイわな」
「だから、俺が出馬する分には何も気にするなってさ。最後の最後に一回くらい老害じみたワガママぶちまけて参院の任期全う・即引退ってコースに入るって笑ってたぜ」
「ははは。そりゃあ、ひどい話だな!」
そっとラジオのボリュームをひねって音を消す。
深夜ということもあり、時折があがあという車とすれ違う音以外は静かなものだ。
「俺のやろうとしてることは、親父のとこの党とは意見が違ってさ。……まあ、仕方ないことだけど」
「だなぁ」
ふぅ、と吐いた溜息。
それは両方の口から同時に漏れた。
「親父も党がガタガタ言うなら離党して、無所属になるって話だし」
「そっか、そうか」
「だから、俺は衆院選に無所属で出る。そんで、恐らく出てくる相手は」
「坂下順平かぁ……。野党第一党の看板だぜ。強ぇぞ、とんでもなく」
「ああ」
「そうなると親父さんの後継者の仙田さん。……協力してくれると思うか?」
「そこなんだけどさ」
ふぅぅ、とため息を吐く。
三角の父は地方出身の参院議員である。与党ではないが、それに近い政治思想をもつ野党第二党の目立たない議員。年功序列でそこそこの役は与えられてはいてもスポットライトの当たるような輝かしい経歴はない。
ただ、それでも比例代表ではなく、自分の得票だけで議席を確保できるくらいには地元の有力者でもあった。
三角の脳裏に浮かぶのは、長年そんな父の腰ぎんちゃくをしつつ、今年で県議会二期目の中堅議員仙田の顔。
にこにことした顔でいつも父の選挙戦の時は応援演説など色々と協力してくれた男だ。
息子である三角と程よい距離間の関係性を築けていたのは、三角が政界には一切かかわらないスタンスを取っていたからだ。
「今まで政治に無関心ですって言ってたボンクラ二世のくせに、いきなり政界に打って出るって。……まあ、普通ブチ切れるわな」
「俺でもキレるわ、そりゃ。今まで自分がどれだけ尽くしてきたんだって話だろ」
「解散の流れは不可避ってのは既定路線。じゃあその衆院選に向けて党の候補者、物色中って動きだったからな。そんで仙田さんは参院で親父の引退後を継ぐ形。そうなると、だ」
「お前が出ることで受け継ぐはずの地盤がガタつくわけか……。調整してた県連の党関係者の面目は丸つぶれ。党本部からもぎゃんぎゃん言われるだろ?」
「そうだと思ったんだけど仙田さんめちゃ乗り気なのよ。それに加えて親父。あとそれ以上に後援会の方々も。県連もその流れがあるみたいで……ウチの代表が国会でやらかしただろ? あれだよ」
「あれか?」
「そう、あれだよ」
二人して黙り込んでしまう。
それはある国会答弁の中で与党のテロに関する管理体制を議論するものだった。
警察官僚に対して党の代表として質問した内容が波紋を広げたのだ。
ざっくり書き出すと"「光速の騎士」に頼らずに警察が動くのを待った方が良かったじゃん""ほら、そんな法律違反してる奴が動いてるのって怖いし""そこで犠牲になる人もいたかもだけど、結果死人は出てないしさー""やっぱウチの党としてはそこは法律順守っていうの? そういうスタンスだしー""与党の人たちもー、もうちょい頑張ってほしいんだけどー?"的な内容を小難しくこねくり回してぶち上げたわけだ。
当時の野党各勢力のポジショニングは微妙なところにあり、三角パパの党はどちらかといえば「騎士」反対派だったのである。
「……アレに完璧にキレたんだよ。親父と仙田さんに後援会の面々」
「……それは、それは。親父さん、凄いジジバカだからなぁ」
それはキレるだろう。
なにせ、"息子と孫"がレジェンド・オブ・クレオパトラのシージャックに巻き込まれたのだから。
関係者が一堂に集まり、不安にさいなまれる中、タブレット端末でそれを見せつけられる。息子は銃で殴られ、泣き叫ぶ孫の頭に拳銃を突きつけられた家族の心境はいかばかりか。
さらに、まわりの関係者もその画面に映る者たちを見知った面々。
タブレットを見つめる中には仙田も、三角パパの後援会関係者もいる。党の県連関係者も集まってきている。
じーさんの応援、ということをあまり理解しているとは思えないが、ちょこちょこと小さなころから出入りしていたあの小さな男の子。自分の子供や孫のような年齢のあの子。
その子が何百キロも離れた画面の向こうで泣いている。
自分の無力を嘆く大の大人たちの沈痛な空気がそこに澱のように淀んでいた。
そしてあの全員が何らかの覚悟を決め、ある者は画面を見つめ、ある者は目を逸らしたあの瞬間。
自らの世界の認識の外から、「光速の騎士」が来た。
効いたわけだ。シビれたわけだ。
まあ、そりゃあえげつないくらいに、だ。
「そんで、暫く経ってから学校への襲撃事件。あれで世の中の流れが変わった途端に掌返しで党をあげて「騎士」バンザイ? そりゃあ、見限るだろ」
「千年の恋も冷める瞬間ってやつだな。……下手こいたとしか言いようがないな」
「本部のあの様を見て悶々としてたわけだ。……少なくても親父の関係筋は味方になってくれそうだ」
流れる対向車のヘッドライトも疎らになるころ、三角は東京での仮宿の賃貸マンションの前に着いた。
諸山はそのまま家に帰り、三角はその車を見送り自分の部屋へと戻る。
既に深夜一時半を過ぎており、家族を起こさないようにそっと鍵を開ける。
「ただいま……」
誰にも聞こえないように小さくつぶやき、足音を消して廊下を進む。
ぱちん、とキッチンの電気をつけると、奥の客間のドアが開いた。
「お帰りなさい」
「ただいま。……ゴメン、起こした?」
「ううん。ちょっと眠りが浅かっただけ」
寝間着で出てきた妻に謝る。スマホの画面に表示されていた女性である。
「マコトは寝てるか」
「ええ」
そっ、と客間を覗き込むと妻の寝ていた布団と、その横にもう一つ布団がある。
すうすうと寝息を立てる少年、マコトの枕元には大きめのビニール袋と散らかった何かが置かれている。
小さめのソフビ人形と、袋に入ったポストカード、そして箱入りのフィギュアのようだ。
その全てが「光速の騎士」であった。
ビニール袋に印刷されたロゴは先日開催され、人気を博した複数の有名アニメーター・映像制作・イラストレーター・造形師たちによる『「光速の騎士」博』の物だ。
その第二回が先週末より二週間の予定で東京で開催されていた。
その開催期間中に発生した今回の事件の影響もあり、今日の来客者数は前回の比ではないレベルの混雑となったようだ。
地方から三角の妻とマコトは父を訪ねるついでにそのイベントに来ていたのだ。
いや、どちらかといえば父を訪ねるのがついでだったのかもしれないが。
「悪かったね。急にコメンテーターの話が来てさ。……久しぶりの食事、すっぽかすことになっちゃってさ」
「そうでもないわ。……マコト、さっきまであなたのTV見てたのよ」
「へぇ」
すっ、とドアを閉める。
キッチンに戻り、コップに水を注ぎぐびぐびと飲み干す。
「なんて言ってた?」
「ふふふ。残念、ずーっと「光速の騎士」の映像見てきゃっきゃしてたわ」
「はは、そうかぁ」
ソファに腰かけ夫婦でくすくすと笑う。
一頻り穏やかな時間が流れ、三角が話を切り出す。
「こないだの白石グループからの話。……やらせていただきたいと返事した」
「ええ」
事前に聞いていた妻は頷く。
「迷惑かもしれないが、俺のワガママに付き合ってほしい」
「ええ」
微笑む妻の顔を見て三角は頷く。
「彼にはきっと俺なんかより頼りになる人たちがいるはずなんだ」
「そうね」
「……でも、俺は。俺たちは彼に。「光速の騎士」に借りがある」
「ええ」
空になったコップを見つめる三角。
「命を救ってもらった借りがある。命より大切な者を救ってもらった借りがある。だが、あれだけ称賛されることをしたのに姿も見せない。……きっと彼は見返りなんてどうだっていいんだろう」
「名誉もお金も、そういうことじゃないんでしょうね」
「……なら、彼がもっと人目を気にしなくていいようにしてあげたい。彼が正しいことをしているんだと公に言ってもいい空気を作っておきたい。押しつけがましい考えだけど」
「そうかもしれないわね」
テーブルの上に置かれた三角の手に、妻が手を重ねる。
「……でも、おせっかいをしましょう。きっといつか、それが役に立つはずだから」
「ああ、どれだけ返せばいいかわからないが、一生懸命借りを返そう。俺たちには、それをする義務がある」
「ええ、頑張って。そして、頑張りましょう」
手を握り合う夫婦のテーブルの脇には、額に入った写真が入っている。
映像からキャプチャされた、少し粗い画質の写真。
それには槍を右手に提げ、左手に弾痕の残る盾を持ち、大きく外套様の黒い布を翻した「光速の騎士」。そして彼の後ろに守られるようにして佇む彼らの息子、マコトの姿。
レジェンド・オブ・クレオパトラ号シージャック事件。
奇縁というものはまた奇縁にて繋がる。




