9-間 検証 のち 市長
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「……以上が現在の各方面への影響と、今後の対応案であります。詳細については事前に配布した資料をご確認ください。ご質問は何かありますか?」
窓を閉め切った薄暗い部屋の中で、資料を正面に映し出しているプロジェクターの光だけが光源となり、説明者の姿を照らし出していた。
ぱりっと糊のきいたシャツに首元までしっかりと絞められたネクタイ、そして真剣な表情でレーザーポインターを握りしめている男が出席者へと尋ねる。
数名のスーツ姿の男が暗闇の中に着席している。
「一般市民から投稿されている映像については、どの程度分析ができている?」
ぱさ、と分厚い資料の上の数枚を指ではじいて閉じると、部屋の上座に位置する男が尋ねる。
「投稿動画を中心に、信頼性の高いと判断されたものを分析班が確認を行っています。現時点で約1306分ほどの多角的な映像資料が“真”と判断され、一部加工処理が行われたものや、お遊びで作ったと思われる“紛い物”も同数近くありまして、非常に苦慮しております」
「そうか、現時点で分析した結果、わかった情報を出席者の皆さんにご説明いただきたい」
「はい。では、現在までに解った限りの推測データを。まずは通称「光速の騎士」についてです。身長180~185センチ、靴のサイズは26.0~27.0まで。これは各種映像で同時に撮影されている物品との対応比からの推測値です」
正面のプロジェクターがロータリーの際に映った「騎士」と立看板を比較した写真と、レジェンド・オブ・クレオパトラのシージャックの際、敷かれた絨毯の刺繍の大きさとピエロ時の革靴のサイズを比較した写真が映し出される。
「次に「騎士」本人と会話している者が数名居ります。さらに映像配信のハイエンのカメラマンが「騎士」が会話している映像を撮っています。……このことから少なくとも日本語については日常会話が可能なレベル、そして少なくない年月を日本国内で生活している人物で、比較的若年と思われます」
「その根拠は?」
「こちらを」
プロジェクターが更に切り替わる。
画面中央には音声データの再生ボタンが表示された。
説明者は手元のPCを操作し、真ん中の再生ボタンをクリック。
『……イチオウ。タダ、アブナイ、コノヘヤニ、イタホウガ、イイ』
『ケイビイン、スグニクル。シジニ、シタ、ガエ』
無理矢理に声色を変えているのがわかる音声。
背後の雑音交じりではあるが、鮮明な音声データである。
ネットで広く出ている「光速の騎士」の声とされるもので、この場の全員が幾度となく耳にしている音声だ。
「……これが?」
「音声分析の担当者によれば、無理に声を変えていますが、単語としてのイントネーション自体は日本語のポイントポイントを押さえています。さらに文法上も問題ない。日本語圏での居住経験が染みついているはず、との予測です。音質から加齢によるかすれ等の要素もあまり検出されていませんので、比較的若年層の可能性が高いだろうと」
「なるほど……ただ、予測ではあるのだな?」
「はい、確証にまでは至りません」
「では、続けたまえ」
かち、とPCを動かす音がする。
次は動画の様だ。
再生ボタンを押す。
「これは、駅前のロータリーで撮影された「騎士」、そしてシージャック時の「ピエロ」、そして最初のトラックに撥ねられた「騎士」の、“歩行時”の映像をまとめた物です」
「ふむ……」
「これを歩行認証システムに掛けてみます。ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、人間は歩行時の“くせ”が千差万別、個体差が生じます。それはその人物特有の指紋にも似た個人判別の手段として、民間でもすでに導入の動きがあります。我々の独自の解析ソフトではありますが、サンプルとして先程の3点の映像から各者の歩行パターンを分析した結果がこれです」
かち、とPC上の映像が同時に動き出した。
各々の人物の肘や肩、腰などにバブル状の球体が引っ付いて歩行の際の動きをデータとしてトレースする。
映像は数秒から長いもので10秒弱。
それが終わった所で、各々の動作パターンの詳細データのグラフが画面いっぱいに映し出された。
「細かなデータは後でお手元の資料を確認ください。結果だけお伝えしますと、3点の該当人物は97%以上の確率で同一人物と考えられる、との報告です。つまり彼、「光速の騎士」は駅前ロータリーでの騒動を引き起こした後、わざわざ東京まで出張ってきたということです。外が同じ他人というわけではなかったという事実が確定します」
「……銀嶺学院の「騎士」は、どう見る?」
「資料としては間に合いませんでしたが、各種映像よりこれも95%を超える一致率をたたき出しています。同一の“個人”と考えてもいいでしょう」
「そうか……」
どさ、と背もたれに体を沈めた音がする。
「我々がここまでたどり着いているということは、つまり?」
「他の国・組織・企業、大学、一部優秀な民間グループであればここまでは優にたどり着いていると判断して良いかと。むしろ、民間の「我ら光速の従士隊」という非公式の応援サイトが玉石混淆ではありますが、非常に迫ってきている感がありますね」
「マニア、いやフリークか……」
「時代ということでしょう。熱意が我々とはベクトルが違いますが群を抜いていますから」
説明者が部屋の入り口付近へと頷いてみせる。
すると、部屋の照明が点灯。
幾分闇に慣れていた目にその光が眩しい。
「報告はどこまで行いますか?」
「上から情報が降りてこないんだ。“ほどほど”までにしておけ。内容の大半が推測って状態でもあるしな」
「解りました。そのように纏めます」
これは、ある大きなビル、その中で行われた会話である。
厳密には存在しない、そんな人々の会話である。
●私立銀嶺学院における武装勢力による占拠事件翌日
某市長会見時の一問一答
――市内の治安悪化を懸念する声が聞こえている
「非常に由々しき事態だと考えている。県警本部と市の幹部職員との間で駅前のロータリーでの一件以来、幾度にも渡り情報共有、緊急時の対応についての摺合せを行ってきた。その最中にこういったことが起きたということは非常に市民への信頼を損ねる結果となり反省している」
―被害に遭った生徒並びに職員への対応について
「市教育委員会がイニシアチブを取って動くことになる。心のケアを行える専門職員の派遣を決定した。それに加え、県に対し同様の専門職員の増員を要請する予定である。本日午後の県知事との会談内でもそれは強く要望する。明日10:00の段階で心的・身的どちらの治療が必要な方でも気軽に相談できる電話窓口を開設し、担当員による電話相談を始める。学生生活という心身の発達に最も影響を与えるタイミングで、こういった事件が起きたということは大きな影響が出てもおかしくはない。同年代の娘を持つ親としても非常に懸念を抱いている」
―襲撃犯が市内にまだ潜伏しているのではないか、との情報があるが
「これに関しては何とも言えない。犯人逮捕に至っていない以上、その可能性はある。警察の働きに期待したいとしか言えない」
―市長個人として「光速の騎士」をどう思うか
「市内で最初に確認された際は、そういうことがあるのか、と半信半疑だったが現実として彼がいるということについて信じさせられた、という状況。ただ、私は古い人間であまりにも露骨な、こういう「英雄然」としたものに懐疑的である。彼が正しい人間だ、と信じるしかないのは少し恐怖を感じている」
―それは「騎士」が正体を隠しているからか
「そのとおり。やましいところがないのなら兜を脱ぎ、我々の前に現れてほしい。市内での損害について、本来彼が説明する義務があるはずだ」
―市長が事件発生時、市庁舎内に不在だった件について
「事件発生時は17時を過ぎていた。終業時刻は過ぎており、私は帰宅の途についていた。連絡の不備により事態の把握が遅くなったということだ」
―対策本部は18時に副市長が開いている。市長到着は本紙記者の取材メモでは19時21分となっている。
「対策本部の設営は市長不在時は副市長の権限で代行できるように、先日の市議会で承認されている。問題なく運用されたと判断してほしい。先程も言ったが連絡不備による遅れであり、市民への申し訳なさでいっぱい。関係部署には確実な連絡手法を確立するよう指示を出した」
―重大事件の際に1時間以上も行政の長が不在であったことは問題とならないか
「先も述べたが、代行として副市長が指示を出している。不在、という表現は誤解を招く」
―市議会の野党からは辞任要求も出ているが
「反省すべき点は反省し、真摯に説明を行うつもりだ。適切に対応したいと思うが、現時点で職を辞するつもりはない」
いや、変なのになった気はする。
でも、せっかく思いついたし。
……という言い訳をしてみる。




