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8-1 各々 の 7時過ぎ 

「まあ、簡単な物だけだが多少は腹に入れないとな!」


 そう言った真一はソファーに座ると、目の前にいる茂にどうぞ、と手を差し出して席に着く様に勧めてくる。

 人様の玄関先であれ以上揉めるわけにもいかず、真一の仕事場兼応接室に案内されると、間髪入れずコーヒーが運ばれてきた。

 コーヒーを運んできた鏡香と真一の妻には、こんな朝早くから大変申し訳ないと謝ったわけだが。


「いえいえ。なんというか色々あったせいで逆に眼が冴えてしまって……。体を動かしていた方が具合がいいくらいなんです」


 そう言って女性陣は部屋から出ていったが、おそらくこのコーヒーと茶菓子代わりのクッキー缶だけではすまない。

 さすがに来客に食事も出さず茶菓子だけを出して、自分たちだけが朝食を、というのは配慮に欠ける。

 これまた大変申し訳ないことに、ほぼ間違いなく朝食も準備されることだろう。

 そんなわけで部屋から出ていく彼女たちに深々と立って頭を下げていた次第である。


「いやあ、やっぱり徹夜明けにはブラックに限るねぇ……。全身に染みわたるようだよ」


 そんな茂の庶民的な心を苛む罪悪感など気にもせずに、バタークッキーをポリポリやりながらコーヒーを啜る真一。

 その横では同じくコーヒーを啜りながら、朝刊の一面にババンと載った昨日の銀嶺学院の一件の活字をつぶさに目で追う隼翔。

 なんというか、一人暮らしなどを経ていない男など、こういう感覚で気付いてすらいないのだろう。

 飯というものは、“誰かが”作らない限りは自動で出てくることはないのだということに。


「……いや、奥さんに絶対に迷惑かかってるじゃないですか。ダメっすよ、そういう自分勝手に朝の予定を決めたりしちゃあ……」

「ん?一応許可はもらってあったんだけどな?」

「へ?」


 がさごそとソファーに引っ掛けた上着から自分のスマホを取り出す真一。

 ちょこちょこと操作してから茂へ画面を見せると、そこには昨夜、というか本日の午前1時過ぎの連絡履歴が残っている。


「ひと段落して隼翔も見つかった所で、君を連れてきてもいいか、って話をね。妻も寝る感じじゃなくなったし、じゃあコンビニで何か買い出ししてくるわ、ということになって!いやあ、鏡香には言ってなかったんだけどね」

「家族一同きっちり体休めてくださいよ。精神的には絶対疲れてるはずなんですから」


 はぁ、とため息を吐いてソファに体を沈めると、コーヒーカップを手に取る。

 なんというか自分の方がこんなに恐縮している方がおかしいのではないかと思えてくる。

 ぐい、とカップを傾けると少し熱めのコーヒーが口に広がり、その香りが鼻から抜けていく。

 インスタントなどでは出ない強い焙煎の香りと、舌先に残る酸味と後を引く苦み。

 若干濃いめに入れられたそれはガツンと脳髄までコーヒー感を主張していた。


「……こういう少しだけ焙煎深めの豆、好きなんですか?」

「おや、わかるかい? 一応豆から煮出すコーヒーマシンなんだけどね。僕の他の家族はそういうのにあまり興味が無いらしくって。フル寄りのシティってくらいなんだけど」

「俺、本業はコーヒー屋の店員ですよ。最近バイト行けてないですけど……」

「……本業、コーヒー屋のつもりなんだ」


 小さく聞こえない音量で隼翔が呟く。

 あまりにも小さくその声は誰にも聞こえなかった。


「アルバイト先は、たしか「森のカマド」だったね。……そうか、そういうこともあるか」

「最初にバイトに入ったときは全然でしたけど、今は結構わかるようにはなりましたよ。それが高いかどうかとかそういうのは別問題ですけど」

「ほぅ……」

「うちの店は豆も量り売りで売ってますから。本社は自分で主導した「プレミアムブレンド」ってのを売り出したいみたいなんですけど、実はここら辺だと一番売れてるのはこの地域限定のお買い得な「ローカルセレクト」だったりして」

「ははは! そういうこともあるなぁ!!」

「最近、少し「プレミアム」がマイナーチェンジしたって話で、一回みんなで自腹で買ってから挽いてみたら、モロ「ローカル」に寄せてきてて、何か納得いってないんですよね。ズルっちゃぁ、ズルじゃないですか」

「企業努力が足りないと?」


 こくん、と茂が頷く。


「そりゃ、売れ筋に近づけるのも戦略なんでしょうけど。高級路線で売ってる「プレミアム」をお得版の「ローカル」に近づけちゃ元も子もないですよ。他の地域じゃあ売れ行きが上ってるんですけど、ここらへんじゃ逆に「ローカル」が売れるって状況が続いてて……。それならあえて「ローカル」の配分比を変えようかって話も出てきてるんです」

「……一応聞くけど、バイトの立場なんだよね、杉山君は?」


 クッキーをぽりぽりしながら真一が茂に聞く。


「実は「ローカル」の豆の配分、俺のいるチェーン店の店長、伊藤さんっていうんですが。その伊藤店長と俺たち従業員で試飲して地区マネージャーに提案書出したって経緯がありまして。うちの店長、ぼけっとしてるみたいで結構そこら辺の商品開発は優秀なんですよ」

「ほぉ……それはそれは」

「だから、今の「ローカルセレクト」のコンセプトが本家筋とカブってるってのはちょっと嫌っていうか。だから一旦変えてみるのもどうかなーって」

「勝手にそういうことしてもいいのかい?」

「一応許可をもらって、それがあまりにも突飛でなければ。……俺の職場、コーヒーショップとは思えないほど、独自のランチメニューありますしね。結構自由にやってるみたいですよ?」


コンコンコン!


 ノック音とともに但馬母娘が、盆にのせた朝食と共に入室してくる。

 慌てて、はた迷惑な客という自覚のある茂がそれを取りに立ち上がる。

 軽く会釈をしてそれを受け取り、同じく客に持たせるわけにもと立ち上がった真一と隼翔へとバケツリレーよろしく渡していく。

 メニューはトーストにトマトスープ、小鉢にプチトマトと葉物のサラダ。

 少し焦げ目のついたパンに塗られたバターの香りがくぅ、と茂の腹を鳴らす。


「では、ごゆっくり。……終わるころにはデザートでもお持ちしますから」

「いや、ホントにお気遣いなく! 朝飯だけでもホントにありがたいんで!! すぐ、すぐ出ていきますんで!!」

「ああ、大丈夫ですよ。今日は子供たちの学校も休みだと今連絡が来ましたので」

「ああ、やっぱり今日ぐらいは学校休みにするんだ?」


 盆をテーブルへと置こうとした隼翔が、母親に訊ねる。

 それに答えたのは鏡香である。


「……というか、市内全部の小中高が一斉に休校扱いになるんだって。私のとこも休みだって連絡きたもん」

「……市内全部?」

「そ!昨日の襲撃犯。捕まっていない奴がいるらしいよ。銃も持ってるみたいだから、今日は自宅待機してろって事らしいけど。……ほら、これがガッコからのメール」


 覗き込む隼翔の後ろから茂もそのスマホを覗く。

 長々と書かれているが要約すると鏡香の言うとおり、銃を持ったヤバイ奴らがいるかもしれないので危ない、だから学校に来たりせずに家で大人しくしていなさい、当然だが外が危ないんだからふらふらと遊びに出るんじゃないぞ、ということを丁寧にわかりにくく書かれていた。

 文面の締めが市の教育委員会からとなっており、どうやら本当のようである。


「でも、この休んだ分は振替で授業するって書いてあるし。……じゃあ普通の休みの方が良かったのに……。家で缶詰ってひまだよ?」

「不要不急の外出は控えろって言われてもなぁ」


 毎度思うのだが、かぎっ子で自宅に一人、とかの方が危ない気がするのだがそこらへんはどうなっているのだろうか。

 むしろ昼間は人通りの多い場所の方が良い気もする。

 まあ、マニュアルがそうなっているのであればそれに従うのが日本人という生き方である。

 ほぼほぼ出歩いても近所のコンビニやスーパー止まりだろう。


「僕のトコも子ども一人になるような家は、なるべく午前で帰らせるようにシフト組むように指示を出してるから。他の会社でもそういうところ多いんじゃないかな?」

「大変ですね……」

「昨今物騒だからね。結構会社ってそういうもんだよ。多分、そこらへんのことテレビでやってたりしないかな?」


 真一が応接室にある14型のほとんどインテリアでしかないテレビのスイッチを入れに行く。

 テレビ上部のメインスイッチを入れてリモコンを手にしてソファーへと戻ってくる。


『……ということですね? ○○さん』

『そういった対応になると思います。……』


 朝の一番のニュース番組。

 それぞれの局がそれぞれ何としてでも視聴率を分捕ろうとして奮闘していた。








「それで?……目が覚めたと聞いているが?」


 ぎしぎしと床板を鳴らしながら、廊下を歩く。

 少しばかり険のある口調で後ろを歩く男、四ツ田に振り返ること無く尋ねた。

 後ろを歩く四ツ田は缶コーヒーに口を付けながら薄暗い廊下を先に歩く男に欠伸交じりで答える。

 時刻はようやく7時を過ぎたばかり。

 徹夜明けには少々眠気のピークが来るタイミングだった。


「一応、先程。ただ、まだ起きたばかりで朦朧としてるみたいで。酷い出血量で輸血もかなり大量に必要だった。腹に穴が空いてるってのに、そんな状況ですでに目が覚めてるって方が普通はおかしいと思うがね」

「腐っても鯛、ということか」

「正しいかは知りませんよ。俺の仕事はあいつの子守りだ。ベビーシッターとしてきっちり付き添ってやりました。ただ、こっから先はあいつの根性次第かな?」


 小脇にファイルを抱え白衣姿の男が目的地である洋風な重厚なドアの前に立っていた。

 軽く会釈しつつ、そのファイルをドアの前で立ち止まった男へと手渡す。


「お待ちしておりました」

「状況は?」

「弾丸の摘出は終了しておりますが、かなりの重傷です。ただ当面の危機は脱したと考えて結構です」

「無理を言ってすまない」

「お気になさらず」


 手渡されたファイルを開いて一瞥すると、白衣の男の先にあるドアへと向かう。

 がちゃり、とドアを押し開くと大きな窓のある主寝室にたどり着く。

 天蓋つきの豪奢なベッドには誰かが寝かせられており、そばには医療用の心電図モニターや点滴スタンド、在宅用の酸素などが置かれている。

 窓から吹き込む穏やかな風と夜が明けたことによる小鳥のさえずりが聞こえてくる。


「……起きているか?」


 ベッドサイドへと向かい、その先で寝ている男、マサキ・ガルシアへと言葉を掛ける。

 口元には酸素マスク、腕には幾つもの薬剤と輸血パックが点滴に繋がれ、胸元から伸びる電源コードは傍のモニタへと患者の情報を送っている。


「……様ぁない、ながら。生きてはいるよ……」

「意識はあるようだし会話もできるようだな。……事前の取り決めの通り、今回は私側で可能な限りの治療を行うということだった。……君を治療した彼から説明を聞いたと思うが、例の試作品も一応持ってきてはいる。リスクを承知の上で、使うかどうかは君次第だ」

「……使ってくれ。今はベッドに寝込んでいる時間が惜しい」

「そうか。ならば、頼む」


 主寝室に四ツ田と共に入ってきた白衣姿の男へ、スーツの内ポケットから取り出した小瓶を渡す。

 小瓶とはいってもかなり小さい。

 容量で言えば目薬程度のその容器には、薄くグリーンに光る液体が入っている。

 それを受け取り、小瓶から使い捨ての注射器で溶液を吸い上げると、ベッドサイド脇にある点滴へと混注させた。


「ぐっ……!! がっ!?」


 途端にマサキが暴れだす。

 酸素マスクを外し、呼吸が荒くなる。


「おいおい……。なんだよ、そのヤバそうな薬。せっかく湖から引き上げたってのに、ここで死なれちゃ処理が大変だぜ?」

「死にはしないはずだ。……おそらくだがな。副作用のリスクが酷いが、これは“異世界の回復薬”を再現した劣化コピーだ。現時点では完全な再現は現代技術のみでは不可能とわかった」

「あぁがぁががががっ!!!?」

「本当か? どう見ても薬は薬でも、毒薬にしか見えないがね」

「あれ一瓶でこのあたりならば家が建つ。効果が大きいというのは正も負も共に大きいということだ」

「それはそれは……。至れり尽くせりだな」


 呆れたような口調でベッドから離れると、テーブルに置かれたコンビニ袋に手を突っ込む四ツ田。

 少しくたっと水気を吸ったレタスサンドを取り出して、苦しむマサキを肴にそれを咀嚼する。


「……マウス実験では完治まではいかなかったが、数分で瀕死状態から脱することを確認している。人でどの程度の時間がかかるかの実地テストも兼ねての投与になることは事前に彼にも説明済みだ。それを理解した上で彼は投与に同意している」


 白衣の男が四ツ田に向けて話す。

 もしゃもしゃと朝食を取る彼に向ける視線は険しい。


「モルモットってことか」

「善意の協力者、という感覚にはならんか。……まあ、そうだろうな」


 小瓶を渡したスーツの男が窓際へと移動する。

 爽やかな朝の光が彼を照らす。

 その光のまぶしさに顔をしかめ、部屋の中へと戻っていく。

 いつの間にかじたばたとしていたマサキが静かになっていた。


「……気絶したようです。怪我は……、完全とは言えませんが、塞がっています。とりあえずは成功ということで考えていいと思われます」

「眼を覚ましたのに、また寝かせてちゃ意味がない。そうでしょう? アンタも忙しい身分なんですから」


 白衣の男と四ツ田の会話を受けてスーツ姿の男が振り返る。

 薄暗い部屋の照明をそのタイミングで四ツ田がつけた。


「だがそれでも、この場に来た意味があった。とりあえずマサキ・ガルシアが起きるまでの間に朝食でも取るとしよう。四ツ田、君もそれだけでは足りんだろう?」

「ご相伴にあずかりましょうかね。いいもの食わせてくださいよ」


 ぐしゃりと食べ終えたサンドイッチのフィルムを、コンビニ袋へと突っ込み、四ツ田が立ち上がる。

 視線の先の男へとにへら、と笑いかけて。


「じゃあ、行きましょうか。社長さん?」

「ああ」


 気絶したマサキと白衣の男を残し、ドアへと向かう社長と呼ばれた男。

 

 

 世界的企業白石総合物産の最高責任者。

 そして、「光速の騎士」杉山茂の後援者でもあるはずの男。

 「聖女」白石深雪の父。

 

 男の名は白石雄吾といった。


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