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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
3章

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8-2 密談 のち 鬼子

「お目覚めになられました。一連の経緯の説明をしたいとのことで、いまこちらへご案内します」

「わかった」


 雄吾が食卓の上に最後に残ったコーンスープを口元へと運び、ゆっくりと口へ運ぶ。

 温かなコーンの甘みと、軽く振られたコショウの香りが、先程食べたベーコンの脂を包み込みながら喉へと落としていった。

 給仕は順次終わった皿を下げていく。


「お目覚めか……。思ったよりも早かったな」

「肉体的には十分に回復するはずだが、精神的なものに関してはどうなのかが不明だった。だが、錯乱している様子もないようだ。依存性や後遺症についての可能性を度外視できるならば、あの劣化コピーも有用かもしれん」

「……その度外視する項目として費用効果、ってのも含めるべきだと思いますがね?」

「なるほど、その通りだな。実に耳が痛い忠告だ。心に留め置いておこう」

「……だからって、俺たちへの支払いはしぶらないでくださいよ」

「ふふふ。わかっているよ」


 目の前で同じように朝食を終えた四ツ田が、食後の紅茶を飲んでいる。

 先程までは缶コーヒーで、今は紅茶とあまりコーヒー派・紅茶派といったこだわりは薄いのだろう。


こんこんこん……。


 小さくドアへと打ち鳴らされたノックを受けて、四ツ田が立ち上がりドアへと向かう。

 がちゃ、と彫刻のされているドアを開くと、白衣の男に車椅子を押された病衣姿のマサキがいる。

 ドアで白衣の男から車椅子の介助を引き継ぎ、四ツ田がマサキを雄吾の傍へと運ぶ。


「起きたばかりで悪いが、頭の方はしっかりとしているのか?体はだいぶ元に戻ったとは思うが」


 車椅子には点滴のスタンドが付いている。

 今もぽたぽたと規則正しくそれはマサキの身体へと流れていく。

 もちろん先程の「試作型回復ポーション」の混じった点滴は外されている。

 繋がれているのは全て真っ当な点滴類だ。


「……多少、頭痛はしているがこの程度なら問題はない。この車椅子もあくまで念のためという話だしな」


 雄吾がちらと白衣の男に目線をやると、同意を意味するように深く頷いた。


「そうか、では話に移ろう」


 そう言うと雄吾はやおら立ち上がり、右手を突きだした。

 ぐしゃ、とその右手がマサキの腹へと触れる。

 音がしたのは病衣の下にある包帯であったりガーゼなどと触れた音だろう。

 避けようとしても車椅子に乗ったマサキには身を捩ることはできず、車体自体も四ツ田に持たれていてはどうしようもない。

 そして雄吾の触れた右手が、ぐりっと“大方”塞がっていた腹の傷を捩じるように強くつかんだ。


「ぐぁっ……!」

「今回の騒動……。一体全体どういうつもりだ?銀嶺学院の生徒・教職員、一般の市民にまで大きな影響が出ている。その中には銀嶺学院に通う私の娘も、友人の息子もいるんだが?……情報を与えた側としては当然、君も理解した上でこの暴挙に及んだと考えざるを得ないぞ?私がそのような結果を引き起こした君に、こういった感情をぶつけるはずがないとでも思っていたか?」


 冷たく凍りつくような視線を真正面からマサキにぶつける。

 その間も抉るように掴んだ腹から右手を離すようなそぶりはない。

 痛みに耐えながら、マサキが話し始める。


「……あなた方のプランでは俺の目的は達せられないと判断した」

「ほぅ……。俺たちの計画に難癖つけようってことかい?」


 四ツ田がマサキの弁明に少しだけ眉を顰める。

 それを見て雄吾はマサキの腹から手を離し、少し離れた位置の椅子を引っ張ってくる。

 マサキの車椅子の真正面にそれを置くとどっかりと座り、赤と茶色に染まった右手をテーブルのナプキンで軽く拭う。

 座っているマサキの額には脂汗が浮かび、腹からはジワリと嫌なにおいのする汁が病衣に染みだしていた。


「……当初のプランでは、「光速の騎士」の戦力強化を優先し、万全の準備を終えた段階で、トゥルー・ブルーを誘い込み、無力化するというものだった。巻き込む可能性のある無関係な人物は可能な限り少なく、そして被害も少なく済むものになるように、という計画だ」

「その通りだ。「光速の騎士」はこの変質しつつある世界で最も重要なピースであり、守護者という確固たるシンボルだ。たとえ我々白石グループが瓦解する結果となったとしても、彼を守り抜くという方針を変えることはない。今は皆が認識していないかもしれないが、彼の損失は将来的には平和という概念を揺るがすことと同義となる」

「……では、それに対して俺やマユミについてはどう考えている?」

「……そういうことか」


 多少合点がいった表情を浮かべる雄吾。

 マサキは言葉を続ける。


「あなた方の思いは分からんではないが、それで切り捨てられるかどうかの当落線上に俺たちは乗っていた。いや、乗らされた。「光速の騎士」を襲撃し、警戒を高め、装備をより良く更新させ、その関係を強化する。マッチポンプ的な考えではあるが非常に効果的だ。……ただし、俺たちはその過程で「騎士」と真正面から敵対している。……直接対峙した感覚を信じれば、アレと敵対関係にあるということは非常にリスキーだ。そちらの都合で証拠隠滅のために俺たちを排除するという懸念を拭いきれない」

「要は、「騎士」とケンカしたらビビっちまったってことだな。まあ、気持ちはわからんではないよ」


 四ツ田が車椅子の後ろから離れる。

 彼がそこに立っていたのはいざという時に動くためだ。

 つまり、雄吾の護衛をしていたということである。


「そしてダメ押しの連絡がきた。「光速の騎士」の装備を改修するには時間がかかる、と。予想以上の彼のスペックに余裕をもって準備した物が適さなかったと。計画は延期せざるを得ない。つまり、俺たちはトゥルー・ブルーの追跡から、当初提示された期限をさらに超えて隠れなくてはならない」

「……続けろ」

「……言葉には出さないがマユミは限界に近づいていたと思う。3か月を超える期間の逃亡生活は、かなりの精神的な消耗を強いている。俺があなた方と密約を結んで動いていることは、彼女には詳細に説明していない。情報提供者の存在だけを薄く伝えるに留めていた。その先の見えない状況はかなり危険だ」

「どんなに強がっても中身は10代の少女。そこを考えに入れてはいなかったな。こちらの失態だった」

「俺たちの力は、精神状態に大きく左右される。「騎士」との最初の邂逅時には、すでに彼女本人が気付いていないほどだが、異常を俺は感じた。これはマズイ、時間がないと」

「なるほど」


 そこへ、食事を下げていったはずの給仕がグラスを3つと、冷水の入ったピッチャーを持ってくる。

 テーブルへとそれを置き、3つに冷水を注いでその場を辞した。

 マサキはグラスを手に取り、水を一気に呷る。


「だからこそ、計画を根本から見直す必要があった。あなた方主導ではなく、俺たちが生き残れるものへと。そしてあなた方が確実に全力をその計画に注がなくてはならないものに。……だからこそ、ここまでの物を。杉山茂が友を助けに動かなくてはならない、白石雄吾が娘を助けに動かねばならない、そして俺がアキトシ・サーフィス・ガルシアを討つ機会が生まれる舞台を作るためのギャンブルを」


 真っ直ぐに自分を見るマサキを正面に据え、雄吾が言葉を発する。

 一口グラスに口を付けて唇を湿らせると、前かがみになって問う。


「それで?結果として目的は達したと?」

「少々イレギュラーが起こりはしたが、大筋では。今のところ、トゥルー・ブルー側以外の重傷者はいない。アキトシには一撃を放つことができたし、日本国内で活動できる戦力は削れた。警察を含め日本政府もテロリストであるトゥルー・ブルーを追いかけるはずだ。「騎士」には俺が身を挺して仲間を救ったと思われている。おそらくそこまでして救い出した年若い女であれば、少なくとも敵対から無関心程度までは意識誘導できているはず。積極的に排除に動くことは彼個人としてはしないだろうな。そして、マユミ・ガルシアの保護はそちらが完了したのだろう?」

「最初の話では君たち“2人”の保護が協力の条件だったはずだ」

「それは最善の場合。俺が妥協できるギリギリはマユミ・ガルシアの白石グループによる保護だ。それさえ飲んでもらえれば、後はどうでもいい」

「確かに彼女の身柄はこちらで押さえている。いまは我々の息のかかった医療機関で治療中、とはいえ「騎士」が治したらしく健康状態は万全だとのことだ。付添に私の信頼する門倉という男を派遣している。万事うまくやるだろう」



 タイミングを見計らって四ツ田がファイルをマサキへと手渡す。

 内容はここにいないマユミの検査結果の写しだ。


「……感謝する」

「君の無事に関しては、この家にいる者以外は誰も知らない。……マユミ君に付き添ってる門倉にも内密だ。今回の一件の事後処理には私と四ツ田を主体にした裏のチームが動いている。君個人ももっとも高いセキュリティに守られていると考えてもらっていい」

「……門倉にばれたら怒りますよ……。本当に良かったんですか?」


 四ツ田に問われた雄吾が答えた。


「私の家系、白石の血筋は私の知る限り、わかる限りの先祖、存命な分家筋、他家へと嫁いだその子孫、私の娘と息子に至るまで誠実でそして悪徳を憎む性分らしい」

「ご立派なことで……それで?」

「社訓にもあるのだが「万事、万人の為であれ」。要は善人の家系ということだ。そして門倉は白石の血筋で最も気高かった白石与三郎に心酔している。それもかなりな」

「知ってますよ。ちょっと引くくらいですがね」

「だが門倉とて大人ではある。差し出された水に悪へと変じる毒が混じっても、結果善しとなるのであれば最後まで飲み込む。だが、それに毒が混じっていると言われて渡されれば、最初から跳ね除ける。そういう男だ」

「……あなたは違うと?」


 マサキが目の前の人物を見る。

 目を閉じ手を膝の上で組んで座っている。

 その目がゆっくりと開いていく。


「私はそんな白石の家の鬼子といえる。心の中に確かにその「万事、万人の為であれ」という言葉がある。家族を害するものは許せないし、悪を蛇蝎の如く嫌っている。そして私の思う家族とは私につながる社会全体をも意味している。君の今回の事件については狂おしいほどの怒りを覚えているし、被害者の方々への補償をどのように進めていけばいいかを心から考えている。しかし……」


 目がしっかりと開かれる。


「しかし「万事、万人の為であれ」。この言葉の後に、他の白石の血筋が決して許容できない一文が私には付いて回る。……万事、万人の為であれ。たとえこの魂が悪に染まろうとも。……私は毒の水であっても全て飲み干す。それが最終的にすべてに良い結果をもたらすのならばな」


 マサキは初めて雄吾の瞳を真正面から見た。

 その瞳はどこか濁っていながら、それでいて確かに鈍色に輝いていた。

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