7-3-裏 集合 のち 出発
「わーってる! わーってるって!! もうすぐ出るトコだから! だけどもう夜も遅いし、交替交替でゆっくり行くからさ。……そう、そう。友達の家の車借りていくし、無茶できないだろ?……うん、うん。見つけて電話させっから。そこまで心配しなくてもいいって! 兄貴だってガキじゃないんだしさぁ。そう、そっちももう寝なよ。はい、はい、はーい……」
かちゃん、と向こうの受話器が降ろされた音がして通話が切れる。
スマホに“実家”と表示されたそれから、今度は“兄貴”となっている登録番号に電話を掛ける。
数瞬の機械音の後、“この電話は……”と今日何度目かわからないメッセージを聞いて、苛立たしげに電話を切断する。
「おう、スギ!……やっぱ通じねえの? おにーさん?」
声を掛けられた先を見ると、背負い式のリュックサックをパンパンにしたマツが立っている。
近くの自販機で買ったのだろう、ブラックの缶コーヒーをぐびぐびと飲んでいた。
「今んトコ折り返しゼロ。……実家の方からももう少し連絡してみるって。多分うっかり映画でも行って、そのまま電源落としたまんまにしてたりすんじゃないのかな? ガラケー持ってた時って結構そういうことしてたんだよ、兄貴」
「つーか、おにーさんケータイのトラブル多すぎじゃね?」
「だな。あのバカ兄貴が!」
ふんっと腕組みして鼻息荒く仁王立ちしているのは、おそらく日本で一番剣呑な今を生きている「光速の騎士」こと杉山茂の弟、杉山猛である。
彼の足元にもマツと同じように旅行用の鞄が置かれており、こちらもパンパンであった。
その様子を見てへらへらとした笑いでマツが近づく。
「まあ落ち着けよ。そうそうあんな大事件におにーさんが巻き込まれてるわけないじゃん。どんだけ運が悪いんだよって話だろ?」
悲しいことに大絶賛、最前線で巻き込まれ中である。
「そりゃあそうだけど……。危ないトコには近づかないってのがモットーだしなぁ」
申し訳ないが、積極的に巻き込まれに行っている側だったりする。
「そうそう。きっと家で普通に寝てるとか、バイト行っててケータイがオフになってるのに気付いてないとか、そんな話だよ。第一、その私立の学校って全然おにーさんに関係ないはずじゃん?」
「多分なぁ……」
思い切り関わり合いになっているのであるが。
ぷっぷー!
クラクションの音と共に道路で待っていた彼らの横に、初心者マークが貼られた青色の軽自動車が横付けされる。
「いやいや、お待たせー。待たせてゴメンねー」
うぃぃんとパワーウインドーが下げられて、そこから顔が出てくる。
「こんな時間にマジで悪いな。ウメ、おばさんにも迷惑かけちゃってさ……」
「いいよいいよ! いやぁ、ここまでスギがブラコンだとは思わなかったけどねっ!」
にしし、とおちょくるようにして笑うのは、一緒くたにされることの多い火嶋ゼミの3人組の最後の一人、ウメであった。
ぎい、とサイドブレーキを引いてエンジンを止め運転席から降りると、2人と合流する。
「ブラコンってひどくね?」
「ドルオタでブラコン……。ミオミオには、結構ウケは悪いかもよ?」
「ぐあっ!」
ぶすっ、と深く鈍い音と共に心へ楔が撃ち込まれた気がする。
「まあ、ジョーダンはさておいて。行くんでしょ、おにーさんのトコ」
「ああ、とりあえず明後日の夜には洗車してガソリン満タンで返すからよ。そう言っといてくれ」
「? いや、私も行くけど?」
「はぁっ!?」
「明日の夜のビジネスホテル取ったし」
ほれ、と2人に自分のスマホ画面を見せるウメ。
よくよく見れば後部座席には、見たことのあるウメの旅行鞄が置かれていた。
「……何しに行くんだよ? 兄貴の様子見に行くだけで特に面白いコトも無いんだぜ?」
「でもさー。「光速の騎士」がまた出てきてんだよ?てことはおにーさん家のあたりって「騎士」の出現ポイントだって事じゃん?」
「そうだけど」
「火嶋教授のゼミはミオミオ達の推薦入学の準備で忙しいってことで中止になったしさー。明日の他の講義もダルいし。実質そっから先は休みだから。じゃあ、昨日免許取ったばっかだしドライブがてら野次馬見学に行ってみても面白いかなーって」
「えげつないくらいにフットワーク軽いのな、お前。だが、昨日免許取ったばかりの奴に夜間運転させる気はないぞ、俺たち」
「そういう2人も明日の講義、代返頼んでんでしょ? 春山とゴンちゃんから聞いたぞー。そういうことしちゃダメなんだから」
ジト目で見つめられて視線を逸らす2人。
「とはいえ、私もアカネに代返頼んだけどね!」
「「うぉぉいっ!!」」
てへ、と舌を出して見せるウメ。
「と、いうわけでれっつごー、よ。車貸したげるんだから、道中のご飯代は2人でもってくれるとうれしーなー」
「ちゃっかりしてんな、お前。わーったよ、そこはスギが出すから」
「俺か!?……仕方ない。でもこれで貸し借りなしで頼むからな」
「ういうい。わかってるわかってる。ほら、荷物積んでいくわよ!!」
そう言われると、こんな外にいるのもおかしな話になる。
トランクを開けて荷物を積み込むと、ウメからキーを受け取り、マツが運転席に座る。
「じゃあ、出発するからな。一応適時休憩して、運転手は眠くなったら、すぐに言うこと!」
「「はーい!!」」
連絡のつかない杉山茂に会うため、スギ・マツ・ウメの3人組の乗った車が動き出した。
「ねえ、マツ。家からお煎餅とか持ってきたけど、要る?」
「しょっぱいのだったら欲しい」
「……残念、ザラメかけたやつだわ」
「あ、高速のる前にコンビニでお茶とガム買いたいな、俺」
「じゃあついでに人数分の肉まん買って、スギ!!」
「スギ、俺のはできたらカレーまんで頼む」
……結局のところ、なんだかんだで楽しそうであった。