7-1 走れ のち 英雄/幻
「くっそ、やっぱベタ踏みだと車の方が速い!!」
遠くに見える赤色灯と、聞こえてくるサイレンの音が少しずつだが遠ざかっていく。
シャカリキに走り出した「光速の騎士」は、逃走車両の後をそのまま全速力で追いかけているのだが、如何せん直線で踏み込めば優に100キロを超える速度で走る車両に軍配が上がる。
勝負は曲がり角や、一般の通行車両、歩行者などで減速してくれることを望むくらいだが、それを年若い学生のいる学校に銃器を持ち込む犯罪者たちに期待するのはどうだろうか。
おそらく最低限の回避や減速はするだろうが、いざとなればそのまま突っ切ってしまう可能性の方が高い。
(現実的に日本でカーチェイスって、ものすごい危ないし!!田舎で人通りが少なきゃまだましだけど、繁華街でやらかしたらとんでもないことになるぞ!!)
そんな懸念を抱く「騎士」の不安を余所に、このままのルートで襲撃犯が走行するならば、市内で最も交通量の多いバイパスの一つである県道28号線(通称ニッパチ線)にぶち当たるはずだ。
(ニッパチ線まで逃げられると、あの先はずっと直線で4車線。対向車と脇道無視して逃げる気か?)
恐らく警察無線で襲撃犯の動向は伝えられているはずで、それに対応する警察車両も銀嶺学院にいる隊とは別口で来るはずである。だが、「騎士」の危惧しているのはその先だ。
(ニッパチまで行くと横に逸れる道がある。そこで別々に散開されると……。最悪だな、だからテンプラナンバーなんて準備してたのか?)
個々に分散して別ルートで追跡を躱すのであれば、追う側の数も減る。
しかも走行を止めたとして、銃器で武装する襲撃犯を通常装備の警察力で阻止できるだろうか。
しかも現在進行形で銀嶺学院の被害が拡大してるかもしれない状況下でだ。
純粋にマンパワーが足らなくなる。
一か所ではなく複数個所で同時進行のテロリズムなど、日本の中ではかなり特殊なケースだと言えるだろう。
(きっつい!正直、終わりが見えん!!)
どたたたたっ、と駆け抜けた農道から、小さな車道へと到達。
ふぅぅぅと大きく息を吸い、気合を入れる。
どう考えてもこのまま追いかけっこをしても追いつける気がしない。
そうであるならば、真面目にそのケツを追いかけるのは止めにする。
「やるかぁ……。ショートカットだ!!」
視線の先にあるのは元々は田畑だった場所が、耕作者の高齢化などで転用されたと思しき新興の住宅街。
近くに学校があるというのもそれらができた理由だろう。
道路沿いの区画の売買状況を示す管理会社の案内看板はほぼ売約済みのシールが貼られていた。
その住宅街に向けて「光速の騎士」が歩を進める。
そう、この道路がつながっていない住宅街を“真っ直ぐ突っ切ると”ニッパチ線に直結するはずなのだ。
なぜなら案内看板に周辺地図の縮小版が右下に載っていたからである。
「ああ、ホントに住民の人、申し訳ない!!」
そう叫び、「騎士」は翔んだ。
「おいおい、ふざけんなよ。こんなとこでカーチェイスしてるぞ!!」
「テッペイ、早く路肩に停めて!!」
「わかってる!!」
ニッパチ線をだらだらと走っていた軽の運転手が、後方から物凄い速度で接近する車両群と、赤色灯の群れ、そしてけたたましいサイレンでそれに気づいた。
昔は少しばかりヤンチャをしていたこともあり、そういった赤色灯に追いかけられた経験が役に立ったと言えばいいのだろうか。
ウインカーを入れてニッパチ線の走行車線から、道路沿いの中東系の中古車販売店(コンビニ跡地を利用したようなアレだ)近くの路肩に車を駐車した、テッペイと呼ばれた若夫婦の旦那は、今までカーナビで流していたハリウッド映画のDVDを止めると、ラジオにチャンネルを合わせる。
助手席の妻はスマホを開き、テレビ局へとチューニングを始めた。
外見で言えば超チャらい2人組で、乗っている軽もいわゆるチャらい仕様である。
田舎のヤンキーカップルの乗る車、と言えばコレという見本のような絵面だった。
そんな路肩に停まった軽自動車の横を、時速100キロオーバーで黒のステーションワゴンと警察の白バイが風のように通り過ぎていった。
「えー!なんか、銀嶺の犯人逃げ出したみたいだよ!!あれってそうすると犯人ってこと!?」
「うわ、マジか!知ってりゃ撮影とかしたのに!」
「ジョーダン!何でそんな銃とか持ってる危ない奴のそばに行くのよ!バッカじゃないの、アンタ!」
「えー!だってさ、テロリストだぜ、テロリスト。もし良い画が撮れてたら、テレビ局とかから謝礼とかもらえるかもしれないじゃんか」
「マジでバカなの?謝礼とかもらえるかどうかわかんないじゃん!それにもらえてもどーせ1万2万くらいの商品券とかでしょ?ソーバは知らないけど。それでわざわざ危ないコトするなんて意味わかんないよ」
「でもさ、友達に自慢できんじゃん。これ、あの時の犯人だぜって」
「くっだらない見栄張ってどーすんのよ」
車の中で軽く言い争いに発展しそうになっている。
犯人が通り過ぎたのを確認しつつ、テッペイが周りを確認しつつゆっくりと車を出そうとDに入れたところだった、それが現れたのは。
ズシャァァァッ!!
軽自動車の前に横滑りしながら、白銀の色合いのそれが現れた。
地面を擦るブーツの金具が、アスファルトに擦れて火花を上げる。
足だけで慣性の法則を止めきれず、両手で道路に四つん這いになるようにして勢いを殺しながら四つん這いで「光速の騎士」がテッペイ達の軽自動車のライトの真ん前に“着地”したのだ。
「うわ、うわぁぁぁぁっ!!?」
あまりの驚きに間違えてアクセルを踏み込んでしまうテッペイ。
その真正面には硬直の解けていない「光速の騎士」。
結果、どうなるか。
ドンッ!!
「ぬがっ!?」
素っ頓狂な声と共に、「光速の騎士」が軽自動車に轢かれた。
徐行状態で少し行き足がついたくらいであったのでそれほどでもないが、普通に轢かれた。
さすがにビビったテッペイはすぐにブレーキを踏み、車を停める。
この場合は動き出した車の前に突然“落下”してきた「騎士」が悪い。
思うに左右後方前方の確認は必要であると思うが、崖のそばというわけでなく、周りの開けたバイパス道路で、空からの落下物と言えば鳥のフンか飛んでくる虫くらいまでだとおもう。
いくらなんでも、落下してくる人まで気を付けろというのは酷であると思う。
「だ、大丈夫ですか!?」
「テッペイ、まずは救急車!あ、あと警察も!!」
とりあえずPに入れてテッペイはハザードを押し込むと「光速の騎士」に駆け寄る。
助手席の妻も車から降りて「騎士」へと駆け寄りながらスマホで連絡を取ろうと動き出す。
「イラン。大丈夫ダ」
兜の首元をカチカチしていた「騎士」が立ち上がり電話しようとしていた妻に手を翳した。
その上で、きぃぃぃんとハウリングする耳障りな声色で返事をする。
どうやら今の衝撃でさらにボイスチェンジャーに不具合が生じたのだろう。
だが、それは重要なことではない。
図らずも人(そのカテゴライズに若干の疑問はあるが)を車で轢いたのであるから、そこは動揺するのは当たり前で、大丈夫と相手が言ってももしかすると何らかの重大なダメージが体に残っている可能性がある。
車両事故を起こせば警察と、人的被害があるのならば消防へも電話するのは車を運転するうえで当然の義務だ。
「で、でもそういうわけにも……」
どもりながら訴えるテッペイは間違っていない。
事故即電話と救護活動、これだけは間違っていないと思うのだ。
そんな中で周りを見まわす「騎士」はサイレンの音を遠くに聞く。
住宅街の真っただ中を突っ切って来たので方向が少し曖昧になったのだ。
普通の道ではなく、民家の庭先やらガレージやら、塀の上を走ったときには古いそれを一部踏み砕いたりなど。
最終的に徐々に上へ上へと移動しながら登っていく羽目になり、最後は中古車販売店の店舗の上まで駆け上がることになったわけだ。
そこから駐車していたテッペイ達の軽の前へと跳んだところ、運悪く動き出した車に撥ねられた、という状況である。
そんな「光速の騎士」杉山茂の内心はというと。
(いったたたぁ……。撥ねられたぁ……。普通さぁ、1か月もたたずに2回も車に轢かれるって、どんだけ運がないんだよぉ……)
しかも両方とも自分から車の前に飛び出していった結果である。
どれだけ自殺願望が高いのかと、言われそうなバカさ加減だ。
悪いのは自分側だとわかっているので、少しばかりやせ我慢をしてはいるが、痛いものは痛い。
5歳児がじゃれて殴りかかってきたとして、どんなに鍛えた格闘家でも当たれば痛いのは当然。
むしろ車に撥ねられてやせ我慢できる方がおかしい。
(つーか、ショートカットしたけどまだだいぶ離れてる。やばいなぁ。進路妨害とかうまくいってないのか)
筋を痛めていないことだけを確認して、再度走り出そうとする「騎士」。
電話しようかしまいか混乱するテッペイとその妻。
キキィィィッ!!
そこへとけたたましいブレーキ音が響く。
そして、大声で叫ぶ年若い男の声。
「なぁ!!アンタ、「光速の騎士」だろ!?」
その声の方向に「騎士」は首を傾げ、視線を向けた。
「ぐぁっ……!」
急加速と急ブレーキ、そしてとくにカスタマイズされているわけでもない通常仕様のステーションワゴンでは、一つ一つの挙動にある程度の衝撃が付いてくる。
凹凸など無いような直線道路であっても、横断歩道の白線や、地面のマンホールが設置された場所、排水用の傾斜や蓋もゼロにはならない。
今回はマンホールを踏んだ瞬間のほんの少しの段差が原因の様であった。
「申し訳ありません。スピードを落としますか!?」
「く、私に構うな……!当初の予定通りのルートで進め。響くは響くが、この程度で生き死にのラインを越えはせんよ……」
そう言うのは、脂汗を額ににじませているアキトシ・サーフィス・ガルシアだ。
呼吸を楽にするためか乱雑にジャケットとネクタイが座席の下に投げ捨てられている。
ざらりと音のするロックアイスの袋を腹へと押し当て、痛みをこらえていた。
「……アキトシ様、鎮痛剤もありますが?」
「それには早い。まだ、逃げ切ったわけでもないからな。いざという時はもう一騒ぎあってもおかしくないだろう」
「薬物は我々の力と相性が悪いですからな。リミッターを外すのには役立ちますが、コントロールを失うことになりかねませんし」
「今は、この痛みにも我慢ということだ。油断ではないが、まさかトリックプレーで敗れるとは。ふふ、マユミ。お前の見つけたあの「ブリキ頭」は、確かに私に届いたぞ」
「……ん゛ん゛ん゛~っ゛~!!」
猿轡を咬まされ、両手首と両足首を結束バンドで縛られているマユミ・ガルシアが声にならない叫びをあげる。
この車内に運び込まれたときよりも幾分体力を回復した様子で、殴りつけられ腫れ上がり開かなくなった左目をシートにこすり付けながら、残る右目で彼と、そしてこの怪我を負わせたケンショウ・ガルシアを睨みつける。
腕はまくり上げられ、その白い腕には真新しい注射痕が残る。
跳ね上がる車内の床には空になった注射アンプルも捨てられていた。
腹を撫ぜながらアキトシが思いを巡らす。
(あのタイミングで腹にいくならば、私を殺せたはず……。殺せなかったのではない。殺さないと選んだのだ、奴は)
そのはずだ。
あのタイミングで回避不能の一撃を叩き込むならば、拳ではなくナイフ、いやほんの少しとがった石でもいい。
それを突き込めば勝負は決していた。
あの瞬間、あの手品めいた不可思議な力で、刃物を出せなかったとは思えない。
間違いなく、「光速の騎士」はアキトシ・サーフィス・ガルシアを殺傷せしめた。
(臆したのではない、それくらいは私にもわかる。奴は少なくとも”覚悟を持って命を殺めた”ことがある男だ。その男が不殺を選ぶか。……若い青さ、か。それとも騎士たらんとする高潔さか)
思索にふけようとしても痛みがそれを邪魔する。
しかも今は逃走劇の真っ最中。
そのようなことは後でいくらでも考えることができる。
そんな車内でケンショウがマユミへと語りかける。
「手間を掛けさせてくれたが、これで長い長い家出生活も終わりだ。これから先、お前の首に枷が付かないときは二度と訪れない。飯も睡眠も訓練もすべての時に監視と拘束が行われる。そんな家畜小屋での人生の始まりだ。その猿轡はそのための慣れだよ、妹よ?俺は優しいだろう?」
がちゃっ!!
結束バンドの他につけられた手錠の一方が座席のフレーム部分に掛けられていた。
座席から飛び上がるようにして、頭突きでも放とうとした結果失敗し、金具の擦れる音だけが揺れる車内に響いた。
ふぅふぅと荒く息を吐く彼女の様にため息を吐くと、ケンショウが徐に手を振り上げる。
ごっ……!
平手で叩くという配慮も何もない、強く握られた拳による顔面への殴打がマユミを襲う。
腫れていなかった残る右目の上あたりに鈍い音と共に突き立ったそれは、瞼の上にあっという間に内出血を引き起こす。
「勘違いしているようだが、お前の価値は“母体”としてのみだ。人形風情が人と同じように扱ってもらえるなどと思いあがるな。マサキの馬鹿はどうやら逃げたようだが、まあお前だけでも回収できれば“次”は“創れる”。貴様らホムンクルスの栽培には時間と金がかかるんだ。それが育つまでは生かしておいてやろう」
殴りつけられて脳震盪を起こしたのだろう。
マユミは座席にぐったりと倒れ込み、動かなくなる。
呼吸はか細くも続いている。
「……罪深いな。我々は」
かなりの速度で流れていく窓の外を見てアキトシが呟く。
それにケンショウが応える。
「今更ですな。我々が罪深いのは生れ落ちてからではなく、生まれる前からでしょう。このように生きているのですから」
「……地獄というものは信じるかね?」
「あるかないかわからないものは気にしませんよ。それ以上に考えねばならないことの方が多いもので」
「そういうものか……」
ちらとマユミを見るアキトシ。
その頬を一筋、いや幾筋もの涙が零れてシートを濡らしていく。
どこから、いつから。
このように生きて、それを仕方ないとため息一つで飲み込むようになったのは。
「……それでもこうやって世界は廻るのだ。弱きを喰らい、強きが育ち、老いて弱り、それを新しき強さが喰らう。この世界は昔から一度たりとも変わったことはないのだ」
小さく小さく誰にも聞こえないようにつぶやく。
痛みを堪える様に歯の奥で呟きをすりつぶすようにして。
その時、運転席の男が叫んでいた。
「……右、後方です!!白バイの後ろから、後続車をすり抜けるようにして接近してきています!!」
「な、何だと!?」
どうやら痛みと思索の中で、男の声を聞き逃したようだ。
驚きの声を上げたケンショウはそれを聞き取り、手元のスマホですでに別の車両に指示を出している。
「各車、注意せよ!注意せよ!!現在走行中の我々の後方、警察の最後尾から「光速の騎士」がバイクで接近中だ!!!」
「ふ、ふははははっ!!」
「アキトシ様?」
それを聞いたアキトシが笑う。
そうか、そうか、そうか!!
「そうだな、そうだ。「騎士」よ、「騎士」よ!!」
彼は、違う。
彼は、われわれの世界の外から。
彼は、弱肉強食という永遠の輪から外れた存在で。
「御伽噺の、英雄よ!!!お前だけが、我々に挑める!!世界で唯一の『ヒーロー』だからな!!!」




