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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
3章

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7-0 試作 のち 疾駆

 大騒ぎの真っただ中にある銀嶺学院。

 その事件対策本部のある学院にほど近い駐車場に、つい先程数台の関東近郊のナンバープレートの大型車両が到着した。

 交通規制で渋滞の原因である銀嶺学院へと誘導されながら到着したそれらは、忙しそうに作業を始めている。

 その様子に、またも遡れば遡るほど“上”が出てくるという非常に腹立たしく、理不尽な“正当な”命令に従わざるを得ない現場担当者が苛立ちを募らせていた。

 そんな中、極太の電源ケーブルが引き入れられている大型トラックの中では、数名の男たちが働いていた。


「ふぅ……。さてさてデータは送られてきてるかな、と。……すごい熱持ってるじゃあないか。とりあえず連続稼働の持続可能時間はあとどのくらいだい?」

「現状だとあと16分というところです。ただ予想以上に発熱量が多くて、冷却が間に合いませんから、もう少し減るのではないかと」


 白衣姿でモニタに齧りついている研究者の肩に手をやり、モニタを覗きこむ。

 恐らくサーモグラフィーで撮影されている画像が映し出されており、画面を時折横切る人と思しき影以外は真っ赤に染まっていた。

 同じく白衣姿でコーヒーを啜る男の肩には“TOHO C&T Univ”とディフォルメされた学匠が縫い込まれている。

 さらには既に終わった居酒屋のイベント期間が印刷されている配布用のうちわでパタパタと自らを扇いでいた。


「まさかこんな使い方をさせられる羽目になると思ってもいなかったからなぁ。出力はカタログスペックの68%、うわこのままだと65切りそうな勢いだな。本体以外に電源部からも発熱してるみたいだし」

「……みたいだし、じゃあないですよ!!教授、対応策を考えてください!!」


 今一つ緊張感のない、教授と呼ばれたコーヒーを啜る男に悲鳴混じりの懇願が飛ぶ。


「無茶言うなよ。この“ディスペルはじめ君”は実験用のプロトタイプだって知ってるだろ?本当は来月にでも解体して廃棄予定だったのを、ここまでの移動中に個々のパーツから急遽組みなおしたんだ。本当は取り外して動かすなんて考えてもいなかった試作機だし、こんな無茶して不具合が起きてもおかしくない、っていうよりも僕としては“よくぞ動いてくれた”って感覚なんだぞ」

「お手伝いしてた我々もそこは重々承知してますよ。でもこのままだと術式妨害の最低ラインを割ってしまいます!出力をどうにかして維持しないと!!防御術式を無力化しないと地上の突入班の安全確保できないんですから!!」

「……電源車からもう少し電気引っ張ってきてよ。おっかなびっくりで抑えつけてセーブするより、むしろ稼働効率を上げたほうが安定する気がするね。どかんと燃料投下してみよう」

「ふ、吹っ飛びませんか?」


 液晶モニタに直に指を指してここ数分間の“ディスペルはじめ君”の稼働データを見た教授の提案に、白衣の男が恐る恐る尋ねる。

 その彼に教授が全力の笑顔を向けた。


「その時はその時だろ?」

「ばっ!馬鹿な事言わないでください!!」

「あっはっは!!ジョークジョーク!!」


 ばしばしと笑いながら肩を叩かれる研究員に教授がうちわであおぐ手を止めてポケットのスマホを取り出す。

 何度か操作すると、楽しそうに笑う女の子とその子によく似た母親と思しき女性が食事をしている姿が映し出された。


「本当はさ、今日は久しぶりに家族と外食の予定だったんだよ。昔からよく行く行きつけの洋食屋さ。ビーフシチューが唸るほど美味い。娘はそこのクリームコロッケがお気に入りでね」

「……教授?」

「大学の帰り際に正門で出たあたりで呼び止められて、車に押し込められて。そのままここへ移動してる時に妻には電話で行けなくなったって頭を下げてさ。怒られるどころか、むしろ心配までされたよ。仕事は大切ですけど、根を詰めて体を壊さないようにって。なあ、いい奥さんだと思うだろ」

「ええ、そうですね」


 いつの間にか肩に置かれた手に力が入っている。

 生白い手の血管が浮き上がるほどに。


「きょ、教授!痛いっ、痛いです!!」

「あ、ああ。つい力が入ったようだ。悪いね」


 にこりと笑った教授。

 しかしその目は笑っていない。


「このど阿呆の低能共が今日の夕方にこんな騒動を起こさなければ、今頃一家団欒の夕食を終えて、家でゆっくり風呂にでも浸かって、ちびちびとジャーキーでも齧りながらTVを見ているはずだったんだ。仕事もようやく一段落したところだったからね?」

「そ、そうですか……」


 モニタ横のテーブルにコーヒーカップを置くと、大きく天を仰ぐようにしてのけぞりながら押し込められた大型トラックの天井を見る。

 ケーブルが養生テープで大急ぎで貼り付けられたのがよくわかる。

 整然という言葉が全く見られないほどに絡まりあったケーブル類の束がぐるぐるに巻きつけられている。


「それがどうだい?スカーレットに連れられて、気分はまるでドナドナだよ。ここに押し込められながらはじめ君の組み直しに、規格に合う電源車の確保を上役に頼んで、起動実験時のデータと現地での実測データの不具合の摺合せ……。このままだと大学から無断使用になるからって、さっきまで外部への機器持出に関する申請書を何枚も何枚も……」


 どこか焦点の合わないような表情で、ふっふっふ、と笑い始める教授。


「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫さ」


 そう言いながら天井から視線が動いていない。

 幾分、いやかなりの危険水域のトビかたをしていらっしゃるようである。


『ザザッ……技術支援チーム、聞こえるか?こちら銀嶺学院地上突入班統括責任者、火嶋だ』


 ごろりと転がっていたレシーバーから女性の声で通信が入る。

 視線を天井から動かさずに教授がそれを手に取り、通話ボタンを押しこむ。


「聞こえている。……スカーレット、さっさと片付けて帰ろう」

『……残念だがそういうわけにはいかない。学院内の結界の基を回収しなくては。ここの警察に持って行かれるのはマズイ』

「……いっそ粉々にぶっ壊してしまえばいいのに」

『ずいぶんやけっぱちだな、椿。私のとこにも美沙から食事の様子が送られてきたぞ。以前行ったあの洋食屋だな。あそこはワインの趣味もいい』

「それを今言うかい?……家族水入らずなんて2週間ぶりだったんだぞ」


 ぶすっとした表情の教授にスカーレット、火嶋早苗が応える。


『そういう愚図り方をしているだろうと言われている。その画像に美沙から文章も添付されていてな。お前のフォローをお願い、だそうだ』

「お見通しかぁ。……適当な仕事をしたら怒られるだろうなぁ」

『私がぽろりと漏らすかもな。あなたのダンナは駄々っ子でした、とな?』

「それは勘弁!……さて、じゃあ馬鹿な戯れは終わりにして、再確認だ。聞いてただろうけど、皆簡単に再確認だ」

『正門、了解』

『西職員用通用口、了解』

『運動場連絡路、了解』

『椿、頼む』


 各所の準備確認の連絡を受け教授、椿の指示の基突入に関する説明が始まる。

 天井部から徐々に無力化されつつあるバリアを完全に無力化したのち、一気に突入。

 東邦文化技術大学謹製広範囲設置型術式妨害プラン試作機、愛称「ディスペルはじめ君」の稼働限界までに、術式の要となる何らかの物体の破壊ないしは回収によるバリアの完全無力化を目標とする。

 現地警察へと根回しの時間が足りず、横やりが入る前に撤収を行うこと。

 戦力としては先行した「老翁」「舞姫」達を主体とした異能者対応チームは遊撃と認識すること。

 予想以上に電波障害が強く、学院周辺の超近距離以外の通信では現在も先突入班とうまく連絡が取れていないこと。

 人質に関しては、各々の判断において対応すること。

 参戦している可能性の高い「光速の騎士」については敵と通じている可能性は低いが、味方と断定できないため、不干渉とすること。

 などなどなど。

 あらかたの説明を終え、椿が最終のスターターとして号砲の準備に入る。


「はじめ君の稼働限界残り時間10分を切ったタイミングで突入開始だ。カウントダウンスタートまで残り15秒」

『……』

『……』


 沈黙が下りる。


「9、8、7、……」


 カウントが残り5を数えようかとしたタイミング。

 その時だった。


どぉぉぉぉぉん!!!


 少し離れた対策本部傍の椿にすら感じられるほどの大音量と、大気の震えが周囲を襲う。


「な、なんだっ!?はじめ君の動作確認を!!!」


 慌てながらも指示を出す椿。

 きゅぅぅん、とファンが急速に遅くなり、止まっていく音がトラックの中で響く。


「駄目です!!今の衝撃で、電源供給のどこかに不具合が!!はじめ君、緊急シャットダウンします!!!」

『……椿、各班、皆無事か!!?』


 早苗の大声が通信機から響く。

 椿はそれをひっつかむと、自身の棲み処であるディスペルはじめ君の格納された大型トラックを飛び出していく。

 対策本部は事件の全体を眺められる場所に設置されていた。

 その為、今の爆音がどのような形で起きたのかを客観的に眺めることができる。

 トラックを飛び出した際には大きな悲鳴がいくつも重なり合って聞こえてきた。

 そんな中を椿が駆け抜ける。

 より詳細が確認できるようにだ。


「なんだ、あれはっ!?煙、煙ってことは爆破か!!?各班、安否確認を優先しろ!」


 視線の先には銀嶺学院の全体がある。

 その学院全体から幾筋もの煙がたなびいて空へと昇っていく。

 思い返すに、先程の爆発音。

 あれは1発に聞こえていたが、よくよく考えるとそうではない。

 “ほぼ同時に”いくつもがタイミングを合わせて爆発した音だ。

 それに思い至り、更にもう一つのことに気付く。

 通信機の通話ボタンを強く押し込む。


「おい!はじめ君は起動しているか!?」

『……いえ!教授、強制シャットダウンして、復旧はまだです!!』

「くそぉっ!!」


 その場で地団太を踏む。

 いま、椿は“銀嶺学院全体を目にしている”のだ。

 東邦文化技術大学製広範囲設置型術式妨害プラン試作機、愛称「ディスペルはじめ君」が“全く起動していない”状態で。

 それに気づいた椿が再度通信する。


「おそらく、犯人側が術式の各ポイントを同時爆破したのだと推測される!!現在、防御術式は未展開になった!!各班、至急状況知らせ!!」


 証拠隠滅か、他勢力の回収によるリバースエンジニアリングを嫌ったか。

 だが、この爆破で被害が出ていないとも限らない。

 さらにこれで現地組織は突入に慎重にならざるを得ない。

 対人の爆発物の可能性を否定できないからだ。

 そんな中、学院内、いや学院の外へと動きが加速する。

 壁面を吹き飛ばし、非常口を作り出した箇所から、横滑りするようにして車両が続けざまに飛び出してきていた。


「マズイ、マズイぞ!!!学院より数台の車両が、吹っ飛んだ外壁より離脱している!!」

『なんだと!?』


 今の爆発で混乱を引き起こし、そのまま急加速して発進する同じような外見の黒のステーションワゴンたち。

 咄嗟のことで、それを追走するための警察車両はすぐの発進ができていなかった。

 道路封鎖されていない、別ルートから脱出。

 周囲の耕運機などの農作業用の1台しか通れないような農道に、推定80キロオーバーで突っ込んでいった。


「逃げられてしまう!!こちらの追跡は可能か!?」

『駄目だ!いまので駐車場付近は人が押し寄せてパニックだ!!車両を出そうにも時間がかかる!』

「く、嫌なやり方をする!」


 どん、とちょうど横に置かれた誰のものか知らない車のドアをいらだたしげに叩く。

 見た限り即応できたのは、白バイ隊員の数名で、それ以外の警察車両はまだ動き出してもいない。

 恐らく現場周辺には一般人もいたはずで、混乱で動きが遅れたのだと思われる。


「駄目かっ!」


 ほぞを噛むとはこのことかと思った椿の目が、爆破で発生したボヤの煙が上がる中から、飛び出してきた人影を偶然捉える。

 ちろちろと上がる火の粉に照らされ、その白と銀色の鎧が赤く染まっていた。


「お、おおぅ?」


 通話ボタンを押しこんだままでため息が漏れたのだろう。

 一方、視線の先のその鎧姿の男は周囲をきょろきょろと見まわし、赤色灯をつけて襲撃犯を追いかける白バイを遠くに見つける。

 そして、軽く首をぐりぐりと回し始めた。

 首でも鳴らしているのだろうか。


『どうした、椿!!』


 その声を聞いた火嶋が尋ねる。

 それに応えるべく通話ボタンを再度押し込んだと同時だった。

 離れた場所の椿にも小さく聞こえるどんっ、というなにかを叩いた音と共に、ぐんぐんと「光速の騎士」が加速していく。

 マラソンの録画映像を2倍速3倍速4倍速とでもしているのかと思うような加速度で、「騎士」があっという間に椿の視界から消えていった。


「が、学院から「騎士」、「光速の騎士」が離脱!!逃走車両を追跡している!!!」




 夜の帳が降りる中、追走劇へと演目は変わる。

 街中での第2ラウンドが始まった。

 ネーミングセンスが無いことは十分わかっている。

 でも今回のはダサいながらにひそかに気に入っている。

 どれのこととは言わないが。

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