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故に、青春とは脱出ゲームである。  作者: ナヤカ
【第四章】その者は一つの答えを語る
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残された言葉

 その部屋は、ごく一般的な部屋だった。ごく普通の、ありふれた部屋。


「姉が亡くなった三年前のままにしてあるの」


 そう言った入宮は、そのまま部屋の片隅にある机へと向かう。そして、なんの躊躇いもなく引き出しを開け、一つの箱を取り出した。


「それが?」

「……そう。姉が私に残したもの」


 その箱はとても奇妙な形をしていた。木製で作られたそれは、鍵がかかっている部分だけ、やけに不釣り合いな鉄の塊がついている。きっと、屋上の鍵で開けられるようにしたからなのだろう。無理矢理感が半端じゃない。


「大きさからして、きっと大したものではないと思うけど」


 入宮は言いながらも、そっと机の上にそれを置く。そして、僕から受け取った屋上の鍵を取り出して、恐る恐る鍵穴へと差し込んだ。


 カチリ。解錠の音がやけに響く。近くで葉加瀬が息を飲む音も聞こえた。得も知れぬ緊張感が漂い、僕の緊張もこのためなのかと錯覚をしてしまう。

 ゆっくりと入宮が箱を開いた。


 そして、彼女はそんな緊張を弛めるかのように、息を吐いた。


「……なんだ」


 落胆にも似た入宮の呟き。そして、彼女が箱から取り出した物。それは、複数枚の写真だった。


「写真?」


 葉加瀬が問いかけ、入宮は頷きながら一枚一枚を確認していく。その作業を終えた入宮が、それを僕と葉加瀬に渡すまで長い時間に感じられた。


「見るぞ?」

「えぇ」


 承諾を得てからそれらを受けとる。写真には、なんとなく入宮の面影を残す女性が笑顔で写っている。その周囲には、友達なのか同じように笑顔で写る人たちがいた。


「たぶん、姉が天文部にいた時の写真ね。写っている人たち、何人かお見舞いに来てたから知ってる」


 疑問を解決するように、入宮が言った。


 その写真には、同じメンバーが常に写っていて、どれも楽しそうだ。何枚かの写真で、制服が夏服から冬服に変わっていることから、どうやら天文部での日々を写した写真らしい。


「お姉ちゃん、なんでこんな物を……」


 入宮が窓の外の暗闇を眺めながら呟く。それは、確かに答えらしきものではなかった。いや、もしかしたら答えなのかもしれないが、この写真から何かを読み取るのはかなり難しい問題であるようにも思えた。


 複数枚の写真を確認し終えてから、それを葉加瀬にも渡してやる。


「本当にこれだけなのか?」


 呆然としている入宮に問うが、彼女は小さく頷くだけ。

 入宮の姉は、彼女に何を伝えたかったのだろうか? この写真たちを見せることで、何を残したかったのだろうか?


 それが分からない。分からないからこそ、入宮は呆然としているのだろう。その姿からは、なんだか目的を失ってしまった悲壮感さえ感じられる。

 当然だろう。入宮はそのために蔵武高校へと進学し、興味もない天文部へと入り、ずっと鍵を手に入れる為に動いていたのだから。


 もしかしたら、入宮の姉のイタズラだったのではないか? そんな不謹慎な考えさえ浮かんでくる。


 そんな時だった。


「……後ろになんか書いてあるよ?」


 葉加瀬が写真の裏を見ながら呟いた。それに入宮と僕がいち早く反応する。

 近づいて確認すると、写真の裏には確かにマジックで文字が書いてあった。


――四月二十日。天文部結成!


 そこには、日付とささやかなコメント。その写真の表を見れば、屋上でピースをする入宮の姉と数人の生徒たち。


 写真の記録を書いてあるのだとすぐに分かった。他の写真も、同じように全て日付とコメントが書いてある。


――七月二十五日。夏休み突入。活動本格的に開始!


――八月二日。夏祭り。星は見ずに終了。


――八月十日。合宿!


 どれも、天文部の軌跡を追ったものだった。それを見ていくと、中には部活動とは全く関係のないものまである。


 入宮の吐いた息が、再び落胆の色を濃くさせる。


「なんか、どれも楽しそうだね」


 葉加瀬が言った言葉だけが、その色を薄めさせた。


「……そうね。確かにお姉ちゃんは、いつも楽しそうだったわ。それは、病気になった後もずっと変わらなかった」


 入宮は感慨深そうに答える。入宮の姉はそんな彼女に言ったのだ。


――悔いのないように生きなさい、と。


 それを考えると、やはり入宮の姉は自分の死期を感じていたのだろう。そして、だからこそ入宮に一つの問いを残した。


 悔いのないように生きるには? その問題の答えが、この写真たち。おそらく、入宮の姉は本当に楽しかったのだろう。それは、この写真たちが如実に物語っている。『楽しかったから悔いがない』そこから読み取るのは、それが精一杯だ。


 だが、それはあまりにも普通で、抽象的過ぎた。


 現実はそんなものなのかもしれない。数学だってそうだ。分からない問題を解こうとした時、悪戦苦闘して答えを出しても、それは間違いで、本当の答えは拍子抜けするほど簡単だったりする。


 そんな時、自分の馬鹿さ加減に呆れてしまうのだ。なんで、そんなことに気づかなかったのかと。


 そんなものなのだ。現実など。


「あれ? これだけ少し違うよ?」


 そう、結論づけようとした時だった。再び、葉加瀬がそんな事を言った。


 落胆しないよう、期待など持たぬよう、努めて冷静にそれを見やる。入宮もそうなのか、すぐに確認することはなかった。


 だが。


「……入宮。姉ちゃんが残した答え、これじゃないか?」


 それを目にした瞬間、僕はそう言っていた。その写真は、最後の写真だろう。彼らの写っている背景には『卒業式』という衝立(ついたて)がある。

 そして裏には日付がなく、細いマジックで、長々と文章が綴ってあった。


「見せて」


 入宮が弾かれたように顔を寄せてくる。そこには、こう書かれてあった。



――A。『達成感』より『充実感』。その為に必要なもの、それは『仲間』である。



『A』それは『answer』。つまりは『答え』。


 ……それは、紛れもない入宮の姉が残した答えだった。


「達成感より充実感……」


 入宮は、まるで脳に焼き付けるかのように復唱した。


 悔いがないように生きるには。それこそが入宮の姉が残した答え。


 だが、この答えには一つ引っかかる点がある。『達成感よりも』という所だ。普通なら『充実感』だけを書けば良いのではないだろうか?


「なんで、達成感なんて余計なものを書いたんだろうな」


 その疑問をそのまま口にする。それに、入宮は静かに考察してみせた。


「たぶん、勘違いさせない為だと思う。お姉ちゃんは、そういう人だったもの。勉強を教えてもらっていた時もそうだったわ。いつも、勘違いしそうな答えを先に上げて、そこに嵌まってしまわないようにしてくれていた」

「つまり、勘違いしそうな答えが『達成感』ということか?」

「たぶん……ね」


 自信のない声だった。


「……私なんとなく分かるかも」


 葉加瀬が、慎重に言葉を重ねる。


「何百年も昔からある喜劇ってね、実はハッピーエンドよりも、バッドエンドの方が多いの。日本の昔話だって、子供が読んでも良いように書き換えてあるけど、原作を読むと実は悲惨な結末って多いんだよね。……でも、それらは長い年月が経っても皆の心に残るものとして語り継がれてる」


 気がつけば、僕も入宮も葉加瀬の言葉に聞き入っていた。


「それってさ、やっぱりその物語が人の心を打ってるからだと思うんだ。たとえ結末が報われないものだったとしても、人を魅了するのは、その過程が美しいものだから」

「だが、最終的には報われないんだろ? だったらそういうのって、教訓の意味合いが強いんじゃないか? 反面教師……っていうのは正しい表現か分からないが、教育の物としての物語じゃないのか?」

「……それは」


 葉加瀬の言葉に、僕は反論を返してしまう。それに葉加瀬は返す言葉なく黙ってしまった。だが、間違っているとは思わない。だってそうだろ? なんだって結果が全てだ。報われなければ……幸せになれなければ、その過程がどんなに良いものだとしても――。


 そこまで考えてから、僕はハッとした。


「だから、達成感と書いたのね……」


 同じタイミングで、入宮が呟く。


「そうか……案の定、僕は嵌まっていたんだな」


 諦めてそう返すと、黙っていた葉加瀬が「どういうこと?」と、執拗に聞いてきた。


 それに答えたのは入宮。


「今、烏丸くんが言ったのは、まんまと『達成感』のことなのよ。人が頑張るのは、やっぱり結末を良いものとしたいから。テストだってそうでしょ? 皆が勉強するのは何のため?」

「……百点を取るため?」

「そう。そして、百点を取った時、誰もが嬉しく思うはず。自分の頑張りが数字として認められたんだもの。当たり前よね。でも、この言葉はそれを否定してるの」

「ごめん……やっぱり、どういうこと?」


 葉加瀬は気まずそうに返した。それに入宮は笑みを浮かべる。


「百点を取れたら嬉しく思う。きっと、それが『達成感』だと思うの。でもそうじゃなくて、百点を取るために頑張った『充実感』こそ大切だとこの言葉は言ってるのよ」

「あぁ、なるほど」


 そこでようやく、葉加瀬は納得とばかりに笑顔になる。


「そして、それに必要なのは『仲間』だとも書いてあるわ。つまり、百点を取ったことよりも、その為に仲間と勉強したことこそが大事だと言ってるの」


 その例えは分かりやすく、すんなりと頭に入ってきた。なんだよ、こいつ教えるの天才か。


「へぇ……難しいけど、なんか凄いね」


 葉加瀬は感心したようにうんうんと頷く。……さっきから思ったが、こいつ「なんか」がなんか多くね? なんか言葉が軽くなるから、あまりなんかを多用しないで欲しい。


「葉加瀬さんは百点取ったことある?」

「……いや、九十九点なら」

「烏丸くんは……ごめんなさい。野暮な事を聞いたわ」

「おい、僕はあるぞ! 勝手に決めつけるな!」

「……ホントに? 嘘でしょ?」

「そこで驚くなよ……」


 こいつ、ホントに僕に対しては悪意しかないのな。


「だったら分かるはず。一度でも百点を取ったことがあれば、その嬉しさを」

「まぁ、確かにそれは『達成感』だよな」

「そう。そして、もう一度それを味わいたいから、頑張ったりするの。違う?」

「……その通りだ」

「だから、勘違いするのよ。大切なのは『達成感』だって。その時に得た喜びは、本当に得難いものだから」

「僕は大切だと思うけがな? それを味わうから、次も頑張れるんだ」

「まぁ、烏丸くんはそういう考えよね。優越感とか好きそうだもの。……卑屈よね」

「言葉に毒を仕込むのは止めろ。……だが、否定できないのは悔しいな」

「……えぇ、烏丸くん優越感を得るために頑張ってるの? なんか性格悪くない?」


 葉加瀬……お前もか。


「なんだよ……別に良いだろ。というか、人ってそういうものじゃないのか? 人よりも上にいたいって気持ちが、成長を促すんだろ?」

「……さすがに純粋に言われると引くわね」

「その、気持ち悪いものを見るような目は止めてくれ……マジで傷つくから」


 そんな入宮は、息を吐いて仕切り直す。


「まぁ、考えは人それぞれだけど、お姉ちゃんは違ったようね」

「ちなみにさ、お姉ちゃんって優秀だったの?」


 葉加瀬が聞いた言葉に、僕はドキリとした。


 何故なら、「テスト勉強の方が大事だよねぇ」とかいう奴に限って成績は悪いからだ。もしも入宮の姉がその類いなら、彼女の立てた持論は崩れ去ることになる。主に僕の中に於いて。

 だが、それを聞くことも不謹慎な気がして口には出さなかったのだ。……恐るべし葉加瀬瑠璃。


 だが、入宮は平然とそれに答えた。


「一応、お姉ちゃんは高校生活に於いては首席だったわ」

「首席……」


 思わず呟いた言葉と共に、懸念していた考えが僕の中で崩れ去る。


「そのまま国立大学に入ったけれど、在学中に病気が見つかったの。それまでの成績も、常にトップだったわ」


 なんだよそれ、圧倒的強者じゃないか。


「へぇ……まっ、まぁ、入宮さんも頭良いしね」


 葉加瀬が、なんとかその事実を飲み込もうとしているが、現実味を帯びていないのが声音でまるわかりだ。


「将来も期待されてた。だからなのよ。私がお姉ちゃんに疑問を持っていたのは」


 成績優秀で、将来も期待されていた存在。それは入宮の姉とて自覚していただろう。にも関わらず、彼女は自分の死期を悟りながらも笑っていた。


 それはもはや狂気にすら思えてしまう。僕なら、血を吐くほどに悔しがるだろう。


「凄いな……お前の姉ちゃん」

「烏丸くんの口から褒め言葉が出るなんて珍しいわね」

「凄いことには、ちゃんと評価するぞ」


 まったく、入宮は僕をなんだと思っているんだ。


「まぁ、とりあえず答えは分かったわ。見つけてくれてありがとう葉加瀬さん」

「えっ? 私っ? いやぁ、それほどでも」

「それから……烏丸くんも」

「珍しいな。お前が僕にお礼を言うなんて」

「さっきの言葉を、そのまま返すわ」

「……はいよ」

「もう遅いし、二人とも帰って大丈夫よ。……あぁ、下に仏壇があるから、お線香だけあげてくれる?」


 そう付け足した入宮に、僕も葉加瀬も頷いた。なんだか入宮の顔からは、先程感じた陰りは消えていた。どうやら、納得はできたらしい。


 それから、階段を下りて居間にある仏壇に線香をあげる。そこには、入宮の姉の写真が立ててあった。


 手を合わせる時、葉加瀬が言っていた言葉を思い出す。手を合わせるのは、彼らに動作で心を伝えるため。私は、あなたを忘れていません、と。


 そう思いながら手を合わせる。すると、不意に誰かが何かを言った。葉加瀬が言ったのかと思い、彼女を見やるが、葉加瀬は目を瞑って手を合わせたまま。何かを言って雰囲気などどこにもない。

 

 空耳か。そう考えた途端、何故だか、一気に疲労感に襲われる。


 それを境に、それまで聞こえていた自分の鼓動の音が遠くなっていった。ずっと、緊張していたのだろう。それが今になって解けたのだ。


 それは、不思議な感覚。まるで、意図して誰か(・・)に緊張させられていたかのような……。


 ……まさかな。


 何となく頭に過った考えを振り払った。僕は、迷信やオカルトなど一切信じてはいないからだ。


 それから、入宮に見送られて玄関まで歩く。最後に彼女が見せた表情は、なんだか晴れやかなものだった。


「お邪魔しました」


 そう言って頭を下げる葉加瀬に、入宮は微笑む。


「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう」

「そういえば、天文部はどうするんだ? もう、目的は果たしたわけだろ?」


 その問いかけに、入宮は少し考える素振りを見せる。


「そうね……。まぁ、また考えるわ。烏丸くんは?」

「……僕も考えるよ」


 僕が入部させられた目的も達してしまったのだから、正直天文部に所属し続ける意味もなくなってしまった。だが、入宮と同じように、これからどうするのかなんて、まだ考えつかなかった。


「そう……それじゃあ、気をつけて帰ってね」

「うん。また」

「あぁ、またな」


 それに、入宮は優しげな笑みで返した。


「またね」


 あっという間の時間だったが、どうやら長居をしていたらしい。時刻は、午後六時を過ぎていた。帰りつく頃には七時近いだろう。


「門限ギリギリだなぁ……」


 門を出たところで、苦笑いしながら言った葉加瀬。


「門限あったのか。言えば良かったのに」


 だが、葉加瀬はううんと首を振った。


「帰らなくて良かった。だって、なんか楽しかったし」

「楽しかったって……」


 どこをどう取れば、楽しかったのだろうか。そんな視線を向けると、葉加瀬はあわわと慌てたように否定し始める。


「そういうことじゃなくてね? なんか、やっぱり誰かと時間を共有するのって素敵だなって思って」


 また、なんかって言ったな。


「きっと入宮さんのお姉さんも、そんな気持ちだったんじゃないかな? ……だって、今の私すごく充実してる感じだもん。明日から頑張るぞって感じ」


 葉加瀬は清々しそうに伸びをした。


「……って、なんか偉そう、かな?」


 その後に不安になったのか、弱々しげに僕を窺ってくる。僕は少し考えた後、首を振ってやった。


「いや、たぶんそれで良いんだろ」


 否定しなかったのは、なんとなく僕もそうだったからだ。そして、それこそが全て。


 入宮の姉が伝えたかったことは、きっとそうなのだろう。だからこそ、入宮に敢えて『仲間』が出来るような問題を残したのだ。つまり、天文部に入部させるということ。

 彼女は、安易に問題を残したわけじゃない。問題を通して、答えにたどり着くようにわざと仕向けたのだ。……考え過ぎだろうか? だが、そう思うと入宮の姉がどれだけ入宮のことを思い、見越していたのかが分かる。きっと、それは入宮にも伝わっただろう。なにせ、全くの赤の他人であるはずの僕がそう思うのだから。


 そして、とある結論に達した。


 僕は入宮に負けたわけじゃなかったのだ。入宮の姉に負けたのだと。


 まぁ、首席じゃ仕方ないよな……。


 負けるとやはり悔しい。だから、僕は負けることを恐れる。だが、その敗北だけには何故だか納得することができた。


 気持ちよく、負けを認めることができたのだ。


 



 




作者の成長の為、忌憚のない意見をもらえると有難いです。


次回の更新は……まぁ、一週間は見てますが実際は早まるかと。


ちなみに次が【最終章】になります。


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