69話
【ジャディの部屋】
寄宿舎の屋上では、倉庫を改造した部屋の上に渡した止まり木につかまって、ジャディが遠方を見ている。そのジャディが、羽毛で覆われた凶悪な形相の顔を「クイッ」とかしげた。完全に猛禽の仕草になっている。
止まり木の下で機器類を捜査しているドワーフのマライタ先生と、パイプをふかしているセマンのティンギ先生の脳天を睨みつけた。
「おう、先生よお。本当に森の妖精やら精霊やらが押し寄せんのかよ。森は地平線まで至って平和だぞ」
背中の大きな翼をバサバサさせて不満をこぼすジャディである。
確かに、寄宿舎屋上から望む広大な亜熱帯の森は、その上空も含めて平和そのものだ。小鳥の群れが500羽単位で、森の中と上空を行き来して飛び回っている。
顔が猿や猫に似ている原獣人族の姿も、いつも通りに森の中にいる。今は昆虫や木の実の採集やら貯蔵をしているようだ。身長は獣人族よりも低く1メートルもないが、姿は人型で、手足は人間のものとほぼ同じである。ただ、立派な尻尾が生えていて、それらを器用に使って森の木々の中を駆け回っている。
機器類からの情報をリアルタイムで総合解析しているマライタ先生が、赤いクシャクシャ髪を無造作にかいた。同時に赤いゲジゲジ眉を上下にヒョコヒョコ動かしている。連動して、顔を覆う赤い縮れヒゲがタワシのように動いた。
「敵の位置は、ようやく100キロ圏内に差し掛かった段階だぞ。これから、劇的に変わってくるさ。ジャディ君も部屋の貴重品をまとめて、いつでも〔テレポート〕で避難できるようにしておくことだな」
いつもならば、即座に反論して攻撃してくるジャディなのだが……さすがに「ぐぬぬ」と唸ったままで黙っている。
森の妖精の攻撃力や魔力は彼も何度か体験しているので、認めざるをえないのだろう。
マライタ先生が一通りの作業を終えて、ティンギ先生に処理済みデータを渡した。測位情報を元にして、占道術による敵群の行動〔予測〕の作業をティンギ先生が始める。
おかげで暇になったのか、マライタ先生がジャディに顔を向けた。
「それじゃあ、ジャディ君にも敵の御尊顔を共有してもらうとするかな。接近してきたから、測位誤差が1ミリ未満になって、かなり解像度が高い画像になってきたんだよ」
同時に、ジャディの止まり木のそばに〔空中ディスプレー〕画面が出現した。情報共有網が構築されているので、この画像は運動場の生徒や先生たち、それに軍と警察にも流れている。なので、運動場からどよめきが上がった。
ジャディの凶悪な顔が更に悪人面になる。琥珀色の瞳をギラリと輝かせて、不敵な笑みを浮かべてもいる。
その映像には、完全に発狂状態の森の妖精群の姿が正面から映し出されていた。それぞれの大きさは10トントラックほどの大きさで、何か雄叫びを上げながら地面を爆走している。
画面上で確認できる数は400という所だろうか。姿は巨大な甲虫やクモ、ムカデにヘビ、さらにはネズミやトカゲ型と様々だが、共通しているのは爛々と緑色に輝く両目だ。パリーの松葉色の瞳の色に似ている。
森の木々は保護されているようで、傷一つ付けられていない。そのため、まるで幽霊のような印象で爆走して、駆け抜けていく妖精群だ。木々を見事にすり抜けていく様子が、克明に映像で確認できた。
魔力量もそれぞれの妖精に対して測定されて数字で表示されているが、これはあくまでも参考程度でしかない。それでも、その測定値の冗談のような高さにジャディも目を丸くしている。運動場の連中の間からも、驚きの声が上がってきていた。
そんなジャディだが、余裕の態度を変えていない。「フン」と鼻であしらって、背中の鳶色の翼を少し広げただけだ。
「パリーと同じくらいだっていうからな。まあ、こんなもんだろ」
ジャディが視線を運動場に向けると、先生や生徒たち、それに軍や警察の部隊までが勢ぞろいして、魔法攻撃のための陣形を組んでいるのが見えた。総数は450名余りというところか。
半数以上の生徒たちと軍警察の部隊員の手には、携帯型のロケット砲があり、腰ベルトにはキラキラ光る〔結界ビン〕が、ズラリと鈴なりになって吊るされている。それらが冬の日差しを反射しているので、ジャディの目にも少々まぶしいくらいだ。
マライタ先生の横でジャディと一緒に運動場を見下ろしているセマンのティンギ先生も、感心した様子でパイプから紫煙を吐き出している。さすがに屋上は風が強いので、パイプの煙もあっという間に風に流されていく。
「よくもまあ、これだけの武器を用意したものだねえ。生徒たちの手作りっていうじゃないか」
ティンギ先生の感想に、マライタ先生も赤いクシャクシャヒゲを風に揺らしながら同意する。
「土製のゴーレムを大量生産して、そいつらに24時間体制で作らせたようだからな。手作業じゃあ、とてもここまでの数は揃えられないさ。さて。敵の勢力は、妖精が2千、精霊が2万というところだ。つくづく、パリー先生が〔テレポート〕禁止にしてくれたことに感謝だな。これだけの敵がいきなり学校に〔テレポート〕してきたら、お手上げだったよ。うむ、先頭が100キロ警戒線を越えた。始まるぞ」
運動場では、エルフ先生が指揮官となっていた。手元の〔空中ディスプレー〕画面に表示された『警戒線突破』の報を見て、ライフル杖を号令と共に振り下ろす。
「担当する敵ブロックに対し、攻撃します。撃て!」
【攻撃開始】
真っ先に気勢を上げて榴弾を撃ち放ったのは、やはりリーパット党の50名の生徒たちだった。ソーサラー魔術専門クラスと共有している〔テレポート〕魔法陣が、彼らの陣形のすぐ前に発生し、撃ち放たれた榴弾を全て〔テレポート〕させていく。魔法陣型なので、これはウィザード魔法による〔テレポート〕だ。
リーパットが綺麗に洗濯された紺色のブレザー制服の胸を張って、威勢の良い声を上げた。
「貴様らあ! どんどん撃ち込めえっ。妖精どもを殲滅するのだあっ」
気勢を上げたリーパット党員が〔結界ビン〕型の榴弾を次々に再充填して、〔テレポート〕魔法陣に向けて撃ち続けている。それを寄宿舎の屋上から見下ろすマライタ先生が、ガハハ笑いをした。
「おうおう、元気が良いのは良いことだ。榴弾は全て敵へ〔ロックオン〕済みだ。目隠ししていても、引き金を引けば当たるぞ」
横でティンギ先生も愉快そうにパイプをふかしている。彼もマライタ先生に続いて仕事を終えて、暇になったようだ。
「〔運〕もちょっと付与したからね。急所に当たる確率も結構高いはずだよ」
続いて攻撃を始めたのは、軍と警察の部隊だった。
ほとんど訓練をしていない手作り武器を使った、いわば『ぶっつけ本番』状態で臨んでいるのだが、さすがに飲み込みが早い。両部隊も警備隊隊長と駐留警察署長の指揮で一糸乱れない統制を見せて、榴弾を間断なく眼前の〔テレポート〕魔法陣へ撃ち込んでいる。
次いで、各先生の専門クラスの生徒たちが攻撃を開始した。彼らは魔法適性が高いので、自身の魔力がある間は榴弾に頼らずに、それぞれが専門としている魔法による攻撃となる。
エルフ先生とノーム先生の精霊魔法専門クラスは、連携して光と炎の精霊魔法をメインに、大地の精霊魔法による〔石化〕攻撃を織り交ぜている。生徒側の指揮官はムンキンだ。ムンキン党の面々が揃っているので、攻撃命令の伝達速度が他のクラスに比べても格段に早い。
魔力だけでいえばミンタが一番なのだが、組織攻撃の指揮という面では、ムンキン党には及ばない。クラス生徒を4班に分け、30秒ごとに交代させてスムーズな補給を受けさせている。
「第2班、攻撃開始5秒前、4、3、2……撃て! 第1班は最後列へ撤退、補給を開始。第3班は敵標的の座標を再チェック、誤差修正開始」
てきぱきと矢継ぎ早にムンキンが指示を出して、それを仲間のムンキン党員が、両専攻クラスの生徒たち全員に徹底していく。
ノーム先生の精霊魔法専門クラスのビジ・ニクマティ級長も、今回はムンキンの副指揮官を務めていた。ノーム先生側の生徒30名ほどを担当して、さらに情報網の窓口役も兼ねているので大変だ。ムンキンと2人の先生に、的確に戦況情報を提供し続けている。
「ムンキン、榴弾は限りがあるからな。一方の敵群は膨大な数だ。効率的に撃退していくぞっ」
ムンキンが不敵な笑みを満面に浮かべて、ニクマティ級長に応えた。
「おう。打撃戦力の配分は任せたぜ」
さすがに感心しているミンタと彼女の友人たちだ。
「さすがねえ。武闘派だけあるわね」
ミンタの友人の中には、しれっとコントーニャが混じっていて、ミンタの感想に楽しそうな笑顔で答えた。
「ムンキン党のバンナ君がー、力場術専門クラスの指揮をしないといけないからねー。バンナ君の代わりにニクマティ級長なら、まあ大丈夫でしょー」
バンナと聞いて、(あ。バングナン級長の事か)と思い出すミンタであった。「それよりも……」とヘラヘラ笑っているコントーニャにジト目を向ける。
「コンニー。アンタここにいて良いの? リーパット党員って、落ちこぼればかりじゃないの。アンタが行って魔力支援とかした方が、連中も助かるんじゃないの?」
コントーニャが余裕のドヤ顔で微笑んだ。狐の尻尾が実に優雅に振れる。他のミンタの友人から、冷たい排斥圧力を帯びた視線を浴び続けているのだが、全く気にしていない。
「恩はねー、売り時ってものがあるのよー。売り過ぎると、安売りになってー、損するものよん」
ミンタも、それ以上の追及はしない事にしたようだ。鼻先のヒゲをヒョコヒョコ動かして告げた。
「分かった分かった。じゃあ、売り時になるまで、私の手伝いをしなさい、コンニー」
コントーニャが素敵な笑顔で答えた。
「そりゃもうー、喜んでー」
ソーサラー魔術の専門クラスも、バワンメラ先生の指揮の下で一斉攻撃を開始した。こちらは多様性に富んだ魔法攻撃になっている。通常の〔光線〕や〔火炎放射〕の他に、〔石化〕や〔液化〕、〔気化〕を強制させる〔マジックミサイル〕、〔封印〕魔術、精霊化に似ている属性の〔強制転換〕魔術などを撃ち込んでいる。
さらには、〔防御障壁〕の術式〔解読〕と〔解除〕、行軍速度の〔低下〕、各種魔法耐性の〔低下〕といった攻撃支援魔術も併せて撃ち込んでいる。
しかし、武闘派の急先鋒だったラグがいないので、かつてのような爆発的な猛攻撃には至っていないが。
それでもさすがはソーサラー魔術だけあって、破壊力は大したものだ。〔空中ディスプレー〕画面上で、数体の甲虫型の森の妖精が、脚を〔石化〕、〔液化〕されて失い、そのまま勢い余って地面にスライディングして転がっていくのが見えた。
〔防御障壁〕も次々に破られて、〔マジックミサイル〕が命中し、体組織が爆発で粉砕されている。
「どうだ! ソーサラー魔術を甘く見ると痛い目に遭うぞっ。さあ、撃て撃て撃ちまくれえっ」
バワンメラ先生が相変わらずのヒッピースタイルで、専門クラスの生徒たちを激励している。気勢を上げて、より一層の集中攻撃を開始する生徒たちだ。敵はまだ100キロも彼方なのだが、威力は充分である。
それに刺激されたのか、ウィザード魔法力場術のタンカップ先生率いる専門クラスも活気づいた。アメフト選手のような筋骨隆々のタンカップ先生が仁王立ちになって、杖を〔テレポート〕魔法陣にビシッと向けて叫ぶ。
「ソーサラーどもに後れを取るなっ。攻撃魔法特化の力場術の威力を見せつけてやれ!」
ここでも級長のバングナン・テパを筆頭にして、生徒たちの間から気勢が上がり、〔光線〕魔法の密度が急上昇した。バングナン級長が褐色の瞳を燃やし、鼻先のヒゲと両耳をピンと立たせて簡易杖を高く掲げる。彼はムンキン党員なのだが、今は級長の仕事を最優先にしているようだ。
「〔光線〕魔法、いくぞお!」
〔テレポート〕魔法陣の直径は10メートルほどもあるのだが、それ一杯に光の洪水が流れ込んでいく。ほとんど直径10メートルの〔光線〕魔法だ。
光の色は、生物に有害な青色光から紫外線領域にかけての波長の光なので、肉眼で直視すると網膜などの目の組織を焼かれてしまう。サングラスや防御魔法〔防御障壁〕が必須だ。
画面では、さすがに〔光線〕魔法というべきか、次々に妖精の体が溶けて溶岩状になって爆散しているのが確認できる。しかし次の瞬間には完全に〔再生〕を果たして爆走を開始しているが。やはり森の妖精が有する魔力量は、桁違いの大きさである。
しかし、「そんなことは最初から分かっている」とばかりに、タンカップ先生が両肩の筋肉を一回りも膨張させて激励する。
「敵の魔力は無限じゃない! 撃ち続ければ必ず使い果たすっ。撃て撃てえーっ」
バングナン級長も、戦意旺盛のままだ。30名ほどの専門クラス生徒の指揮を見事にこなしている。確かにコントーニャが評する通り、ただの武闘派ではなさそうだ。
「タンカップ先生の期待に応える時は今だぞ! 攻撃当番班は、撃って撃って撃ちまくれえっ。休憩班はしっかりと魔力回復に専念しろ。きっかり5分ごとに交代してくぞ」
一方で、意外にも攻撃を行っているのは法術専門クラスであった。ラヤンも加わって竜族のバタル・スンティカン級長が30名ほどの生徒たちを取りまとめている。その中で、マルマー先生が華美な法衣をひるがえして、〔テレポート〕魔法陣に向けて大きな杖を向けていた。
「法術でも攻撃できるということを見せつけてやりなさい! 細胞代謝の〔暴走〕法術、および全身〔ガン化〕法術、免疫の〔暴走〕法術、プログラム細胞死の誘導遺伝子の〔強制発動〕法術、活性酸素の大量〔放出〕法術を撃ち込み開始!」
かなり物騒な名称の法術式が一斉に放たれた。妖精自体は精霊と同じく実態を持たない思念体だが、依代として憑依している生物は、生きた細胞を持つ。〔防御障壁〕が無効化されていれば、対生物の攻撃魔法が有効になるのだ。
そして、これらは実際かなり有効だった。バタバタと妖精が倒れて、悶絶してのたうち回っている姿が見える。法術は治療専門という先入観があるのは、妖精も同じだったようだ。〔防御障壁〕や耐性が対応していなかった。
ラヤンがスンティカン級長と共に、少し微妙な表情混じりになって視線を交わしている。
「邪道な法術ですけどね、級長。でもまあ、こんな機会でもないと、一生使うことはない法術ですけど!」
とか言っているラヤンは、今までに結構な回数使っているはずなのだが。(ヒドラ退治でも積極的に使用していたよな……)と記録を思い返すスンティカン級長であった。
彼は竜族なのだが、ムンキンやラグ、ラヤンと比べると、比較的冷静な性格の持ち主だ。それでも熱血漢な面はあって、鉄紺色の瞳を輝かせて、頭と尻尾の渋い柿色のウロコを膨らませている。
幻導術と招造術の専門クラスは、彼らのような派手な攻撃魔法を得意とはしていない。占道術や魔法工学の専門クラスの生徒と共に、死霊術を封じた〔結界ビン〕製の榴弾を、整然と撃ち込んでいる。
雄叫びを上げて嬉々として攻撃魔法を撃ち込んでいる他クラスの生徒と先生たちを、冷ややかな目で見ているのは、幻導術のプレシデ先生と招造術のナジス先生だ。
プレシデ先生が煉瓦色でかなり癖のある髪を肩下あたりで揺らし、彼の専門クラスの生徒たちに告げた。
「幻術は、もう少し距離が近くなってから使用します。今は、敵の方向感覚を適当に狂わせるだけに留めておくように。隣で舞い上がっているバカどもは放置しておきなさい」
切れ長の黒い深緑の目を心持ち吊り上げていて、かなりうんざりしている表情だ。格闘戦は最初から想定していないようで、いつもの革靴にスーツの教師らしい姿である。
生徒側は、元バントゥ党のプサット・ウースス級長が指揮を執っていた。彼も竜族なのだが、ストレスに弱くていつも胃を痛めている。今回も、猫背になって右手で腹を押さえながら、橙色の少し荒いウロコを逆立てていた。しかし戦意は高いようで、露草色の瞳には強い光が宿っている。
「プレシデ先生の指示に従うぞ。むやみに攻撃しても、魔力の無駄遣いだ」
ナジス先生もいつもの白衣に似た薄手のジャケットに両手を突っ込んで、垂れ気味な紺色の目を細めてヘラヘラ笑いを浮かべている。完全にタンカップ先生やバワンメラ先生、それにエルフ先生とノーム先生を小バカにした顔だ。
彼の褐色で焦げ土色の髪が森からのそよ風を受けて、肩上あたりでヘロヘロと揺れている。いつも通りに鼻をすすり上げながら、専門クラスの生徒をまとめるレタック・クレタ級長に語りかけた。
「ああいう直情的な攻撃は、愚の骨頂ですからね。よーく見ておきなさい。ずず」
「まだしばらくの間は待機していましょう。ずず」
「担当区域の妖精の行動〔ログ〕を、継続して記録しておきなさい、クレタ級長。ずず」
クレタ級長が渋柿色の少し荒いウロコで覆われた尻尾を、地面に《バンバン》叩きつけて応える。
「了解しました、ナジス先生! 記録班を前に移動。攻撃班は遅延術式と、遠隔魔法の弾数を再確認」
彼もまた元バントゥ党員だったのだが、今はもうその雰囲気はない。
生徒たちの手には、ガラス製の〔結界ビン〕榴弾を撃ち出す携帯砲があるのだが、別の形状のガラス製〔結界ビン〕榴弾も大量に準備されていた。ゴーレムを封じた榴弾だ。今は、測位や観測用のゴーレムを定期的に放って、マライタ先生やティンギ先生の手助けをしている程度である。
マライタ先生の魔法工学専門クラスの生徒たちは、割り当てられた死霊術の榴弾攻撃を土製のゴーレムに全て任せて、早くも撤退準備を始めていた。ゴーレムはナジス先生の攻撃部隊に加わっているので、現状では敵妖精や精霊群へ榴弾砲撃をしているのは、この出向してきたゴーレム部隊だけだ。
魔法工学クラスの生徒は半数ほどが次々に〔テレポート〕していって、避難先の将校避暑施設の保安警備システムの調整作業に加わっていく。残った生徒たちも運動場に散らばり、思い思いの場所に座って、無言でシステムの保守作業や、予想される魔法回路の負荷に対する調整作業をしている。マライタ先生も寄宿舎の屋上に居座ったままで、特に生徒たちへ命令や指示を出していない。
先生に代わって、元バントゥ党員のマスック・ベルディリ級長が魔法工学『以外』の生徒たちに行動指示を出している。
「機器類の調整は、私たちに任せて下さい。不用意に触ったりしないように。感電の危険がありますよ。〔防御障壁〕が認識しない部類の電流と電圧ですからね」
ベルディリ級長に注意を受けた一般生徒が、小さく悲鳴を上げた。そのまま慌てた様子で、学校の保安警備システムの機械や配線から手を引いて逃げていく。小さくため息をつく級長だ。
「本当に、占道術の専門クラス生徒は……ティンギ先生とスロコック級長に文句を言わないといけないな」
その占道術の専門クラスの生徒たちは、色めき立ってきている。同じくナジス先生部隊の〔テレポート〕魔法陣に向けて榴弾を撃ち込みながら、「妖精よ早く襲ってこい」とか何とか物騒な事を言って浮かれている。
さすがのジャディもジト目になって、担当のティンギ先生に文句を言うが……ケロッとした表情で受け流されてしまった。
「大丈夫だよ。私と違って、まだ崖っぷちを楽しめるほどの魔力はない。10キロ圏内まで妖精が攻め込んで来たら、さっさと避難させるよ」
文句を言ったジャディも、これ以上は強く言えない様子である。彼の支族がすっかりエルフ先生に興味をなくしていて、この状況に至っても森の上空を好き勝手に飛び回って遊んでいるせいだ。妖精の脅威は知っているので、彼らなりの警戒線である20キロが突破されるまでは、そのまま遊び回っているつもりなのだろう。
もちろん、その後は学校や帝国に協力せずに、安全な場所まで飛んで逃げてしまうだけだ。それは他の獣人族や原獣人族も同様である。
そのジャディに、ペルとレブンから〔念話〕が届いた。
(ジャディ君。そろそろシャドウを放つ準備を頼むよ。ちょうど今、マライタ先生とプレシデ先生のおかげで、100キロ向こうでも僕たちのシャドウが使えるようになったよ)
レブンの落ち着いた声がジャディに届く。ジャディの琥珀色の目がギラリと輝く。
(おう。分かったぜ)
そして足元の屋上で、ティンギ先生と一緒にのんびりとパイプをふかしているマライタ先生の、赤いクシャクシャ髪の頭に礼を述べた。
「通信回線ができたってな。ありがとよ、マライタ先生」
「ふいー……」と紫煙を吐き出して強風に流しながらマライタ先生が顔を上げて、ジャディに白い歯を見せる。
「いいってことよ。だが10キロ圏内に妖精が侵入してきたら、さっさと避難するんだぞ。ワシらも撤退するから、混乱に巻き込まれないようにな」
ジャディがニヤリと凶悪な笑みを満面に浮かべて、両翼と尾翼を大きく広げた。
「おう」
ジャディが〔結界ビン〕を開けて、中から真っ黒いカラス型のシャドウを1羽放った。さすがにステルス性能が高いシャドウだけあって、非常に見えにくい。例えるなら、雲間から差し込む太陽の光と光の間の、影の部分とでも表現できるだろうか。
ジャディがさらにステルス性能を引き上げて、一番近くの〔テレポート〕魔法陣に向けて突撃ダイブさせた。実体がないシャドウなので、音速を超える飛行速度になっても衝撃波や爆音、羽の音すらもしない。
〔テレポート〕先は、2千に達する妖精群と2万にもなる各種精霊群が爆走している最前線だった。
ここは深い森の中で、ジャディの胴体の数倍は楽にある大木が無数に林立している。その木々には全く傷をつけずに、妖精と精霊群がすり抜けて駆け抜けていく。
味方の魔法攻撃は現場で見ると、いきなり何もない空中から突然、〔光線〕や〔火炎放射〕、榴弾の雨が出現して、妖精や精霊に正確に命中しているのだと分かる。それなりに依代の生物には被害が出ているのだが、森の妖精の魔力のせいで瞬時に〔回復〕していた。
カラス型のシャドウで森の中を音速で飛行し、状況を確認していくジャディ。寄宿舎屋上の止まり木の上で少々呆れている。
「さすがに魔力量はとんでもねえな。ほとんど減ってねえじゃねえか。せっかく敵の〔防御障壁〕や魔法耐性を〔無効化〕したりさせても、これじゃあな」
味方が放った〔火炎放射〕が森の木々を焼いても、すぐに後から駆けこんできた妖精が火を消して、燃え上がった木を完全に〔復元〕している。そんなことをする余裕すらあるようだ。おかげで、現地の森に棲む妖精や精霊が、学校側の敵に回るという最悪の事態は回避できている。
そんなちょっとした皮肉にも思える現象に、微妙な顔をするジャディだ。
「しかし、まあ……効果は上がってる、と見て良いのか」
シャドウを飛ばしながら、妖精の様子を観察するジャディ。
妖精から感じられる『怒りの精神の精霊場』は、着実に雪だるま式で膨れ上がっているようだ。緑色の炎のように燃え上がる目をした妖精ばかりになっている。このまま攻撃を継続すれば、間もなく怒りの成分だけが妖精から分離してくるはずだ。
そのことをジャディが、ペルとレブンにも〔念話〕で伝える。彼らも全く同じ予測をしていた。
(うん。僕が担当している区域の妖精も、かなり怒りが膨らんでいるよ)
レブンの返答にペルも同意する。
(私の担当区域も同じだよ。そろそろ、幻導術のプレシデ先生に伝えてもいいかも)
ジャディが了解して、足元でパイプを仲良くふかしているマライタ先生とティンギ先生に告げた。
「おい。プレシデ先生の出番が近づいてるぞ。知らせてやってくれ」
マライタ先生が下駄のような白い歯を見せて笑った。
「よっしゃ。ワシも確認した。たった今、敵群の先鋒主力群が『パリー先生管理の森』の中へ侵入した。じゃあ、知らせるかね」
その時、ジャディの使役するカラス型シャドウ『ブラックウィング改』が、生命の精霊場の急激な変化を〔察知〕した。森の奥、50メートル先を爆走するトカゲ型の巨大な森の妖精の背中から、どす黒い煙のようなものが噴き上がっていく。ジャディは視覚情報をシャドウと〔共有〕しているので、その煙もはっきりと脳内で認識できている。
「おう。こいつがそうかよ!」
この情報は瞬時に関係者全員に〔共有〕された。
死霊術でゾンビやゴーストを作り慣れているレブンやペル、ジャディには、お馴染みの『残留思念』と非常によく似ていると直感する。
一方で、そのような経験がない生徒や先生、軍に警察部隊は、その異様な黒いガスに驚愕しているようだ。数秒間ほどではあるが茫然とした表情になっていて、理解が追いついていない。サムカが最初の授業で、一般生徒に残留思念を見せた時と同じような反応だ。
すぐに反応したのは、やはりジャディだった。シャドウに攻撃命令を下す。
「ぶち殺せ! 『ブラックウィング改』っ」
カラス型シャドウが、待機させていた攻撃魔法の術式を一斉に起動させた。〔ロックオン〕情報を最後に入力するだけだったので、1秒もかかっていない。
瞬時に森の中で〔旋風〕が巻き上がって、シャドウから50発もの、死霊術場を強く帯びた風魔法の弾丸が射出された。秒速2キロの初速がある魔法なので、次の瞬間には黒い煙状の精霊の思念体に命中する。
大爆発が起きて、衝撃波と爆風が周辺の大木を薙ぎ倒した。正反対の性質を持つ魔法場の衝突なので、激烈な反応が起きたためだ。
直径10メートル弱の空き地が森の中にできる。数秒ほどして爆風が収まった現場では見事、思念体が完全消滅していた。
止まり木の上で、ガッツポーズを決めるジャディ。
「よっしゃあ! どうだ、このクソ妖精めっ」
さすがにケンカ慣れしているせいか、すぐにシャドウを分離元の森の妖精へ向かわせた。
巨大なトカゲ型の森の妖精は、怒り成分を放出したせいで、放心状態で停止してうずくまっている。シャドウが素早く位置情報を確定させて、幻導術のプレシデ先生に渡した。
「おい! 怠けてないで、さっさと妖精を説得しろ。もう、パリーの治める森の中だ。木々を破壊しても、今回はお咎めナシなんだぜっ」
寄宿舎屋上からのジャディの大声で、我に返るプレシデ先生と専門クラス生徒たち。初めて見る場面ばかりなので、理解が追いつかないのも無理はない。
「あ、ああ。そうですね。1号ゴーレムを指定座標へ〔テレポート〕しなさい! 説得を開始します」
プレシデ先生がウースス級長に命じて、黒い煉瓦色でかなり癖のある髪を森から吹く風になびかせた。黒い深緑の瞳にも、今までには見られなかったような興奮の光を帯びている。
すぐにウースス級長が1枚の紙製のゴーレムを飛ばして、前方の〔テレポート〕魔法陣に飛び込ませた。
次の瞬間。うずくまって動かないトカゲ型の森の妖精の目の前に、紙製のゴーレムが出現した。以降は全自動で稼働するようで、ゴーレムが妖精の頭にペタリと貼りつく。
驚いて、数秒間ほど暴れる妖精だったが……すぐに大人しくなっていく。
ジャディのシャドウがその映像を生中継する中、緊張した面持ちで見守る先生と生徒たち。ウースス級長もかなり不安のようだ。橙色の少し荒いウロコで覆われた尻尾を抱いて、露草色の瞳を震わせている。
その時、紙製のゴーレムがペラリと妖精の頭からはがれ落ちて、そのまま塵になった。
そして……ゆっくりとした動きで、巨大なトカゲ型の森の妖精が、学校とは真逆の方向へ引き返して去っていく。その姿が映像として映し出され、ほっとした表情を浮かべるプレシデ先生と、ウースス級長が指揮する専門クラス生徒たちだ。
「よし。成功ですね」
プレシデ先生の自信に満ちた一声がして、専門クラス生徒全員が歓喜の声を上げた。特に級長のウースス3年生は大喜びだ。元バントゥ党員の級友とハイタッチしている。
他の専門クラスや軍と警察部隊でも、一気に緊張した空気が和らいだ。しかしすぐにプレシデ先生がヘラヘラ笑いを引き締めて、いつもの斜めに体を傾けた姿勢に戻る。
「術式の〔最適化〕を並行して行いなさい。確実に説得するのです」
ジャディも寄宿舎屋上の止まり木の上から、ニヤリと笑みを投げかけた。
「へえ。ウィザード魔法使いのくせに、なかなかやるじゃねえかよ。幻導術なんて全く使えねえクソだと思ってたんだがよ」
マライタ先生も満足そうな笑みを浮かべて、観測機器の操作画面を何やらいじっている。
「よし。これで森の妖精から分離した『怒り成分』の生情報が手に入った。以降はマップ上でリアルタイム観測結果を出せるぞ」
赤いクシャクシャヒゲを片手でいじっていると、ものの数秒で地図上に新しい色の光点が次々に表示されてきた。キラリと黒褐色の瞳の奥を光らせる。
「おう。早速きたか。どんどん『怒り成分』が分離し始めてきてるな。座標を共有データに送る。さあ、やっつけろ」
やはり、最初に雄叫びを上げたのはリーパットであった。両耳と尻尾をピンと張って、配下の50人の党員生徒たちに命令を下す。
「榴弾をぶち込め! 分離した思念体を1つも残さず消し去れえっ」
「おおおっ!」
チャパイを筆頭に、党員たちが一斉に気勢を上げて応えた。彼の指揮で一斉に筒先を揃えて構える。チャパイが堂々と紺色のブレザー制服の胸を反らせて、指揮棒代わりの簡易杖を振り下ろした。
「撃て!」
ガラス製の〔結界ビン〕榴弾を、マライタ先生が示した座標へ猛烈な勢いで撃ち込み始めた。
火薬を使っていない携帯砲からの榴弾射出なので、炎や閃光、爆音は全く生じない。ただ、風を切り裂く音が響くだけだ。サムカがアンデッド弓兵に攻撃命令を下した時の、矢の一斉射の響きに少し似ている。
チャパイも手持ちの携帯砲を抱えて撃ち込み、それを合図にしてリーパットと側近のパランも撃ち始めた。
この主従は学校内で最下位の成績なので、攻撃も別枠にされている。つまり、最初から戦力としては考えられていない。
たちまちディスプレー画面上に、高温の爆発が起きたことを示す温度分布情報が100ヶ所ほど発生した。その爆発が起きた座標には、妖精の思念体を示す光点は表示されていない。撃破成功だ。
再びリーパットが雄叫びを上げた。
「どうだ、妖精ども! 帝国に逆らう奴は、妖精と言えども容赦はせぬぞっ」
パランとチャパイの側近2人も、他の50名の党員たちと一緒に勝利の叫びを上げる。
「リーパットさまに栄光あれ!」
「リーパット様ばんざいっ。皆、マップ上の敵の位置修正を急いで済ませろ! これより連射を開始するぞっ」
一方でプレシデ先生はかなり呆れた表情で、リーパット党を見つめていた。先生の斜め立ちの角度が更に傾いている。肩下まで伸びている黒い煉瓦色でかなり癖のある髪を、面倒臭そうに手でかきあげた。細い深緑色の瞳も、小バカにしたような色を帯びている。
「大袈裟すぎますねえ。あれは本体妖精じゃありません、ただの『怒り成分の思念体』ですよ」
プレシデ先生が専門クラスの生徒たちに振り返る。
「さあ、私たちも忙しくなりますよ。停止した森の妖精への説得を続行します。エリア分けに従って、小班ごとに対応しなさい。小班指揮はウースス級長に任せます。応援が必要な場合は、すぐに私に申し出ること。いいですね」
プレシデ先生の専門クラスの生徒たちも、珍しく興奮している表情だ。ウースス級長を中心にして、気勢を上げて先生に応える。ウースス級長が橙色の尻尾を《バシン》と地面に叩きつけて叫んだ。
「ゴーレム第1陣、射出開始! 第2陣、第3陣も射出準備開始っ」
すぐに、50枚の単位で、紙製のゴーレムが風切り音を立てて〔テレポート〕魔法陣に向けて飛び込んでいった。
招造術のナジス先生も攻撃命令を生徒たちに下した。紺色の細目をキラリと光らせて、焦げ土色の髪を同じようにかき上げる。白衣風のジャケットの裾が恰好良くひるがえっている。
「ゴーレム封入の〔結界ビン〕弾をばら撒きなさい。ずず」
「ゴーレムが〔妖精化〕や〔精霊化〕されるまでの間、時間稼ぎができます。敵の侵入速度を抑えるのです。ずず」
「それでも速度が落ちていない敵というのは、すでに周囲が気にならないほどに、ずず」
「かなり怒っている状態ですからね、死霊術の榴弾を集中させなさい。ずず」
「これで戦力の集中が、効果的にできるようになります」
「おおっ!」
ナジス先生の招造術専門クラスの生徒たちも、クレタ級長を中心にして気勢を上げて応えた。級長が渋柿色の尻尾と頭のウロコを膨らませ、瑠璃色の瞳を鋭く光らせる。
「第1列、撃てえ!」
バズーカ砲のような形状の携帯砲の筒先を並べて、一斉砲撃が開始された。火薬を使用していないタイプなので、後方確認は不要である。すぐに第1列の生徒たちが最後列へ後退し、第2列の生徒たちが前へ出てきた。クレタ級長が、生徒たちの足並みを見ながら命令を下す。
「第2列、撃てえ!」
寄宿舎の屋上ではすっかり一服モードになって、ティンギ先生と一緒にパイプを吹かしているマライタ先生だ。ニコニコして〔空中ディスプレー〕画面を眺めている。魔法工学と占道術の専門クラス生徒の指揮は、〔分身〕に任せ切りだ。
「おうおう。妖精がどんどん『改心』して故郷へ帰っていくぞ。こりゃあ、大したもんだ」
森自体は連続しているのだが、学校から100キロ圏内からパリーが治めている地域になっている。
外縁部の森にも妖精や精霊はいるが、パリーほど魔力を有していない。どちらかというとパリーに味方する勢力なので、今回は静観を決め込んでいるようだ。
おかげで、森の木々や生物、原獣人族が巻き添えを食らって被害を受けていても反撃してこない。こればかりは実際に戦闘が始まらないと動向が分からないので、先生たちも注目していた。
静観が徹底されていると分かり安堵しているのが、ジャディの目からもよく分かる。ただでさえ敵妖精の数は2千に達するのだ。これ以上敵が増えると大変な事になりかねない。
60人の生徒たちを指揮するムンキンが、ニクマティ級長と相談しながら、次の攻撃順番の隊の半数に改めて指示を出す。
「第4小隊の第2分隊から、予定通り精霊群への魔法攻撃を強化。希釈消滅させろ。第1分隊はこれまで通り、敵妖精だけを狙え」
きりりとした返事が返って来て、すぐに敵精霊への攻撃が本格化した。
精霊魔法専門クラスの攻撃は〔レーザー光線〕といった指向性の高い光の精霊魔法なので、音も閃光も何も起きない静かなものだ。続いて、ムンキンがニクマティ級長に命令を出す。
「級長は、攻撃を終えた隊の補給と確認を頼む。魔力切れを起こした生徒には、速やかに携帯砲を渡してくれ」
「了解した」
まだまだ真似事の段階ではあるが、学校の生徒たちも徐々に組織戦闘に慣れてきているようだ。
すでにパリーの森の中なので、精霊への精霊場供給は遮断されていて自力補給できなくなっている。学校からの攻撃で損害を受けても、〔回復〕不可能になっていた。
その効果はすぐに表れた。生徒や先生、それに軍や警察部隊と〔共有〕しているマップ情報上の光点の数が、急激に減少し始めたのだ。
その様子を画面で確認したドワーフのマライタ先生が、赤いモジャモジャヒゲをタワシのように動かして満足そうな笑みを浮かべる。
「よし。〔テレポート〕出口の座標の移動が上手にできているな。この全自動追尾の術式はワシの生徒どもが作成したんだぜ。凄いだろ」
隣でパイプをふかしているティンギ先生も、黒い青墨色の目を細めて褒めた。赤墨色で癖が強い短髪も屋上の風に乗って揺れている。さらに風が強くなってきたようだ。
「さすがだね。ちなみに私の生徒たちも、敵の進路〔予測〕の精度をさらに上げてきたようだ。〔ロックオン〕の精度が、さらに上がるだろうね。ちょっとスリルが減ってしまって、退屈になってきたけど、まあ、仕方がないか」
手応えを感じているのは、全体指揮を執っているエルフ先生も同様だった。次々に攻撃目標の設定を行い、それを適切な部隊に命令しながら、3体のシャドウの動きを画面上で眺めている。
「いくらドワーフの測位や、セマンの行動〔予測〕が正確になっても、やはり現地からの情報があるのとないのとでは大違いよね。森の妖精にも〔察知〕できないほどのステルス性能って、実際に目の当たりにすると、かなりの脅威よねえ……今頃は、エルフ世界やノーム世界はじめ、色々な世界の上司たちが驚いているのかしらね」
小声で独り言をつぶやくエルフ先生。
確かに、こんなシャドウがエルフ世界へ侵攻してきたら対処のしようがない事は、彼女のような一警官でも分かる。ブトワル王国の国王暗殺すら可能だろう。もちろん、そのような事は口にしないエルフ先生であるが。
一方で、彼女の隣に立っているサムカ熊は「ヌボー……」とした雰囲気のままであった。生徒たちが活躍しているので、出番がないらしい。
2人とも運動場の中央、全部隊が展開している扇のかなめ部分に立っている。寄宿舎屋上ほどではないが、運動場にも強い風が森から吹き始めていた。
そんな風に熊のぬいぐるみの毛糸先を揺らして、日光浴をしているサムカ熊である。エルフ先生の独り言に、彼も独り言で返してきた。
「そんな貴族はセマンの盗賊を捕まえることができずに、四苦八苦しているけれどね。何事にも得手不得手というものがあるのだろうな」
そして、ほぼ全ての敵群が100キロ圏内に侵入を果たした事を〔空中ディスプレー〕画面で確認して、熊頭をエルフ先生へ向けた。
「では、私も最後の起動確認を行うとしよう。予定通りシャドウを送り込むが、許可をもらえるかね?」
エルフ先生が空色の瞳をサムカ熊に向けた。彼女も野外の日差しをまともに浴びているので、体全体がキラキラと発光し始めている。
「そうですね。許可します。くれぐれも慎重に動作確認をして下さいね。ここであなたがエラーを起こして暴走してしまっては、今までの苦労が『全て』水の泡に帰すことになりますので」
サムカ熊が「ボフッ」と両手で、ぬいぐるみの胸板を叩いた。そして一応、エルフ先生から距離を大きくとる。
「了解した。では、始めるとするか」
サムカ熊の足元から伸びる影が動いたと思うと14個に分裂していく。それらが一斉に全部隊が使用している〔テレポート〕魔法陣に向かって、飛び込んでいった。実体がないので、移動音も発生していない。
1秒後。エルフ先生たちが共有しているマップ情報に、シャドウの位置が表示された。それぞれの部隊が攻撃している場所全てに、2体ずつ出現している。
エルフ先生が興味深い表情で画面を見て、サムカ熊に顔を向けた。
「サムカ先生。これもシャドウなんですね。狼バンパイアが使用していた型のようですが」
サムカ熊が気軽に応じた。
「うむ、そうだな。こちらの方が魔力量は弱い。生徒たちが使用している型の方が強力だな。まあ、熊人形の動作確認が目的だから、暴走しても被害の少ない型にしたんだよ。では、行動術式の確認の開始……と」
サムカ熊が攻撃前の最終確認を素早く終え、エルフ先生に報告する。
「うむ。〔テレポート〕後の挙動も安定しているな。現地の生命の精霊場はかなり強いが、動作に支障は出ていないようだ。では、作戦を開始するよ」
エルフ先生も手早く確認を済ませて、うなずいた。
「許可します」
エルフ先生の言葉を受けて、サムカ熊が全シャドウに攻撃指令を出した。音もしない影が高速で、現地の深い森の中を疾駆する。森の中なので地面に届く太陽の光も弱く、ほとんど視認できない。
敵の妖精や精霊は、闇魔法場が迫っているとは〔察知〕できているのだが、どこにいるのかまでは〔探知〕できていないようだ。警戒して動きが止まる。
その瞬間。妖精や精霊が次々に爆発を起こした。サムカ熊のシャドウが放った闇魔法が命中したのだ。衝撃でよろめく妖精と精霊に、さらに続けて爆発が重なる。
そして、1分もしないうちに妖精と精霊本体が大爆発した。彼らの〔防御障壁〕が突破されて、本体に衝突したのだ。
もちろん、すでに〔防御障壁〕の〔解読〕は済んでいるので、その情報を使えば良いのだが……サムカ熊の起動確認の一環なので、こんな手間をかけている。
いったん〔防御障壁〕が突破されると、精霊はたちまち消滅してしまった。
一方の妖精では怒りが雪だるま式に膨張していく。ものの2分ほどで、妖精から黒い煙のような思念体が噴き出してきた。それに体当たり攻撃をかけるシャドウである。正反対の魔法場の衝突なので、森の中で更なる大爆発が起きていく。
木々が薙ぎ倒され、枝が粉砕されて葉が大量に舞い上がり、燃え上がる。直径2メートルほどのクレーターが生じて、その周辺が更地になった。
それがマップ上で一斉に起き、注意深く観測するサムカ熊とエルフ先生。爆発地点の観測情報が、数秒後にウィザード文字で表示されると、ほっとした表情になった。今回のサムカ熊には、ハグ人形のノウハウが導入されたので、表情がある程度作り出せる仕様になっている。
「……うむ。怒りの思念体は、完全に消滅しているな。成功だ。この熊人形にも悪い影響は起きていない。この熊人形は使えそうだぞ、クーナ先生」
数メートル離れた場所で浮かれているサムカ熊に、エルフ先生が空色の瞳を細めて肩をすくめる。
「当然です。ここで暴走なんかされたら、大変なことになりますからね。では、サムカ先生の作戦参加を認めます。ペルさん、レブン君、それにジャディ君を監督指揮して下さい。小隊長の任を命じます」
今まではエルフ先生が3人を直接指揮していたのであった。これで彼女も全体指揮に専念できる。
「わあああ」と歓声を上げて3人の教え子たちがやってくる。それを見ながらサムカ熊が片膝を曲げて、頭をエルフ先生に下げた。
「任されよう」
真っ先に飛び込んできたのは、やはりジャディであった。すでに琥珀色の両目から涙をダダ漏れさせて、サムカ熊の足元に上空からスライディングして抱きつく。
「殿おおおおおっ! 信じておりましたああああっ。殿と共に戦えるこの日を、どれだけ楽しみにしていたことかああああっ」
「オンオン」泣き出すジャディが足元で鳶色の翼と尾翼を広げてバサバサさせ、砂浴びでもしているような見た目になっている。そんなジャディの羽毛に覆われた凶悪な形相の頭に、熊の手をそっと乗せる。
「うむ。期待しているぞ。だが、こういった組織戦闘はまだまだ経験不足だろう。感情のままに動くのではなく、上官の指揮に従うようにな」
ジャディが、バッと起き上がってサムカ熊に敬礼した。警察式と帝国軍式とがごちゃ混ぜになっている適当な敬礼ではあるが、気持ちは充分に伝わってくる。
「は! 見事な働きを見せてやるッス」
次いで空中を〔飛行〕してやってきたのは、レブンだった。ペルの手を引いている。
「テシュブ先生、お待たせしました。どのような作戦を行うのでしょうか」
「テシュブ先生、こんにちはっ」
サムカ熊が3人に向き合い、それぞれの〔空中ディスプレー〕に、自小隊向けの作戦内容を表示する。
「見ての通り、全部隊の支援だ。撃ち漏らした妖精や精霊を全て攻撃する。私がシャドウを、それぞれの部隊の〔テレポート〕出口後方に100体送り込む。君たちはクーナ先生と私の指示に従って、前衛を担当するように」
そして、ちょっと考えて右の熊手の爪を1本立てた。
「そうだな。私のシャドウの仕事を減らした数だけ評価点をあげよう」
ジャディが雄叫びを上げ、ペルとレブンとで円陣を組んで視線を交わした。
「オレ様が一番を取るぜっ。足手まといになるなよなっ」
レブンがセマン顔のままで、明るい深緑色の瞳を輝かせる。
「それはどうかな。死霊術の扱いは僕が一番だよ」
ペルも薄墨色の瞳を輝かせて、黒い縞模様が3本走る毛皮頭の両耳をパタパタ振った。鼻先や口元の細いヒゲ群も意気揚々として、ピンと上向きに張っている。
「私も頑張るっ」
サムカ熊が微笑んで、熊手を振り上げた。
「よし。では作戦開始だ」
サムカ熊の足元の影が、いきなり100以上に分裂して、一斉に各部隊の〔テレポート〕魔法陣に飛び込んでいく。生徒たちのシャドウは既に現地に送り込んであるので、速やかに合流する。
そのまま〔テレポート〕魔法陣の出口の後方に引いて、迎撃態勢を完了させた。実体がなく、全く音がしないので、森の虫でさえも存在に気づいていないようだ。
現在の攻撃部隊数は、警察、軍、精霊クラス、力場術クラス、ソーサラークラス、法術クラス、招造術クラスの計7部隊だ。それぞれが専用の〔テレポート〕魔法陣を有している。これに、幻導術クラス、魔法工学クラス、占道術クラスが、説得や測位などの後方支援を行っている。
サムカが放ったシャドウは、7つの魔法陣出口にそれぞれ100体配置された。3人の生徒のシャドウは、その支援として、攻撃力が比較的弱い警察、軍、法術クラスの魔法陣の側方に回る。
7つの魔法陣からは、絶えず死霊術を封じた〔結界ビン〕榴弾や、攻撃魔法が撃ち出されている。深い森の中なので、当然ながら視界は全く利かない。大木や灌木が密生しているので、測位情報を基にした攻撃になっている。その点では、視覚と精霊場しか知覚手段を持たない妖精や精霊と比較して大きな利点だ。
森の中の全ての障害物の位置情報が把握されているので、〔結界ビン〕榴弾も途中で遮られて割れることなく、敵目標に命中していく。亜熱帯の森の木々や岩などを華麗に回避して飛んでいく様子は、芸術的ですらある。残念ながら、観賞する者はその場にいないが。
戦闘が始まったので、現地の獣人族や原獣人族は全て避難して姿を消していた。森の中に残っていると〔精霊化〕や〔妖精化〕されてしまう恐れがあるためだ。残っているのは、虫やネズミにカエル、小さなトカゲに小鳥といった連中だけになっていた。もちろん、学校の生徒や先生たちも誰1人として森の中にいない。100キロ彼方からの遠距離攻撃だ。
巨大な甲虫やクモ、トカゲなどの姿をした森の妖精群に、次々と攻撃が命中していく。彼らが使っている〔防御障壁〕の術式が幻導術クラスによって〔解読〕されているので、妖精の本体が爆発や〔溶解〕、〔石化〕などで損壊する。
しかし、魔力量が桁違いに多いので、次の瞬間には完全に〔復元〕してしまっているが。精霊は、パリーの策で精霊場の魔力供給が絶たれたために、攻撃を受けると希釈されて次々に消滅していく。
攻撃を受け続けて怒りが溜まった妖精の体から、次々に黒い煙状の思念体が発生して森の中に噴き上がる。
それらにも、魔法陣から攻撃がなされて、大爆発を起こして消滅していった。森にも相当な被害が出ているが、ある程度は法術クラスによって〔修復〕が為されている。生命の精霊魔法の専門クラスはないので、その代替だ。
パリー先生の教える選択科目の受講生徒はミンタを除いて初心者なので、実戦投入は見送られていた。旧来の教育指導要綱に書かれている内容のままなので、こういった実戦向けではない。要綱改定前の法術やウィザード魔法、ソーサラー魔術のようなものだ。
怒りの思念体の掃討状況は、魔法工学クラスによって観測され、マップ画面の位置情報と共に、全部隊に共有されている。敵の行動や移動先の〔予測〕は占道術クラスによって行われていて、全部隊の攻撃目標の設定に役立っているようだ。
怒り成分を放出した森の妖精は、森の中で立ち止まって動かなくなる。我に返って茫然としている状態だ。これに魔法攻撃を仕掛けると、再び怒りを覚えて凶暴化する。
しかし、反対に幻導術によって説得すると、こんどは味方にできてしまう。いわゆる洗脳だ。
今回は寝返らせて妖精同士で戦わせることはしない戦術を採用している。魔力では妖精側の方がはるかに上なので、洗脳が解けて再び妖精側になってしまう恐れが高いせいだ。そのために、そのまま故郷へ帰るようにさせている。
実際に以前トリポカラ王国のエルフ特殊部隊は、妖精や精霊の〔支配〕を精霊魔法で行い、妖精同士で戦わせたことがあった。しかし、それもあっけなく妖精によって打破されてしまっている。先生や生徒たちは、当然ながら特殊部隊よりも魔力が弱いので、洗脳寝返り戦術は期待できない。
今回の戦術はかなり効果的だった。次々に妖精が我に返って、説得に応じて引き上げていく。精霊は問答無用で消滅させられているが、妖精と異なり自我を持たないので仕方がない。『化け狐』と同じで、交渉できない相手である。
精霊も不死なのだが、消滅後に痕跡が残る。この痕跡は消えない。しかし、我に返った妖精群が、この痕跡を食べて吸収している。長旅で疲れたので腹が減っているのだろう。そのまま帰っていく。
このように、撃退は順調ではあるのだが……総指揮のエルフ先生の表情には、残念ながら余裕は全く見られていなかった。
「敵の数が多すぎるわね……サムカ先生が参加しても、厳しいか」
精霊は効率よく数を減らしていて、既に残存数は1万を割ったのだが、妖精はまだ500体ほどしか説得できていなかった。
【30分経過】
リーパットが狐の尻尾を竹ホウキのように逆立てて、運動場で激高して叫んでいる。その姿が寄宿舎屋上からよく見える。
「おのれ、おのれえっ。妖精の分際でしぶといぞ!」
取り巻きのパランがリーパットをなだめようとワタワタと慌てていて、尻尾を振ってパタパタ踊りを始めている。
「リ、リーパットさまっ。榴弾の数は充分にあります。落ち着いて1体ずつ確実に妖精を仕留めましょう」
確かに、ガラス製の〔結界ビン〕榴弾はまだまだ大量にある。製造数としては1万発以上は確実にあるだろう。
すぐに新参の取り巻き狐であるチャパイ・ロマが、パランを押しのけて口を挟んできた。
「それもこれも、他の専門クラスや軍や警察が不甲斐ないためです。後日、処断するようにブルジュアン家の有力者たちに進言なされば良いでしょう。竜族や魚族など、劣等種族を学校から放逐する良い機会となります」
「そんなことを今言うのか!」とパランがチャパイに詰め寄る。しかしリーパットの機嫌を良くする面では、最も効果があったようだ。リーパットがザクロ色になった瞳をギラリと光らせて、鷹揚にうなずく。
「おう、我もそう考えていたところだ。この騒動の詳細を必ずや上層部へ知らせることとしよう」
そして、隣のバワンメラ先生に上から目線で指示した。
「おい、ソーサラー先生。火力が足らぬぞ。真面目にやれ、真面目に」
リーパット党の側近や幹部は数こそ10人余りもいるのだが、概ね学業の成績が悪い。そのため、この〔結界ビン〕榴弾以外には攻撃手段を持っていない。
新参の取り巻きであるチャパイだけが招造術専門クラスで中の上の成績で、他の幹部は軒並み下位成績者ばかりだ。そのために、エルフ先生から専用の〔テレポート〕魔法陣は割り当てられておらず、ソーサラー魔術専門クラスとの共同使用となっている。むしろ一般党員の方が成績が良い。その一般党員を合わせると、現在のリーパット党は50名という勢力に育っている。
バワンメラ先生も嫌がってはいたが、秘密施設騒動の負い目があるので、渋々承諾したという経緯だったりする。
そのバワンメラ先生が露骨に不満の表情を浮かべ、そのヒッピースタイルの服装でリーパットに食って掛かってきた。先生の首や手首や腰に大量に巻きついている、ゴチャゴチャした装飾品が雑多な音を立てている。
「うるせえな。敵の数が多すぎるんだよ。敵が接近してきたな、また5キロ引くぞ。〔テレポート〕魔法陣の転移先座標の〔修正〕開始だ」
弱い妖精から順に説得されて帰っていくので、必然的に残るのは強い妖精ばかりになる。いくら妖精の〔防御障壁〕を無効化していても、元の魔力量が膨大なので、攻撃の効果も時間の経過と共に打ち消されてしまう。
相当に怒らせないと、怒り成分でできた思念体を体外へ放出してくれないのだ。妖精は爆走し続けているので、その間は、こちらとしては退却しながら攻撃をするしかない。
攻撃開始から、すでに30分ほどが経過したが……説得したのは700体ほどに留まっていた。最前線はどんどん後退して、今は学校から50キロの線まで縮小している。
妖精の爆走速度は、平均時速が100キロ程度と変化がないので、このままでは、あと30分以内で10キロ圏内に侵入を許してしまう事になるだろう。
地団駄を踏んで怒りと不満を喚き散らすリーパットであるが、どうしようもない。
サムカ熊も同じように焦燥感を抱いていた。自律式ながらも計700体ものシャドウを遠隔〔操作〕しているのだが、それについての負荷も相当に感じている様子だ。
サムカ熊と3人の生徒たちは、遊撃隊として全部隊7つの〔テレポート〕魔法陣を共有していた。一応邪魔にならないように、運動場の隅にサムカ熊と共に立っている。
「ふう……さすがに熊人形の状態では、かなり無理があるか」
後退を続ける全部隊の〔テレポート〕魔法陣の出口座標と一緒に、シャドウを後退させる。
突出して迎撃網を突破した妖精や精霊が出れば、シャドウ総出で囲んで袋叩き攻撃を加える。怒り狂って黒い煙状の思念体を放出したら、攻撃中止。幻導術のプレシデ先生に知らせる、という手順をひたすらこなしている。3人の教え子たちは、その手伝いだ。
迎撃は7ヶ所だけなので、当然ながら防衛ライン全てを守ることは難しい。森の中なのでなおさらだ。迎撃の〔テレポート〕魔法陣と魔法陣の間も、数キロほど互いに離れている。
その間をすり抜けようとする妖精や精霊も多いので、彼らに攻撃を仕掛けて、魔法陣へ敵意を向けさせることも並行して行わないといけない。
妖精には自我があるとはいえ、複雑な戦略や戦術を組み立て実行するような者はごく少数だ。大多数は動物の群れと大差ない行動しかとらない。パリーが妖精の中で一目置かれている理由も、思慮深いと思われていることが大きい。信じられない事だが、アレでも妖精の中では『賢者』なのだ。
レブンとジャディ、それにペルのシャドウも健闘していた。魔力自体はサムカが操っている影状のシャドウよりもかなり高いので、機動力や攻撃力、それに防御力でも頼りにできるほどだ。
樹高30メートルにも達する大木が林立する薄暗い亜熱帯の密林の中を、音速の数倍の速度で飛び回っている。しかし衝撃波の発生は起きていない。衝撃波も〔消去〕しているためだ。
さらに高度なステルス性能を有しているので、妖精や精霊にもなかなか〔探知〕できないようだ。
「前回は、死霊術場を帯びた飛行跡を〔逆探知〕されて迎撃されたけどね。今回の対策では、上手く機能したっぽいね」
レブンがサムカ熊を含めたジャディとペルに感想を伝える。彼が術式の改良を行ったので、ほっとしている様子が声色からも分かる。
ジャディも上機嫌だ。彼のカラス型のシャドウを亜熱帯の森の中で縦横に飛び回らせながら、次々に精霊を撃破して消滅させていく。
「ちょっと出来過ぎだけどな。反撃の心配がないから拍子抜けだぜ。そら、もう1匹撃破っとな」
ペルの子狐型のシャドウは元々、闇の精霊場が非常に強い。そのためレブンが編んだ改良術式であっても、精霊場が漏れ出てしまっているようだ。精霊や妖精に正確な位置を捕捉されるには至っていないが、用心して慎重に行動している。
攻撃もシャドウから直接死霊術を撃ちこむのではなく、〔テレポート〕魔法陣をいくつか経由させて、シャドウの位置を〔逆探知〕されないように工夫していた。
ペルが両耳を伏せて、黒毛交じりの尻尾をペタリと運動場の地面に横たえながら謝る。
「ご、ごめんね。私のシャドウ、『綿毛ちゃん2号改』があまり役に立たなくて……」
サムカ熊が微笑みながら、ペルの頭を「ポン」と叩いた。フワフワな毛皮に走る3本の黒い縞模様が、日差しを反射してキラキラと輝く。
「そう悲観することはあるまい。現状では、ペルさんのシャドウが最も魔力が高い。位置を捕捉されない限りは、我々の大砲だよ」
確かにサムカ熊の言う通りだった。ペルの子狐型シャドウが行っている、〔テレポート〕魔法を間に挟みながらの攻撃は、絶大な破壊力を見せている。最初は作戦通りに死霊術を撃ちこんでいたのだが、闇の精霊魔法でもほぼ同等の威力があると分かってからは、半々の割合に切り替えている。
2種類の魔法による同時攻撃は、さすがに妖精といえども被害が大きい。数発撃ち込んだだけで、怒りの黒い煙が発生してくる。
サムカの量産型シャドウや、レブン、ジャディのシャドウでも10発は連続して撃ち込まないといけない。その点で、ペルの攻撃はかなり効率が良いといえた。ちなみに〔結界ビン〕榴弾では、50発ほど連続して撃ち込む必要がある。精霊に対しては、〔結界ビン〕榴弾でも5発も当てれば消滅させることができているのだが。
レブンも、ペルの隣でシャドウの遠隔操作を行いながら励ましている。彼の場合はさすがに死霊術が得意だけあって、文字通りの目にもとまらない攻撃を実践している。ヘビ型の森の妖精を1体、ちょうど停止させて黒い煙を吐き出させたところだ。
「残っているのは、強力な森の妖精ばかりになってきているからね。より強い攻撃力が求められる場面が、今後増えてくるはずだよ」
ジャディが不敵な笑みを口元に浮かべて、横目でペルを睨みつけた。凶悪な人相と琥珀色の眼光のせいで、励ましているのか脅迫しているのか、今ひとつ判別できない。
「オレ様の勘じゃ、パリー並みの化け物級の妖精が1匹いやがる。そいつが事実上の妖精群の大将だろうな。オマエが尻込みしたら、火力不足でオレたちの負けだ。そうなったらオレ様が直々に、一度きっちりと殺してやるから覚悟しておけよ、ペル」
ペルが全身のフワフワ毛皮を緊張で逆立てて、ブンブンと首を縦に振った。尻尾も見事に同調して上下に振られている。
「う、うんっ! わ、わかった。頑張るっ」




