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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
移動教室あっちこっち
69/124

68話

【地下2階のサムカの教室】

「授業の前に、君たちの精神状態を今一度調べておこう。様々なことが起きたからね。気づかない内に精神が参っていて、病気になる恐れがあるそうだ」

 サムカが教壇に立って、開口一番にその点について述べた。コントーニャの表情と口調を思い出す。


 エルフ先生〔分身〕にも山吹色の視線を向ける。

「クーナ先生や法術のマルマー先生も、君たちを〔診断〕しているので大丈夫だと思うが……すまないね。やはり私自身でも確認しておきたいのだ」

 エルフ先生〔分身〕が素直に同意する。服装もオリジナルと全く同じである。しかし残念ながら、つい先ほどの話については情報〔共有〕ができていなかったようだ。

「気持ちは分かりますよ。私の光と生命の精霊魔法、マルマー先生の法術に加えて、サムカ先生の〔診断〕で、精度が上がる事でしょう」


「うむ」とサムカが手袋をした左手を黒マントの中から差し出して、生徒たちに向けた。すぐに〔診断〕が完了したようだ。特に教室内が暗くなったり寒くなったりはしていない。ようやくここで、ほっと安堵の表情になるサムカであった。

「問題ないな。ジャディ君だけはストレスが相当に溜まっているようだが、まあ、地下だしな。我慢しなさい」


 確かに、今回のジャディはサムカの足元に飛んでいってすがりつくこともせず、凶悪な顔をさらに凶悪にした形相で、黙って席に座っている。背中の翼を広げることもしていない。が、サムカから言われて、ようやくホロリと大粒の涙を琥珀色の両目から溢れさせた。

「と、殿おお……その、お言葉だけで充分ッス。殿のためなら、このジャディ、土中だろうと何だろうと喜んで向かうッスよ」


 ミンタとラヤンが、あからさまなジト目になってジャディを見据える。

「たかが地下階に入るだけなのに、泣きわめいていたのはアンタでしょ。〔拘束〕魔法で縛りつけて『ここまで』引っ張ってきた私たちに、感謝の言葉もないのかしら」

「余計な法術まで使わせたんだからね、アナタは。私がどれだけ〔精神安定〕の法術を連発したと思ってるのよ、このバカ鳥」


 ジャディが涙目のまま2人に食って掛かった。背中の翼を広げていないのは、ミンタの〔拘束〕魔法によるものだった。幻導術の魔法である。そう言われてみれば、確かに何かに体をグルグル巻きにされているような体型だ。イスに固定されているようでもある。

「う、うるせえ! 飛べない場所に入るって、どんだけ怖いか! オマエらには絶対に分からねえよっ」


(なるほど、そういう顛末だったのか……)と納得するサムカであった。とりあえずジャディは、このままでも大丈夫だろう。熊人形を再びロッカーから呼び出して、教壇の横に引き寄せた。

「言い忘れていたよ。この熊人形だが、先程ハグが術式の〔修正〕を施した。私も確認してみたが、かなり安全性が増している。後はクーナ先生たちに検査してもらって、それで異常がなければ復帰できるだろう。私の〔召喚〕時間に制限がある以上、この熊人形に任せたい仕事も多くあるからね」



 生徒たちは全員が不審な表情をしたままである。エルフ先生〔分身〕もノーム先生〔分身〕と一緒に、眉をひそめて難しい表情をしている。

「そうですね。しっかりと私の方でも、この熊の安全検査を行いますよ。また、お腹を両足の爪で切り裂かれても、つまらないですからね」

 ノーム先生〔分身〕も銀色の口ヒゲを片手でいじりながら同意している。今は室内なので巨大な三角帽子は脱いで、背中に引っかけていた。

「検査もすぐに終わるよ。明日には、サムカ熊さんも復帰するだろう」


 一方の軍と警察からの受講生2人は、当時その現場にいなかったのでキョトンとしていた。見た目は大きな熊のぬいぐるみなので、これが何を仕出かしたのか理解できていない様子だ。クモ先生以外の全員をバラバラに切り刻んだことは、報告書で知ってはいるのだが。動画で見ないと実感できないのだろう。


「コホン」と軽く咳払いをしたサムカが授業を始めた。

「今回の事件では、〔復活〕法術や魔法が多く使用されたそうだな。私はアンデッドなので、法術や生命の精霊魔法には詳しくない。しかしアンデッドでも自我を有する者になると、それに似た魔法を使う」

 1呼吸程の間を空ける。

「例えば、私が魔法攻撃を受けて粉々になったとしよう。しかし、アンデッド用の〔修復〕魔法や〔復活〕魔法が自動起動して元に戻る。クーナ先生やラワット先生のようにアンデッド討伐を経験している者であれば、見たことがあるはずだ」


 あまり気分の良い記憶ではなさそうで、エルフ先生とノーム先生〔分身〕が揃って険しい顔をした。

「そうですね……とあるバンパイアでの事件ですけど、霧ごと光に〔分解〕しても、数回ほど〔復活〕したことがありますね。数回連続して殺さないといけませんので、私たち警察側としても精神上よくないものです」

 エルフ先生〔分身〕の苦虫を噛み潰したような顔を横目で見て、ノーム先生〔分身〕も顔をしかめながら肩をすくめる。

「左様。後で精神状態の〔診断〕と〔治療〕が欠かせないものだよ。だけど、今回は特に酷い状況だった。何せ、今まで一緒に学んできた学友が、殺し合ったんだからね」

 生徒たちの表情を改めて見渡しながら、ノーム先生が銀色の口ヒゲを指で捻った。

「……まあ、〔治療〕が功を奏したようで、これといった精神疾患は発生していないよ」


 確かに、ここにいる生徒たち全員の瞳の輝きには曇りや濁りは見られない。ここでようやくサムカが、リーパットに感じた『違和感』の正体に気がついた。

(……ああ、そうか。彼の瞳が、異常に澄んでいたのか。やや赤い光も帯びていたな)

 リーパットに感じた違和感のことを、サムカが生徒と先生〔分身〕に話す。


 一応、継続して彼に注意しておくように告げてから、サムカが本題に入った。

「まず最初に、私の〔復活〕魔法に関する認識が正しいかどうか、君たちで判断してくれ。この前提が死者である私と、生者である君たちの間で異なってしまうと、以降の授業が無意味なものになるからね」

 そう言って前置きをしたサムカが、彼の認識を語り始めた。本などで学んだ知識のようで、時々話す速度が遅くなったが、このようなものだった。


 死者は〔復活〕後に、記憶の再入力が行われる。その際に何らかのエラーが起きて、記憶の欠損が生じることがある。そのために〔復活〕後すぐに、記憶関連の生体情報との再照合を行うことが重要だ。

 その際に精神衛生上よくない記憶が混じっていると、後の精神疾患の発生原因となる恐れがある。ちなみにこれは、他の普通の〔回復〕魔法や、状態異常を〔回復〕する法術や魔法を行使する際にも重要なことだ。


 そのため、こういった〔治療〕や〔復活〕の術式には、有害な記憶を特定してそれを思い出さないようにする機能がついている。ここまでサムカが淡々とした口調で語り終えた。

「……ええと、この基本的な認識は、君たち生者の場合でも同じだと思うが、いいかな? 私は死者だから、正確に生者の精神状態を理解することは難しいんだよ」


 レブンが真っ先に肯定する。

「はい。その認識で間違いありません」

 ペルと拘束ジャディも、深く首を縦に振っている。一方のミンタとムンキン、ラヤンは退屈そうな顔だ。

「ごたくはいいから、さっさと本題に入りなさいよ」

「僕たち竜族は、そんなヤワじゃないけどなっ」

「本当に、アンデッドって面倒ね。勉強にはなるけど、やっぱり墓の中で寝ていてもらいたいものね」


 散々に言い放つ3人にサムカの教え子たちが「ムッ」とした顔になって反論しようとするのを、制するサムカである。

 特に拘束ジャディはイスの上でバタバタして、勢い余って床に転がってしまった。仕方がないので、サムカ熊に命じて起き上がらせる。


 サムカが穏やかな声のままで、話を続けた。

「記憶は互いに関連づけられている場合が多い。魔法で特定の記憶を思い出さないようにすると、その前後の時間軸の記憶を思い出す事が困難になるものだ。従って、生体情報と何度か照合を繰り返して、巻き添えで思い出せなくなった記憶の救出もしておくようにな。意外に、重要な記憶である場合が多いものだ」


 ラヤンが紺色の瞳を閉じて腕組みをし、尻尾で数回ほど床を軽く叩く。

「そうね。その微調整は法術でも重要視されてる。信者たちの無害な記憶と組み合わせて、有害な記憶を書き換えたり。記憶とそれに連動する感情の記憶って、別々なのよ。互いのつながり強度を弱めたり阻害したりすることで、記憶を保持したまま、有害な感情だけを隔離して封印したり弱く発現させたり……とかかな。今回の私たちへの精神〔治療〕も、その系統の魔法や法術を使っているはずよ」


 ミンタとムンキンも、ラヤンの説明に同意している。

「そうね、ラヤン先輩の言う通りね。だから、テシュブ先生が心配する必要はないわよ。私も記憶自体はしっかり残しているけど、トラウマになるような有害な感情は、隔離したり書き換えたりしたし」

 ムンキンに至ってはドヤ顔みたいな感じになってすらいる。

「僕も問題ないぜ。隣のバカ鳥みたいに、ロストって聞いただけで逃げ出すようなヤワじゃない」

「ああ? 何だとコラ。ぶっ飛ばすぞトカゲ野郎」


 再び暴れはじめたジャディをサムカ熊が抑えつけるのを見ながら、サムカがほっとした表情になる。

「そうかね。うむ。生者のことは、私ではよく分からないのでね。心配していたんだが、これなら問題なさそうだな。安心したよ。この授業の後に、クーナ先生が全校生徒と教職員を対象にして、精神状態の〔診断〕を行う事になった。ジャディ君もきちんと受けておくようにな」

 今度は感涙して大泣きを始めるジャディである。さすがに、もう生徒も先生も慣れているようで〔遮音障壁〕を展開済みだ。


「コホン」と小さく咳払いをするサムカ。

「ある筋からの指摘だったのだが、君たちが『殺人を恐れなくなっている』という可能性がある。恐らく、自身が死ぬ事についても同様だろう。生者としては、その精神状態は一般的ではない……らしい。君たちが今後、社会生活を送る上で、困る可能性がある」


 《ビクリ》と反応するミンタたちだ。ジャディを除いた全員の表情が青ざめていく。その様子がサムカにも分かった。

(むう……コントーニャさんの指摘が当たってたか)

 サムカが表情を努めて変えずに反省する。生徒に指摘される前に、サムカ自身が気づくべきだった。

「他人を殺める事は、例外なく非常事態だ。精神への負荷は相当高いものになる。結果として、君たちの思考方法や価値観が『変質』する恐れは充分にある……という事だな」


 サムカが生徒たち全員を見回す。穏やかな口調ながらも、生徒たちを気遣う。

「変質したそれが一般常識と異なった場合、君たちは『精神異常者』となる。テロ実行犯と同じだな。故に、自身の精神状態の調整は入念に行っておくように」

「はい!」

 生徒全員が強く答えた。さすがにジャディも事の重大さを理解できたようだ。大真面目な表情になっている。


 サムカが山吹色の瞳を細めて、頬を緩めた。

「うむ。良い返事だ。拠り所となる一般常識は、君たちの親や兄弟親戚、それに魔法適性のない一般人の友人が持っている。彼らと親しく付き合って、拠り所を確かなものにしておくと良いだろう」

(私の場合は、やはりステワになるのだろうな……)

 内心で苦笑したサムカであった。


 生徒たちの反応を確認してから、サムカが山吹色の瞳を今度はペルとレブンに向ける。

「では、この話もして構わないな。君たちが以前に制作したゾンビの墓だが、熊人形の暴走で破壊されてしまったことは知っているね。さらに、大地の精霊の召喚で、瓦礫と一緒に食べられてしまったようだ」

 さすがにシュンとするレブンとペル、そしてジャディである。ミンタもこれには思い入れがあったようで、同じような哀しい表情になった。一方のムンキンとラヤンは平然としているが。


 サムカが生徒たちの感情の状態を再び確かめてから、話の続きを始める。

「墓に収める遺灰もないが、記憶に留めてくれるとゾンビたちも報われるだろう。墓の再建……というよりも慰霊碑になるのかな。君たちの考えを聞いてみたい」

 そして、何気ない口調で一言付け加えた。

「慰霊碑の横面や裏面に、バントゥ君らの名前も記してあげても構わないよ。墓標ではなく、慰霊碑なので問題あるまい」



 生徒たちの顔がパッと明るくなった。互いに顔を見合わせる。先生〔分身〕2人も、ちょっと感心したような表情をしている。

 すぐにミンタが代表になって、サムカにキラキラした栗色の瞳を向けた。

「アンデッドのくせに、良い事言うじゃないの。大賛成よ。慰霊碑建立の資金もシーカ校長先生を通じて、教育研究省から引っ張り出してあげるわ。バントゥ先輩の家は墓ごと取り潰されたから、これは良い案ね」


 レブンも明るい深緑色の瞳をキラキラ輝かせている。

「チューバ先輩の故郷には、まだ『海の妖精』が居座っているので墓も作れません。慰霊碑の片隅であっても彼の名前が刻まれるのであれば、僕も嬉しいですよ」

 ペルも嬉しさのあまりアワアワして、パタパタ踊りをするばかりだ。ムンキンとラヤンの竜族コンビも視線を交わして、一緒にうなずいている。

「そうだな。ラグ先輩の故郷も更地になったしな。大量虐殺したテロ犯罪者だけど、同じ学校の生徒としては、不必要に卑下することもないか」

「そうね。帝国には私も色々と不満点があるし。帝国の方針に全て従う義理はないわね」


 エルフとノーム先生〔分身〕は微妙な顔のままで発言を控えた。国家間の協定でタカパ帝国に派遣されている身なので、仕方がないところか。サムカも似たような境遇なので、特に先生たちへ視線を向けることもしていない。

「うむ。であれば、この熊人形にも手伝わせよう。力仕事であれば使えるはずだ。死者の世界からの資金や物資援助は、召喚契約上、面倒なことになるので無理だ。すまないね」


「さて」と再び話を変える。

「先ほど運動場でパリー先生から聞いたのだが……森の妖精の中には、我々に敵対する者が出る恐れがあるようだな。数日後に大挙して襲撃して来る恐れがあるらしい」


 一気に生徒たち、先生〔分身〕、そして受講者たちも真剣な表情になった。

 エルフ先生〔分身〕が、細長い両耳の先を下げながら、怒り気味に話し始めた。腰まで伸びている真っ直ぐな金髪が、静電気を放って薄く発光している。

「うう、そうなったか……直接の原因はパリーですけれどね。森の妖精が集まる会議でケンカしたんですよ。しかも、相手をかなり叩きのめしたのよね。パリーめ。大地に縛りつけたし、距離もここから1000キロ以上あるから、妖精たちは襲ってこないって自信満々で言ったくせに。もう!」


 ミンタがジト目になりながら、エルフ先生に同調した。彼女も金色の縞が走る頭の毛皮に、巻き毛をいくつも生じさせていて不機嫌そうだ。

「せっかく、私たちがあちこちの森の妖精の不満を、頑張って和らげてきたってのに。これまでの死霊術場や残留思念『掃除』の努力が、全部水の泡になったのね。本当に、あのクソ妖精はっ」


 ペルとレブンもガックリと肩を落としながら全面同意している。ジャディはあまり掃除に参加していなかったのでキョトンとした顔をしたままだ。隣のレブンとペルに、何が起きたのか聞いている始末である。


 ムンキンとラヤンも頭と尻尾のウロコを逆立てて、尻尾を床に≪バンバン≫叩きつけている。

「それで、森の妖精軍団の襲撃にびびって、生命の精霊魔法の先生役を今になって真面目にやりだしたってことか。不思議に思ってたんだよ。俺たちまで巻き込む気満々だぜ」

「まったく。ラワット先生がパリーなんかを先生に推薦するから、こんな事態になったんですよ」


 ラヤンの低く冷徹な声での非難に、ノームのラワット先生〔分身〕がペコペコ頭を下げている。銀色の口ひげを片手でいじりながら、とりあえず言い訳をした。

「まさか、こんなことになるなんて予想していなかったんだよ。僕は〔予知〕とかの占道術は不得手だから。ティンギ先生も何も言ってくれなかったし」

 申し訳なさそうに、もう一度頭を下げる。

「彼はスリルを愛する性格だからねえ……酒飲み友達なんだが、酔っぱらっていても『こういう事』だけは黙っている奴なんだよ。すまない」


 サムカがノーム先生に1つ聞く。

「ラワット先生。パリー先生が言うには、森の妖精は地下には攻め込まない……という事なんだが、それは確かかね? それによって戦術を変える必要がある」

 ノーム先生が今度はあごヒゲを片手でいじりながら、エルフ先生と視線を交わした。彼の銀色の垂れ眉が、ぎこちなく上下している。

「普通はね。だけど怒り狂っている場合は別だろうな。ここも安全じゃないよ」


 サムカがそれを聞いて、深くうなずく。

「そうか。では、地下に籠って迎撃しても、攻め込まれて全滅するだけだな。籠城戦は無意味だ。どこか遠くに〔テレポート〕して、避難するのが最善だな。我々に敵対していない森の妖精などがいる場所への、集団避難を実施しておく必要があるだろう。警備軍と駐在警察も妖精に対する迎撃作戦を行わずに、すぐに撤退する方が良いだろうな」


 エルフ先生〔分身〕が賛同する。

「そうですね。幸い、南の熱帯雨林地域の湖の妖精たちは、好意的です。ですが、宿泊施設がないので長期滞在は難しいですね。先日まで使用していた、軍将校の避暑施設がある森の妖精は、中立です。いざとなれば、人魚族にかくまってもらうこともできますし。ここでしょうか……ですが」

 エルフ先生〔分身〕の口調が厳しくなっていく。

「襲撃が長期化するようであれば、休校にして、生徒たちを故郷に返すことも検討する必要があるでしょうね。その場合、パリーは見捨てることになります」


「えー……」


 不満を訴える生徒たちを今は無視して、サムカが先生〔分身〕たちに懸念を伝える。

「パリーが消滅した場合、この森には別の妖精がやってきて支配することになるのかな?」


 エルフ先生〔分身〕が即答した。

「パリーは妖精ですから、死んだりしませんよ。消滅もしません。他の妖精に食べられて、その一部になるだけですが……」

 そのまま、数秒間ほど沈思する。

「……そうね。これだけ大きな森ですから、人気は高いでしょうね。パリーが先日、かなりの面積の森を根こそぎ更地にしていますし。拠り所を喪失して、放浪状態になった森の妖精も多いはずです」


 再び少しの間、想定される事態を考える。

「そのような妖精は、まず間違いなく襲撃派の主力になるはずですよ。彼らは、魔法学校の存続には反対してくるでしょう。校舎も寄宿舎も地下室も森に食べられて、消えてしまいますよ」


 再び、「えー!?」と悲嘆を帯びた不満の声を上げる生徒たち。特にジャディは号泣し始めている。サムカがサムカ熊にジャディの面倒を見るように指示を出してから、軽く腕組みをする。

「それは、私としても不本意だな。召喚契約の不履行になってしまう。ハグも困るだろう。ここは、森の妖精どもの戦意を挫く戦術を採用すべきか。確か、妖精の本体は思念体で、森の生物に〔憑依〕して行動するのだったな」

 エルフ先生〔分身〕の反応を見る。正解だったようだ。サムカが話を続ける。

「……であれば、思念体をむき出しにして、敵対感情の成分を〔消去〕すれば良いだろう。妖精本体を滅することは無理だが、敵意を消せば説得交渉も可能になる」


 ペルが手を挙げながら発言した。今までほとんど黙っていた上に、闇の精霊場を発していたので存在感自体が希薄になっている。

「ナウアケさんに対して攻撃したような、憑依体への通常攻撃後の、思念体への〔エネルギードレイン〕魔法ですか? でも、〔暗黒物質破壊〕魔法は、妖精相手には効果がないと思います。決め手に欠けるのではないでしょうか」

 サムカがうなずく。

「そうだな。だが、怒り狂っている妖精を正気に戻すことが主眼だから、これでも効果があるはずだ」


 エルフ先生〔分身〕が補足説明する。

「妖精の本体は思念体ですから、怒りのような攻撃的な感情が分離しやすいのですよ。本来の森の妖精の役割は、森の生物の『調停』ですからね。憑依体が弱ると、怒り成分を多く含んだ思念体を抑えることができなくなり、飛び出して分離します。憑依体に残るのは、平穏な思念体だけになるのですよ。そうなれば、交渉も行いやすくなりますね」


 ペルが「ああ」と声を出して納得する。

「分離した『怒り成分の多い思念体』へ、〔エネルギードレイン〕魔法をかけてエネルギー準位を下げて、落ち着かせるのか。怒りを下げておけば、別の生物に憑依しても害はないですね」


 ラヤンが紺色のジト目のまま、尻尾で1回だけ床を叩く。

「パリーが余計なことをして、落ち着いた妖精にまたケンカを吹っ掛けなければね」

 エルフ先生〔分身〕が、口元を緩めながら肩をすくめた。

「そうならないように、私の本体でパリーを抑えることにしますよ。一応、『精霊魔法契約』を交わしていますから」


 サムカがエルフ先生〔分身〕を見て、やや言葉を選びながら話を進める。

「〔エネルギードレイン〕魔法は、ここの生徒や先生全員が使える魔法ではない。回数にも限度がある。襲ってくる妖精や精霊の数が多い場合、この教室にいる生徒だけでは対処できないだろう。そこで、似たような効果を出す魔法具を量産してみることを提案してみたい」


 懐から小さな〔結界ビン〕を取り出した。

「発掘物の巨人ゾンビ地雷の件を覚えているかな? その原理の応用だ。中に死霊術の術式と、稼働に必要な死霊術場を封じてある。知っての通り死霊術は、生命の精霊魔法とは対立する。そして、憑依する相手は死体でなくとも構わないとも言ったと思う。妖精が〔憑依〕している生物であっても『乗っ取る』ことは可能だ」


 すかさずエルフ先生〔分身〕とノーム先生〔分身〕、それにミンタとラヤンが、簡易杖をサムカに向けた。

 同時にジャディが〔拘束〕魔法を吹っ飛ばして臨戦態勢に入る。当然、標的はサムカではなく杖を向けた連中である。ペルとレブンも簡易杖を出して、魔法の撃ち合いから教室を守ろうと術式を走らせ始めた。

 その突然の緊張に驚いて尻尾を丸めているのは、軍と警察からの受講生だ。

 意外なことに平然としているのはムンキンである。尻尾を1回だけ≪バシン≫と床に叩きつけて、一触即発の空気を打破した。

「おい。授業中だぞ。物騒な真似はするなよな」


 しかしまだ、サムカ以外の全員が警戒を緩めていない。もう一度尻尾を床に叩きつけたムンキンが、濃藍色のジト目のままでサムカに視線を戻す。

「テシュブ先生。それって、巨人ゾンビ地雷の応用ってことですよね。僕たちにゾンビ地雷を作らせようという魂胆ですか」


 サムカが穏やかな顔と声色のままで肯定する。

「うむ。地雷というよりは、時限信管作動の榴弾と言った方が適切だ。妖精の思念体は、生命の精霊場の塊でもある。対立する精霊場である死霊術場が直撃すると、どうなるかは予想できるだろう。大きな爆発が起きる」

 爆発はこれまで何度か目撃しているので、すぐに理解する生徒たちだ。サムカが穏やかな口調のままで話を続ける。

「この衝撃を用いて妖精の思念体から、分離しやすい怒りの感情を、〔憑依〕している生物から優先的に『引きはがす』ことができる。怒らなくなった妖精であれば、話をすることもできるだろう」


 教室内の緊迫した空気が和らいでいくのを、ペルが察した。彼女の鼻先のヒゲの震えが収まっていく。サムカがペルの薄墨色の瞳を見てから、話を続ける。

「必要とあれば、さらに〔エネルギードレイン〕魔法を撃って弱体化させるという作戦だな。こういった魔法具にすれば、死霊術の魔法適性が乏しい生徒や先生でも使うことができる。有効な戦力になると思うが、どうかな?」

 そして、ちょっとだけ口元を緩めた。

「実は、我が王国宰相からの要望でもある。魔力のない獣人でも扱える、輸出向け魔法具の情報収集も兼ねているようだ」


≪バチバチ≫と青白い火花を散らして発光していたべっ甲色の長髪を、エルフ先生〔分身〕が平常状態に戻しつつ、簡易杖を腰のホルダーケースに収めた。「ふう……」と1つため息をつく。

「最初にそう言いなさい、サムカ先生。今の私の装備では、いくら貴族のあなたでも無傷では済まないのよ」


 他の生徒たちにも杖を下ろすように命じながら、静電気で逆立っていた髪を軽く手入れする。

「私が所属するブトワル王国も、タカパ帝国へ武器供与や売り込みをかけているようですしね。サムカ先生のファラク王国連合だけができないというのは、確かに不公平です。採用するかどうかの判断は、タカパ帝国がするのですし」

 そして、一通り気分を落ち着かせてから、改めてサムカに空色の瞳を向けた。

「……それで、その死霊術を封じた榴弾ですが、魔法適性のない生徒が使用しても、害は出ないのですよね?」


 サムカが即答する。

「うむ。これまでのハグ人形や、熊人形のノウハウを使用している。外側は普通の〔結界ビン〕で、内部に封じている死霊術式や、死霊術場は漏れ出ていかないよ。〔結界ビン〕が割れない限り、魔法場汚染の心配はないはずだ。ただ、封じていても死霊術場を常時消費するから、せいぜい1週間ほどしか保管できないがね。それを過ぎれば、ただの〔結界ビン〕と空気になる」


 エルフ先生〔分身〕や生徒たちも既に知っている内容なので、素直に理解したようだ。レブンが手を挙げて発言を求めた。

「テシュブ先生。では、この榴弾が命中した森の妖精ですが、思念体が爆発で吹き飛ばされた場合、〔憑依〕されている生物が、〔ゾンビ化〕するという理解で良いのですよね。そうなると、日中は使用できないと思いますが」

 サムカが微笑む。

「うむ、良い質問だな。その通り、日光に当たるとゾンビはすぐに崩壊する。それで充分ではないかな? 依代を完全に破壊してしまえば、妖精の思念体も困ることになる。まあ、夜間戦闘であってもゾンビ状態である以上、簡単に体を取り戻すことはできないだろう」


「なるほど」と理解する生徒と先生たち。サムカが中古の杖を黒マントの中から取り出して、生徒たちに向けた。

「では、術式を渡そう。〔結界ビン〕と一緒に封入する死霊術場は、各自で用意するようにな。この地下教室は、この地域では最も死霊術場が集まりやすい場所でもある。ここで収集しても良いだろう」


 先生〔分身〕と生徒たち、それに2名の講習生も同意して、簡易杖を取り出してサムカに向けた。しばらくして、自動的に術式の送受信が開始される。

 さすがに魔法適性の乏しい死霊術の術式なので、負荷がかかっている様子の先生方〔分身〕と、ミンタ、ムンキン、ラヤンに講習生である。黙り込んで、顔をしかめてしまった。一方のペルとレブン、ジャディは結構余裕がある表情だ。


 術式の転送速度を調節しながら、サムカが彼らの様子を伺う。

「負荷が高いようであれば、すぐに申し出てくれ。特に受講生はな。さて、術式の導入と最適化完了まで時間がかかるから、その間に私の作戦案を話そう。参考にでもしてくれ」

 負荷が高くて余裕がないために、返事もできないようだが……構わずにサムカが話し始めた。


「森の妖精や精霊が得意とするのは、敵を〔妖精化〕したり〔精霊化〕して、同化する戦法だ。クーナ先生の言う、『森に食べられる』という見た目の攻撃だな。基本的には、その同化攻撃を防ぐ手段はない。そして、その攻撃の有効射程は、パリーなどの事例から見て10キロ程度だと推測される。つまり、10キロ圏内に入ってしまうだけで回避不可能で即死確定ということになる。妖精と対話交渉するには、距離がありすぎる」


 やはり返事が返ってこないので、少しガッカリした様子のサムカである。

 一方のサムカの教え子たちは元気で、目をキラキラさせている。レブンはいつものようにガシガシとメモをとっているし、ペルはミンタを気遣いながら薄墨色の目を輝かせて聞いている。

 ジャディは既に男泣き状態だったが、涙を羽毛で覆われた腕で拭きながらサムカに質問してきた。

「と、殿。オレのように空中にいる場合も同じッスか? 上空10キロくらいなら上昇できるッス」


 サムカが山吹色の瞳を細めて否定する。

「いや、恐らくは無理だろう。10キロというのは、妖精が視覚と精霊場で認識できる限界の水平距離を指している。ちょうどそのくらいの距離になれば、地球の丸みで死角ができる。障害物のない空中では、すぐに発見されてしまうだろう」


 ガックリするジャディであった。サムカが白い手袋をした左手をゆっくりと振って、彼を慰めながら話を続ける。

「今までの戦術では、各自が〔ステルス障壁〕や、闇の精霊魔法の〔防御障壁〕などを用いて、妖精や精霊に気づかれない工夫をしていたね。だがこれも残念だが、そろそろばれてしまう頃だろう。パリーが吹聴したり宣伝したりしていたようだからね。まだ試していないのは、土中や水中に潜って接近する方法だな。これは、まだ有効だろう」


 ノーム先生〔分身〕に視線を向ける。

「可能であれば、生徒たちや先生方が大地の精霊や妖精と契約を結ぶことができるよう、考えてはくれないだろうか。私は運良く『大地の妖精』と知り合いになれたので、攻撃手段を得た。熊人形の暴走記録を見ると、かなり使えるようだ」

 しかしノームのラワット先生は難しい顔をしたままだ。

 術式の受信中ということもあって、何とか一言だけ答えてくれた。

「……難しいが、考えておくよ」


 サムカがうなずいて、話を続ける。

「では、再び本題に戻ろう。10キロ以上からの遠距離魔法攻撃で有効なのは、闇の精霊魔法だな。だがこれは一般生徒や先生には使えない」

 ペルが素直にうなずいている。サムカもペルにうなずいてから話を続けた。

「次に効果的と思われるのは、生命の精霊場に『対立する性質』を持つ精霊魔法だ。例えば氷の精霊魔法は有効だろう。炎の精霊魔法は有名だから妖精も対処をしているはずだが、それなりに効果は出るはずだ。それらを〔テレポート〕して攻撃を加える。目的は妖精が〔憑依〕している生物を弱らせることだ。精霊については、それぞれ帯びている精霊場を撹乱して、その密度を低くすることが目的だ」


 ミンタがペルからの魔力支援を受けて楽になったようで、サムカの話に口を挟みこんできた。エルフ先生は四苦八苦していて、返事をする余裕はなさそうだ。

「光の精霊魔法でも可能よ。妖精が〔憑依〕している生物は生きているから、細胞死を引き起こせば弱ることになるわ。具体的には、強力な紫外線や青色光を照射して、細胞内で大量の活性酸素を発生させることね。でも、一方の思念体や精霊には、反対にエネルギー注入しちゃうことになるけど。生物やアンデッドと違って、光に帰すことが難しいのよね」


 すかさずジャディが琥珀色の瞳を凶悪に光らせて、ミンタを睨みつけた。

「は。バカじゃねえのか。意味ねえだろ、そんなの。敵を元気づけてどうすんだよ、このバカ狐」

「あ? なんだとコラ」

 ミンタも凄んでジャディを睨み返すが……余裕がなくなったのか、急に難しい顔になって黙り込んでしまった。


 ペルが大汗をかきながら、ミンタに文句を言う。

「もう、ミンタちゃん。今は術式の正常受信と導入準備に集中してよ。エラーが起きたら、また最初からやり直しだよ」

「ぐぬぬ……」となるミンタ。さすがにペルに魔力支援を受けている以上、強く出ることができないようだ。金色の毛が交じった両耳を伏せて素直にペルに従う。

「分かったわよ、もう。クソ鳥、後でギタギタにしてあげるから覚えてなさいよ」


 ジャディは勝利の高笑いをして非常に上機嫌だ。ミンタの負け惜しみもほとんど聞いていない。今はイスの〔拘束〕も全て破壊されていて自由の身なので、背中の翼をバサバサさせている。

 このままでは、魔法強化されていない地下の教室が崩壊する恐れがあるので、サムカ熊がジャディの肩に熊手を乗せて抑えつけた。同時に〔防御障壁〕をジャディに被せて、彼が発する風の精霊魔法も抑える。おかげで、何とか天井の崩落事故は、未然に防止できたようだ。


 レブンも口元を魚に戻してジャディにヒヤヒヤしていたが、サムカ熊による対処の効果を確認してセマン顔になった。そして今はサムカと会話をして、ジャディやミンタの興奮を逸らすことが最善と判断したようだ。サムカに手を挙げて発言する。

「ええと……視覚だけ阻害するのであれば、ソーサラー魔術で森に広域の煙幕を張ってしまうのも手ですよね、テシュブ先生。可視光では探知できませんし、生命の精霊場による〔探知〕では、僕たちの正確な測位はできません。一方で僕たちは、テラヘルツ波というちょっと特殊な波長の電磁波を使えば、光学測位並みの精度で敵の位置が分かります。これも使ってみてはどうでしょうか」


 サムカが腕組みをして少し考え込んだ。

「うむむ……私は光の精霊魔法については素人だから、何とも言えないな。だが、それでも危険なことには変わりはないだろう。煙幕の効果で、敵の空間分解能が数メートル単位に落ちても、不審に思われたらそれで終わりだと思うぞ。確か……パリーが墓所に通じるヒドラの洞窟の入口周辺を、一度にミミズにしただろう。あの程度の面積で攻撃してくるはずだ」

 レブンもサムカに指摘されてシュンとなる。

「そうですよね、すいません」


 しかしサムカは反対に笑みを浮かべている。

「いや。使いようによっては有効だ。その煙幕の中に、君たちがいなければ良い。陽動作戦というかニセ部隊作戦だな。敵の注意をそれによって、我々が意図する方向へ向けることができる。時間稼ぎも可能だろう。煙幕の中に〔式神〕やシャドウを潜ませて、混乱させるのも手だな」



 ここで術式の受信が完了して、次に杖への導入が開始された。それを確認する。

 今後は、さらに先生や生徒たちに負荷がかかるので、無言になることが多くなる。実際、先生〔分身〕と生徒たちの難しい顔が、さらに輪をかけて難しいものに変わった。それでも何とか許容範囲のようで、ほっとするサムカである。

「この術式は、それらの精霊魔法が使えない者や、苦手な者にとって便利な魔法具になるはずだ。自動追尾にして、〔マジックミサイル〕として撃ち出し、〔テレポート〕させて敵に命中させればいい」

 まさしく榴弾である。しかも自動追尾機能付きの。

「妖精が〔防御障壁〕を張っていても、それごと〔消去〕、爆発させることになる。彼らの〔防御障壁〕も生命の精霊場で構成されているからね。一方で精霊には自我がないので、〔防御障壁〕を張ることはない。直撃させることは容易いはずだ」


 やはり返事も質問も来ないので、そのまま話を続ける。術式の導入状況は、現在半分ほど完了というところか。受信時に、先生や生徒たちへの個別の術式最適化を行ったので、所要時間そのものは短い。負荷はかなり高いままだが。

「この榴弾型の死霊術が命中すると、精霊は吹き飛ぶ。妖精も怒り成分が分離されて穏やかになるはずだ。だが、これに頼るのは上策とは言えない。元々の魔力は我々よりも大きい上に、妖精や精霊は仲間を呼ぶこともできる。戦況が悪くなったら、迷わずに安全な場所へ撤退することだ。パリーを見捨てることになってしまうが、仕方あるまい。自業自得でもあるしな」


 それには、全員が迷いなく同意している。今回の騒動も、パリーが妖精とケンカして勝ってしまったことが直接の原因である。


 サムカがそろそろ術式の導入が完了するのを確認した。どうやらエラーを誰一人起こすことなく、無事に済ませることができそうだ。

「我々に好意を寄せる妖精もいれば、中立や敵対する妖精もいる。つまり妖精社会も我々の社会と同じように、派閥があるということだ。私は苦手にしているが、派閥を利用することも選択肢の1つになるだろう。さて、そろそろ導入完了だな」



「ふう……」と安堵の息をして、術式を習得した先生と生徒たちであった。

 やはり最初に元気になるのはジャディだ。机の上に立ち上がり、まだ疲労困ぱい状態のミンタやエルフ先生〔分身〕に、文字通りの上から目線で言い放つ。

「情けねえなあ、オマエら。これしきの術式に腰を抜かしてどうすんだよ。ひ弱だな、まったく」


 高笑いまで始めるジャディに闘志をかき立てられたのか、見る見るうちに回復していく先生と生徒たちだ。

 ちなみに、軍と警察からの受講生2人には元々の魔法適性がほとんどないので、オリジナルの術式は習得していない。先生や生徒たちが作成した〔結界ビン〕を扱うための、基礎的な術式だけを習得したに過ぎない。

 中に入っている死霊術の術式に時限信管機能がついているので、その時間設定に必要な術式だ。もちろん、〔結界ビン〕の制作者が時間設定まで行えば、不要になる。また、〔結界ビン〕に通常の時限爆弾を取りつけても構わないので、実用性には乏しいものであったりするのだが。


 ジャディとミンタ、ラヤンが再び口論を始めたのを見て、サムカが別の話題を提示した。やはり(まだ新兵訓練的なノリだなあ……)と内心思うペルとレブンである。教官の前で、新兵が口論するような訓練はありえないが。

「〔召喚〕の残り時間がそろそろなくなる。最後に、もう1つだけ君たちに課題を出しておこう。これは、自由研究の類だと思ってくれ。必修ではないし、教育指導要綱にも書かれていない」


 サムカが今までに、『教育指導要綱に沿った授業を行ったことの方が、少ないのではないでしょうかね……』と先生〔分身〕と生徒たち全員がツッコミを入れかけた。が、まだそこまでの体力は回復できていなかったようだ。とりあえず黙って聞くことにする。

「君たちの杖の更なる強化だ。森の妖精の集団を相手にするとなると、君たちの有する魔力限界まで消耗することになるだろう。その際に、現状の杖では耐え切れずに破損する恐れがある。交換すれば良いが、それはそれで面倒だろう」


 ノーム先生〔分身〕が難しい顔になった。銀色のあごヒゲを片手で撫でながら、垂れ眉を上下にヒョコヒョコ動かしている。

「かなり難しい課題だな。先日、ドワーフのマライタ先生がしてくれた強化が、僕の知る限りでは最終版だよ。一般に入手できる素材では、これが限界だ。この杖には大深度地下産の鉱物や土類も使われているから、既に『特別な杖』になっているんだよ」


 エルフ先生〔分身〕もノーム先生に同意する。

「そうですね。素材面では、これ以上の改良は難しいでしょうね。魔法の出力では、ミンタさんが海賊相手に〔殲滅〕魔法を行使しましたが、あれでもまだ足りませんか。妖精相手でも、効果を出せると思いますが」

 ミンタも不服そうな顔をしてサムカを見つめている……が、特に何も言ってこない。


 サムカが腕組みをしながら、エルフ先生〔分身〕とノーム先生〔分身〕にうなずく。

「妖精相手では役に立つと思う。目的は怒り成分の除去だからな。だが、敵の性格がパリー先生のように好戦的であれば、話は少し変わってくる。パリー先生がこの森の獣人族を一度に〔妖精化〕して、小鳥に変えてしまった事件があったね。クーナ先生の記録を見ると、あの際にパリー先生は怒り成分の分離などはしていなかったはずだ。分裂したというような記述はなかった」


 エルフ先生〔分身〕もサムカに指摘されて、思い出した様子だ。日焼けした白梅色の顔の整った眉を寄せて、難しい顔になっていく。

「確かに。あの時の私の装備では、パリーに対抗できませんでした。ですので、怒っていたパリーに魔法攻撃をすることはしませんでしたが……分裂する雰囲気は全くありませんでしたね、そう言えば」

 そして、肩を落とした。

「妖精ですものね。私たちと異なっていて当たり前ですよね」


「ふむふむ……」と興味深く聞いていたノーム先生〔分身〕が、口ヒゲを片手で撫でる。ついでにパイプを取り出そうとして、慌てて止めた。地下室では火気厳禁だ。

「なるほどね。パリー先生並みに好戦的であれば、この戦術の効果も危ういということか。まあ、ケンカして負けたということだから、それほどではないと思うが。これも希望的観測というものだろうな」

 そして口調を少し変えて、考え込むような仕草をとった。

「だが、テシュブ先生。肝心の大深度地下産の鉱物や土類は、全て瓦礫と共に大地の精霊に食べられて消失している。補充は無理ではないかな。泥炭沼で釣りをしても、果たして目的の鉱物を含んだ大地の精霊に巡り合えるかどうかは〔運〕次第だ。ノームの違法研究所は、もう跡形も残っていないし」


 サムカも素直に同意する。

「うむ。それもあるので、自由研究の扱いにした。素材強化が期待できないのであれば、術式面での強化を考えてみても良いだろう」

(術式の改良かあ……)と思案を始める生徒たちに、サムカが山吹色の瞳を向ける。

「時間ができた時に考える程度で構わないぞ。森の妖精群の襲撃対策に集中するのが最優先だ」

「はい」

 素直に返事をする生徒たち。サムカと先生たちも視線を交わした。


 エルフ先生〔分身〕が右耳の先を上下にピコピコさせながら思案する。

「そうですねえ……本国の上司にも相談してみます。ドラゴンゴーストの懸念事項もありますし」

 サムカが軽く両目を閉じてエルフ先生〔分身〕に謝った。

「すまん。そのドラゴンは、恐らく私の知り合いだ。昔、戦って追い払ったのだが……私に遺恨を抱いているようだと、ハグから指摘された。この世界へ〔召喚〕中の私は、魔力が大きく制限されているからね。襲いやすい」


 エルフ先生〔分身〕が軽くため息をついて、諦めたように微笑んだ。

「そんなことだろうと、予想していましたよ。サムカ先生に落ち度はありませんから、気にすることはありません」


 ドラゴンゴーストと聞いてミンタとペルが顔を見合わせた。

「テ、テシュブ先生。私たちもミンタちゃんの故郷の街で見かけました。退治しましたけど、あれ、そういう事だったんですか」

 ペルが軽くパタパタ踊りを始めた横で、ミンタも両耳をパタパタさせている。

「何よ、ナウアケだけじゃなくて、テシュブ先生も原因じゃないの。この疫病神。あ、アンデッドだから当然か」


 返す言葉もないサムカに満足した表情を浮かべたミンタが、話題を変えた。

「杖の件だけど、私に色々と試してみたい案があるのよ。ペルちゃんの協力が必要だけど、やる?」

 ペルが片耳だけをパタパタさせて小首をかしげたが、すぐに微笑んでうなずく。

「うん、いいよ。ミンタちゃん」


 サムカが教室の壁にかかっている時計を見上げた。ジャディが引き起こした風の影響で、少し傾いている。

「そろそろ終了だな。ハグがようやく仕事をしたので、死者の世界との時間差がかなり改善された。今後は、部屋着のままで〔召喚〕されたりする恐れはなくなるだろう……」

<パパラパー>とどこかでラッパの音がして水蒸気の煙が立ち上がり、サムカの姿が消えた。もう、サムカと一緒に巻き添えになって〔消滅〕する物は生じない。


 同時にサムカ熊が待機状態から活動状態になった。自律行動できる状態だ。サムカ熊が、自身のぬいぐるみの両手両足を屈伸させて体操をする。

「……うむ。正常に起動したようだな。さて、ではクーナ先生。安全試験を始めてくれ。もう、暴走することはないと思うが」

 熊人形の口がパクパク動いて、口の中からサムカの肉声にかなり近い音声が出てくる。


 エルフ先生〔分身〕が不敵な笑みを浮かべた。早くもライフル杖を出現させて肩に担いでいる。

「そうですね。では、心置きなく安全試験を始めましょうか。表へ出なさい」




【サムカの居城】

 その後、マライタ先生の偵察衛星網や、エルフ先生の風の精霊を使った警戒網による、詳細な位置と速度情報が得られた。それを死者の世界の居城の執務室で、ハグから聞くサムカである。

 今回もハグ対策のために、部屋の隅にオブジェ状態で立っている3体のゾンビに防護シートをかけ、ハグに振り向いた。サムカはいつもの部屋着にスリッパの気楽な服装だ。

 一方のハグも相変わらずの独創的なファッションのままであった。あれから塩素漂白でもしたのか、まだら模様に白くなって、服やズボンの生地が脱色して繊維が切れ、小さな毛玉が無数に発生している。


「そうか、その浸透速度では、あと3日後に、学校から100キロの警戒ラインに侵入することになる。迎撃態勢を構築する時間は、何とか確保できそうだな」

 ハグから提供された情報を、手元の〔空中ディスプレー〕で確認するサムカ。やはり今回も、映像情報は白黒でノイズだらけになっている。

「世界〔改変〕で少しは画像が良くなるかと期待していたが、それほどでもなかったか。敵の詳細な映像情報は分からないな。まあ……オーク軍と異なり、遠距離攻撃用の兵器で武装しているわけではないから、位置情報と、魔力量の情報さえ得られれば何とかなるだろう」


 ハグが銀色の丸刈り頭から数本飛び出ている髪の毛を、ヒョコヒョコ揺らして腕組みをした。今回も空中に浮かんで、ゆっくりと部屋の中を回っている。執務室の床を彼なりに気遣っているのだろう。

「光と生命の精霊魔法の分野になるのでな。いくらワシでも異世界の情報収集には限度がある。今回もそうだが、ワシもサムカちんも〔召喚〕されることはない。闇の魔法場があるだけで、妖精どもが怒り狂うには充分な動機になるからな。ここから観戦するしかないさ」


 サムカが腕組みをして考え込む。〔空中ディスプレー〕画面を消去して、窓の外を眺めた。冬とはいえ亜熱帯気候なので、緑豊かな森と植えつけがほぼ終了した畑が見える。空はどんよりと曇っていて時節、小雨が降っている。しかし、地面に水たまりをつくるほどの雨量ではない。

 おかげで、空気中の塵が抑えられて、視界がはっきりとしている。森と草原や畑に覆われた地平線もくっきりと見えていた。


「私も、考え得る策と術式は与えた。これ以上の強力な魔法となると、生者ではさすがに副作用が無視できないほどに深刻なものになる。魔法場汚染も強力なものになるから、かえって森の妖精や精霊を挑発する材料にもなりかねない。手持ちの魔法を上手く組み合わせて、運用してもらいたいものだ」

 ここでサムカが視線を北に移した。

「領主としての仕事も、そろそろ商船が目的地の港へ入港する頃だから手を抜けない。さすがに入港手続きや検疫に諸々の書類仕事は、騎士に任せておけるものではないしな」


 ハグが淡黄色の瞳を細めて、ニヤニヤしながらサムカの話を聞いている。空中でイスに腰かけたような姿になった。

「オークの住民を抱えている領主というのは、なかなかに不自由な役職だな。熊人形やワシの人形が自律行動するから、作戦手順の通りに進めば死者は出ないだろうさ。出たら出たで、奴らが〔復活〕させるだろう。それも無理だったら、ワシらでゾンビからじっくりと面倒を見て、立派な騎士に育ててやろう」

 サムカが腕組みをしてハグに同意する。大真面目な表情なので、冗談ではなさそうだ。

「そうだな。リーパット君でも、100年もあれば騎士見習いに育つだろう」



 その時、城内に警報が鳴り響いた。早速、セマンの警備隊長の不敵な笑みを浮かべた顔が、サムカの手元の〔空中ディスプレー〕画面の隅に映し出される。

「旦那。またオークの特殊部隊が侵入してきたぜ。核爆弾は持ち込んでいないようだが、どうするね?」

 サムカが整った眉をひそめた。

「またか。最近また多くなったな。よろしい、見つけ次第殺してくれ。死体は君たちで好きに使って構わんよ」


 セマンの隊長がニヤリと笑う。ティンギ先生と同じ民族とは思えないような笑みだ。

「殺すと商品価値が下がるんだよな。生け捕りを許可してくれると、副収入って面で嬉しいんだがね」

 サムカがハグと顔を見合わせて、山吹色の瞳を細めて否定する。

「それは許可できないな。王国連合の法律では、見つけ次第『駆除』することになっているからね。捕獲販売は異世界の連中から非難される要因になる。無理だな」

 セマンの隊長が、ニヤニヤしながらパイプに火をつけた。予想していたようだ。

「了解。それじゃあ新鮮なうちに解剖して、臓器売買のオークションに流すとするか。じゃあ、駆除したら報告するよ」

 それっきり隊長の顔がディスプレー画面から消えた。


 サムカが小さくため息をついて、ハグに藍白色の白い顔を向ける。

「先日の海賊どもも、臓器販売を視野に入れていたが……結構、大きな市場なのかもしれないな」

 ハグはあまり興味はなさそうだが、とりあえずサムカの予想に同意した。

「そうだろうな。ウィザード魔法の招造術なんかで需要があるんだろうさ。キメラや生体ゴーレムなんかを作るには、あると便利だ。法術とかでもな。量産段階では、工場生産した人工組織に置き換えるんだろうがね。他には、噂ではあるが、法力サーバーに保管している生体情報の保護部品の素材にも使われるって話だな」


 サムカが肩をすくめた。山吹色の瞳が外の曇り空の色を取り込んで、やや辛子色になっている。

「……いずれにせよ、死者である我々には関わりが薄い話だ。さて、教え子たちがどう動くのか。不安ではあるが、一方で楽しみでもあるな」


 そしてすぐに〔念話〕で騎士シチイガを呼び出した。

(オーク軍の特殊部隊がまた領内に忍び込んだようだ。セマンの警備会社が向かっているが、卿も同行してくれ。監視役として違法行為をしていないかどうかの確認を頼みたい)


 すぐに返事が届いた。

(かしこまりました、我が主。違反者は、即、〔消去〕処分でよろしいのですね)

(うむ。その前に一言だけ警告をするようにな。では頼むぞ)


 サムカが〔念話〕をそれで終える。錆色の短髪を白い事務手袋をした左手でかきながら、窓の外を眺めた。オーク兵が潜んでいると思われる南の森の中は、意識的に見ていない。

「セマンの盗賊や冒険家はいなくなったが、今度はオーク軍か。なかなか上手くはいかないものだな」




【慰霊碑】

 ミンタを筆頭にした生徒たちの働きかけで、3日後には新たな慰霊碑の除幕式が執り行われることになった。

 出席者は校長と先生たち全員、それに役場からサラパン羊、駐留警察の署長と軍警備隊長だ。生徒側はペルたちいつもの面々と、元バントゥ党だった生徒たち、アンデッド教徒とムンキン党から数名。人数としては、少し寂しいものだ。リーパット党は不参加を宣言していたので来ていなかった。


 校長が慰霊碑に被せられた除幕式用のカーテンを引く紐を、レブンから受け取る。それを見ながら、ペルが少し慌てた表情で両耳と黒毛交じりの尻尾をパタパタさせている。

 生徒たちは冬服である紺色のブレザー制服なのだが、半ズボンなので竜族と魚族を中心に少し寒そうにしているようだ。ムンキンとラヤン、それにレブンが顔を少し険しくして足踏みしている。他には、アンデッド教徒のスロコックも同じ動作をしている。


 この除幕式には、元バントゥ党の幻導術ウースス級長と招造術クレタ級長、それに魔法工学ベルディリ級長の姿は見当たらなかった。

 一応、シャドウを使って秘密裏に伝えてはいるのだが……「テロ実行犯の一味だと疑われては迷惑だ」と冷たい回答が返ってきただけだった。残念に思うペル。しかし、今はそれどころではなかった。

「ミ、ミンタちゃんが、まだ来てない……」


 場所は寄宿舎前庭の隅で、ちょうど森との境界辺りになる。そこに小さな塚が設けられていた。塚の上には、ひと抱え程の自然石を少しだけ加工して、慰霊碑に仕上げた石碑が乗せられている。

 石碑を囲むように塚の法面のりめんには、森で収集してきた赤色や黄色い花が移植されていて、彩を添えている。

 除幕式用のカーテンは崩壊した校舎の瓦礫の中から回収したもので、闇魔法場汚染をペルが〔除染〕して、さらにミンタが〔修復〕魔術で直したものだ。そのままでは『ただのカーテン』なのでラヤンが手を加えて、式典で使えるように加工している。


 ペルがキョロキョロしてミンタを探していると、コントーニャがヘラヘラ笑いながらペルに手を振って歩いてきた。さすがに勘が鋭いようで、すぐにペルの危惧を察したらしい。とたんにニヤニヤ笑い始めて、ご機嫌に尻尾と両耳をパタパタ振り始めた。

 そのままシレッと旧バントゥ党の生徒たちの中へ入って、あっという間に馴染んでしまった。そのシレッとした表情のままでペルに告げる。

「あのバカ狐ぇー、地下教室では見かけなかったわよー」


「ええ~……」

 パタパタ踊りを始め出して慌てているペルの元へ、レブンがやってきた。セマン顔のままで落ち着いている。 

 先程までスロコック以下、アンデッド教徒たちに囲まれていたので、脱出の口実にもなったのだろう。半ズボンなので寒いのか、足踏みをずっと続けている。

「ペルさん。ミンタさんのことなら、多分大丈夫だよ。古代語授業が少し長引いているんだと思う」


 そして、石碑に被せられているカーテンを見上げる。

「ミンタさんが、この慰霊碑建立の発起人だしね。僕の仲間のアンデッド同好会の面々も協力してくれたそうだけど、彼女は学校の首席だからね、影響力は僕たちの比じゃないよ。彼女が来てから式典が始まるくらいの都合はつけてくれるはずだよ」

 ペルもレブンの話を聞いて、ようやくパタパタ踊りを中止できたようで笑顔を浮かべる。まだそれでも固い笑顔ではあるが。

「そ、そうよね。あ。でもシーカ校長先生のところへ行ってくる」


 除幕式の紐を両手で持っている校長のところへ、パタパタと駆けていくペル。それを見送ったレブンが、手元に小さな〔空中ディスプレー〕を表示した。

 地図表示になっていて、1000を超える数の赤い点が移動している様子が映し出されている。ウィザード語で注釈が添えられており、森の妖精や精霊の大まかな魔力量と速度が、レブンの視線に合わせて表示された。平均時速は100キロにも達するようで、まっしぐらにこの学校へ向かっている。

「待っても、10分程度かな……」


 必死でペルが、校長や、軍警察の偉い人、それに先生方に頭を下げて時間稼ぎをしている。(僕も行った方がいいかな……)と思い始めるレブン。スロコックがレブンに(手助けしようか?)という風の合図を送ってきた。少し考えて、丁寧に断るレブンだ。

 一方で、ヘラヘラ笑っているコントーニャに対しては、厳しいジト目を投げつけた。

 ジャディは既に飽きて、森の上空をトンビのように輪を描いて旋回している。あくびをかいている様子までよく見える。


 式典の開始時刻を2分ほど過ぎたあたりで、レブンもペルに助力しようかと足を向けた。その時、会場の外れの〔テレポート〕魔術刻印が反応して、ミンタが〔テレポート〕して到着した。

「ごめんなさい。ちょっと授業が長引いてしまいました」

 両耳の先を赤くして、口元や鼻先のヒゲ群の先に汗の水玉をいくつも浮かべて、ミンタが小走りで駆けてくる。そのまま校長や先生方、それに軍と警察の偉い人にも頭を下げて回った。


 特に文句を言う人はいなかったようで、ほっと安堵するミンタだ。最後にペルに抱きついて礼を述べた。

「ありがと、ペルちゃん。木星でちょっと長話しちゃった」

 ペルも薄墨色の両目を安堵の光で満たしながら、微笑み返す。黒毛交じりの尻尾もブンブン振られていて、心情は丸分かりだ。

「良かったあ、間に合って。さあ、式典を始めましょう」

 校長が微笑んで、うなずいた。

「では、これから慰霊碑の除幕式を始めます」



 学校には楽団がないので、そのままカーテンが引かれて慰霊碑が冬の日差しの元に照らされた。森でパリーが見つけて持ってきた自然石を軽く加工しただけなので、派手さは全くない。そのパリーもエルフ先生と共に参加していて、ドヤ顔で鼻歌を歌っている。

 石碑には狐語で『慰霊の碑』とだけ刻まれていて、至ってシンプルな出来だ。故ナウアケの活躍でアンデッドに対しての警戒感も薄らいでいるが、まだまだ積極的にゾンビという単語を記すまでには至っていない。


 ミンタをはじめとする生徒たちの視線は、その慰霊碑の反対側に小さく刻まれている3行の文字列の辺りに向けられていた。バントゥ、チューバ、ラグのフルネームが刻まれている場所である。


 校長の慰霊の辞が、穏やかな声で静かに読み上げられる。黙祷を捧げる生徒たち。サムカ熊も参加して、一緒に熊頭を垂れている。

 先生方もエルフ先生とノーム先生、それにマライタ先生は黙祷をしている。しかしそれ以外の先生は暇そうに立っていたり、何か別の作業を手元の〔空中ディスプレー〕で行っている。

 法術のマルマー先生はゾンビの慰霊碑に事実上なっているので、やはり複雑な表情をしたままだ。パリーは面白がってニコニコしているが。


 慰霊の辞を読み終えた校長が数秒間ほど黙祷を捧げて、視線を生徒や先生たちに向けた。既に表情は緊張している。

「除幕式をこれで終わります。皆さんは、予定通り行動を始めて下さい」


 いつの間にか、リーパットが仲間を40人引き連れてやって来ていた。すぐに大声を張り上げて戦闘準備の号令を、黙祷を捧げていた生徒たちに投げかける。

「おい。葬式ごっこはこれで終わりだ。さっさと持ち場につけ!」


 そして、ミンタたちが製作した、ガラス製の榴弾を撃ち出す携帯砲を振り上げた。この武器の供与と取引して、今まで黙っていたようだ。

「妖精どもをやっつけるぞ! 我が帝国の力を見せつけてやろうぞっ」

 これにはミンタたちも異論はないようだ。一斉に気勢が上がった。先生たちや軍警察の関係者まで一緒になって、腕を振り上げて叫んでいる。



 そのままの勢いで、生徒や先生たち、それに軍と警察が持ち場に向かって駆け去っていくのを、感心して見送るレブンとペルである。

「リーパット先輩もこうして見ると、ちゃんと統率力というかカリスマ性があるんだなあ」

 レブンがセマン顔のままで、少し冷ややかにつぶやく。隣のペルも肩を少しすくめて同意する。

「そうだね。一応は名家のブルジュアン家の次男だものね」


 そして、ミンタとラヤン、それにムンキンに手を振って見送りながら、気合いを入れた。

「じゃあ、私たちも配置につこうよ、レブン君」


 パリーが駄々をこねて、エルフ先生〔分身〕と口論しているのが見えた。少し距離があるので声が今ひとつ届かないが、どうやらパリーを地下階へ避難させるようだ。エルフ先生〔分身〕が同行するのだろう、その彼女がジト目になってパリーの手を引っ張る。

「パリー。あなたが地上にいると面倒な事になるって説明したでしょ。さっさと地下へ避難するわよ。私も一緒についていってあげるから」


 エルフ先生に手を引っ張られているパリーは、まだ駄々をこねている。魔力ははるかに上なので、本気ではないようだが。その気になれば、エルフ先生〔分身〕など吹き飛ばすことも簡単だ。

「やだあ~。暗いの怖い~狭いの怖い~」

「私より年上のくせに、何を言ってるの。さあ、行くわよ」


 ずるずるとパリーを引きずって、地下階への階段を降りていくエルフ先生〔分身〕を、微笑ましく見送るペルとレブンであった。レブンが「コホン」と軽く咳払いをする。

「今回は妖精と精霊相手だからねえ。帝国軍や警察は、本格的に動くことはできないんだよ。エルフやノームの警察も及び腰だし。この世界のことわりと戦うようなものだからね」


 ペルが緊張しながらも真面目な表情に戻る。

「でも、こうして警備隊や駐留警察は、全面協力してくれることになったよ。戦力としては、現状では最善だと思う」

 それにはレブンも同意する。

「そうだね。でもまあ、そもそもパリー先生が妖精会議でケンカしてこなければ、こんな面倒な事態にはならなかったとは思うけど。かと言ってパリー先生を逮捕して差し出すなんて、僕たちの魔力じゃ無理だしね」


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