第十四話 王都への旅路 その5
前回のあらすじ:第二王子目覚める
さくさくさく・・・と土を踏みしめ進んでいく。しかし、どうもこの音は楽しくなるな。・・・どうでもいいか。
さて、俺の前には俺と同じ様にさくさくと土を踏みしめて森の中を歩くガイアス第二王子殿下がいる。こちらに背中を向けて・・・まったく油断しすぎだろと思うがこれは多分あれだ。俺を信用してくれてんだろう。一応王宮魔法使いの弟子でもあるしな。
「さて、この辺でよさそうであるな」
そう言って第二王子はこちらを振り向く。・・・青い鼻ひげが妙に目を引くな。まあ、いいや。はてさて、一体話とは何なのだろうか。
「単刀直入に聞くのである。なぜ、貴殿はスーランの弟子になったのであるか?」
「ひぇあ?」
思ったのと違った。いや、てっきりなんか弓が下手だなとか言う話かと・・・ならあの場で済むか。
しかし、俺が師匠に弟子入りした理由・・・ねえ。
「特にない・・・んですけど」
「ない・・・であるか?」
「はい」
正直にそういうと彼は訝し気な顔になった。おやおや、なんでこんな顔されるんだ?
「何かないのであるか?そう、例えば王宮魔法使いに弟子入りすることによって王宮に侵入し、内から引っ掻き回そうなどとかはないのであるか?」
やけに具体的だな・・・と思いつつも俺は返答した。
「何もないですよ。それに王宮魔法使いだったなんて最初は知らなかったですし」
そう、俺からすれば初めて会った時の師匠は初対面で玄関を開けた瞬間の人に魔法をぶち込むような人であった。今は・・・ただのどMか。
「・・・む?そうであるか?」
「ええ、そうです」
そう言うと彼は黙ってしまった。何かを考えているようだが・・・。
「ふむ、そういえば名前を聞いてなかったであるな」
「名前・・・?そういえば、そうですね殿下。自分は、ケインジス・ラーデンスを申します」
「ふむ・・・貴族であるか?ん、ラーデンスだと?」
あら?何かよくわからんが俺の苗字を聞いて眉をしかめた。怒ってる・・・んじゃなく、何かを思い出そうとしてるのか?まさかだけど俺の先祖が王族に何かしでかして嫌われてるなんてことは・・・・あったら既に貴族じゃなくなってるか。
「ケインジス・ラーデンス、貴殿の父はもしかしてガランドではないのであるか?」
「・・・ええ、確かに父はガランドですが。お知り合いでしょうか?」
まさか、ガランドが何かやらかしたのか。でもどうして王子と接点が・・・って、あ、ローズの件があったじゃないか。あれで何かあったのか!?
「そうか・・・」
内心穏やかではない俺とは対照的に第二王子は穏やかな様子だった。なんでだろうか。
「『閃殺』殿の息子であるか。これも何かの縁・・・いや、この場合はスーランと彼の縁というわけであるな」
「え・・・?」
せんさつ・・・?なにそのやばそうな名前。うちの親父殿にはまさか『燃える乙女』みたいな二つ名でもあったというのか!?
「あの男の息子であるならば怪しいところはなかろう。ならばよいのだ」
そう言って第二王子はうんうんと頷いていた。本当にちょっと待ってほしい。一体ガランドは何者だったんだ・・・?
「あの・・・殿下」
「む・・・?なんだ、ケインジス・ラーデンス・・・と、苗字で呼ぶと長いのである。ケイン、でいいであるか?」
「え、あ、はい。それはいいのですが・・・あの、その、父とはいったいどういうご関係で?」
第二王子からのニックネームは決まったがそんなことはどうでもいい。さらりと流して俺が口にした疑問に、彼は「ふむ・・・」と言って髭を撫でつけた。
「まあ、少し長いかもしれないが・・・話そう」
そう言って彼は語り始めた。
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『閃殺』。Sランク冒険者時代のガランド・ラーデンスの二つ名である。その所以は『一撃で魔物を殺す』ということだった。もちろん、ドラゴンや悪魔とかいった超位存在相手は無理だがBランクまでの魔物なら――最高の装備という条件はあるが――一撃の下で葬り去れる。それがガランドという冒険者だった。ちなみにルージュ・ベアはB+である。以前に俺とガランドたちが森で遭遇した時はガランドたちは苦戦しそうな気配を醸し出していたがそれは装備が足りなかったからだ。完璧に装備しているなら、一撃とは言わずも、ほぼ瞬殺であったのだとか。
さて、それで第二王子とのつながりの件の話になるが、軍部は当然ながら高名な冒険者を常にチェックしている。それは、国内における危険因子の警戒のためであったり、或いはスカウトするためだったりする。そして、第二王子は軍部と関係が良好であった。そのため彼はガランドのことを知りえていた。だが、彼は噂に左右される人間ではなかった。
いつかは、ガランドの実力を直に確かめたいとガイアスは思ってはいた。と、その時にちょうどいい建前を思いついたのだ。
それが第三王女ローズの護衛依頼だった。当時のローズはまだ民衆の前に出たことがなく初のお披露目というイベントがあり、それを利用した形である。もちろん、外部から人を雇うまでもなく軍部だけで守りきれた。それまではそうであったが、軍部と仲の良いガイアスの提案に上層部は快く応じ、そして作戦は決行された。
当初は、適当な者に盗賊役として退治させるようにする予定だったらしい。そのため、敢えて守りを薄くした・・・その情報をどこかからかかぎつけてきたのかもしれない。予定とは違う大人数で、しかも演技ではなく本気で、盗賊の集団が襲い掛かってきたのだ。しかも、やたら腕の立つ集団であり、護衛たちも一人二人と倒されていき、王女が手にかけられるのも時間の問題かと思ったとき、ガランドは動いた。
そして、まさにその名に違わず剣を一振りするたびに相手を仕留めて行った。そして、相手は全滅し王女は守られた。そしてそれはそのまま実力を確認できたということになる。
もともとはその時点で彼をスカウトする予定であったが、それよりも王女を襲った連中を探し出す方に重きを置かれたときにガランドが騎士の爵位を取ったので、スカウトできず今に至る。
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「・・・とまあ、ざっとこんな感じであるな」
「へえ・・・」
予想以上にランクが高かったガランドに愕然としつつ軍部にスカウトされそうだったと言う話に困惑し、王女護衛の依頼の裏にそんな話があったことに驚愕しガランドが折角の機会を失ったのを呆れた。
「余は貴殿の父には感謝しているのである」
「感謝ですか・・・?」
「うむ。なにせ、その時は、余もいたからな」
「え・・・?」
「言ったであろう。直に実力を確かめたいと。故に、余も近衛の一人として行動を共にしていたのである」
「お、王族がそんなことしていいんですか・・・?」
「所謂お忍びというやつである。まあ、表向き、『余はいなかった』のである」
ババンと言い放つ第二王子に、俺は呆れる。こんな王子で大丈夫なのだろうか・・・。
そんな俺の内心を悟ったのか「さて」と王子は立ち上がり、話は終わりとばかりに歩き出す。
「貴殿が何らかの窮地に陥った場合、余は貴殿を助ける気があるのである。その時は余を頼るがよい!」
そうして、王子は去って行った。・・・どうせ、あとで合流するんだけどね。
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それから、王子は事あるごとに・・・というほどではないが俺に話しかけてくるようになった。・・・どうやら彼は俺を気に入ってくれたらしい。中でも一番よかったのは、弓の指南をしてくれるようになったことだろうか?
「ケイン、一緒に狩りにいくのである!」
「はい、わかりました」
「ふむ、中々にいい返事なのである!今夜の獲物はドラゴンである!!」
「さすがに無理でしょ!!」
たまに本気なのか嘘なのか分からないことを言うことはあるが・・・まあ、ドラゴン討伐とか、普通の人じゃできないし。ドラゴンより格下の、ドラゴン討伐入門と呼ばれるワイバーン退治すら、一般人では不可能なのだ。選ばれたエリートが複数でようやく倒せるものだしな。
さて、そんな王子の話題はさておき、俺は今重要な問題に対面している。ズバリ、王子の扱いという奴だ。
普通の庶民、あるいは貴族は王族と会って話をする機会はほとんどない。そんな中、俺は第二王子とそれなりに気安い関係を築いている。ともすれば、人々に恨まれるくらいには。
当然だろう。王と知己ということはそれだけ高位な役職を任じられる可能性は高い。年がら年中王族と近づくことを考えている連中にとっては面白くない話だろう。場合によっては俺が始末される可能性もあると師匠に警告された。
「・・・でもま、王宮魔法使いの弟子が襲われるなんてあるんですか?」
「ハァ・・・・ハァ・・・・あったらしい・・・よぉ・・・ハァ・・・・ハァ・・・・・」
「ったく、王宮魔法使いでも地位はねえのか、この豚」
ゲシゲシと足元に這いつくばる豚を蹴りつける。その度に「ふひっ」とか「あぁ・・・」とか、恍惚の声を上げる。本当に醜いものだ。
「・・・ハァ・・・・ハァ・・・すみませぇん・・・」
「・・・」
もう一度強めに蹴ると「あぁん・・・」という嬌声を上げる。
「・・・で、過去の事例はどういう感じなんだ?」
「・・・ハァ・・・ハァ・・・た、例えば・・・・」
その豚が語った事例によると、「伯爵令嬢が恋に落ちたから」だとか「王宮魔法使いとなった息子よりも地位が上な奴を許せない」だとか「脅して自身の嫁にしたくて」とかしょうもない理由が多かった。
「しょうもない。お前のような豚ばっかりかよ・・・」
「フヒッ・・・・も、もうしわけ・・・」
「うるさい、聞いてない」
「・・・!?・・・・ハァ・・・ハァ・・・」
なおも息を荒くする豚に呆れつつ、俺は考える。ここには俺とこの豚しかいないから何の問題もない。なのでじっくりと考えられるはずだ。四つん這いになったままの豚に腰かけるとぶるりと豚が震えるのが分かった。
「おい、座りにくいだろ?じっとしてろ」
「は、はひぃ・・・・」
俺は考え込む。どうすれば、俺は第二王子との間で嫉妬されずに済むかを。
・・・関係性がばれないというのは難しいだろう、と俺は考えている。あの第二王子は良くも悪くも正直と言えるからだ。どこでも豪快に俺に話しかけてくることだろう。ならば、その関係性について隠すのは無理だ。
だから、関係性で嫉妬されない方法を探っているのだが・・・。
「あ・・・あの・・・」
「なんだ豚」
「フヒィ・・・・ハァ・・・ハァ・・・。じ、実力を示すのは・・・」
「ああ?実力?」
「は・・・はいぃ・・・。じ、実力さえあれば・・・王子に近づいても・・・・」
「・・・なるほど。王子は軍部。ということは、強ければ向こうから接触してくるってことか」
「は・・・ハァ・・・ハァ・・・い・・・」
「・・・そして、あの性格なら気軽に話しかけてくるか。それにプラスして、道中で警護に当たっていたという事情もあれば、ある程度の嫉妬は避けれるか」
「・・・ハァ・・・ハァ・・・」
豚のアドバイス、いや、戯言から大丈夫なことを確認した俺は漸く安心する。王宮内のいざこざに巻き込まれて死ぬなんてまっぴらごめんだからな。
「・・・解決か。さて、今日も寝るか」
「・・・ハァ・・・ハァ・・・な、なら、私に鞭を・・・」
「煩い役立たず。とっとと寝るか永眠しろ」
「・・・!?ハァ・・・ハァ・・・」
豚を残して宿へと帰る。もう真夜中ともいえる時間なのでそろそろ寝ておかないと明日が辛そうであると思った。
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それからは、特に何もなく王国へと近づいていった。道中幾人の盗賊を捕まえたり討伐したり、凶悪な(Bランク以上の)魔物を倒したりしただけで本当に何もなかった。瞬殺とは言わないがそこまで時間もかからずに終わっているからな。
そんなこんなで王都へは簡単にたどり着いた。
「へえ・・・これが王都・・・ですか・・・」
馬車の中から見えるのは巨大な壁だった。高さ二十メートルほどの大きな壁が俺たちの目の前にそびえたっていた。その一か所に検問所のようなところがあり、人が二列になっていた。人が、というより馬車が、か。片方の馬車は高価な感じで、もう片方の馬車、あるいは並んでいる人々はそこまで高価なものを持っている人々ではなかったことから簡単に予想がついた。つまり、貴族と平民で分けられているのだろう。
「うむ、そうであるが、しかし余らは別な通路を通るのである!」
「別な通路・・・ですか?」
「うむ!」
そう言って第二王子が案内したのはその検問所からやや離れたところに位置する、先ほどの検問所よりも豪華な門がある検問所であった。これは・・・いったい・・・?
「王族、公爵家のみが使うことを許される特別門である!余は王族であるが故にここから中へと入れるのである!」
「そんな門があったんですか?」
「うむ、公にはされておらぬがな」
「・・・そんな門、僕達が使ってよろしいんですか?」
「王宮魔法使いとその弟子ならばいつかは知らねばならぬことである!問題はない!!」
堂々と言い切った第二王子だが、確かにその通りだなと納得する。いざというときはこの門から逃げるのだろう。なのに、王族の護衛をも務めるはずの王宮魔法使いがそれを知らなければ意味がないしな。
だが、この場には第二王子の言う『使う資格』がない人間もいた。
「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ!!」
「おいらたちはー」
「入る、許されてねえだど?」
「わ、私たちは冒険者ですので!」
そう、グンダイン、ゲンダイン、ゴンダインとアリンダの四人パーティー、『黒狼の牙』だ。彼らは王宮魔法使いでもなければ王族などの貴族ですらない、ただの冒険者である。
「・・・ふむ、確かにそうではあるが・・・」
それを聞いた第二王子は髭を撫でつけながら、三人に問うた。
「貴殿たち四人は、それぞれ、近衛騎士、王宮魔法使いとして余に仕える気はないであるか?」
「「「「なっ!?」」」」
四人はその言葉に驚愕する。冒険者という人種はほとんどが一攫千金、あるいは貴族などの兵士として雇われることを望んでいる。それは、お金が保証されるからである。だから、彼らは命懸けで自身の価値を示し、そして貴族に気に入られようとしているのだ。だが、今回、彼らが誘いを受けたのは王族。その安定性でいえば抜群と言える。
「だ、だけども・・・俺らはCランク・・・」
「ふん、関係あるまい。要は鍛え上げればよいのである!余にもそういった知り合いは多い故、心配無用である!」
「だ、だども・・・おらたちは、礼儀とか・・・」
「必要ないのである!貴殿たちに必要なのは腕っぷし!それ以外は二の次である!」
「だ、だけどー、おらたちは・・・」
「つべこべうるさいのであるな!余に仕えるか仕えないか、はっきりするのである!!」
「「「はっ、仕えさせていただきます!!」」」
「うむ、それでよいのである!」
いじいじと何かを言う三兄弟を一蹴し、望む答えを得られた彼は満足げに頷く。
「して、貴殿はどうするであるか、アリンダ」
「はっ、わ、私ですか・・・?」
「うむ。スーラン、彼女についての評価を述べるのである!」
「えっ、ここでボクに振りますか・・・?ええと、じゃあ、まあ・・・ゴホン。彼女は魔法に関する知識や、使い方にやや甘いところがあると言えますね」
「む、辛辣な意見であるな」
「ですが、仲間に支援魔法をかける時はタイミングよく、また攻撃魔法を放つ時も味方に一切被害の出ないよう周囲の情報を把握しております。鍛え上げれば、十分に王宮魔法使いとして活躍できるでしょう」
「うむ。他ならんスーランの言葉ならば信用できるのである。だが・・・問題が一つあるのであるな」
「問題・・・ですか?」
トントン拍子に進んでいく話にアリンダが目を回している横で第二王子が何かを呟く。それを拾った俺はそのまま彼に質問することにした。
「うむ。王宮魔法使いは、巷でかなりの功績を上げた冒険者あるいは、王宮魔法使いの弟子から任命されることが多いのである。功績の件でいえば、今回の余の救出は十分であると余は考えるのであるが・・・」
「なるほど、ケチをつける方もいらっしゃるというわけですね」
「うむ」
第二王子の懸念に俺は首肯で先を促す。
「王宮魔法使いの弟子であればあるいは可能であったかもしれぬが・・・貴殿の師匠は・・・」
「師匠は・・・とある貴族のお抱えでしたが、数年前に病死してしまい・・・」
「ふむ・・・。それは困ったのである」
「ああ、そういうことならボクが名義を貸そうか?」
話が行き詰まりそうな気配を感づいたのか師匠はそう提案する。
「し、しかし・・・」
「君さえ良ければ、の話さ。もし嫌なら断ってくれたらいいし、それに体裁だけの弟子だからボクの言うことなんて無視して行動してもいいさ」
「いえ。スーラン殿」
「ん?なに?」
「自分を正式に弟子にしてください」
師匠は何気なく提案したことにそう真摯に返されると思わなかったのか目を白黒した。あ、いや、もしかして師匠が驚いているのは弟子になるということか?なんだかんだ言って師匠は弟子になるやつを探すのに色々困っていたらしいしな。
「・・・君が言うならボクは君を弟子として扱おう。でもいいのかい、それはボクの言うことはある程度聞き入れないといけないし、ボクの派閥に属さなきゃいけないということなんだよ?」
「ええ、承知の上です。ただ、名義だけ借りてなどと言うのは不義理ですしね」
「・・・なるほどね。それではこれからよろしく、アリンダ」
「ええ。貴方もよろしくね、ケインジスさん」
「い、いや・・・僕はケインでいいよ」
まさか、こんなところで俺に弟弟子・・・というか妹弟子(?)ができるとは。俺は驚愕する。
「うむ、話がまとまったようであるな。ならば、その話と報酬の件は後で話そう。まずは、城へ案内するのである」
そう言って第二王子が前を向くと、皆は顔を引き締めた。それを見て俺も覚悟を決める。
本来は、緊急招集に応じただけだったのに、第二王子が挨拶に出て行った頃は何もなかったらしいのだ。ということは、国内で何かがある可能性を俺は想像した。つまり、場合によっては・・・。
悪い想像を振るい払うように頭を振り、気をしっかり持たせる。そんな俺の前で扉はゆっくりと開いていった。