第九話 師匠のヒ・ミ・ツ
前回のあらすじ:師匠との決闘で敗れる。
「王都に召集?」
「そうなんだよ」
師匠との激闘をして三か月ほどたったある日、午後から始まる師匠の講義を受けに来たところ、急いで荷造りしている師匠がいた。その理由を尋ねると王都に召集されたんだよ~っと言っていた。だが、俺の記憶が正しければ、確か師匠の休みはあと数か月ほどあったはずである。そのことについて聞いてみると
「そうそう、だから新しく弟子をとったわけなんだけど・・・今回のは緊急招集だから有給とか休みとか言ってられなくてさー」
「ちょっとまってください。緊急?一体何があったんですか!」
緊急招集とか、嫌な響きである。なにせ緊急だ。なにかやばいことでもあったんじゃないかと思うのが普通だと思う。
「さってね、それは行ってみないと僕にもわかんないよ。まあ、でもキミが考えてるみたいになんかあったんじゃないかと思うけどね」
「いつ頃出るんですか?」
「遅くても明後日には出ようと思ってるよ。今はジルジに手配をさせているところさ」
ジルジとはこの家で一番位の高い執事のことだ。俺が弟子入りしたときに涙ぐんでた人だな。実に有能だと師匠が言っていた。
だが、だからこそ師匠がここを出て行く算段はすでに付いているといってもいいだろう。彼は失敗のない完璧な執事という評価なのだから。
「というか、キミもそんなところに突っ立ってないで早く準備しなよ」
「え?」
「なに、その『俺もついていくの?』みたいな顔は?キミはボクの弟子なんだから当然同行に決まってるじゃないか」
「・・・いや、嘘ですよね」
口元をひくひくさせながら俺は問う。しかし、師匠は『本当に何言ってんだこいつ』って顔をして言った。
「たった三か月ほどとはいえキミは正真正銘ボクの弟子なんだから当然ついてくるに決まってるだろ?」
こうして図らずも俺の王都行きが決定された。
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「え~っと、この服とこの服はいるし・・・あ、この杖もいるよな。修行用の剣は当然必要だろうし・・・う~ん」
「坊ちゃま。さすがにそれは不要かと・・・」
「え?要らないかな?」
現在、俺は自室にて持っていく物持っていかない物の仕分け中であった。アシスタントを務めるのは最近この家に仕え始めたという新人メイドのリルンさんである。青い髪のショート、黒い目をもった美人さんである。青髪が地毛の人なんて初めて見たがなんというか染めているなんてものではなく自然そのものであったため、自然と俺も受け入れることが出来た。あと、最近入った新人と言っても二年前なので俺の方が若輩である。まあ、四歳だし?多少はね?
「よし、このぬいぐるみを持ってこう!」
「・・・いえ、不要かと」
「なん・・・だと・・・」
お気に入りの伝説級アイテム、『くまちゃん』を持って行こうとしたら不要とバッサリ切られた。なんてこったい。これがないと俺は夜も寝られないんだぜ?というと、ほかの方にはばれないようにご注意くださいと注意を受けた。ほかの方ってやっぱり他家って意味なんだろうな・・・。
しかし、このメイド容赦がない。俺のことを『坊ちゃん』と呼ぶ割にはきちんとダメ出しとかしてくる。きっと大成するに違いない。だって、さっきからお菓子とかぬいぐるみとか持って行こうとするもので魔法とかに関係ないものは大概除去されている。練習用の剣と実戦用の剣は流石に持っていけるが。
「くっ・・・このクッキー上げるから・・・!」
「いえ、不要です」
ナンテコッタイ!必殺『賄賂』も届かない!!
実は俺は生前多少は料理を嗜んでいたため多少の料理のレシピは覚えている。まあ、貧乏に一人暮らしやってたから多少はね?んで、この屋敷で暇になったので久々に料理とかやってみたところ・・・おやつがメイドたちの胃袋を掴んだのだのだ。それからというもの多少の悪事はお菓子という名の賄賂でうまく誤魔化せていたのだが・・・・。よもや、ソレが通じない相手がいるだなんて・・・。
仕方なかったので『くまちゃん』は『光学迷彩』で姿を隠して荷物の中に紛れ込ませた。しかし、たくさん持って行けば重さでバレルのでここらが手加減のしようなのだろうか・・・!!
「・・・?あれ、少し重いですね?・・・しかし、余計な荷物は入ってないようですし・・・気のせいでしょうか。・・・『くまちゃん』は置いたはずですし」
「・・・・・・」
おかしい。『くまちゃん』一体分の重さを感じ取りやがった。本人は気のせいかと思っているようだが・・・なんとも恐ろしい。これで新人メイドなら・・・ジルジさんとかなら確実にばれてたな。よかったよ、彼女で。・・・あれ?でもそれだとほかのメイドとかなら賄賂が・・・。
何も考えちゃダメだ。うむ。
まあ、とにかく。そんなこんなで荷造りを終えることが出来た俺は師匠の書斎へと向かう。荷造りを終えたら報告しろと言われていたのだ。
廊下を歩いていると慌ただしく部屋を出たり入ったりしているメイドがいたり、ぶつぶつと独り言を言っている執事がいたり、荷物を運んでる執事たちがいるのを横目で見ていると、師匠の部屋の前へとたどり着いた。握り拳をつくり、軽くトントンと扉をたたく。
「ししょー、荷造り終わりましたー」
しーん。
「あれ?」
報告しに来たのはいいが扉の奥から返答はない。しばらく時間がかかるからこの部屋にいると言っていたはずなのだが・・・・。そう首を傾げて俺が部屋に入ると・・・
「ん?え??ぎゃーーーーー!!!!」
扉の前にうずたかく積み上げられていた本が俺の方へ倒れ込んできた。悲鳴を上げつつも無詠唱の無属性中級魔法『障壁』で防ぐ。やれやれ、焦ったぜ。いそいそと扉から離れて魔法を解除すると支えのなくなった本の塔は崩れ落ちたが離れた俺にまでは被害はなかった。そして俺は部屋の中の様子を伺う。
「・・・うわ・・・ぐっちゃぐちゃやん・・・」
書斎の中は本の海と化していた。要は足の踏み場もないほど本が散乱し、昔見た化○語というアニメに出てくる某猿の手を持つヒロインの部屋のようであった。つうか、こんなに本あったのか。すごいな。
とりあえず、一冊足元にあるのを手に取ると、題名は『悪徳領主~虜にされるワタシ~』というタイトルだった。俺はそっと本の山の中へと押し込んだ。
「ししょー、いないんですかー!!」
さっきのことは記憶の奥底へと封印して師匠に呼びかける。一応『気配感知』で居場所を探ってみた結果この部屋に誰かがいるのは間違いないのだが・・・。
「しーしよー!!」
しかし、何度呼びかけても変化はない。ひょっとして本の下敷きになって何もできないとか!?大きな震災の際に本棚や本の下敷きになって亡くなった方がいるという話を聞いたことがある。もしかして師匠もそういった状況なのではないかと思ったのだ。生命反応はあるからまず間違いなく生きているのは分かるが・・・それがどういう状態なのかまでは分からないのだ。
「これ・・・やばいかもな・・・」
中級無属性魔法『伝言』にて執事頭のジルジに師匠の部屋で緊急事態と知らせてから俺は迅速な行動を取る。こういう時は迅速な行動をとるべしとばっちゃが言ってた気が・・・あれ、誰が言ってたんだっけ?
・・・とにかく、俺は無詠唱で中級風属性魔法『風運』――風の力で物を運んだり動かしたりする魔法だ――を用いて廊下へと本を掻き出しつつ師匠を探す。くっ・・・やっぱり薄い本も束になれば・・・ああいやいや。魔導書などの専門書も多数あるので総重量的にかなりあるのか魔力の消費量が半端じゃない。これは本当にやばいんじゃないか・・・と思ったときに。本棚の後ろにある謎通路を見つけた。師匠の反応はその先にあるようだ。
・・・ん?秘密の部屋かな?そう思って俺は入る。そして、手近なドアを開けてみた。
中には三角木馬に拘束衣、鞭やロウソクなどいろいろな器具がそろっていた。
俺はそっとドアを閉じた。
「師匠はこの奥だろうか?無事なのか?」
え、さっきの部屋?なにそれ、そんなの僕見てないよ?
少しくらい廊下のような道を少し進むと奥にドアがあった。そのドアに掛けてある札には『魔王の部屋』と・・・可愛くデコッた感じの文字が書いてあった。いや・・・恐ろしい。何が恐ろしいって自分と一つ屋根の下で魔王が暮らしてるとか恐ろしすぎるだろ。しかも、その魔王は自分の部屋を多分可愛くデコッちゃってるのだ。恐ろしくないはずがない。しかも、一番恐ろしいのはこのドアの奥に師匠がいるってことだ。本当に恐ろしいぞ、これ。
「しーしょー、いますかー!!」
コンコンと軽めにノックし、ノブを捻る。すると、ドアが開き奥にボンテージ姿の師匠が・・・。
俺は即座にドアを閉める。バタンとすごい音を立ててドアは閉まった。
「いい加減にしろー!!!」
そして、俺は心から叫んだ。
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その後、普通の服へと戻った師匠を正座させて叱る。
「部屋は本が散らかってきたないしそもそもなんですかあっちのドア(最初に開けたもの)は!?ていうあアレですか、SM好きなんですかこのド変態師匠!さっきもボンテージ姿で出てきやがって子供の教育に悪いと思わないのかこの野郎!!」
「い、いや・・・まさか君が来るとは・・・」
「ちゃんと声に出して師匠がいるか確かめましたよね!?そもそも師匠を師匠と呼ぶのは今のところ俺だけなんですから間違えるポイントないよな!?というか、奥の扉は隠せよ!!本の山で隠した気になってんじゃないだろうな!!」
「あ、あはは・・・」
「やるなら徹底的に隠せや!!想像してみろ馬鹿野郎!!あと十年くらいして思春期となった難しい年頃のクーが姉の部屋に遊びに来た時にこの部屋の惨状で、クーがもしかして姉は本の山の下敷きにでもなってしまったんじゃないかと心配してなんとかどけたところ奥の方に通路があってそっちに入ってみたら姉がボンテージなんか来ているのを見てしまうクーを!!想像してみろ馬鹿野郎!!」
「う・・・あ・・・」
「多感な思春期な時期に肉親のあんたのアブノーマルな痴態を見てクーは心を閉ざす。師匠がいくら呼びかけようともクーは部屋から出てこない。・・・そして年月が流れてしまい適齢期を逃してしまったクーが生涯独身なのだと理解してしまった自分の気持ちを・・・想像してみろ馬鹿野郎!!」
「す・・・すみません・・でした・・・」
「ついでに考えてみろ馬鹿野郎!!師匠が命の危機に瀕しているかもしれないと思って少ない魔力をかき集めて部屋から本を搔き出す・・・おい、搔き出すって言葉に反応してんじゃねーよ変態!!」
「す、すみません!!」
「んで・・・ああ、どこまで言ったっけ?・・・ああ、そうそう。そしてその挙句に師匠のアブノーマルな痴態を見せつけられた四歳児の弟子の気持ちを考えてみろ馬鹿野郎!!」
「ほ、本当にすみませんでした!!」
「反省してるのか・・・?誠意を見せてみろや!!」
「は、はい!!・・・な、何でもしますから許してください・・・ハアハア・・・」
「興奮してんじゃねーよ変態!!」
「は、はい!!・・・ハアハア」
ちなみにあの後、執事頭のジルジさんには緊急事態の解除をお知らせして本の片づけをしてもらった後、退出してもらい、現在、一番奥の防音機能付きの部屋にいて説教していた。え?罵倒?そんなことするわけないじゃない、師匠だよ、相手は?
というか、弟子の罵t・・・ゲフンゲフン、説教で興奮する変態師匠だったとは。こいつ、ガランドを女を見るたびにいやらしく見る変態っぽく言っていたが、こいつの方がよっぽど変態だ。
・・・で、だ。
「師匠、ここって魔王の部屋らしいですが?」
「ひっ・・!?」
「ここで何してたんですか?」
師匠曰く、この土地ははるか昔に勇者が魔王を封印した土地・・・・・・・なわけもなく、決してここに入ってはならないという意味で『魔王の部屋』としたそうだ。ちなみに、これは貴族には共通のものであるらしい。この世界には『魔王の怒りを買う』という言葉もある。それは日本で言う『逆鱗に触れた』というのと同じような意味だ。要は、この部屋に入ったら家主の怒りを買うぞという意味だそうだ。まあ、怒りを売っているはずの師匠はこうして俺の前に土下座しているわけなのだが。うぅむ、相手によりけりなのか?まあ、一応俺は弟子だから身内ってことでいいのかな?・・・身内でもこの部屋見られたら破滅だと思うが・・・。
ちなみにこの部屋の用途は・・・他人には言えない内容でした。つか、子供の教育に悪いわ。ここはノクターンとかではない。そう、口に出しては多分いけないのだ。
しっかし・・・いろいろあるな。名状しがたきイボ付バーとか、冒涜的な口にはめるボールとか。何かに使うかはわかる・・・、違う。四歳児にわかるわけなどない。一体何に使うんだろう・・・。
という感じに師匠に使用方法を説明させるという羞恥プレイをいつの間にか行ってしまった。やばいやばい。師匠も興奮しすぎて顔真っ赤になって息が荒い。う、う~む、実はSな気でもあったのかな?
「そ、それでご主人様!」
急に師匠は叫んだ。誰だ、ご主人様。周りを見渡して誰もいないことを確認。同時に『気配感知』にてこの部屋の中の生命反応も自分たち二人だけだと分かった。・・・俺かよ。
「・・・いや、今まで通りにしろよ」
「は、はい!!」
いや、態度変わりすぎだろ。
「・・・人前では今まで通りで頼む。ばれたら色々マズいからな・・・」
主に俺の社会的地位とか。変態師匠の弟子とかたぶん敬遠されるだろ。師匠か?多分興奮するだろ、変態だし。
「とりあえず、早く荷物纏めてください。早く王都に行かなきゃいけないんですよね?」
「は、はい!そうです!!」
せっかく口調を人前モードに戻してみたのにこいつに効果はないのか。・・・頭が痛くなるが時間はもうない。諦めてそこを去る。
廊下を出てジルジさんに中で何をしていたのかを聞かれた。ジルジさんはどうやら奥の部屋のことを知らないようだ。・・・消音が役立ってたのだろう。それについては師匠の魔導書を読んでたらいつの間にかすごい時間がたっていたと説明する。それに納得して彼は帰ってくれた。
そして、俺は自室へと戻り翌日に備えて眠る。
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翌日、朝食の席で師匠がいた。
「ほら、さっさと座りなよケイン君。ご飯が冷めるよ」
いつも通りの変わらない師匠だ。それに安心して席にすわ・・・る?あれ、待てよ。おかしいぞ。・・・今日一日・・というか朝の行動を思い出せ。
まず、昨日は夜遅くまで師匠を叱った俺はいつもよりかなり遅めの時間に眠りについた。そして、今朝は昨日から俺付きメイドになったらしい(さっき聞かされた)リルンに起こされ、顔を洗いここにやってきた。つまり、俺は師匠を起こしていない。いつしか、ジルジさんが師匠を起こすのは俺が一番早いから起こすよう頼まれたはず。・・・なぜ師匠が起きているんだ。
そんな俺の疑問を読んだかのようにジルジさんは答える。
「今朝、ご主人様は自力で起きてこられたようで・・・私が部屋をノックした瞬間返事が返ってきました。こういったことは初めてで・・・私も驚かされました」
自力で・・・だと。そんな馬鹿なありえない。俺もここに三か月ほどいるわけだが一度も師匠は自力で起きたことはなかった。そんな俺ですらこの驚きようなのだから、この屋敷に長く務めているジルジさんの驚きやいかに。
「むっ、なんだよ二人揃って。失礼だな」
そんな俺とジルジさんの反応を受け師匠は憤慨してる…ように見えるが、昨日のアレを見ればあんまり素直に受け取れない。憤慨してるふりして内心喜んでるんじゃ・・・いやいや。そんなことは考えない方がいいか。
「あ、そうそうケイン君、今日の午後にはこの屋敷を出るよ」
「むぐっ!?」
いつも通り、師匠がクーにでれでれしたり、俺が師匠を諌めたりなんてしてる時に急に師匠が言った言葉に俺はびっくりして食っていたパンを喉に詰まらせた。
「わわっ!?ケイン君!!水水!!!」
「こちらです、ご主人様」
「ほれ、飲め飲め!!」
「んっ・・・んっ・・・ガボボボ・・・・」
慌てたように水を流してこんでくる師匠。こ・・・今度は溺れる・・・。
「・・・ご主人様、ケイン様が溺れます」
「え!?あ、ああーーー!!!」
「げほっ、ごほっ!!」
初めて知った。朝食で死に掛けるのか・・・?毒物ないのに・・・・。
それはさておき。
「き、今日ですか?昨日は明後日、つまり明日に出発っていってませんでしたっけ?!」
「遅くとも、ね。今回は早めに連絡が付いて予定もあったから今日の午後に出るのさ。緊急招集だからできる限り急ぎの旅だけど、準備はもう大丈夫だね?」
「はい。準備は完了してます」
どうやら、王都へ向けて出発するのは今日になったようだ。最も、そうなってもいいように準備は完了していた。だから、あんまり驚くべきことではなかったのだが・・・・タイミングって大切だよな。
「そうかい、ならよかった。じゃ、お昼すぎにここに集合!」