9話~大いなる命の灯火
戦いの済んだ龍帝の住処で、其々の身の上話に移る。
「――と、言う訳じゃ」
『そうでございましたか……私には何とも言えぬ事ではありますが、この度は幾重にも度重なった偶然が齎した奇跡に感謝すると致しましょう』
「うむ、お主は殊勝な龍じゃの」
今度はきちんと浄化の儀を済ませた僕らは、この場に居合わせた龍さんや人間達も交えて意見交換会を実施していた。
交換と言っても実際お話をするのは九ちゃんを通した通訳会話みたいなもので、僕は九ちゃんを介して彼らの話を聞く事になった訳だけども。余りも不自然な所が多い僕らの出自と乱入については龍さんだけに話して、どこかの王国の人達には秘密と言う事にしてもらった。
一応はぼかして龍さんから説明してもらってはいるけど、この世界のどこに存在する国の出身かは龍さんのみぞ知る……。
「さてと、それじゃあ話もひと段落着いたし。これから重傷者の本格的な救急措置を始めたいんだけど、まずは一番怪我の度合いが高い龍さんからやろうか」
『私から、か。ここまでしてもらい誠に申し訳ないが人の子よ、私は通常の魔力による治療や魔法を介した治癒は受け付けぬのだ。老いたとはいえ私は五大龍帝が一龍、雲龍帝。魔力抵抗が通常の龍種などに比べてはるかに高いのだ……それに」
あらあら、魔法や魔力による治療を受け付けないなんてそれは大変だね~。
つまり、龍さんは人で例えると病気やけがに対して薬を飲んでも、その薬に対する抵抗値までが存在する為に効果を成さないと言う事なのだろう。
全盛期の力がある時ならばいざ知らず、年齢を重ねた事による老化によって力が減衰した今となっては障害にしかならない体質だね。
「ああ、それは大丈夫。僕や九ちゃんは魔力を持ってませんから、扱う術も必然的に別の力になりますよ」
『だが――いや、これ以上は言葉で話さずとも直接診てもらった方が早いか……』
「ふん? じゃあ取りあえず診させてもらいますね」
何やら言葉を濁している龍さんだけども、余程の酷いけが、又は魂に損傷が無ければ何とかなるとは思うんだけど――――これは……。
『分かったであろう、私の命が残りわずかな事が」
「っ!? それは誠でございますか、雲龍帝様!」
若干の疲れを滲ませた声で己が命が残り少ない事を告げた龍さん。その言葉の通り、直に触診して分かった事は龍さんの魂が半分以上輝きを無くし、残り僅かなろうそくの様に徐々に徐々に力が小さくなっているという事実だった。
言外に寿命が近い事を告げた形だが、その言葉にいち早く反応を見せたのは金髪のお兄さんことフォルカ王子だった。言葉のニュアンスからして今語られた事実に対しての確認を龍さんにしたのだろう。なんかこの人達は五大龍帝の龍さんに用があったみたいだから……。
『ああ、私の寿命が近いと悟った三万年前からこの日が来るのは分かっていた事。なればこそ、お前達ヒューマニアンにこの場所に近づく事を禁じたのだ』
「……仔細はのほどは御教え願えるのでしょうか? ここまで雲龍帝様の御力に縋るしかないと思い来た我らには、貴方様の寿命が近いなどとは絶望の極致に等しいのです」
「――と言っておるぞ。何やら複雑な事情と言うやつが龍とヒューマニアン、そのどちらにもありそうじゃの」
まあ、ヒューマニアンの方々の目的は大凡推測が出来るね。先程の邪気との闘いから見ても、彼らには邪気に対する戦闘能力が非常に低い印象を受けた。肉体そのものは滅する事が可能と見たけど、その先である浄化の儀を行える者が居ないのだろう。
龍さんは高齢の為に圧倒的な力押しに霊力を少し混ぜた排除が出来なくなったと言っていたし、元々霊力を扱える術自体が確立されていない様に見受けられる。それが積もりに積もって今の危機的状況、と言う話かね?
『先ずはお前達を遠ざけた理由から話してやろう。その一番であって唯一の理由が、今ここ居る者たち全員の頭上にある龍結晶にあるのだ』
「……龍結晶?」
『うむ。龍結晶とは、我ら五大龍帝が己の死期を悟った時、自身の後継として己が魂の力と自然に満ちる魔力を集めて混ぜ合わせ生み出す次世代の龍帝が卵である。言わば、己の全てと力を託す者なのだ。
しかし、世の中には私利私欲の為にこう言った絶大な力を望むものも時代の流れの中に多く居たのも事実。だが、私が死した後に後継が居ないとなれば他の龍帝に迷惑や負担がかかるのも必定、こういった者達に龍結晶を破壊もしくは盗まれない為に立ち入りを禁じたのだ』
「…………」
龍さんの話のぶりからすると、過去にそう言った窃盗や破壊に会った龍帝も居たって事なんだね。うん、人の欲望は尽きる事の知らない無限のエネルギー源の一つだからね。今の欲が満たされれば次の欲へ、或いは他人の物へ。それが物だったりすればまだいい方だろうが、物から人へ、人から力へと変わると非常に厄介な代物へと変貌を遂げるのだ。
『――だからして、この度の戦闘にて龍結晶が無事だったのは何物にも得難い奇跡なのだよ』
ボロボロの身体を震わせる様に笑う龍さんにヒューマニアンの人達が複雑な顔をしている。これはあれだ、この人達の御先祖の中にそういう人達がいたって事だね。自分たちの御先祖が今頼ろうとしている存在に仇名して来たなんて、彼らからしたら相当な汚点だろう。
『さて、両御仁。命尽き行く老龍の願い、最後の頼みとして聞き入れては下さらんか……?』
「うん? 妾達が、かの? う~む、出来れば面倒事は遠慮したい所じゃがの……」
『まあ、そう仰らずに聞き入れて下さい。そろそろ私の命も尽き掛けております故、何卒お願いします』
辛うじて動かす事の出来る首を下げてお願いをしてくる龍さんに対して、九ちゃんは堂々と拒否の意を示す。でも、そんな九ちゃんの冷たい言葉も龍さんにはちゃんと捉えられた様で、苦笑しながらも朗らかに再度頼み込んで来た。
「……九ちゃん。ここは一つ龍さんの話を聞いてあげた方が――」
「まあ、そう焦るでない。何故妾が龍の治療を後回しにしたと思っておるのじゃ。他に代替案があるからに決まっておろうが、の」
僕の言葉を遮ってまでこう話す九ちゃん。だけども、最早死期が近い者に対して施せる代替案なんて物とは何だろう。僕のぼっちゃり頭に納まっている脳みそをフル回転させても特に思い当たる節は無い。
でも何だろうね、この喉まで出かかった感覚は……? 僕にとって忌むべき記憶が蘇りそうな感覚が心の奥底から湧き上がっている。
「九ちゃんてば、そんな都合がいい物がある訳――……もしかして、代替案てあれの事じゃ」
「その通り! 流石に血の巡りは良いの、奏の字!」
「ぬあぁぁぁーっ!? 代替案てあれの事かぁぁぁ!」
そこまで話した時、突如として僕の記憶の扉に付いている鍵が粉砕された。扉の鍵が開くとか、風車の忍者が颯爽と開けて行くとかじゃない。ゴリゴリマッチョの忍者が錠前を握り潰して扉ごと粉砕していく様な感覚だ。
これは九ちゃんにも関わりが深い思い出で、僕にとってはとても恥ずかしい思いをした出来事である。
◆
ある日、僕は父さん達神主の集まりで初めて邪気討伐の仕事に付いて回る機会を得たんだ。時刻は草木も眠る丑三つ時、邪気が出没すると言う場所は山里近くの古い廃寺。明かりはと言えば夜天に輝く星々と御月様だけ。
まだ幼稚園児の年長だった僕には丑三つ時と言う時刻は体に負担が掛かり、あーちゃんに手を引かれて歩いていた僕はフラフラと今にも崩れ落ちて眠ってしまいそうな足取りだった。
「……あーちゃ~ん、ほんとうにこんなとこに邪気が出るの~? 僕、もう眠たいよ~……ぐぅ」
「それ、坊! しっかりせぬか、今宵はお主の初討伐戦――言わばでびゅうー戦じゃぞ? お主の短くも長い人の生にて今後に係る一大行事、子供には酷なのを承知で言うておるのじゃ」
「……あ~、おしっこ」
「なに!? ……そ、そうじゃ、我はここで待って居る故。坊は早くそこの草陰にでも小用を足してま、参れ!」
夜中にトイレに行きたくなるのも子供なら当たり前。少し前まではオムツをしていたのだから、夜間に膀胱で尿を溜めるなんて作業は上手くできないのだ。
薄暗い茂みに背筋が震え、暴行を圧迫する尿意に拍車がかかる。これは直ぐ様解放してやらなければ大変拙い事態になるよ……。出先でお漏らしは勘弁願いたいからね、5歳児と言えども!
「――……はあ~」
先週、近くの山に作られたダムに釣りに行ってきたと言うスーさんから、治水したダム水の放水した所の写真を見せてもらったんだけど。正にその写真を体現したかの様な見事な放物線を描き、水しぶきから立ち込める霧の如く暖かいおしっこから湯気が立ち上る。
「月姉が前に人間の三大よっきゅうとか話してたけど。今の僕にとってはこの瞬間が一番の至福だよ……」
パンツに染みが出来ない様にしっかりと出し切って……っと。あ~、すっきり爽快! 目も冴えて来た事だし、早くあーちゃんの所に戻らなきゃ……あれ? どこで待っていたんだっけ。
「……ん、これはあれだね。もしかしなくてもあれだね」
少し深みに入りすぎたみたいで、これは完全無欠の迷子っていう小さい子供特有の奥義を今会得したみたい……。
ま、なる様になるよね! スーさんも櫛さんと喧嘩した時は良く同じこと言ってたし、実際数日経ったら元のアツアツ夫婦に戻ってたもんね。幽霊なんか怖くないし、悪さをする様な奴だったら速攻で黄泉の国に送ってやればいい。それくらいは今の僕にだって出来る……実績はほとんど皆無だけど。
「う~ん、取り敢えずは…………あ、そうだ! 確かお星さまの中には昔から方角の目印にされている奴があったはず。北斗七星とかしおぺあ座の先端から交差する所に――――みっけ!」
来年小学校に上がるにあたって、あーちゃんや月姉と言った僕の遊び相手になってくれている大人のお姉さん達が少しだけお勉強を教えてくれるようになった。
その一環として習ったのは、遭難した時に大凡の方角を知る事が出来ると言う星のお話だった。海や山で遭難して帰って来た昔の人は、これを目印にして方角を知る事が出来たらしい。もう少し時が過ぎたらこの目印も当てに生らなくなるらしいけど、今は関係ないもんね。大いに当てにさせて頂きましょう!
討伐の目標である廃寺は、確か集落から北に位置するってお父さんが言ってたっけ? だったらこのまま歩いて行けば何処かであーちゃん達と落ち合う可能性も無きにしも非ず……う? 何だろう、凄い変な寒気がするぞ。
ルンルン気分で草むらを歩いていた僕の霊力れーだーにとても強い反応が出た。場所はここから僕の足で歩いて向かっても数分の所……ぽい。
正直、幽霊なんかよりもよっぽど強い力が少しずつ動いている。更には徐々に力も増して強力になっているみたいだ。この力は今の僕ではどうしようもないし、あーちゃんと合流してから向かった方が確実なんだけど……この感覚は。
「……百聞は一見に如かず、ってあーちゃんが言ってたし。何はともあれ行ってみるか!」
◇
「うむ、坊は意外に小用が長いのう……。む、いかんいかん! 幾ら子供とは申せ、坊は立派な男。我が幾ら大人とは言え一緒について行ってやるなどは乙女として許されん……うむ、しかしちょっとなら――――」
この時既に一人待ちぼうけを食らっていた事に気付かなかったあーちゃんは、頬っぺたを紅く染めて何やら悶々とした様子で自問自答を繰り返していたと言う……意外とむっつりさんなんだから!




