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ヒュドラの丸焼き

 まだ5時か。

 なんか、早く目が覚めてしまった。あまりよく眠れていないけど、また眠ろうという気にもなれない。

 今日から週末なので、授業はない。6時からの餌やりはあるので、それが終わった後朝食を食べて出発だとファフニールからメールが入っていた。ファフニールはメールみたいな新しい技術にもすぐに順応できているみたいだ。そんなところも伝説の高位ドラゴンが持っている優れた能力なのかと改めて感心してしまう。

 でも、いざこうなってみると、バハムートに会えるという期待感より、これからどうなるんだろうという不安感の方が先に来てしまうな。なんたって失敗したら死ぬかもしれないっていうんだから、そりゃあビビるよ、これは仕方がない。それに、みんなにも言えないし。

 目覚ましが鳴っていないので、ライトニングはぐっすり寝ているようだ。

「今日はまだ起こさないでいいか」

 なんだかんだ考えているうちに6時に近くなってきたので、着替えて部屋を出ることにした。

「おはよう、ユー。よく寝られたか?」

「ああ、おはよう、フィル。今日は早いね、いつもはなかなか起きてこないのに、どうかしたの?」

「どうかしたの、じゃねぇよ。おまえの様子が変だから、気になってたんだろ。ま、とりあえず行くか」

「あ、うん。いや、なんでもないよ、ほんと」

「ほんとになんでもないのかぁ? おい。まあ、言いたくないならいいけどさ」

 今週は、フェンリルの担当だ。餌の生肉と野菜をあげ、部屋を掃除する。

 いつものように淡々と作業を終えて、帰途に着いた。

 でも考えてみると、これが最後の餌やりになるのかもな――なんて、そんなわけないか、うん、そんなわけない、そんなわけないよ! な……。

 朝食を終えて部屋に戻ると、ライトニングも目を覚ましていた。

 やっぱり、宝石は黒っぽい。この色を改めて見ると、もうこれは絶対に行くしかないんだ! そんな気になってきた。そうだよ、迷っていたって仕方がない。

「行くよ、ライトニング」

 僕は意を決して寮の外に出た。

「ユー!」

「セラ! フィル、アニタまで」

 なぜか3人が寮の前で待ち構えていた。それぞれのモンスターを従えて。

「みんな、どうして?」

「どうして? じゃねぇよ。もうばれてんだよ、ばればれなんだよ、お前は」

「わたくしにもわかるんですもの、どれだけわかりやすいんですの」

「あ……、いや……」

 どうしよう、バハムートを起こしに行くってばれちゃったのか。でも誰にも喋ってないのにどうして、それに秘密だってファフニールに言われてる、もしばれたってわかったら……。

「ユー、ひどいよ! 私にまで黙ってるなんて!」

「セラ……」

「ファフニールと戦うんでしょ! 私たちも一緒だよ!」

「おう、俺達もやってやるぜ!」

「わ……、わたくしもですわ!」

「え……、いや、そういうわけじゃ……」

「だって、ファフニールに呼び出されてからおかしいもん! それくらいわかるよ!」

「貴様ら何の騒ぎだ――なかなか来ないから迎えに来てみれば」

「ファフニール!」

「来やがったなこの野郎!」

「かっ、かっ、かかってこいですわ!」

 みんな完全に戦闘モード、やる気満々でファフニールを睨みつけている。

「ちょっ、っと待ってよ! 違うんだよ、みんな」

「なんなの? ユー。邪魔しないで!」

「ファフニール先生は悪くないんだって! これからバハムートを起こしに行くんだよ!」

「バハムートを?」

「起こしに?」

「ですの?」

「言ってしまったな、貴様。秘密だと言っていたのに」

「すみません、でも、もう言うしかないと思って」

「まあ、言ってしまったものは仕方ありませんね。ここはみなさんにも協力していただきましょうか」

「副校長先生――すみません、みんなを巻き込んでしまって」

「いや、いいんですよ。もう少し人数がいた方がいいと思っていたんです」

「何? なんなの? ユー、説明してよ」

 僕は、セラ達にこれまでのいきさつを説明した。ライトニングの病気の理由、バハムートを起こしに行く事、それがとても危険なことも。

「なるほど、そういうわけかよ」

「何ですぐに言ってくれないの? 変な嘘ついたりして」

「いや、心配かけたくなかったし。巻き込んだら、みんなを危険な目に合わせるかもしれないし」

「おい、貴様ら、もういいだろう。それより早く事を進めるぞ、事態は一刻を争うのだから」

「そうですね、バハムートを起こすにはいろいろと準備が必要になります。バハムートの宝珠はもうありますから、あとはマンドラゴラの根、ヒュドラの丸焼き、ペガサスの羽根、目覚めの歌、この四つを集めてこなければなりません」

「ペガサスの羽根なら、アジャックスのを使ってくれよ。一本くらい抜いたって平気だからさ」

「目覚めの歌? それって――」

「何か知ってるの? セラ」

「うん、村に伝わる童謡なんだけど。ドラゴンの眠りを覚ますって言われてるのがあるんだ」

「ほう、実は我輩も歌に関してはうろ覚えでな。なにせ、寝覚めのいい我輩はあまり聞く機会がなかったものだから。古い文献を当たって見つからなかったら、我輩が大体の感じで歌おうかと思っていたのだ。ちょうどいい、ここで歌ってみてくれんか、聞けば合っているかどうか解るはずだ」

「うん、わかった、歌うね」

 セラは綺麗な声で歌を歌い始めた。

 音楽の授業は無いから、セラの歌は初めて聞いたけど、凄くうまいと思った。なんていうか、朝日が地平線から徐々に姿を現し、夜の闇がだんだんと明るくなって、綺麗な朝焼けが広がっていくような、そんな美しい情景が自然に頭の中にイメージされてくる。歌詞は古い言葉らしくて全然わからないけど、旋律だけでもこれがドラゴンを目覚めさせる歌なんだと言われたら、普通に信じられる感じがした。

「うまいな……、セラ……」

「ええ……」

 僕も思わず拍手した。

「へへ、それほどでも……、あるけど!」

 セラは胸を張って得意げだ。

「うむ、なんかこんな感じだった気がするぞ。恐らく合っているのだろう」

「結局あやふやなんですね……」

「歌はこれでいい。あとはマンドラゴラの根とヒュドラの丸焼きの二つだな」

「そうですね、ではドーヴィル君とアーリントンさんはマンドラゴラ、早来君とアラムさんはヒュドラをお願いします。私と校長はちょっと寄るところがありますので。それでムスペルヘイム入り口にある、このお寺で落ち合いましょう」

 副校長先生が地図を出して、お寺の場所を示した。山岳地帯に入るためのちょうど入り口にあたる場所に大きなお寺があるようだ。

「はい、わかりました」

「マンドラゴラの生えている場所と抜き方は、授業で教えたからわかるよな。ヒュドラはこの子ドラゴンがいれば心配ないだろう。焼き方も解るな、焼き釜は工学科にあるものを使うがいい」

「大丈夫です」

「では出発だ。もたもたするな」

 セラと共にククルに乗ろうとすると、フィルがアジャックスにマスクをかぶせているのが見えた。

「何? そのマスク」

「ああ。こいつよそ見ばっかりするからさ。前しか見えないようにしようと思って。今回は急いでるし。ほら、この目の部分に覆いがあって、前しか見えないようになってるんだ」

「きっと、あなたに似たのでしょう。あっちの女の子見てたと思ったら、こっちの女の子見て、ってまったくそっくりですわ」

「はは、まあ。そうかもな。じゃあ行くか――頼むぞ、アジャックス、ちょっと重いかもしれないけど」

「なんですって? 重くなんてありませんわ」

 アジャックスが二人と一匹を乗せ、勢いよく飛び立っていった。

「僕らも行こう。裏山でいいよね」

「うん、行くよ! ククル!」

 僕らはククルに乗り、上空からヒュドラを探し始めた。前の時は不意に出会ってしまったけど、探すとなるとなかなか見つかるもんじゃない。

「やっぱりかなりの大物じゃないとダメだよね。バハムートが食べるわけだし」

「多分ね。あんまり大きいと、運ぶのが大変だけど。もうちょっと、山の方を探してみるね」

 山の近くの森で、木のすぐ上を飛びながら、ヒュドラを探す。ヒュドラは普通、森の木の上の方で葉っぱに隠れて獲物を待っていることが多い。獲物が下を通りかかると、素早く飛びついて絞め殺してしまうんだ。

「あ、あそこ」

「え? どこ?」

「ほら、あそこ。いいから行くよ。しっかりつかまってて」

 ククルが森の中に急降下していく。枝やら葉っぱやらが一杯で前がよく見えない。

「うわーっ」

「よーしっ!」

 いつのまにか、ククルが大きなヒュドラを咥えていた。前に出会った奴よりも一周りほど大きい。

「今日は食べちゃダメだからね、ククル」

「やったね、これなら十分だよ、きっと。早く学校に戻って丸焼きにしよう」

「うん――あ、ちょっと待って、あの洞窟」

 セラの見ている方を見ると、山の中腹に大きな洞窟が口を空けていた。直径五mくらいはある大穴だ。

「大きいね。あれがどうかしたの?」

「今何か光ったような……」

「え? あっ、確かに今ひかっ……」

 その瞬間、真っ黒な長い物体が洞窟から飛び出してきた。長い、多分三十m以上はあるだろう。それに太い、僕らの背丈ほどもある太さだ。

「すごいのが出てきちゃった」

 それは巨大なヒュドラだった。頭もすぐには数え切れないほどたくさんある。だいたい二十個くらいだろうか。激しく動き回っているし、とても悠長に数えてなんていられない。

「ちょっと、これはさすがに無理だよ。逃げよう、セラ」

「うん、でも……なんか囲まれてるみたい」

 慌てて周りを見回すと、あたり一面大小様々なヒュドラがうっそうと繁っている木々の間からこちらを伺っているのがわかった。これじゃあ、空を飛ぼうとしても無事ではすみそうにない。

「ど、どうしよう。いつの間にこんな……」

「どうやら、ヒュドラの巣だったみたいだね。あの大きいのがボスなのかな」

 でもすぐには襲ってこない、こっちの出方を伺っているようだ。子供とはいえ、ドラゴンであるククルを恐れているのかもしれない。

「ユー。なんか、喉のあたりが痛くなってきたよ。それに体がだるい」

「そう言われれば、僕も……」

 よく見ると、ヒュドラがみんな口を開けている。そういえばヒュドラは口から毒を吐いて、獲物を動けなくすることがあるんだ。これがそうか。

「とにかく逃げないと。このままではやられるだけだよ」

「うん、でもどこから」

「そうだ、一か八かだけどあの洞窟に入るってのはどう?」

「えっ、でも中にもいるかもしれないよ。それに行き止まりだったら」

「いや、ヒュドラは一つの穴に一匹しか住まないんだ。他のヒュドラと一緒に眠るのを嫌うからね。それにほら、洞窟から風が噴き出してる。きっとどこかにつながってるはずだよ」

「わかった、じゃあ、いくね」

 セラが合図を出すと、ククルは羽を激しく羽ばたかせ、ボスヒュドラの後ろにある洞窟に向かって飛び立った。

 でもこっちが動き出したのを見るやいなや、ヒュドラが一斉に襲い掛かってきた。ボスヒュドラの大きな頭も、次々に口を大きく開いて突っ込んでくる。

「うわぁ」

 大物の攻撃をなんとかギリギリのところでかわしつつ、洞窟に向かう。僕も精一杯小さなヒュドラの頭を払いのけるけど、次から次へと飛んできてきりがない。

「ああっ、ボスの頭が洞窟の前に」

 その瞬間、ライトニングが強い光を放った。

「ううっ、ライトニング」

 次の瞬間、僕達は洞窟の中にいた。振り向くと、ボスヒュドラが追いかけてきている。ライトニングが弱い光を放ってくれているので、洞窟の中でも周りが見えていた。いくつもの横道に枝分かれしていて、まるで迷路のようだ。

「風が吹いてきている方に向かって、急いで」

「ククル、今度はそっち」

 穴の中だと、ヒュドラの動きが早い。ククルのスピードでも、少しずつ追いつかれている。狭くて曲がりくねっているし、大きなヒュドラを咥えているんだからなおさらだ。

「ああっ、きてるよ。ずいぶん近づいてる」

「頑張って、ククル。そうだ、頭1つ食べちゃっていいから」

 ククルは器用に手足を使い、咥えていたヒュドラの頭を一つ食いちぎって、ごくりと飲み込んだ。

 少しスピードがアップした気がする。

「見えた、出口だ」

 大空へと舞い上がった僕らの後ろで、ボスヒュドラが精一杯体を伸ばしている。そして、一気に地面へと落ちていった。

「危なかった」

「よし、えらいよククル」

「ライトニングも、病気なのにごめんね。こんなに頑張らせちゃって。ほら、チョコレート」

 ライトニングは少し疲れた様子だけど、元気にチョコレートを頬張っている。

「学校に戻るね、だいぶ時間食っちゃった」

「うん、みんな待ってるよね。急ごう」

 ククルは大きく旋回して、学校へと進路をとった。


 学校に戻り、工学科の焼き釜へと向かう。

 工学科では様々なモンスターの骨や皮などを加熱処理していろんな物を作っている。だからそのための大きな釜がいくつかあるんだ。

「あ、あれかな、ユー」

 セラが指差したのは、石造りの家のような巨大な釜だった。これならこの大きなヒュドラも十分丸焼きにできる。

「うん、これだね。あ、でも鍵がかかってるか」

「こんなところで何をしているんですか、君たち」

 振り返って声の方を見ると、高そうな服を着て銀縁のメガネをかけた男の人が、両手で荷物を抱えて立っていた。

「あ、あなたは四天王の、ええとたしか骨職人の、ええと」

「フォルクス・ヴォルフスブルクです、久しぶりですね。それにしてもすごいのを咥えているじゃありませんか。これをどうする気ですか?」

「丸焼きにしたいんだけど、釜に鍵がかかってるの」

「ほう、ヒュドラの丸焼きですか。僕もちょうど今、ユニコーンの角を加熱処理しようと思っていたところなんです。ほら鍵もあります。先に使っていいですよ、こちらは急ぎませんから」

「ありがとうございます、助かります」

「いやいや、ドラゴンの爪もいただきましたし。よければまたお願いしたいですね」

 先輩はにっこりと微笑んだ。

「いつでもいいよ、また伸びてきたし」

「そうですか、それはどうも。ところで、釜の使い方はわかりますか?」

「ええと、へへへ……。家の釜は使ったことあるんだけど……」

「すいません、よろしければお願いできます?」

「はは、わかりました。任せてください」

 三十分後、見事にこんがりと焼き上がったヒュドラを咥え、ククルは再び飛び立った。


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