ニンフの山寺
「あ、あそこだね」
もう慣れた。僕には全く見えていないけど、セラは目的地のお寺を見つけたようだ。しばらくすると、僕の目にも木々の間にいくつかの赤い瓦屋根が見えてきた。脇の方に大きな池もあり、境内は綺麗に整えられているのが遠くから眺めていてもよくわかる。
僕らはお寺の入り口付近にある、広場に着地した。
「おう、ユー。遅かったな。オレ達はとっくに着いてたぜ」
「とっく? さっき着いたばかりじゃありませんの」
「フィル、アニタ、もう来てたんだ。お待たせ」
「なんだよ。こっちは大変だったんだから。でっかいヒュドラが出てきてさ」
「ははっ、でもうまくいったみたいだな。うおっ、すげぇ臭い」
「ほんと、たまりませんわ。こんなのよく持って来れましたわね」
「なんかもう麻痺しちゃったみたい。最初はびっくりしたけどね」
「そう? 結構いい匂いだと思うけど。おいしそうだし」
ヒュドラは焼くと独特の臭いを発するんだ。生臭さの中につんとくる感じというか、僕は気分が悪くなってくるけど、セラは好きらしい。
「そっちの方はちゃんと手に入った? マンドラゴラの根だっけ」
「おう、ばっちりよ。ほら、見てみな」
と言ってフィルは、三十cmほどある植物の根っこをバッグから取り出した。その形は、苦しそうにゆがんだ人の顔そのものだ。
「偉そうに言ってますけど、抜く時になってお姉さんに電話したんですのよ。抜き方がよくわからないからって。まったく情けない男ですわ」
「そっちだって、俺が聞いた時、あんまり自信ないって言ってたじゃねぇかよ」
「あら、他人のせい? わたくしの記憶はほとんど合ってましたわ。ただちょっと確信が持てなかっただけで」
「ほとんどって。ちょっと違ってたんだろうが」
「ほんの少しですわ。あなたは全然違ってたんでしょう」
「いや、まあ……。でっ、でも、抜いたのオレだし!」
「こらーっ! もう、喧嘩してる場合じゃないでしょ」
「まあまあ、とにかく無事手に入ってよかったよ。ところで校長先生達はまだなのかな」
「どうなんだろ、もしかしたら先に来ているのかもしれないな。寺の人に聞いてみようぜ」
僕らはククルとアジャックスを待たせてお寺の奥へと入っていった。空からも見たけど、草木はよく手入れされているし、掃除も隅々まで行き届いていて、とても綺麗なお寺だ。でも、近くに人の姿は見えない。こんな山奥だし、参拝客もいないようだ。
本堂の近くまで歩いて行くと、体の大きなお坊さんが一人で薙刀の稽古をしていた。流れるような動きから、ときに勢いよく薙刀を振るっている。僕は武道のことはよくわからないけど、それでも相当な腕前に見えた。
「あのー、すいませーん」
「おお、来なさったか。お話は伺っておりますよ」
「あ、そうなんすか?」
「はい、ファフニール様の生徒の方でしょう。今ファフニール様達は住職とお話をなさっておいでですので、もうしばらくおまちくだされ」
「もう来てたんだね」
「はい、一時間ほど前にお着きになりました。――そうそう、申し遅れましたが拙僧は道龍と申します。このムスペルヘイム龍門寺で修行をしておる者です」
「私はセラ、あとユーとフィルとアニタだよ。道龍さんの他には誰か居ないの? こんなに広いお寺なのに」
「この寺には、拙僧と住職の二人だけです。なにせ山奥でございますゆえ」
「でもすごく綺麗なお寺だよね、掃除も完璧だし。これって道龍さんが一人で掃除してるの?」
「いや一人でこの広さは無理だろ、一日じゅうやっても終わんねぇよ」
「だよね、一体どうやって」
「ははは、確かに拙僧も毎日掃除をしております。ですがそれだけではないのですよ。この寺の周りにある森には、たくさんの住人がおりましてな」
「住人? 人が住んでるんですの?」
「いえ、人ではございません。ニンフ達です」
「へえ、ニンフ」
「はい、先ほどからも、度々訪れては、少しずつ掃除や木々の手入れなどをしてくれていますよ。気が付きませんか?」
「えっ、どこ?」
「全然気が付かなかったな」
「僕も」
「本当ですの?」
「例えばあの池の脇に生えている、丸く刈られた木。先ほどよりも、少しだけ綺麗になっていませんか?」
「そう言われれば、そんな気がするような、しないような」
「わかんねぇよ、微妙すぎて」
「姿が見えませんし。本当にいるんですの?」
「彼らは恥ずかしがり屋ですからな。なかなか人には姿を見せんのですよ。拙僧もこの寺に来たての頃は、なかなか彼らの姿を見ることが叶いませんでしたが、数年かけて徐々に姿を見せてもらえるようになりました」
「へえ、そっか。じゃあ私が最初に見つけちゃうよ」
僕らは一生懸命辺りを見回したけど、ニンフの姿は全く見ることができなかった。たまにチラッと影が動いたような気がするような、しないような。でも、確かにさっきあった落ち葉が、次に見た時には無くなったりしていた。なんか不思議な感じだ。
「おお、みな来ておったか。待たせたな」
「校長先生、副校長先生も」
みんながニンフ探しに夢中になっていると、校長先生と副校長先生、それに僧服を着た少女が本堂から出てきた。浅黒い肌に切れ長の目で、にこやかな笑みをたたえている。
「さあ、貴様らも住職に挨拶しておけ。龍門寺住職のチャハヤナーガ殿だ。バハムートの寝床まで道案内をお願いしてある」
「あ、はい、よろしくお願いします」
「よ、よろしく」
みんな流れで一応挨拶をしたものの、住職の若さに驚いている様子だ。
「みなさん、長旅ご苦労様でした。バハムート様のお眠りになられている洞窟の入り口は、代々この寺の住職が守ってまいりましたが、こたびは危機的な状況との事、我がご案内致します」
「もしかして、セラと同じで若く見えるだけなのかな」
「どうなんだろな。ぱっと見、十歳くらいだけど」
フィルと小声で話していると、セラが
「あの、住職はおいくつなんですか?」
「今年でちょうど十歳になりました。あなたも我と同じくらいのお年でしょうか?」
「いや……、私は十六ですけど……。ずいぶんお若いなって」
「先代が早く亡くなりましたので、七歳の時から住職をやっております」
「七歳から? すごい! すごいんだね」
「大したことではありません、仏様の教えに従うだけですから」
「恐れ入ります、住職。セラさん、あまり失礼なことを聞くんじゃありませんよ。僧侶としても位の高い方なんですから」
「いえ、我の方こそ失礼致しました。お若く見えたものですから」
「まあ、いつものことだけどねっ」
セラは若く見えるのを気にしているんだろうか。でも一生このままなんだよな、お母さんもお婆さんも同じ見た目だったんだから。
「そちらのカーバンクルさんが、先ほどのお話に出ていた方ですね。たしかに宝石の色が濁っているようです、かわいそうに」
「ああ、はい。ライトニングです」
「ライトニングさんですか、賢そうな目をしています。――ではそろそろ参りましょうか、早くバハムート様を起こして差し上げないと」
そう言って広場の中央に歩み出ると、住職は両手を大きく広げて立ち止まった。
「みなさん、またよろしくお願いします」
住職が少し大きな声でそう言うと、周囲から小さな光が集まりだし、みるみるうちに彼女の全身を包み込んでいった。そしてしばらくすると、住職の小さな体はふわりと空に舞い上がったんだ。眩い光に包まれて宙に浮かぶその姿は、まるで天使のように神々しく見える。
「さあ、参りましょう」
「あれはニンフ達ですよ。普段は人に姿を見せないニンフ達も、ああして住職の呼びかけに応じて移動の手伝いをしてくれるのです」
「我輩達も行くぞ、ぐずぐずするな」
僕らも急いでククルとアジャックスの所へ行って、空へ飛び立った。副校長先生は校長先生が脇に抱えている。勇者の末裔なのに……、なんか微妙……。
近くで見ると、確かに小さなニンフが住職を両手で掴み、透明な羽根を羽ばたかせて運んでいる。激しく羽ばたかせた羽が太陽の光を反射して光って見えるみたいだ。
でもニンフ達は僕達と目を合わせてはくれない。じっと見ると、顔を背けられてしまう。
住職の後を追ってしばらく飛んでいくと、一つだけ木の生えていない山が見えてきた。あれがバハムートの眠る山だろうか。と思ったら、住職はその山の手前のごく普通の山の中腹に降りていった。
僕らも後を追って森の中へと降りていく。木々の間を抜けると、住職が大きな岩の前に立っているのが見えてきた。周りにいたニンフ達はとっくにいなくなってしまったようだ。
「入り口はこちらです。少しお待ちくださいね」
全員の着地を待ってそう言うと、住職は小声で呪文のようなものを唱えはじめた。
降りたところの周囲には特に何も見当たらない、狭い間隔で木が生えた、ごく普通の森だ。一体どういうことだろう。入り口らしいものは、どこにも無いみたいだけど。
「あっ、見て」
「石が……、消えていく……」
しばらく待っていると住職の前にあった大きな岩が徐々に見えなくなっていき、その場所に人一人がどうにか入れる位の穴が現れた。穴には飾りの付いた縄が張られている。
「この入り口には結界が張ってあったのです。この結界を解き方は、代々我が寺の住職が受け継いできました」
「ほう、なかなか厳重だな。バハムートの癖に」
「ファフニール様の山でも同じようにされているはずですよ。ご存知ありませんでしたか?」
「なんと、そうだったか。まあ自分から出てしまえば関係ないからな」
「では、ここから先は皆さんでお願いします。この先は我もどうなっているのかはわからないのです。バハムート様の寝所につながっていることは確かなのですが、それ以上のことは。ですのですみませんが、これ以上はお役に立てません」
「あいわかった。ここからは我輩達に任せるがよい。世話になったな、住職」
「案内、ありがとうございました」
「では、ご無事をお祈りしております」
「うん、行ってくるね」
こうして、僕達はバハムートの眠る洞窟へと足を踏み入れたのだった。




