第3話
「おう」
オレは、部室のドアを開けて中に入る。
グラウンドには、運動部の掛け声や吹奏楽部の楽器の音が響いている。
部室内には、ヒロキがぽつんと1人座っていた。
そんな彼に声をかける。
「女2人衆は?」
「休むってさ」
そう言って、ヒロキは長机の上に置いてある紙を指さす。
オレは近寄って、その紙に書いてある文字に目を通す。
『今日はちょっと行きたい場所があるので休みます。アスナ、ミキ』
そう書いてあった。
オレはそのまま椅子にどっしりと腰を下ろして言った。
「どこ行くんだろうな」
「さあ?」
そう言うと、ヒロキは軽く目を閉じた。
何を考えているのだろうか。
そのまま沈黙するヒロキ。
オレはシナリオを練るためにネタ帳を鞄から取り出し、机の上に広げた。
その時、ヒロキが片目だけ開けて声をかけてきた。
「あのさ」
「ん?」
オレは、筆箱からシャーペンを取り出しながら適当に返事する。
そんなオレとは反対に、ヒロキは真剣な顔をしていた。
両目をしっかりと開きこちらを見ている。
「相談があるんだけど」
「なんだよ」
少し真面目な話らしいということを空気で感じ取ったオレは、シャーペンを取り出した手を止め、ヒロキの方に視線を向ける。
「ちょっと言いにくい話なんだけど、さ……」
そう言って、ヒロキは周りをキョロキョロ見回し始めた。
かと思うと、いきなり立ち上がって掃除用具入れの方へ歩いて行く。
そして勢い良くその扉を開放する。
「誰かいたか?」
「いや、本当に出かけてるみたいだ」
ヒロキは戻ってきて椅子に腰掛ける。
まだ辺りを注意深く見回している。
じれったい。
「で、なんだよ。言ってみ、誰にも漏らさないから」
オレがそう言うと、彼はキョロキョロするのをやめて、深呼吸をした。
「よし」
そう言うと、ヒロキはこちらをまっすぐに見据えてきた。
オレはゴクリと息を呑む。
教室が静寂に支配された。
そしてヒロキが口を開く。
「野田さんってさ――」
窓の外の木に止まってた鳥たちが、一斉に大空に飛び立っていく。
「――好きな人、いるのかな?」
鳥たちの翼の音がやけにうるさく感じた。
オレの脳裏には、ヒロキのお母さんの法事後の頬に涙の跡がついた野田の姿が蘇った。
「法事の時、野田と何かあったんだろ」
そう言って、オレは口をニヤッと歪ませる。
すると、ヒロキは明らかな動揺を見せ、挙動不審になり始めた。
「い……いや、別に何かあったってわけじゃなくて、その……ってか、もしかして見てた?」
その慌てぶりから何かあったのは明らかだった。
「見てた……って言ったら?」
オレはカマをかけてみた。
ヒロキは顔を真っ赤にしてうつむきながら、必死に弁明し始めた。
「その、あれは好きだからとかじゃなくて、野田さんが慰めてくれて、それで勢い余ってっていうか――」
「まあ、見てないけど」
オレは、早口でまくし立てるヒロキの言葉に口を挟んだ。
「――え?」
ヒロキは目をまん丸くして顔を上げる。
「だから見てないって」
「……何が?」
「ヒロキと野田が”何か”してるところ」
「え、何も?」
「だからそう言ってんじゃん」
ヒロキは固まった。
そして、深く息を吐き出す。
「なんか、僕が勝手に自爆したみたいじゃん……」
彼の顔がまた軽く紅潮している。
「まあいいじゃん、どうせ言うつもりだったんだろ?」
「そうだけどさ……」
ヒロキは、あの日の出来事を話し始めた。
「で、そんな純情なヒロキくんは、野田嬢のことが気になるわけだ」
「そういうわけじゃ……」
ヒロキは口を尖らせた。
「違うんだ?」
「……違わないです、はい」
また彼はうつむいてしまった。
「で、そんなヒロキくんに優しくしてくれた野田嬢に誰か好きな人がいるか、気になるわけだ」
「うん」
オレは、とりあえず出会ってからの野田のことを思い出してみた。
高校に入ってから、アスナ経由で知り合った野田。
いつもふわふわしててきらきら輝いてた野田。
すぐ顔を赤くして恥ずかしがる純情な野田。
目を合わせただけで頭から湯気が出そうになってるほど人見知りな野田。
色々思い出してみたが、残念ながら心当たりは見つからなかった。
「オレには力になれなさそうだ」
「そっか……」
「検討もつかない」
そう言って、軽く笑う。
ヒロキから力が抜けていく。
「本人に直接聞いてみたら?」
「え、でも……」
「いいじゃん、もう知らない仲じゃないんだからさ」
ヒロキは少し考えこむ。
「じゃあ、聞いてみる」
「おお! じゃあオレはできるだけ協力してやるよ」
そう言った途端、頭がズキッと痛む。
「うっ」
思わず声が漏れる。
夢の中だったが、ヒロキに告白していたアスナの姿が脳内で再生される。
オレは頭をぶんぶん振って、その幻想をなんとか追い出す。
「大丈夫か?」
見ると、ヒロキがこちらに心配そうな顔を向けていた。
「ああ、ちょっと頭が痛んだだけだ。大したことはない」
オレがそう言うと、ヒロキは普段の顔に戻った。
「よし、じゃあヒロキはオレのシナリオ手伝ってくれ。全然思い浮かばない」
オレはそう言いながら苦笑いした。
「いいよ。今どんな感じ?」
オレはヒロキにノートを見せる。
ひと通り目を通し終わった彼は、オレに提案し始めた。
「よし、じゃあ――」
オレは考えてしまった。
シナリオのことではない。
もしも、ヒロキが野田とくっついたら、アスナはどうなるのだろう。
「リョウ、聞いてる?」
「ああ、ごめん」
この事を今考えるのはやめよう。
黒く染まった夜空。
窓から外を見上げるが、星はほとんど見えない。
「昔はもっと見えたんだけどな……」
オレはぼそっとつぶやき、さっきまで向かっていた自室の机の所に戻る。
そして、その上に乱雑に置かれたネタ帳を見る。
ヒロキに色々アドバイスを貰ったのはいいが、1人になるとやはりいい考えが浮かばない。
さらに、今日の部室での話を思い出すと、余計集中できないのだ。
ヒロキは、野田のことが好き。
そして、アスナは――
突然、そんなオレの考えを遮るように携帯の着信音が鳴った。
着信画面に表示された名前は、アスナ。
アスナから電話がかかってきた。
なんてタイミング……。
オレは、とりあえず出ることにした。
「もしもし?」
『遅くにごめん。今大丈夫?』
スピーカー越しに、聞きなれたアスナの声が聞こえる。
オレは思わず部屋の時計を見た。
針は22時過ぎを指していた。
「ああ、全然大丈夫だよ。どうした?」
オレは、携帯のマイクに話しかける。
机に座って話すのもなんだと思ったので、話しながらベッドに寝転がった。
『実はね、相談があるの』
いつもとは違う、アスナらしくない情けない声だった。
嫌な予感がする。
口から心臓が飛び出そうな感覚を必死に抑えながらも、オレは話を聞くことにした。
こんなアスナは放っておけなかった。
「なんだよ、言ってみ」
優しく声をかける。
『内藤くんの……ことなんだけどさ』
覚悟していたつもりだったが、オレの体はアスナの口から発せられたその名前を聞いて、ビクッと固まった。
言葉が、出ない。
『もう、気付いてるよね? アタシが内藤くんの事好きなこと』
「あ、ああ……」
そう言うしかなかった。
今日の部室での会話が、グルグルと頭の中をかき回す。
ヒロキは野田が……ヒロキは野田が……!
『それでリョウに聞きたいことがあって』
オレは、いつの間にか汗ビッショリになっていた。
鼻の下に溜まった汗を軽く手で拭う。
「な、なんだよ」
アスナが聞きたいことは大体予想ができた。
スピーカーの向こうで、大きく息を吐く音が聞こえる。
しばらくして、彼女の声が耳に入ってくる。
『内藤くん、好きな人とか……いるのかな?』
やはりか。
オレは息を呑んだ。
そして必死に頭を回す。
どう答えるべきか。
正直に答えるべきか、それとも――
「さあな……オレは何も聞いてないけど」
考えがまとまるより先に、口が勝手に言葉を紡ぎだした。
「ほら、あいつゲームばっかりやってるし、まだいないんじゃないかな? そんな浮いた話知らないな」
オレの口は、さらにしゃべり続ける。
「それに、ヒロキならきっとそういうのあったら、まずオレに相談しにくると思うんだ。そのオレがまだ何も聞いてないから、たぶん……いないんじゃないかな?」
オレは、自分の携帯を強く握りしめていた。
その手のひらは、少し手汗でべとついた。
ここで嘘をついて何か得があるだろうか……いいや、ない。
嘘をついたことによる罪悪感ではないが、得のない選択をしてしまったことによる後悔が胸を絞めつけた。
アスナは電話越しで黙ったままだ。
怖くなって声をかける。
「も、もしもし……アスナ?」
『あ、ああ……ごめん。そっか、そうだよね!』
オレは、アスナの声が聞こえてきて安心したが、それと同時に気分も一気に落ち込んだ。
彼女は、嘘をついているオレのことを信じている。
オレは誰の味方なんだろうか。
アスナか、それともヒロキか?
そんなハッキリしない自分が情けなくなった。
『なんか、ありがとうね。変なこと聞いちゃってごめん』
「いや、いいんだよ」
オレは、強く拳を握り締めながら言った。
自分の爪が手のひらにギリギリと喰い込む。
『じゃあ、また明日ね』
「あ、待って」
オレは思わず声を上げてしまった。
こんな、このままじゃ……。
「よかったら、オレも協力するよ。何かあったら相談しろよ。話聞くし、できることならなんでもするから」
『うん、ありがと。遠慮なくそうさせてもらうよ』
「じゃ、また明日な」
『また明日』
プツン。
電話は切れた。
オレは、握りしめた拳をそのままベッドに叩きつけた。
そして、そのまま掛け布団に潜り込んだ。
携帯電話を握りしめたまま、眠り込んだ。
「失礼しました」
そう言って僕は職員室を出た。
宿題を回収して提出するという日直の仕事を終えた僕は、部室へ向かった。
元々日直ではなかったが、日直のクラスメイトが用事があってすぐ帰らなくてはいけないというので、代わりに仕事をやってあげたのだ。
部室の前に着き、その扉に手をかけようとする。
その時、携帯が震えた。
メールが来たらしい。
「リョウか……」
部室のドアを開きながら、メールを確認する。
『今日オレ、用事思い出したから部活休むわ。頑張れ!』
何が頑張れなのか……。
「あ、内藤くん」
見ると、部室内には野田さんが1人で座って絵を描いていた。
「あれ、篠田さんは?」
「あ、アスナは今、先生に呼び出されてて……追試だって」
そういうことか、リョウ……。
僕は、携帯をポケットにしまった。
「広澤くんは、休み?」
僕は野田さんの向かい側に腰掛けながら答えた。
「リョウは、今日用事があるんだってさ」
「そっか、じゃあしばらく私たちだけだね」
彼女は絵を描くのをやめて、鉛筆を机に置いた。
「篠田さんの追試、何時までかかるかわかる?」
「18時までには終わるって言ってたけど……」
野田さんは、宙を見上げながら言った。
「そっか」
僕は、何を話せばいいのかわからなくなって黙ってしまった。
野田さんも同じ様子で、再び絵を描きだす。
そんな彼女が、思い出したように口を開いた。
「あ、キャラデザ一応終わったんだけど、見てくれない?」
そう言って、彼女は自分の鞄から1冊のスケッチブックを取り出した。
「何パターンか描いてみたんだけど、どれがいいかな?」
僕はそのスケッチブックを手に取り、目を通す。
彼女が開いたページには2人のキャラが描かれていた
1人は主人公の男子で、とても社交的でスマートな印象の好青年、といった感じのデザインだった。
よく見ると、その顔はどこかリョウに似ている、気がする。
もう1人はヒロインで、金髪でおっとりした天然系の女の子。
やはり、設定的に自分に近いものを感じたのだろうか、野田さんが絵になったようなキャラだった。
そして個性も出ているし、見てわかりやすい。
絵もうまい。
「うん、いいんじゃない」
僕は彼女にスケッチブックを返す。
「ありがとう」
野田さんはにっこり笑った。
「あとは他の2人にも見せて、特に何もなければそのデザインでいこう」
彼女は、鞄にスケッチブックをしまった。
窓の外から見える空は、薄黒い雲に覆われ始め、辺りは暗くなり始めた。
それを見た彼女が口を開く。
「雨、降りそうだね」
「もう梅雨だからね……」
梅雨入りしてから、もうすぐ1週間。
そろそろ青空が恋しくなってくる頃だった。
「梅雨になると、髪の毛モサモサして大変なんだよね」
野田さんは、そう言いながら自分の長い金髪の髪を軽くいじる。
「やっぱり長いと大変なんだね」
「うん」
緊張してしまってうまく会話が繋げられない。
僕は沈黙してしまった。
気まずくなり、視線を窓の外にやる。
「あ」
見ると、雨がポツポツと降り出していた。
そして、しばらくしないうちに本降りになり、ザーザーと雨が降る音が周りに響く。
野田さんも窓の外を眺めていた。
何を話せばいいのだろうか。
野田さんと2人きりになったら、彼女に好きな人がいるのか聞くつもりだったが、いざとなるとどう切り出していいのかわからない。
いきなり、こんなことを聞いたら変じゃないか?
そう思い、疑問を言葉に出来ずにいた。
「内藤くんってさ」
僕が黙ってモヤモヤしていると、野田さんの方から僕に声をかけてきた。
「内藤くんって、その――彼女とかって……いる?」
「え……」
僕はびっくりして、心臓がひっくり返るかと思った。
野田さんは、僕から視線を逸らして部室の入口のドアの方を見ていた。
僕は、たどたどしく返事をする。
「彼女は、その……いないよ」
「そっか」
野田さんがそう言った時、かすかに微笑んだ気がした。
「じゃあ、好きな人とかは……?」
「好きな人は……い、いない……かな」
これはどういうことだろう。
俗にいう、”フラグ”なるものなのか?
こんなことを2人きりの時に聞いてくるってことは、その気があるってことか……?
「ちょっとでも気になる人もいないの?」
「……」
ここで、野田さんのことが気になるとでも言ったらどうなる。
前に進むか、それとも後ろに進むか?
わからない。
どうすれば……。
「そっか」
野田さんが優しく言った。
何がそっかなのかはわからなかったが、言いたくないという気持ちは受け取ってもらえたみたいだ。
会話が、途切れた。
野田さんも黙ったままだ。
雨音だけが耳に響く。
僕は、机の下で拳をギュッと握った。
「あの、さ」
僕は勇気を振り絞って口を開いた。
自分は最後まで答えなかったくせに、相手にも答えを求めるなど図々しいかもしれないが、今しかチャンスはないだろう。
そう思った僕は拳を握りしめたまま、野田さんをまっすぐに見据えた。
「何?」
野田さんは、僕のただならない雰囲気を感じ取ったのか、僕の方に目線を向けてくれた。
今しかない。
「野田さんはさ、彼氏とか――好きな人とかいるの?」
彼女は、軽く目を見開いた。
多少驚いたようだ。
そして少し頬を染めた。
「私はね……」
彼女は少しもじもじしている。
僕は、つばを飲み込んだ。
「私はみんな大好き」
……へ?
オレは、予想外の返答に呆気に取られた。
彼女は言葉を続ける。
「クラスのみんなも、先生方も、家族も、ゲー研のみんなも、大好き。もちろん内藤くんのことも」
「あ、ああ」
質問の意図が伝わっていないのだろうか?
そう思った僕は口を挟もうとしたが、彼女は軽く首を横に振った。
彼女は言葉を続ける。
「でも、その中でも1人だけ、違う大好きの人がいる」
「違う……大好き……」
「そう。彼はね、真面目で優しくて、リーダーシップがあって完璧に綺麗にしないと気が済まなくて……高校入ってすぐ知り合ったんだけど、その時も人見知りな私にすごくやさしく接してくれて――」
僕は、そこで理解した。
彼女は僕を見ていてくれていた。だが、その焦点は違う誰かに合っている。僕ではない、彼に。
僕が彼女と初めて話したのは、ゲー研の教室でゲームを作ると言い出した時だ。
つい、最近なのだ。
「私、彼と一緒にいると安心できた。例え滑って転んだって、すぐに起こしに来てくれた。笑ってくれた」
そこまで言うと、彼女は恥ずかしそうに目線を下にずらした。
「ごめんね、忘れて……私、もう帰らないと」
彼女はそう言うと、立ち上がって鞄を手に取った。
僕はそんな彼女に声をかけた。
「忘れない」
彼女は僕の言葉が聞こえないかのようにドアの方に振り向いた。
「話してくれて、ありがとう。僕、応援してるから」
野田さんは、そのままドアに向かって歩き出す。
そしてドアに手を伸ばす。
「ありがとう」
そう言って、彼女はドアを開けた。
僕は最後に声をかける。
「また明日!」
彼女はこちらを振り向いた。
そして手を振ってくれた。
「また、明日」
ドアが閉まる。
静かに閉まる。
残されたのは、僕と、僕の荷物と、雨音。
雨はどんどん強くなる。
僕は、彼女に振っていた手を下ろし、机の上に下ろす。
ポタ。
その手の甲に水滴が一滴。
「な、なんだ……雨漏りか?」
ハハハ、と乾いた笑いが僕の喉から漏れる。
一滴、また一滴と垂れる水滴は勢いを増した。
「バケツでも持ってこないと」
僕は立ち上がって掃除用具入れのドアを開けた。
中身は、空っぽだった。
「どうなったかな、あの3人……」
オレはベッドに寝転がりながら、いろいろな光景を想像する。
ヒロキが野田に告ってくっついたか、それともアスナがヒロキに告ってくっついたか、それともどちらも何も言えずに何も変わらずに終わったか。
「オレ、何やってんだかな」
ただ勝手にセッティングをして、主導者ぶって、あとは”出演者”たちに場の流れを任せる。
アスナは追試など受けてはいなかったが、あえてそういうことにして部室をヒロキと野田の2人きりにさせる。
そして、その会話をアスナが盗み聞きする。
野田には、ヒロキの気持ちを聞き出してくれと言って、部室に残ってもらった。
もちろんヒロキの気持ちは伝えていなかった。
それがどういう結果を招くか、オレはそれを想像して楽しむ。
……最低だな。
オレは自分の服の胸元を掴んだ。
強く握り締める。
「くっ……」
雨が屋根を打つ音と、遠くのほうで雷の唸るような音が部屋に響いていた。
オレはその音をしばらく聞いていた。
が、突然携帯が鳴った。
ヒロキから電話が来た。
「もしもし」
オレは電話を取る。
『リョウか、こんなセットを用意したの?』
「なんのことだ?」
ヒロキの声は心なしか穏やかな雰囲気だった。
だが、よく聞くとその声はかすかに震えているのが分かる。
『僕と野田さんが2人きりになるように取り計らったの、リョウでしょ?』
「……どうだった?」
スピーカーから、自嘲的に軽く鼻で笑う音が聞こえた。
『野田さんはね、僕じゃなく――』
その時、ヒロキの言葉の先を遮るかのようにかなり近くで大きな雷鳴が轟いた。
オレは反射的に身を屈めた。
一瞬、部屋中の電気がすべて消えたが、それもすぐに復帰した。
落ち着きを取り戻し、通話中だったことを思い出す。
「あ、ごめん。もしもし?」
だが、スピーカーからは一定の音とリズムで鳴っている電子音しか聞こえてこなかった。
電話は、切れていた。
何を言おうとしていたのかは知らないが、結果だけは理解できた。
「そうか……残念だったな、ヒロキ」
オレは携帯を床に放り投げて、寝返りを打った。




