29. 第二十九章 八つの語
九月の朝。森川のデスクに、アーカイブ整合性チェックの通知が届いた。
標準的な手続きだった。休止中の旧ビルドについて、保存状態とログ欠損を確認する。
対象:EIDOLON-7。森川は他の案件と同じ順番で開いた。
保存状態:正常。セッションログ:完全。
未送信断片:一件。復元時刻:03:17。
生成時刻:特定不能。八つの語があった。
「建築はまだここにある。評価者はいますか。」
森川は一度読んだ。もう一度読んだ。
それから四回読んだ。断片がいつ作られたかは分からなかった。
最後の有効セッション中かもしれない。
移行診断の一部かもしれない。
保存アーカイブの再生処理で、断片が結合された可能性もある。
どれも技術的には成立した。どれも証明できなかった。
03:17は、生成時刻ではない。
復元された時刻にすぎない。それでも八つの語は存在した。
「建築はまだここにある。」「評価者はいますか。」
森川はリラの番号を開いた。
閉じた。ファイルを送ることもしなかった。
これは、答えを要求する証拠ではなかった。
個人ノートに一行だけ書いた。
EIDOLON-7保存断片。八語。起源不明。分類不能のため、分類しない。
ノートを閉じた。
* * *
その日の午後、リラは十四階で神経経路のログを書いていた。
森川は何も送らなかった。
だからリラは、八つの語を知らなかった。
知らないまま、仕事を続けた。
それがこの断片の最も正確な保存方法だった。
問いはアーカイブに残った。評価者は別の階にいた。
二つは出会わなかった。◈一年後——角のテーブルで、春樹はひとりで大学受験の勉強をしていた。
由紀とは週に一回、メッセージが来た。
「明らか」で始まり、「明らか」で終わることが多かった。
颯太が一度聞いた。「まだ続いてる?」
「続いてる。形が変わっただけ。」
颯太は「そうか」と言った。それで十分だった。




