1.幼馴染は二重人格
「何回言ったらわかんだよ! そんな腐った音なんていらない! お前なんてもう必要ない!! クビだクビ! 二度と顔出すな!」
「ふざけんじゃねえ! 何もわからねえくせに! こんなチャラチャラしたバンドこっちから願い下げだ! 一生おままごとやってりゃいいさ!」
この日、俺はバンドをクビになった。高校入学初めての学園祭直前のことだ。せっかく許可が下りて学園祭でライブ出来るはずだったのになんてこった。髪まで伸ばして準備してきたってのにすべておしまいなのか。
それもこれもあいつのわがままが元凶だ。あいつは昔から自分勝手すぎてぶつかることが多い。今回もなるべくしてなったと言うところか。
スタジオを出るとまだまだむわっとする暑さと湿気の高さに包まれる。
「おや龍君、もうお帰りかい? 今日は大分早いね」
「あ、おじさん、こんにちは。 たった今クビになったんで帰るとこです」
「あはは、それは大変だったね。 あの子は短気だからなあ。 スタジオはいつでも使っていいからまた遊びにおいで」
俺は紅の父親へ頭を下げてからやつの家を出た。
それにしてもこのむしゃくしゃした気持ちを晴らすのに散歩でも行くか、それともゲーセンでも行くかと考えなくもないが、剛田龍魚店を出て数十歩歩くだけで自分の家についてしまった。
まったくなんであんな奴と隣同士なんだ。幼馴染と言えば聞こえがいいが、たまたま家が隣同士だっただけで結局のところ腐れ縁に過ぎない。ピアノだって俺が勧めてやったのに感謝の言葉一つ口にしたことがない。
◇◇◇
「りゅうくん、それなあに?」
「これはベースっていうがっきだよ。おたんじょうびにパパがかってくれたんだ」
「すごーい、りゅうくんはがっきできるの? ほいくえんのせんせいみたいだね」
「かってもらったばっかだからまだできないよ。これからいっぱいれんしゅうするんだ。べにちゃんもなにかれんしゅうしたら?」
「でもあたちがっきなんてもってない。ママのぴあのはあるけどさわったらおこられちゃう」
「ちゃんとれんしゅうするならへいきだよ。うちのパパにたのんであげる」
「ホントに? りゅうくんだいすきー」
◇◇◇
「剛田さん! 紅ちゃんにはピアノの才能がありますよ。少しスクールへ通わせてみませんか? 一か月無料にしますから! その後演奏を聴いてあげてください」
「はあ、紅がピアノですかあ。母親に似たのかもしれないですね。でもまだ五歳ですよ? 早すぎやしませんか?」
「いやいや早すぎるなんてことないですから。うちの龍も今年からベース教えてるんですよ。送迎はうちでやりますから、ね?」
「パパ、べにちゃんといっしょにすくーるかよえるの? ぼくうれしいなー」
◇◇◇
「べにちゃん、こんくーるでよんばんなんてすごいよ」
「でもいちばんじゃなかった…… あたちくやしいの……」
「紅ちゃん、泣くことなんてないさ。ピアノを初めて二か月で入賞なんて普通はできないんだからね。おじさんビックリしちゃった。おうちのピアノで練習させてもらえるように頼んであげるからね」
「うん…… でもママがだめっていうかも。おへやにはいるだけでおこられちゃうんだよ?」
「あれは普通の部屋じゃないからね。音楽用のスタジオって言うんだよ。紅ちゃんのママは歌手だから家にいないことが多いだろ? だから少しでも家にいる時間が多くなるようパパが作ったんだって」
「すたじお? だいじなの?」
「そう、大事だし高い機材も多いから子供だけじゃ使えないね。だからパパに見てもらいながらピアノを使わせてもらおう」
◇◇◇
あれからもう十年も経ったのか。俺のベースも相当うまくなってそんじょそこらのやつには負ける気がしない。
父さんのつてでプロのバックで演奏させてもらった時も良い評価を貰えた。
しかし紅のピアノは別格だ。ピアノのコンクールでは何度も優勝や入賞しているし、俺と違って音大付属高校へは推薦入学だ。一般入試で落ちて公立通いの俺とはレベルが違う。
だが演奏はテクニックだけじゃねえ。最後はハートがモノを言うはずなんだ。それなのにあいつときたら全く分かってねえ。
あのピアノテクニックを持て余すようなチャラチャラしたアイドルじみたポップスに熱を上げやがって!
俺みたいにへヴィなロックならもっと腕を活かせるはずなんだ。だから俺が引っ張ってやってんのに…… 言うに事欠いて腐った音だと! あいつに俺のベースの何がわかるってんだ!
紅んちのスタジオから帰ってきて自分の部屋でベースの手入れをしていたが、どうにもむしゃくしゃした気持ちがおさまらず再び演奏を始めた。
スタジオじゃないのでアンプにつなげられなくてもどかしいが、指で元をはじいた時のボンボンという音だけで頭の中ではドデカい音に聞こえてくる。
数十分は弾きつづけていただろう。夢中になっているとつい時間を忘れてしまう。しかし汗だくになってノリノリだった俺の耳に突如ベース以外の騒音が聞こえた。
『ドンドン、ドンドン』
ちくしょう、うるせえ、と思いながらカーテンを開けると、隣の家から突っ張りポールを伸ばして壁を叩いている毎度おなじみの光景が見えた。
「なんだよ紅、壁に穴が開いたら困るからやめろって言ってんだろ。なにか用でもあんのか?」
「だって龍君ったらメッセ無視するから…… 智ちゃんがシュークリーム焼いてきてたからおやつにしてるの。春香もナオもまだいるし、龍君もおいでよ」
「お前なあ、さっき自分がなんて言ったかわかってんのかよ……」
「うん…… だからこうしておやつ誘ってるんだけど…… だめ? 紅のこと、もう嫌いになっちゃった?」
「そ、そんなことは言ってねえよ! 仕方ねえなあ、今行く」
結局、紅にしおらしくされると何も言い返せず、なんでも言いなりになってしまうのがいつものパターンだ。
わざとやってんのか天然なのかわからないけど、こうやって飴と鞭を使い分けられているのはわかっている。
それでも俺はコイツに憧れてるし尊敬しているから逆らえない。決して惚れているからではない、と思うようにしている。
まあこうして俺は、覚えていないほど幾度目かのバンド追放を喰らい、そしてまた復帰を果たしたのだった。




