第5話 崩壊
限界は、突然訪れるものではない。
気づいた時には、
すでに越えている。
HYDRA CHRYSALIS
新章:TRANSCENDENCE
第5話 崩壊
音が消えていく。
悲鳴も。
爆発も。
すべてが。
“遠くなる”。
「……なんだよ、これ」
誰かの声が、
現実に引き戻す。
だが。
現実の方が異常だった。
街が、水に飲まれている。
道路は見えない。
建物の下層は沈み、
水が内部へと侵入している。
「逃げろ!上だ、上に行け!!」
叫びが飛ぶ。
人々が階段へ殺到する。
だが。
水は追わない。
ただ。
そこに“在る”。
そして。
選ぶ。
「……っ!」
一人の男が足を止める。
水が触れている。
足首に。
ゆっくりと。
巻きつく。
「やめろ……!」
引き剥がそうとする。
だが。
遅い。
水が上がる。
膝。
腰。
胸。
そして――
消える。
跡形もなく。
「……!」
誰も動けない。
恐怖が。
理解を超えている。
その時。
空が光る。
「またか……!」
榊が見上げる。
黒い機体。
数が違う。
さっきの比じゃない。
編隊。
十機以上。
「対象区域、第二段階処理開始」
無機質な声。
街全体に響く。
「……ふざけんな」
榊が低く言う。
「ここ、人がいるんだぞ」
だが。
返答はない。
必要ないからだ。
「エネルギー充填完了」
光が集まる。
複数同時。
規模が違う。
「やめろ!!」
叫ぶ。
意味がないと分かっていても。
「撃つな!!」
だが。
止まらない。
光が放たれる。
同時に。
街へ。
水へ。
人へ。
すべてへ。
「……っ!」
榊が動く。
だが。
間に合わない。
範囲が広すぎる。
一つ止めても。
意味がない。
「くそっ……!」
水を集める。
限界まで。
全方向へ展開。
防ぐ。
守る。
だが。
足りない。
「……!」
光が当たる。
水が削られる。
存在ごと。
消されていく。
「……ぐっ……!」
膝が沈む。
圧が重い。
維持できない。
「榊!!」
声が飛ぶ。
だが。
返せない。
(無理だ)
理解してしまう。
(全部は守れねぇ)
その瞬間。
一つの光が。
人の群れへ落ちる。
逃げ遅れた人たち。
動けない。
「――やめろ!!」
叫び。
届かない。
光が落ちる。
そして――
消える。
一瞬で。
何も残らない。
「……」
榊の動きが止まる。
完全に。
時間が止まったように。
「……」
何も言えない。
何も。
「……クソが」
低く。
震える声。
怒りか。
悔しさか。
それすら分からない。
ただ一つ。
確かなのは。
(間に合わなかった)
その事実だけ。
「……はぁ……」
息を吐く。
力が抜ける。
水が散る。
維持できない。
限界だった。
その時。
空から声。
「対象、抵抗能力低下を確認」
冷たい。
無感情。
「最終処理へ移行」
「……終わりかよ」
誰かが呟く。
誰も否定しない。
できない。
その時。
榊が顔を上げる。
ゆっくりと。
目は死んでいない。
むしろ――
逆だ。
「……まだだ」
小さく言う。
誰にも聞こえないくらいの声で。
「終わってねぇ」
立ち上がる。
ふらつきながらも。
「まだ……」
拳を握る。
水がわずかに集まる。
弱い。
だが。
消えてはいない。
「……やるしかねぇだろ」
空を見る。
機体。
光。
絶望。
そのすべてを。
真正面から見据える。
「……次で決める」
その言葉は。
自分に向けたものだった。
崩壊は始まった。
止められない。
だが。
終わらせることはできる。
その一点だけが。
残された希望だった。
―――続く
第5話を読んでいただきありがとうございます。
ついに状況は崩壊段階に入りました。
守りきれない現実と、
それでも立ち上がる意志。
次話では、
この絶望を覆す動きが始まります。




