第4話 臨界
それは徐々にではなかった。
ある瞬間を境に、
世界は一気に変わる。
HYDRA CHRYSALIS
新章:TRANSCENDENCE
第4話 臨界
最初は、ほんの小さな異変だった。
ポタリ。
水滴が落ちる。
ただそれだけ。
誰も気にしない。
だが。
次の瞬間。
地面が揺れた。
「……は?」
誰かが顔を上げる。
遅い。
すでに始まっている。
街の至る所で。
水が噴き出す。
マンホール。
排水口。
壁の亀裂。
ありとあらゆる場所から。
「なんだこれ!?」
悲鳴が上がる。
人々が逃げる。
だが。
逃げ場はない。
水は“広がる”。
意思を持って。
選ぶように。
人の間をすり抜ける。
追うのではない。
観るように。
触れるように。
「……始まったか」
榊が呟く。
空気が震える。
全身で感じる。
(止まらねぇ)
これはもう。
局所じゃない。
街全体。
いや――
(もっとだ)
視線を上げる。
遠くのビル。
その壁を。
巨大な水の流れが這っている。
まるで生き物のように。
「おい……あれ」
仲間が指差す。
言葉を失う。
水が集まる。
形を作る。
今までとは違う。
はっきりと。
明確に。
“個体”として。
巨大な人型。
ビルを超える高さ。
歪だが。
確実に“意思”を持っている。
「……マジかよ」
誰かが呟く。
その瞬間。
動いた。
巨大水塊が。
ゆっくりと。
一歩。
踏み出す。
地面が砕ける。
衝撃。
「逃げろ!!」
叫び。
人々が散る。
だが。
遅い。
水が伸びる。
触れる。
一人。
また一人。
「やめろ……!」
触れられた人間が。
止まる。
動かない。
そのまま。
ゆっくりと。
水に“溶ける”。
「――ッ!」
榊が歯を食いしばる。
(選別……か)
頭に浮かぶ言葉。
あの時の。
「……ふざけんな」
低く言う。
怒り。
だが。
冷静でもある。
(無差別じゃない)
見ている。
選んでいる。
そして。
取り込んでいる。
「榊!」
仲間が叫ぶ。
「どうする!?」
答えは一つしかない。
「止める」
即答。
迷いはない。
水が集まる。
周囲から。
空気中から。
すべてが。
榊へ。
「……来い」
応える。
完全に。
今までとは違う。
流れが明確だ。
制御できる。
「……行くぞ」
踏み込む。
一気に加速。
地面を蹴る。
水が押し出す。
空へ。
巨大水塊へ。
一直線。
「対象接近」
どこからともなく。
声が響く。
水の中から。
「排除」
冷たい意思。
巨大な腕が振り下ろされる。
速い。
だが。
榊は止まらない。
「遅ぇよ」
水が動く。
衝突。
衝撃。
空間が歪む。
だが。
押し負けない。
むしろ――
押し返す。
「……効いてるな」
感覚が伝わる。
相手の構造。
流れ。
弱点。
すべてが見える。
「そこだ!」
水を一点に集める。
圧縮。
槍のように。
撃ち込む。
貫く。
巨大水塊の中心へ。
一瞬。
止まる。
そして。
崩れる。
バランスを失う。
だが。
消えない。
再構築される。
「……チッ」
舌打ち。
(核がねぇのか)
単体じゃない。
分散している。
「面倒だな」
その時。
地面が揺れる。
別の場所でも。
同じ現象。
巨大な水の個体が。
複数。
同時に。
「……嘘だろ」
仲間が呟く。
現実だった。
一つじゃない。
街中で。
同時発生。
「……クソが」
榊が笑う。
わずかに。
だが。
その目は。
燃えている。
「いいぜ」
空を見る。
遠く。
さらに向こう。
見えない“何か”へ。
「全部、相手してやる」
その言葉は。
挑戦だった。
水へ。
世界へ。
そして――
見ている“誰か”へ。
臨界は過ぎた。
もう戻らない。
ここから先は。
“崩壊”か。
それとも――
“再構築”か。
―――続く
第4話を読んでいただきありがとうございます。
ついに現象は臨界点を超え、
街全体へと拡大しました。
ここからは、
局所的な戦いではなくなります。
次話では、
さらに状況が悪化していきます。




