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『ブレイヴイマジン』第6章 ダークネス⑩


          *   *   *


「レーナに何か用なの、ケント君? デートのお誘いなら、男の子の方から出向くべきだと思うんだけど?」

 ヘルクレス地区、雑居ビルの屋上にニューニを駆って現れたレーナは、柵の上に器用に着地した。俺があっと声を上げかけると、彼女は余裕たっぷりに笑い、これ見よがしにスカートの裾を押さえ、こちらに飛び降りてきた。

「って、来られたら困るのはレーナたちか。ヴェンジャーズの拠点(アジト)は、門外不出の超重要機密事項だもん」

「俺たちもだ。今コーディアとロゼルが暮らしている場所については、君には明かせない。……彼女たちの平穏の為に」

 俺は、ポケットの中でシルフィのフォームメダルを握りながら言う。鼓動の如く、一定間隔で打たれる拍が伝わってきた。彼女が、そのままで大丈夫、と励ましてくれているように感じる。

 レーナは、指先でぱちぱちと拍手をした。

「やっぱり格好良い事言うのね、ケント君は。そんなケント君が、自分の愛するユリアちゃんを助ける為にロゼルを見捨てる? 純愛なのか外道なのか、分からないわねえ」

「俺は結局、ユリアには何者も代えられないんだ。だけど、勘違いするな。俺は別にロゼルが憎くて君たちに差し出そうという訳ではないし、コーディアもアロードも、本当はこんな事はしたくないんだ。ロゼルだって、自分じゃないユリアやイヴァルディさんを救いたくて、自分から俺の我儘(わがまま)に付き合ってくれると言った。俺を軽蔑しても、彼女のその姿勢は軽蔑するな」

 俺が言うと、それを合図にロゼルが一歩前に進み出た。彼女は、荒縄できつく縛られた両手をレーナに差し出し、「あたしを捕まえなさい」と言い放った。

 シルフィの作戦が説明されると、俺たちはまずパトリオットを探し出し、自分たちが現在彼らの捜索対象となっているブレイヴの一行である事を明かした。俺たちから名乗り出た事に動揺するパトリオットに、俺たちはすぐに「三侯のレーナを呼び出して欲しい」と畳み掛けた。

「もしこの要求が呑まれなかったら、もしくは約束が交わされた後で、お前らが裏切ってユリアたちを拷問するような事があったら」

 アロードは、あのパトリオット兵たちに提示したのと同じ条件を、淡々と口に出した。

「俺は、自分のフォームメダルを破壊するぜ」

「……正気なの?」レーナのニヤニヤ笑いが、そこで掻き消える。「タイタスの時も思い知った事でしょ。そしたらあんたはイマジスハイムに強制送還されて、(ことわり)が辻褄を合わせる為に抹殺されるのよ?」

「それだけ、覚悟をしているって事だ。俺の代わりに火のイマジンが派遣されたりしたら、お前らは一から捜索をやり直さなきゃならねえ。さぞかし、世界を滅ぼす計画も遅れる事だろうな」

「困るのは、レーナたちも同じって事ね」

 レーナは不機嫌そうに言ったが、やがて笑みを取り戻した。

「面白いじゃないの。でも、レーナだってあんたたちに、チップをもう少し増やすように要求する事が出来るのよ。疑うなら見せてあげるけど、レーナたちは地下のガス管に面白いものをセットしちゃったの。使ったらセイバルテリオの半分がドカーン、ってなる最終兵器。名前は……」

「フォールン・セラフだろ? 知っているよ」俺は言った。

「なら話が早いわ。アロードがメダルをくれないなら、それで街の人をみーんな殺しちゃうから。レーナは街がぶっ壊れて誰も彼も死んじゃったとしても、痛くも痒くもないもんね」

「だけどその場合は」

「その場合も、俺がメダルの破壊を実行する」

 アロードは般若のような形相で、口元を笑みの形に変えた。

「あんまり欲張んなよ。今お前らの手元には、確かにロゼルのフォームメダルがあるんだ。それでお前らは、まず確実にロゼルのブレイヴフォースが出来るんだ。ユリアとイヴァルディの旦那は、そいつらだけならイマジンとは無関係の一般人(パンピー)。悪くねえ取り引きだと思うが?」

「……あんたたちっ!」

 レーナは、普段見せる癇癪とは異なる、怨嗟の燃えるような瞳で俺たちに視線を照射した。ロゼルは負けじと、縛られた両手首を差し出し続ける。俺は彼女が両手を縛ってくれ、と言った時、何もそこまでしなくても、とコメントしたが、彼女自身に首を振られて

「これも作戦成功の為だから」

 と言われた。

「……分かったわよ。レーナだって組織の人間で、今この街にはマンティス総統が居るんだもん。あんたたちの言いなりになるのは癪だけど、ここは計画の方を優先させて貰うわ。だけど」

「何だ?」

「この取り引きが終わった後は、またレーナたち敵同士だからね。ケント君たちはロゼルを奪還しに来てもいいし、レーナたちはまたユリアちゃんを攻撃したり、アロードやシルフィを狙ってもいい」

「それはそうだ。せいぜい、やり合おうぜ」

 俺は、アロードの口調を真似てそう言った。


          *   *   *


 俺たちは目隠しをされ、彼女の部下であるヴェンジャーズ兵たちが来るのを待ってニューニに括りつけられた。フォームメダルを持っているガーディさんに話をつける必要がある為、本拠地に運ばれるのだそうだが、その位置を気付かれないようにする為の措置だという。

 俺たちは、シルフィを隠していた。だからレーナもまだ、俺たちが彼女を通し、本拠地の位置を掴んだ事を知らない。ここが俺たちの、”取り引き”後の命運を決定づけるポイントだった。

 目的地らしき場所に着き、魔物から降ろされると、俺たちは最初に武器を取り上げられた。ボディチェックもあったが、俺はシルフィのメダルをグローブの中に隠していた為発見されなかった。目隠しのまま歩かされ、何処か建物内に入った事、大きな家具か何かが動いた事、階段を降りた事が分かると、ヴェンジャーズ兵たちは俺たちから目隠しを剝ぎ取った。

「ロゼルは、レーナと一緒に別室に移動ね。あんたたち」

 レーナはてきぱきと、部下の兵士に指示を飛ばす。

「ケント君たちを牢に連れて行きなさい。メダルはガーディが持っているから、霊血(イコル)でのコーティング作業もあるし、呼んでこなくちゃ」

「承知致しました!」

 兵士たちが、少女のレーナにびしりと敬礼する。レーナは彼らの頰を、ぺしぺしと手の甲で叩いた。

「なる早でお願いね。レーナちゃんは忙しいのよー」

 彼女は言うと、ロゼルを伴って去って行く。一瞬だけ不安が蘇ったようにこちらを向くロゼルと目が合うと、コーディアは同じように「心配するな」と目線で彼女に語り掛けた。

 俺たちは兵士たちに案内され、牢屋に移動させられた。そこは廊下の突き当たりである袋小路で、牢も「壁に鉄格子をくっつけたただの檻」というような外見となっていた。ヴェンジャーズ本拠地の性質が秘密主義であるだけに、元々捕虜を監禁する、という事はなく、この牢も最近突貫工事で造られたようだった。

 兵士たちが去って少し経つと、シルフィが実体化した。

「コーディア、あなたの出番」

「ええ」

 彼女は肯くと、上着を脱ぐ。俺とアロードは当然のように目を逸らしたが、彼女は別段気にする様子もなく服の立ち襟を破り、使用されている針金を抜いた。

「お気に入りだったけど、ロゼルには代えられないや」

 再び着込み、空き箱も同然な固いベッドの上に立ち上がる。天井には、換気口と点検用通路を兼ねた鉄格子の扉があり、鍵が掛かっているようだった。彼女はその穴に針金を挿し込み、ガチャガチャと回した。

「こういうところに魔科学が使われていないから助かるわ。もしこういう天井じゃなかったら、ケント君に変身して貰って、体技で入口を強行突破して貰うつもりだったけど……」

「勘弁してくれよ……」

 しかし、俺も最初はそうするつもりだった。脱出経路の確保の為、この牢に向かう途中、意図的に悔しそうな表情を浮かべつつも、戻る道順をしっかりと脳裏に刻み込んでいたのだ。最初に大きな音を立て、丸腰の状態で敵基地内を歩き回るよりも余程安全なプランを採れたのは僥倖だろう。

 鍵穴と格闘していたコーディアは、五分も掛からずにそれを開けた。ガチャン、という手応えのある音がし、格子扉が垂れ下がった。

「開いたわ」

「さすがコーディア!」

 シルフィが小さく歓声を上げる。様子を見に来る兵士たちが居ない事をもう一度確認すると、俺たちはその中に一人ずつ入り込んだ。

 方向転換の叶わないような通路を匍匐前進で進み、時折現れる先程のような換気口から内部の様子を確認する。兵士たちの姿は無論多く見られたが、いずれもまだ俺たちの脱走には勘付いていないようだった。

「やっぱり広いわね、この基地……入口の酒場、ノーザンクロスはカモフラージュだとしても、どうしてこんなに大規模な基地を、地下に秘密裏に作れたんだろう? 王宮からの監視も厳しいでしょうに」

 コーディアが、ぽつりと呟いた。

「ヴェンジャーズは大規模な組織だ。その気になりゃ、自分たちだけで何でも出来るって事なんだろ」アロードが気のない返事をする。

「確かに労働力は十分でしょうね。セイバルテリオ、地下は意外とスカスカだし、入り込んじゃえば大規模な掘削工事をしなくてもコツコツ材料を積み上げて建物も作れるでしょうし」

 大都市は地下を有効利用しているだけに空洞が多いというのは、現実世界の東京と同じような原理だろう。俺が考えていると、コーディアは「でも」と言い、どうにも解せないように首を捻った。

「魔王ディアボロスが封印を解かれて、ヴェンジャーズが活動を始めたの、五年も経っていない昔の事でしょ? その頃はそんなに、組織に労働力もなかっただろうし、何かおかしくないかな、って」

「何か、彼らが動いているような兆候はなかったの?」

 俺が尋ねると、コーディアは首を振って否定した。

「特になし。セイバルテリオにヴェンジャーズ本拠地があるって事も、組織内のメンバーが口にしているのを誰かが聞いて初めて分かった、ってくらいだから。この街で起こった異変といえば、四年くらい前に都心で結構大きな地震があって、死傷者が大勢出たって事くらいかな」

 やはり分からない事だらけだな、と思ったが、考えても仕方がない事だと言い聞かせ、探索に集中した。

 一時間程が経過した時、俺は現れた換気口の下から異質な音を聞き、首を後ろの三人に向けた。彼らは目をぱちくりとさせ、揃って少し先を指差す。そこは下が広い部屋なのか、少し開けた空間になっていた。換気口の周囲は、皆が全方向から下の部屋を覗き込めそうだ。俺たちはそこまで這い進むと、鉄格子の下を窺い見た。

 そして俺は、叫びそうになる口を懸命に閉じねばならなかった。

「ねえ、そろそろ楽になってしまいましょうよ?」

 粘つくような調子の、やや高い男声。直後、その声の主が持つ伸縮性の鞭がピシッと鋭い音を鳴らす。その音源は、ユリアだった。白いイブニングドレスのような服を着せられた彼女の剝き出しの背に、その先端が(したた)かに打ちつけられ、その全身が激しく痙攣する。彼女は背を丸めるようにして顔を伏せているので表情は見えなかったが、痛みに耐えているのは必定だった。

「仮に彼女が言ったとして、だよ」

 彼女の隣に座らせられた上半身裸のイヴァルディさんが、擦り傷と蚯蚓(みみず)腫れで満ちた顔を上げた。

「何で彼女がそんな事をしたのか、少しは考えてみなよ。シルフィお嬢さんに、ケント君たちにこの事を知らせて貰う為に決まっているだろう? だったら、吐かせたところで無駄なんだよ。これ以上、女性に手を挙げるようなスマートじゃない真似はよしな、魔術師アンセス」

 俺ははっとし、指揮棒の如き鞭を持った男を見る。その後ろでは、黒レンズのロイド眼鏡を掛けたスキンヘッドの巨漢が、捻じれた角のような朱色を杖を持って立っていた。マフィアにでも居そうなその外見とは裏腹に、燕尾服のようなマントの付いたローブを纏っている。

「皇太子デイビル殿下。あなたには最早、このお嬢さんの仲間という点でしか使い道がありません。あんまり我々を愚弄するような事を言うと、お嬢さんの口を割らせる為にあなたを殺しますよ?」

 アンセスと呼ばれた男は、鞭の柄をぎゅっと握り締める。魔法が使用されたのかその手を中心に魔方陣が点滅し、伸縮する部分にバチバチと紫色の電撃らしきエフェクトが生じる。

 彼が、王宮を乗っ取ったというパトリオットの長、魔術師アンセスなのか。やはりレーナは約束を(はな)から守るつもりはなかったのか、と思うと、俺たちの方からここへの安全な潜入の為に交わした契約とはいえ、怒りが湧き上がるのを抑える事は出来なかった。

「アンセス」巨漢が、低い声を出した。「その男は、まだ幾らかの使い道が残っている。勝手に殺しなどしたら、どうなるかは分かっているな?」

「マンティス総統……」

 アンセスが振り向き、巨漢を畏怖の込もった表情で見る。俺は、再び声を上げそうになって口を床に押し付けた。

「あれが……ヴェンジャーズ総統マンティスか」

 アロードが呟くと、コーディアは微かに顎を引いて「そう」と言った。その声が心なしか今までの調子と違う気がしたので、俺は顔を上げて彼女を見る。しかし、俺が口を開く前に、

「そうでしたね。では引き続き」

 アンセスが言い、電撃を纏った鞭でもう一度ユリアの背を殴打する。彼女が悲鳴を上げ、その苦悶の表情が今度は俺にも見えた。俺はそれを見ると、我慢出来ずに叫ぼうとしてしまった。シルフィが手を伸ばし、その俺の口を渾身の力で押さえつけてくる。

「ここまでの作戦を台なしにするつもりなの、ケント君!?」

「でも……でもさ!」くぐもった声で俺が言うと、

「今のあたしたちは丸腰なのよ。今飛び出して奇襲を掛けても、数の利なんて当てにならない。武器のない状態で、相手はパトリオットの隊長とヴェンジャーズ総統。(かえ)ってユリアちゃんたちが危険に晒される可能性の方が高い」

 シルフィの正論に、俺は押し黙った。コーディアは声を上げないが、その顔は俯けられ、何かを必死に抑え込んでいるような素振りだ。

 眼下で、イヴァルディさんが珍しく満面に怒りを湛えていた。

「話が通じないようだね、アンセス。これ以上の拷問は、お互いの為にならない、と言っているんだ。僕はユリアさんのした事は分からないし、彼女もその後のシルフィさんの行動は知らない。何も言えないのも当然だろう。それとも何かな、君は嗜虐志向でも持っているのか?」

「全く……慎みのない王子様ですねえ!」

 アンセスの鞭が、イヴァルディさんの顎から鼻、額までを一気に叩き上げた。彼の口から、咳が暴発したような音が漏れ出す。

「……行こう」

 コーディアが、ぽつりと暗い声で零した。

「レーナが約束を反故にしたなら、私たちもすぐにロゼルを助けないと。そして武器さえ取り戻せば、こっちは戦える人間が四人、向こうは二人だけ。今なら十分、勝機はあるから」

「コーディア、あの……」

 俺が言いかけた時、彼女は素手に換気口から離れ、移動を再開していた。

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