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『ブレイヴイマジン』第6章 ダークネス②


          *   *   *


 訪れた部屋は、案の定無人だった。というより、マンションは都市部にしては珍しい程に空き部屋が多く、ややもすれば住民の居る部屋よりも空き部屋の方が多いのではないか、と思う程だった。入居者募集の看板には一部屋毎月七百ミッドという家賃が書かれており、これまた都市部にしては破格の安さだ。

「いわゆる事故物件ですからね、ここ」

 去年からマンションに住み続けているという男性、ユウキさんはそう言った。寝間着姿に蓬髪、無精髭の目立つ年齢不詳の彼は、ロゼルの向かいの部屋に住んでいる住民だった。

「セルナちゃんとロゼルちゃんですか……よく覚えていますよ。俺、越してきて挨拶回りで訪ねた時に、向かいが可愛い女の子二人だって知って、やった、と思った覚えがありますから。でも、それからは時々、住民会とかで話したり、擦れ違ったら挨拶交わしたりするくらいで。

 でも、時々『大丈夫かな』って思う事はありましたよ。イマジスハイムでのイマジンたちの生活っていうものがどういうものかは分かりませんけど、二人ともとにかく生活力がないみたいで。夕飯の時間帯に火災警報器が鳴った事が一回あって、その他は外食とかデリバリーが多かったみたいですね」

 アロードやシルフィが居たら顔を引き攣らせただろうな、と思いながら、俺はユリアを見る。彼女も、笑い出したいのを堪えるような表情だったが、笑っては悪いと思っているのか無言で肯くだけだった。

 俺は、今まで会ってきたヴァレイ、シェリカ、タイタス、そしてブレディンガルのセルナを思い出す。皆、拠点は人間の誰かの家で、家族同然の生活をしていた。幾ら二人といえども、人間世界に派遣されたばかりのイマジンが自分たちだけで生活するのは難しいのだろう。

「でも、それじゃお金が掛かりますよね? 二人は何か、仕事みたいな事はしていたんですか?」

 ユリアが尋ねると、ユウキさんは頭を掻いた。

「セルナちゃんの事はよく分かりませんけど、ロゼルちゃんの方は結構外に出て、何か仕事をする事があったみたいですね。家事のお手伝いから魔物や盗賊の討伐までする、いわゆる”何でも屋さん”をフリーランスでやっているコーディアちゃんって子が四階に住んでいるんですけど……ええ、住民会の時に管理人さんから、そういう危ない仕事を届け出なしにするのはやめろ、って何度も注意されていたから、覚えているんです。その子に付き添って仕事をして、お金を稼いでいるみたいでした。コーディアちゃんも時々来ていたな、彼女たちの部屋に。栄養が偏るからって、料理を作ったりして」

「……って事は、ロゼルはそのコーディアさんと契約を?」

「いやいや、それはなかったみたいですよ。コーディアちゃんは、戦闘であれば自分の手に負える件以外は引き受けないみたいでしたから。ロゼルちゃんも、戦うのは怖いって言っていましたし」

 ユウキさんの説明に、俺はこの間アロードがロゼルについて「超絶人見知りのビビり」と表白していた事を思い出した。この件については、後で詳細な話をアロードたちから聴く必要があるだろう、と考えた。

 ユリアは肯き、更に問いを重ねた。

「ヴェンジャーズの襲撃があって、セルナが『別行動した方がいい』って言ってマンションを出た時の事について、何かご存じですか?」

「さあ……それは。でも、ある日から突然セルナちゃんが居なくなったのは確かですね。ロゼルちゃんもそれからすぐに退居しましたよ、確か二回目の襲撃の後。あの時は本当に、マンションが壊されるんじゃないかって思いました。皆避難したから犠牲者こそ出ませんでしたが、火事にはなるわ壁は崩れるわで、俺も生きた心地がしませんでした。

 ロゼルちゃんの退居の時は、コーディアちゃんと一緒でした。ロゼルちゃん、住民会で泣きながら挨拶をしたんです。自分はもう、魔物の監視者ではなくなってしまったから、コーディアちゃんと南東のケーンズ地区に行きます、って」

「ケーンズ地区って……治安があんまり良くないんですよね?」

 眉を潜めるユリアを見、俺は頭を捻る。ユウキさんは続けた。

「止めた人も沢山居ましたよ。でも、あまり強くは言いませんでした。他の皆も怖がって、すぐにここを出たいって思っていたはずですから、自分たちの準備で精一杯だったのかもしれません。だけど、よりによってケーンズなんてねえ……確かにあそこでの家賃なんてあってないようなものだし、頼まれ事も尽きないでしょう。それでもあんなスラム街でしか生きられないってなると、本当に彼女たちはお金に困っていたんだなって、つくづく思います」

「あなたは……他の住民の方々と出て行かなかったんですか?」

「もう、ヴェンジャーズはここを襲わないでしょう? せっかく家賃も下がったんだし、縁起とかは気にしていられませんよ。俺もまあ、お世辞にもお金があるっては言えない生活ですしね」


          *   *   *


 マンションの粗大ゴミ置き場まで行くと、俺たちはアロードとシルフィを実体化させた。二人は本当に息苦しかったようで、出てくるや否や荒い息で「死ぬ、死ぬ」と騒いだ。

「ごめんね、窮屈な思いさせちゃって……」

 謝ると、アロードはぶつぶつと文句を垂れながらも

「お前らが謝る事じゃねえよ」

 と言ってくれた。

「それより、どうなんだよ? これからケーンズ地区に行くのか?」

「まあ、行くしかないよね。私も、前に話を聴いて、出来ればあんまり行きたくないな、とは思っていたんだけど……」

「そんなに治安悪いの?」

 辺境の村に居たユリアにまで噂が届く程なのか、と俺は不安になった。

「ステファン陛下が卓越した政治的手腕を持つ王様だって事は、皆が知ってる。でもケーンズ地区は、ポラリス王宮に近いながらも皆が治安改善について匙を投げた場所なんだって。今じゃ実質治外法権区みたいな扱いで、違法風俗店は建つわ財布は掏られるわ因縁は付けられるわ、でも地価はほぼゼロ、みたいな場所なの。大都市の外れに作られるスラム街、まさにそのものでしょ」

「やっぱり、ロゼルたちはお金に困っていたのかな……」

「それだけじゃないかもよ。そういう場所だとトラブルも頻発するし、お金さえ出せばいいからどんな仕事でもやって欲しい、っていう人が結構居るんだよね。働き口にも困らないの」

「ロゼルは、怖くなかったんだろうか?」

「そりゃあ怖くねえはずがねえだろうよ」アロードが言った。「でも、コーディアっていう何でも屋が一緒だったらなんぼかは大丈夫って事じゃね? セイバルテリオに来た時だって、あいつはセルナが居たからビビりながらも娑婆に──人間社会に踏み出せたんだよ」

「へえ……アローちゃん、ロゼルの事をよく知ってるんだね」

 シルフィが、意外そうに眉を上げた。「イマジスハイムに居た頃、あんまり絡んでいる印象はなかったけど。第一昔のアローちゃんが絡んだら、あの子怯えて漏らしちゃうでしょ」

「弱い者苛めする奴みてえに言うなよなー。確かにあいつ、超絶人見知りでシャイ、とんでもねえビビりだよ。だから、夜寝る時怖えから俺に家まで送ってくれ、とか言ってよ」

「……それ、狙ってやってたらウザい女だけど、ロゼルだったら大真面目で言いそうだよね。だけど、アローちゃんは信頼されていたんだ」

「っていうより、必然的に絡みが増えるんだよな。あいつがロゼルに……」

 アロードは言いかけ、そこで我に返ったように口を噤んだ。俺たちは一様に、彼に怪訝な顔を向ける。

「………? どうしたの?」「あいつって?」

 俺とユリアがほぼ同時に尋ねると、彼はゆっくりと首を振る。

「いや、やめとくよ。今はどうか分からねえし、小さい頃の恋の話と泣いた話、根本から変わった趣味嗜好や考え方について、そいつ本人が大きくなってから掘り返すのはタブーだからな」

「……ほうほう」

 シルフィはピンと来たように呟いたが、俺には何の事か分からなかった。ただ、これ以上尋ねてもどうにもならないような気がしたので、俺は咳払いし、「さて」と話題を変えた。

「ともかく、(くだん)のケーンズ地区に行ってみようか。二人がまだそこに居るっていう保証はないけど、まだ引っ越してから一年しか経っていないはずなんだ。可能性はあるよ」

「そうだね。だけど、治安が悪いなら私たちも気を付けなきゃ」

 ユリアの言葉に、俺も同意を示す。

「でも、ヴェンジャーズの目を潜り抜ける事を考えたら、スラム街のごろつきなんて大した事はないよ。ユリアが因縁付けられても、俺が居るから」

 ユリアはぽっと頰を染め、シルフィが(からか)うようににっと笑った。

「ケント君、狙わずにそういう事言えるようになってきたんだ。段々分かってきたじゃない」

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