『ブレイヴイマジン』第5章 サンダー⑯
レーナは殺意の滲む顔でフィアリスを睨んだ後、いつものように酷薄な笑みを浮かべて俺の方に目線を移してきた。
「酷いじゃない、ケント君。レーナの服、濡れちゃったのよ!」
「こっちは死にかけたのよ!」
ユリアが叫び返す。ギデルは歯茎を剝き出し、吠えるように言った。
「まあ、とにかく交渉は決裂って事だ! 俺たちのやる事は、一、ここでこいつらを殺す。二、セルナのブレイヴフォース。三、山に登って、薄汚ねえ山の猟師どもを皆殺しにする。……なあ、そこの娘。こうなったのは全部、二股膏薬みてえな事をしやがったてめえのせいだぜ?」
「うるさいね、元はと言えばあんたたちが勝手に!」
フィアリスは叫び、弓を抜く。俺とユリアもそれぞれ変身し、抜刀する。スティギオは、セルナを後方に下がらせた。
ガーディさんは、レーナをじろりと一瞥する。
「霊血の製造はどうした? 目の前にセルナが居る状況で、コーティング作業さえ終わらせていればすぐにブレイヴフォースを実行出来たはずだ」
「仕方ないから、ここでセルナを捕まえてからやろうって事だったでしょ。それにどうせ、”村長の娘と不愉快な仲間たち”は殲滅って事に変わりはないんだし。アロードとシルフィのフォームメダルも手に入るし、問題ないでしょ」
レーナは言い返すと、ブレスレットを撫でた。
「手持ちの魔物も少なくなってきたし、残りはイコルの為に取っておきたいから……レーナが直接やるしかないかな!」
「おいおい、手柄を独り占めするんじゃねえよっ!」
レーナ、ギデルが我先にとこちらに向かって来る。スティギオが、
「セルナ! ここで待っていろ!」
叫びながら、ギデルに向かってナイフを突き出した。ユリアへは、当然のようにレーナが飛び掛かる。最初の衝突では、俺たちの方が優勢だった。ユリア、スティギオが神殿内にそれぞれの相手を押し戻すと、フィアリスが火矢を放って追撃を掛ける。水蒸気が立ち込め、入口に居たガーディさんが顔を背けた。
俺はその隙を逃さず、ガーディさんに向かって行った。
「ガーディさん、あなたと戦いたくないっていうのは、本当でした!」
俺が彼の動きを止めている間、残りの三人がメダルを取り戻してくれれば。そうすれば、彼とこれ以上戦う必要はなくなる。俺はそう思ったが、ガーディさんはそんな俺の態度を、手加減と取った。
「お前には、立場を同じくする者として共感を感じてはいた。だが、お前がまだ盲目的に、勇者で在り続けるのがいけなかった!」
ガーディさんは言うと、太刀を水平に構える。俺の一撃は防がれ、その後後方に弾き飛ばされた。俺の全身状態が平常であれば踏み留まる事も出来たかもしれない。だが、やはり直前に受けていた魔物からのダメージが、俺の体には相当響いているようだった。
俺は吹き飛ばされ、セルナのすぐ横に倒れ込む。マズい、と思い、ガーディさんが水蒸気の中から踏み出してくるよりも早く、彼の足元へタックルを掛けた。
「何!?」
動揺の声を上げるガーディさんと共に、俺は神殿内へ転がり込む。短い階段を転げ落ちた先は、足首程の水位で浸水していた。
「ガーディさん! あなたはどうして……!」
「離せ!」
俺を押し退けると、ガーディさんは太刀を掲げた。俺も剣を上段に構えつつ、彼に向かって言葉を発する。
「どうしてあなたは、ヴェンジャーズなんですか? 俺に共感していたって……それは嘘じゃないって、俺は思います! 俺に優しくしてくれたガーディさんと、フィアリスの大切な人たちを脅したガーディさんが同じ人だとは、俺はどうしても思えませんよ!」
「ケント……今の主人公は、お前だ。俺は脱落者、今は敵だ。ならばこそ、俺とお前は戦わねばならない。俺の抗いきれなかった性がお前の迷いとなるのなら……俺を恨め。そして……」
彼の刀身が、危険な色に煌めいた。
「お前はその業に気付き、絶望する前に──勇者として死ね!」
「ガーディさん……!」
「天人五衰・衣裳垢膩!」
インフェリアブランドの刀身が、紅の光を宿した。黒い煙のようなエフェクトの混じった袈裟斬りが、俺の肩口を捉える。それは、イェズターグに肉を食いちぎられたまさにその部位だった。
「うわあっ!」
俺は激痛と共に、水の中へと倒れ込む。頭を上げ、体勢を立て直そうとした時、次の技が肉薄して来た。
「天人五衰・頭上華萎!」
ギデルの特両断のように、頭部を斬り割るような構え。俺は素早く立ち上がり、斬り上げによって相殺を図った。が、そこでガーディさんの太刀は幻影を残しつつ型を変える。
「天人五衰・身上光滅!」
水平に持ち替えられた刀が、俺の両目を狙う。それはまさに、俺の振り上げた剣が頭上まで到達し、体ががら空きになった瞬間だった。
(躱せない……!)
俺は精一杯体を後ろに倒す。首の皮が浅く切り裂かれると共に、俺は水の中を転がった。情報収集の要たる目を潰される事は避けられたが、ガーディさんはまたもやすぐに構えを変え、無防備な俺の胴を薙ぐ。口から血液が漏れ、水面に落ちてマーブリングの如き模様を作り出した。
受けるだけでは駄目だ。やむを得ない、などと言っている場合ではないが、俺に端から生半可な心構えは許されていなかった。
「覇山焔龍昇!」
「インカージョン・アポカリプス!」
俺が技を繰り出した時、ガーディさんの太刀が不気味な光を放った。
何だ、と思う間もなく、刀身から無数の光の筋が照射される。それは俺の全身を貫くように伸び、神殿の壁に叩きつけた。しかし、技はそれで終わらず、
「……っ!」
ガーディさんが気合いと共に刀を振ると、光の筋はそれぞれが細い剣の如き硬度を持ち、俺の胴体を引き裂いた。
俺は壁を鮮血で染め上げ、滑り落ちるように落下した。足元に広がっている水が、みるみるうちに赤く染まっていった。
「ケント君!」「この剣技は……!」
ユリア、フィアリスが同時に叫ぶ。ユリアはすぐさまこちらに駆け寄って来ようとしたが、彼女の相手をしているレーナが妨害した。
「コールドストローク!」
剣先から放たれた冷気が、足元の水を凍らせる。転倒したユリアに、
「ロイヤルホミサイド!」
更なるレーナの追撃が掛けられる。フィアリスが咄嗟の動きで矢を放ち、レーナの進路を妨害すると、その隙にユリアに駆け寄って助け起こし、レーナから距離を取らせた。
俺が起き上がると、ガーディさんは再び向かって来た。
「もう、これ以上は!」
俺は何とか防御の姿勢を取り、ガードを間に合わせた。刀身同士がぶつかり合って火花を散らすと、ガーディさんは大きくノックバックした。
「ガーディさん……どうして……」
俺は、同じ問いを繰り返す事しか出来ない。しかし、ガーディさんはそんな俺の言葉を、無意味なものとして無視はせず、淡々と言い続けた。
「俺は、この世界に仮初の居場所を求めていた。そして求められるままに戦い、結果待っていたものは、途方もない虚無感だけだった。知らず知らずのうちに業を背負わされていた事、世界の理の前に、俺という個人は駒に過ぎなかった事……無価値となった勇者の行く末に何が待っているのか、お前は知っているか?」
「あなたは一体……」
「過去は関係ない。それらは全て、なかった事にされたものだ。今の俺は、ヴェンジャーズ三侯。今の勇者であるお前とは、敵対関係にある」
「それなら何で……俺に、信じさせるような態度を取ったんですか」
思わせぶりな言葉を続ける彼に、苛立ちが募った。何かを俺自身に気付かせようとも、気付かせまいともしているような話し方のようだった。
「中途半端に優しくするなら、ヴェンジャーズなんか辞めてしまえばいいじゃないですか! あなたは、この世界を滅ぼしたいんですか? 魔王ディアボロスなんかに、魂を売り渡すような事をして!」
「……エヴァンジェリアは、滅ぶべき世界だ。理はこの先も、きっとお前のような勇者に苦しみを強い、使い捨てるだろう。全てをヘルヘイムに堕とし、もう同じ事の繰り返されない世界にする。それが……生まれ育った世界を憎み続けた俺の、究極目標だ」
ガーディさんの声を聴くうちに、俺ははっとした。
それは、現実世界に居た時の俺と、同じような思考だった。俺がこの『ブレイヴイマジン』の体験会に参加する事にしたのも、自分が生きていた世界、現実世界で生きる事に疲れたからだ。しかし、俺はあの世界にも、確かに自分の居場所があった事をこの間自覚した。
そしてこの世界は、今や”もう一つの現実”だった。ガーディさんがここで生まれた人間だとしたら、彼にも居場所はあるはずだろう。こんな俺にすらも、用意されていたものなのだから──。
言葉を発している間、俺は彼がプログラミングされた存在だという事を、完全に忘れていた。
「ガーディさん。俺は今まで、あなたのような事を思った事がある。だけど、滅びていい世界なんてあるはずがない! ここは俺が、ユリアたちと出会った大切な世界です。ガーディさんにだって、何かこの世界で生きていて、良かった事はあるはずですよ。そうじゃなきゃ、人に優しく出来る事なんて……」
俺が言いかけた時、いきなりガーディさんが顔を紅潮させた。
「お前に俺の、何が分かる! 根本的なところで、勘違いをしているお前に!」
「勘違い……?」
「俺が流浪の嫌われ者、災いを招くと恐れられた鬼子と化したのは、今に始まった事ではない。そして、それを自ら抜け出そうとし、初めて希望と裏切りを知った。救える世界など、いや、救う価値のある世界など、存在しない!」
「何故? あなたはどうして、そこまで追い込まれたんです? 裏切りって? どうしてそこまで、全てを諦めたような事を言うんですか!」
「これが、その証拠だ!」
ガーディさんは言うと、唐突に左手を背後に回した。何をする気だ、と俺は身構えたが、彼が取り出したものは、武器ではなかった。
いや、正確には、かつて武器だったのだろう、という代物だった。刀身の折れた片手直剣だが、その刃は勿論、鍔から柄にかけてはびっしりと赤錆で覆われている。しかし、俺は目を凝らし、やがて心臓が止まるかと思った。
「デュアルブレード……? どうして、ガーディさんが?」
「イマジン・ルーラーの能力にも、限界はある。いずれ勇者は全滅し、不可逆の滅びがこのエヴァンジェリアを覆い尽くす。俺はそれまで……太刀使いガーディとして、戦い続ける」
ガーディさんは、何やら決意を孕んだ声でそう呟いた。その表情は、私利私欲の為に世界をヘルヘイム化しようとする絶対悪とは、明らかに異なるもののように俺には思えた。




