『ブレイヴイマジン』第5章 サンダー⑰
彼が錆び付いたデュアルブレードを戻し、太刀を構え直すのを見ると、俺にはそれ以上考える余裕がなくなった。もう一度先程の剣技を喰らえば、今度こそ危険な量の出血となる。
「ケント……さらばだ! インカージョン・アポカリプス!」
困難だと思いつつも、回避する方が安全に思われた。俺は、ガーディさんの足元に滑り込みながら技を発動した。
「勇者の始まりは、いつでも小さな勇気から。あなたがそう言った勇者を、あなたが手に掛けてどうするんですか! 爆炎天翔斬!」
この状況で、彼への生殺与奪の権は、俺にはなかった。手を抜いたら、死は回避不能だ。それは戦闘開始時点で自覚していた事だが、俺が気を配らねばならないのはガーディさんだけではなかった。
「ケント、避けろ!」「隙だらけだぜ、ガキ!」
スティギオの警告の声と共に、黒い影が視界に飛び込んできた。ぎょっとして振り向くと、スティギオが水の中に倒れ込み、ギデルが俺の背後から斬撃を浴びせようとしていた。どうやらスティギオは、武器の重量差で押し負けたらしい。果敢にもすぐに立ち上がり、ギデルを追おうとするが、間に合わない。
「ブラッドサースティデーモン!」
──危険を承知で、ガーディさんの前方に飛び出すか。
俺がそう思いかけた時、
「禍僻侵空裂!」
フィアリスが、宙返りしつつ矢を射てきた。稲妻を纏った矢は凄まじい精度で俺とギデルの間を抜け、ギデルの足が驚いたように止まる。
「ケント! スティギオ!」彼女は、髪に掛かった雫を振り払いながら言った。「もう誰も、奪わせたりしないよ!」
「フィアリス……!」
「つくづく、苛立たせてくれる女だなあっ!」
ギデルは目を吊り上げ、彼女の方を向いた。俺は「危ない!」と叫び、彼を制止しようと動きかけたが、俺の動きに追い着いたガーディさんがすかさず太刀を突き出してくる。それを捌いている間に、ギデルは進み出していた。
主武器が弓矢のフィアリスは、近接戦闘には不向きだ。その上ギデルのクライシスバスターでは、幾ら何でも相手が悪すぎる。
逃げろ、と口に出しかけた時、今度はスティギオが彼女を守りに入った。
「させるか! 鷹嘴連!」
「スティ君、フィア姉!」
神殿の入口にセルナが顔を覗かせ、叫んだ。しかし、スティギオは「大丈夫だ!」と鋭く声を上げ、剣技を継続する。
それは、まさに電撃の如き速度だった。その剣先がギデルの背を捉え、三本の光の柱を発生させる。ギデルがぎゃっと叫んで前のめりに倒れかけ、その懐からフォームメダルが転がり落ちた。
「ギデル、何やってんの!」
レーナが叫び、ユリアに短剣を突き出す。ユリアも、レーナをスティギオの方へは行かせまいと必死に足止めをしている。が、一度ユリアは、レーナのコールドストロークによって主導権を奪われていた。俺もまた、ガーディさんに阻まれて彼女やスティギオに助太刀に入る事は出来なかった。
スティギオはギデルの取り落としたメダルを、水中に落ちる前に手を伸ばしてしっかりと掴んだ。体勢を崩しかけた彼の背に、ギデルが足を振り上げて踵落としを喰らわせた。スティギオは、腹から浸水した床に叩きつけられたものの、ごろごろと転がりつつ受け身を取る。
「死ね、死ね、死ねえっ!」
ギデルは、地面を転がり続ける彼を剣先で串刺しにしようとする。ガーディさんの攻撃を防ぎつつ、俺は歯痒さを感じた。このままでは彼が本当に殺されてしまうというのに、俺は何も出来ないのか。
「スティ君!」
両足を撥条のように使い、身を起こして這うような姿勢で回避を続けるスティギオに、セルナが悲痛な声で叫んだ。
「メダルを捨てて! そうすればスティ君は助かる!」
「駄目だ!」スティギオは激しく首を振る。「そしたら、フィアリスの……俺やセルナにとっても大事な人たちが、大勢傷つく! ヴェンジャーズの犠牲になる! 今までの皆の頑張りを……俺たちの為に命を賭けてしてくれた事を、無駄にする事になっちまう!」
「でも……うち、スティ君が……スティ君が!」
「セルナ……」
スティギオの声から、ふっと緊張が解けた。そして、再びその声が張られた。
「俺、もう絶対に、セルナから離れねえ!」
「はあっ!?」ユリアに向かおうとしていたレーナが、目を剝いた。
「ずっと一緒に居る! だから……俺と契約してくれ!」
スティギオが叫んだ時、クライシスバスターの切っ先がスティギオの腕の一部を貫きながら、地面に突き刺さった。削がれた部位から血が飛び、彼は眉根を寄せる。だが、彼は声を止めなかった。
「俺は……セルナ、お前が好きだ!!」
「……はい!」
セルナの目が驚愕に見開かれ、刹那にそれは感激へと変わった。彼女はさっと姿を崩し、電撃へと変化して一直線に飛ぶ。そして、スティギオの握るフォームメダルの中へと吸収されていった。
「トランスフォーム『セルナ・サンダー』!」
スティギオは叫ぶと、目映く発光しながら電光石火の動きで跳躍した。ギデルが、ぎょっとしたように頭上を仰ぐ。
ブレイヴとなったスティギオの姿は、大きく変化していた。俺とデザインの同じ軽装鎧とコート、しかしその裾は俺よりも遥かに長い。首元に水兵のような襟と太いリボンが付いており、図らずもそれは海の漁師としての彼に相応のような印象を抱かせた。
「ブリンク・ヴェスティージ!」
黄金色に変化した髪を靡かせ、スティギオはジグザグの軌道を描きながらギデルへと降下する。ギデルは目を見開き、即座に迎撃の構えを取った。
「滅龍壊王舞!」
まだ見た事のないギデルの剣技が、螺旋を描きつつスティギオに肉薄する。スティギオのナイフ──否、よく見るとそれは、稲妻型の鍔を持つ短剣に変じていた──はそれを受け止めると、空間に幾筋もの電撃を散らす。水面に落ちたそれは足元からも電撃を立ち昇らせ、ギデルはそれを浴びて歪んだ絶叫を迸らせた。
「ギャアアアアッ!!」
普通の人間であれば、感電死しているであろう攻撃。しかし、魔物と同等の強靭さを持つギデルは、悲鳴を上げながらも次の技に繋げる事を実行出来た。
「貴様、もう許さねえぞ!」
着地したスティギオの頭上に、特両断の予備動作として両手剣が振り被られる。しかし彼は、水に浸かっているにも拘わらず靴底から火花を散らし、滑るように後方に下がって同じく上段の構えを見せた。
「カタラクト・ボルト!」
エネルギーが収束するように刀身に雷が集まり、それは振り下ろされた瞬間一気に解放される。落雷めいた音を立て、ギデルに雷撃の雨が降り注ぐ。先程までギデルのターゲットにされていたフィアリスは、矢を番えたまま
「凄い……!」
と、感嘆の声を上げた。
「もう一発だ! 絶雷動嶽衝!」
「あたしも行くよ! 熾燕弓!」
動くスティギオ、フィアリスを見ながら、彼らはきっと、既に窮地を脱しただろうと思った。しかし、余所見を続けている余裕はない。
ガーディさんの太刀の先が、また俺の体に一筋の損傷を刻む。俺はそれを防ぐ、躱すで精一杯で、彼に対して自分から仕掛けていく事が出来なかった。俺はまだ、彼に致命的な攻撃を繰り出す事に躊躇いがあるのか、と自問し、それだけではないな、と胸中で呟いた。
「スピニングマリン!」
「死に損ないのお姫様は大人しくしていなさいっ!」
スティギオらが態勢を立て直してきた事で、ユリアの追い詰められ方がより顕著に映ってきた。彼女もまた、俺の中にある迷いと同質のものを抱えている。彼女は自分を殺しかけたレーナに、未だに非情になりきれない部分があるらしい。
それを俺は、彼女の甘さだとは思わなかった。俺が、これ以上斬られたら死ぬと分かっていながらも、攻撃を続けるガーディさんを斬ろうと決心出来ないのと、何も変わらないのだ。
だが俺は、もし本当にユリアが、レーナの手に掛けられそうになったら、という事を考えた。本当は考えたくもない事だが、そうなった時、俺は彼女を助けるべく、レーナを容赦なく斬るだろう、と思った。
その選択肢すら、今の俺には与えられない。俺が心の中で、ユリアにとってのレーナを斬り捨てる事を考えながらも、ガーディさんに対しては逡巡を続けているからだった。敵サイドに居る人間たちに対して、俺は命の選択を行おうとしていた。
きっと、それこそが俺の責められるべき点なのだろう。
だから俺は今、こうして命を奪われそうになり、また先程守りたいと心から思ったばかりのユリアを、救う事すら出来ない。
(もし……)
俺は、ちらりとそう思った。
もし俺は──ユリアを守る為ならば、心を鬼に出来るだろうか。初めて、心の底から大切だと思えた彼女が、また俺の隣に居てくれる為なら……
(ガーディさん……)
心眼を開くような気持ちで、ガーディさんの次の攻撃を見極める。
最初に繰り出してきた剣技と同じ、表皮を剝ぐような鋭い斬撃。体技でいえばジャブ程度の、次の技へ繋げる為の攻撃だろうが、これを捌けば俺に反撃の糸口は与えられる。逆に、この炸裂を許せば、二撃目以降の強力な技が俺の体を容赦なく蹂躙し、確殺する。
最早、選択を放棄する、という選択肢はない。
「アグレッシヴ……」
俺自身がイェズターグとの戦いで使用出来た剣技を、元のアロードの力で底上げする。インフェリアブランドがへし折れ、ガーディさんに甚大なダメージを与える事は覚悟の上だった。
しかしその瞬間、神殿の奥から遠鳴りのようなドオオオッ……という音が聞こえてきた。俺もガーディさんも、仲間たちもレーナとギデルも、皆一斉に音のする方に視線を向けた。心なしか、ノーアトゥーン神殿全体が微かに震動しているようにも感じられる。
海溝型地震か何かか、と思った時、俺ははっと気付いた。
スティギオが言っていたではないか。ここの奥は海底に繋がっており、満潮時には全体が水没する、と。
「駄目だ!」俺は、声を張り上げた。「皆逃げろ!」
誰に向かって呼び掛けているのかも分からないまま叫んだ時、奥の暗闇から漆黒の壁のような波が押し寄せてきた。戦闘を繰り広げながら奥に進みつつあったギデル、スティギオ、フィアリスがまず呑み込まれ、その後レーナ、ユリアが水の中に姿を消す。
「ユリア!」
俺は、届かないと分かっていながらも彼女に手を伸ばした。しかし、その指先に触れたのはユリアの手ではなく、彼女を呑み込んだ波だった。
俺とガーディさんは、同時にその中に囚われ、押し流された。
(ユリア……皆……!)
流されながら、俺は微かに考える。海水は砕かれた扉から「潮騒の洞窟」へと流れ込み、水の中から放り出された、と思うか思わないかのうちに、俺の意識は暗闇の中へと消滅した。




