『ブレイヴイマジン』第5章 サンダー⑫
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二馬力ボートを使い、海岸沿いに山の裏側まで行くと、確かに岬があった。しかしその景観は、スティギオたちの住む家のある岬のようにアスファルトで舗装されてはおらず、ごつごつした太い指のような岩場が海へと続いているだけだった。それにも拘わらず係留柱があったのは、岩場に囲まれたこの場所が一本釣りの穴場スポットであり、訪れる海の漁師も多いかららしい。
岩場の先には洞窟があり、坂道となりながら海中へと続いていた。俺たちはそこから中へと入り込み、コバルトブルーに発光する岩壁の道を進んだ。
有脚魚類や半魚人、磯巾着といった水生生物の魔物と戦いながら暫らく進んだ頃、ふとユリアが呟いた。
「この洞窟、魔物が多いね? もしかして、海と繋がっていたりするの?」
「まあ、それもそうだな。正確にはこの奥に、ノーアトゥーン神殿っていうダンジョンがあって、そこの奥が海底と繋がっているらしい」
スティギオが答えると、彼女はやや眉を下げる。
「それって……大丈夫なのかな?」
「何が?」
「その……満潮の時、ここに水が流れ込んできたりはしないよね?」
「それはねえよ。ノーアトゥーン神殿は水没するし、その時はダンジョン全体が満水になるみたいだから、神殿の入口の石扉が開いていたら流れ込んでくるのかもしれねえけど」
「そっか。……えっとね、私が言いたかったのは」ユリアは咳払いする。「それじゃここの魔物たち、洞窟内で発生したって事だよね? 大体水属性だろうし、シルフィのメダルは健在なのに、そんなに湧くものなのかな?」
「湧出量が多いんじゃなくて、狩る人が居ねえんだよ。それに、海の中に居る魔物が全部水属性っていう訳でもねえしな。特に天敵の雷属性なんかが湧くと、対抗措置として群れなきゃいけねえようになる」
「なるほどな……ここじゃ、海と山、どっちの管轄でもないようだし」
俺は呟き、天井を見た。水明かりの如く、光の縞模様が揺らいでいる。
そういえば、ブレディンガルの先住民は元々山の猟師たちだという話だったが、現在でも海辺には魔物が出現する。それらは海の漁師たちによって討伐されるが、昔はそれらも山の猟師たちによって狩られていたに違いない。
だとしたら、この「潮騒の洞窟」もまた、その例外ではなかったのかもしれない。ブレディンガルへの移民たちは、先住民を山の上へと追いやり、結果的にこの洞窟が双方の管轄外となり、魔物が溢れ返ったのかもしれない。
アタランテス家、カリュドーン家の対立を、俺は思い出した。また両家が和解しようという時に、今度はスティギオとセルナが彼らにとって新たな敵となった。
誰と誰の間でも、排斥し合う心というものは働くのだろうか。かつての友達でありながらも、現在のように破綻が生じてしまった、スティギオとフィアリスの繋がりのように──。
今まで人と人との繋がりを、今まで俺が知らなかったその喜びを目の当たりにしてきた俺は、少々寂しい気分が込み上げた。
俺が更に口を開きかけた時、突然先頭を歩くスティギオが、さっと手を後ろに突き出した。俺たちを制止するような動作に、俺もユリアもイマジンたちも、躓くように足を止めた。
「どうしたの?」
「しっ、静かに。何か来るぜ」
スティギオは言い、洞窟の奥を睨む。コバルトブルーに発光する洞窟だったが、やはり行く手は暗い。そこから、何やら石を擦り合わせるような音が近づいてきた。
「ヴェンジャーズ?」
「人の足音じゃねえぞ、あれ……」
シルフィとアロードが低く言う。俺たちも見ていると、やがてその音の主が姿を現した。
岩の地面を滑るように現れたのは、真っ青で筋肉質なボディを持つ人型の魔物だった。しかし、その腰から下は旋風のような渦となっており、それが地面を滑る度に先程の石が擦れ合うような音が鳴る。あたかも、児童書の挿絵に描かれる「ランプの魔人」のような印象を受けた。
「ヴォーテックスよ。『液体化』っていうスキルを使ってくるから要注意ね」
シルフィが言い、ユリアの持つフォームメダルへ入っていく。アロードも俺のメダルに宿り、俺たちはスティギオの左右に進み出た。
「トランスフォーム『アロード・ファイヤー』!」
「トランスフォーム『シルフィ・アクア』!」
変身し、それぞれ武器を抜きつつ飛び出す。魔物ヴォーテックスは最初から敵対心を剝き出しにしていたが、すぐに野太い咆哮を上げ、下半身の渦潮を大きく膨張させた。最初に敵に飛び掛かっていた俺は、その回転に膝が触れた瞬間、吹き飛ばされて岩壁に背中をぶつける。
「ケント君!」
ユリアが悲鳴を上げる。俺は立ち上がろうとしたが、両膝にスパッと切創が開いている事に気付き、再び尻餅を突いた。
「ユリア、スティギオ! 接近しすぎちゃ駄目だ、斬撃ダメージが入る!」
「そう言われても……皆飛び道具は持っていないのよ。近づかなきゃ、攻撃が出来ないじゃない……」
ユリアは叫び、ヴォーテックスの回転する渦にスピニングマリンを入れる。渦が薙がれた瞬間、ヴォーテックスは咆哮し、両腕を振り上げた。どうやら、この渦も魔物の一部としてダメージを与える事が出来るらしい。
「迅鷲双翼旋!」
スティギオは狩猟用ナイフを振るい、魔物の渦を薙いだが、その時ヴォーテックスが上半身を渦の中に埋没させた。渦は崩れ落ちるように地面に広がり、ユリアとスティギオが跳び退いた瞬間溶けるように見えなくなる。
俺が警告の声を上げ、飛び出そうとした時、魔物はユリアの背後に出現した。その腕の先に生えた爪が、鷲の如く曲げられる。
「ユリア危ない! 赫閃燃導劔!」
「心配ないわ! ウォーターフォール!」
彼女が振り向きざまに剣を振り下ろす。大瀑布がヴォーテックスを呑み込んだように見えたが、魔物は再び液体化し、後方に滑るようにそれを回避した。俺がその先に回り込んで剣技を叩き込もうとすると、今度はこちらに手を伸ばし、指先で弾くように水弾を飛ばしてくる。俺が咄嗟に跳躍回避すると、足元で爆発めいた水飛沫が上がった。
ユリアへの奇襲は止める事が出来たが、このままでは埒が明かない。何とか、ヴォーテックスのリキダイズを止める方法はないか。
その時、スティギオが低姿勢で飛び出した。小走りでヴォーテックスに接近し、ナイフを振り被る。魔物は、ここまで来る間に俺たちが何度か見た魔法──ペネトレイトウェーブを使用し、掌からリボン状の水を彼に向けて放った。
「スティギオ!」
「問題ねえ! それよりケント、ユリア、奴の前後を挟んでくれ!」
スティギオは、空中で体を捻り、ペネトレイトウェーブと平行になるようにすれすれの位置で回避すると、ヴォーテックスに肉薄する。ユリアは、彼の指示通りに動きながらも叫んだ。
「でも、こいつだったら挟み撃ちにしたところで擦り抜けるよ!?」
「大丈夫だ、見てろよ! 鳳凰爆陣昇!」
彼はナイフを逆手に振り上げると、ヴォーテックスの足元に突き刺す。爆発めいた光が立ち昇り、魔物がその中に呑み込まれる。
俺は動きながら、やったか、と一瞬期待を寄せた。だが、魔物は寸前でリキダイズしたらしく、また空中で魔人の形を形成する。駄目か、と思った瞬間、スティギオはユリアに叫んだ。
「今だユリア! 激流推剣を!」
「わ、分かった!」
彼女は応じ、レジーナソードを掲げる。速度のある水流が迸り、空中で形を取り戻し、反撃に転じようとしていたヴォーテックスの胴の中央を貫いた。
「グオオオオッ!!」
魔物は咆哮し、力を失ったように落下した。地響きを上げ、その体が動きを止めると、スティギオはナイフを鞘に戻す。ユリアは変身を解除すると、「ひゃあ」と声を上げながらその亡骸に駆け寄った。
「飛び道具がなくても、特殊攻撃はある訳だもんね。でも、こんなに的確なタイミングで……何だか、慣れているみたいだった」
「ヴォーテックスは、時々だけど山の上にも出現したからな。俺も何度か戦った事があるんだ。……飛び道具を使った連携攻撃も、その時に」
スティギオが何処か切なそうに呟くのを聞きながら、俺は察知する。恐らく、弓を持ったフィアリスの事なのだろう。退路を塞ぐ戦法から考えるに、もしかしたら従兄のメグロスさんや、フィアリスの姉カリストさんも一緒だったのかもしれない。スティギオがセルナを保護した事による彼らの死が、残された者たちの関係をも引き裂いてしまった。
俺は、深くは聞かない方がいいだろうか、と思いつつも、先程自分が言いかけた何かを思い出そうとした。頭を捻りながら変身を解こうとした時、唐突に次の出来事が発生した。
「ロイヤルホミサイド!」
俺が反応する間もなかった。突然、何の前触れもなく視界にニューニが現れ、その背中からレーナが飛び降りたのだ。彼女がヴァルキュリアピアサーで繰り出した刺突は、ユリアの左上腕に無慈悲に突き刺さった。
「きゃあっ!」
「ユリア!」
俺が駆け出そうとすると、更にもう一体が現れる。その嘴が閃き、俺は咄嗟にデュアルブレードを水平に構えて防御した。だが、攻撃はそれだけでは終わらず、背中から今度はギデルが飛び降りてくる。
「冥府猟!」
「くっ……!」
ニューニを押し返し、改めて防御の姿勢を取ったものの、間に合わなかった。大剣クライシスバスターに肩のプロテクターを痛撃され、外傷こそなかったが、痺れるような衝撃が心臓を揺らす。これがあと数センチずれていたら、俺は頸動脈を掻き切られていただろう。
「ケント!」スティギオが俺を助けようと飛び出したが、
「やっちゃってガーディ!」
レーナが、ユリアの二の腕から短剣を引き抜きながら叫んだ。栓を抜かれた傷口からは大量の鮮血が溢れ、彼女のブラウスを真紅に染める。突発的なショックと出血から、ユリアは力なく頽れた。
そして、俺たちの背後を第三の影が移動し、スティギオの背後で銀色の軌道が走った。一瞬の後、血飛沫が空中に大輪の花を咲かす。彼が両膝を突くと、その後ろに立っている男──太刀インフェリアブランドを振り上げるガーディさんの姿が、はっきりと見えた。
「スティ君!」「動くな!」
セルナとガーディさんが叫んだタイミングは、ほぼ同時だった。セルナがびくりと足を止めると、ガーディさんはスティギオの首筋に太刀の切っ先を突き付ける。俺はぐっと歯を食い縛った。
「ガーディさん……レーナとギデルも、俺たちをこんな所まで!」
「あら、ケント君。これは別に、レーナたちが皆の事を追っ駆け回してた訳じゃないのよ。逆にい、レーナは可愛いし? 男の子たちに追っ駆け回される方なのよねー、き・ほ・ん」
レーナは言うと、スティギオに嘲弄するような一瞥を投げ掛けた。
「レーナたちがここに来たの、あんたたちがここに居るって事を知ってたからなのよね。本当は昨日のうちにセルナを捕まえちゃいたかったけど、あの女がしくじったからねえ、次のプランに移行って訳。……聞いたよ、セルナの彼氏。あんたたちをここに誘い込んだ山の猟師の娘、元カノだったんだって? どう、元カノに罠に掛けられた気持ちは? この洞窟じゃもう、逃げらんないよね? 憎い? あんな不細工、殺してやりたいって思う?」
「……レーナ」
ガーディさんが、鋭く彼女を制した。レーナはつまらなそうに肩を竦め、ユリアの血に塗れたヴァルキュリアピアサーを指先で回す。
「俺たちの目的は、誰の邪魔も入らない場所でセルナのブレイヴフォースを実行する事のみだ。……おい」
ガーディさんは徐ろに顔を上げ、セルナを見る。彼女が怯えたように後退ると、彼は太刀の先端でスティギオの項を突く素振りをした。
「両手を上げ、ゆっくり俺の所に来い。イマジン単体では、何が出来るという訳でもないだろうがな。そうすれば、この海の漁師の命は助けてやる。さもなくば……どうなるかは、分かっているだろうな」
「……本当に、スティ君には何もしない?」
セルナは言うと、一歩進み出る。ガーディさんも、スティギオの襟首を掴んで立ち上がらせると、一歩進んだ。俺は耐えきれずに叫ぼうとしたが、
「てめえには黙ってて貰おうぜ」
ギデルに巨大な刃を突き付けられ、言葉を呑み込んだ。
セルナとガーディさんは、やがて道の真ん中で合流する。ガーディさんは太刀を鞘に納め、セルナの両手首を握ると、スティギオをゆっくりと解放した。スティギオはよろよろと俺の方に数歩進むと、振り返ってガーディさんを睨む。
「この外道が……!」
「外道! なかなかいい表現ねえ!」
レーナは短剣を腰に戻し、傑作だと言わんばかりに手を叩く。足元に倒れ込んだユリアを引っ張り上げると、ニューニの背に載せた。ガーディさんもセルナと共に魔物に乗り、レーナが乗った後ろにギデルも続こうとする。が、
「定員オーバーよ。どさくさに紛れてレーナに触ろうったって、そうは行かないんだから」
レーナに突き落とされ、飛び上がったニューニの足にやむなく掴まった。
「ケント君、残念だけどユリアちゃんはレーナが回収していくねー。多分、面白い事になるから是非見に来て。でも準備前に邪魔されちゃったら面白くないし、ちょっとだけ別の子たちと遊んでて貰うね。ファビリア!」
レーナはブレスレットを回し、「悪魔のコスプレをした少女」というような姿の魔物を四体呼び出す。
「王子様のケント君は、どうやって囚われのお姫様を助けに来るんでしょうねえ。まあせいぜい、歯噛みしていなさい。愉快そうに笑っているのは、いつも悪役の方なんだから」
彼女が指示を出すと、ユリアとセルナを捕らえたヴェンジャーズはニューニを発進させ、たちまちのうちに洞窟の奥へと姿を消した。
「ユリアちゃん!」
衝撃のあまり唖然と立ち尽くしていたシルフィが叫び、俺とスティギオが怒りの声を上げて追おうとした時、
「セアアアッ!」
何処か人間めいた声と共に、魔物たちが襲い掛かってきた。




