『ブレイヴイマジン』第5章 サンダー⑬
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ファビリア四体を倒し終えるのには、かなりの時間を要した。俺はアロードの憑依を解かないまま駆け出し、シルフィ、スティギオもその後から続いてくる。
スティギオの傷は見かけより深くはないようだったが、かなり広範囲を斬られた為に出血は酷いらしい。何度か足元がぐらつくような素振りを見せたが、セルナが攫われたという事態が異常なまでのアドレナリンを分泌させているのか、足を止めるような事はなかった。
洞窟の魔物は、ヴェンジャーズが物凄い勢いで駆逐したらしく、最初の頃の大量発生が嘘だったかのように具足虫一匹も現れない。死骸も消滅しているという事は、倒されてからかなりの時間が経っているという事だ。
やっと魔物の死骸が見られ始め、その量がかなり多くなってきた時、行く手にやや広い空間が現れた。岩壁はドーム状になっており、その上に青空が見える。どうやらここは海底火山の火口湖が干上がった跡らしく、口が海上に突き出している為海水が入って来ないらしい。奥には両開きの石扉があり、その向こうがスティギオの言っていたノーアトゥーン神殿なのだろうと分かる。
そして、地面からは鍾乳石の柱のようなものが数本生え、その一本にユリアが縛り付けられていた。
彼女のワンピースは、引き剝がされて足元に落ちていた。露出した白い肌には無数の切創が開いて血に染まっており、レーナが凌辱と拷問の限りを尽くしたのだと分かる。少し離れた場所には、セルナが鎖に縛られて転がされていた。
「ユリア!」
俺は叫びながら、沸騰しそうな頭の血液を懸命に宥めつつ駆け寄ろうとした。しかし、俺の死角となっていた位置に巨大な魔物が居る事に気付き、咄嗟に足が竦む。それは亀を二足歩行にしたような風貌で、頭部は蛇の如く突き出し、肩には無数の棘が生えていた。
「あれは……タイアザム!」
シルフィが、恐怖と焦燥に満ちた声を上げた。
「あの棘、神経毒があるの! 刺されたらまず気絶して、放っておいたら全身の筋肉が動かなくなっちゃう。心臓も止まって死んじゃうよ!」
「何だと……!」
俺はぞっとし、魔物を見る。タイアザムと呼ばれた魔物は、背面を甲羅で覆われており、一撃で斬り倒すのは不可能に思えた。その棘はギシギシと音を立てて動き、今にも射出されそうだ。
レーナは手持ち無沙汰というように短剣を回転させていたが、その切っ先に引っ掛かっているものを見、俺は瞋恚の焔が燃え上がるのを感じた。シルフィのフォームメダル、ユリアが今まで守り続けてきた、彼女との契約の証。ガーディさんとギデルは神殿の前に立ち、それぞれ恐ろしく冷徹な顔、嘲るような歪んだ笑みを湛えた顔でレーナの動作を見つめていた。
「レーナ! ユリアを放せ!」
俺は叫んだが、レーナはちらりとこちらを見ると、意に介さないように嗤った。
「もう、待ちくたびれたわよ。お姫様の貴重な処刑シーンが見られるんだから、もうちょっと急いで来なさいよ。ねえ、ユリアちゃん?」
彼女が微かに顎を向けるが、柱に縛られたユリアはがくりと首を垂れたまま、ぐったりして言葉を発さない。大量の出血と拷問のショックが、彼女の抵抗力を奪っているようだ。
「こんな事をして、君は平気なのかよ!?」
俺は、無駄だと分かっていても口に出さずにはいられない。
「君の親友だったんだろう、ユリアは!」
「今は違うもん。むしろさっさと居なくなって欲しいわ、こんなお嬢様気質は。だから……やっちゃってよ、タイアザム!」
レーナが狂気めいた声を上げ、魔物の肩で棘がギラリと閃いた。
その瞬間俺は、考える間もなく飛び出していた。
「どけっ!」
相変わらず短剣を回し続けるレーナに横から飛び掛かり、一切の躊躇なく足を振り上げる。腰の辺りに脛を叩きつけると、小柄なレーナは不意を突かれて横に倒れかけた。その手からシルフィのメダルが飛び、地面を転がっていく。
それを追う間もなく、俺は魔物とユリアの間に割り込んだ。魔物の棘がガトリング砲の如く撃ち出されたのは、そのコンマ数秒後の事だった。
「ユリアを殺しなんて、俺が絶対にさせない!」
肩のプロテクターを突き出しつつ、デュアルブレードを振るって飛来する棘を次々に防ぐ。スティギオがあっと叫び、ガーディさんとギデルが素早く動いて、転がったメダルに飛びつこうとする。そのタイミングで、スティギオはメダルを拾い上げ、ガーディさんの懐に飛び込んで頭突きを行った。
「この……!」
ガーディさんはインフェリアブランドを振り抜き、彼を袈裟斬りにしようとする。俺がそちらに気を取られた瞬間、防御が疎かになった。
背後で、ユリアが呻き声を上げる。顔からさっと血の気が引くのを感じながら振り向くと、彼女の首から胸にかけて、五本の棘が突き刺さっていた。
(しまった!)
そして俺自身も、最後に飛来した棘への対処に遅れた。脊髄反射でデュアルブレードを振り上げようとするものの、棘の初速度の方が明らかに速い。加速しつつ向かって来るそれが、命の危険が迫っているからかやけにスローモーションで見え始めた時だった。
「ケント、危ねえっ!」
俺から分離したアロードが、タイアザムの目の前で突然実体化した。背中に棘を受け、彼は力なく崩れ落ちる。
「アロード!」
俺は絶叫し、焦燥が湧き上がる。これでは、エストクライス山の時と同じではないか。ブレイヴである俺が、イマジンの彼に庇われ、彼の命を危険に晒してしまう、という──。
「ぐは……っ!」
そして、スティギオもまたガーディさんの一太刀を浴びた。彼は横ざまに倒れ、拘束されたセルナが悲鳴を上げた。「スティ君!」
「あとは俺たちが……!」
ギデルが両手剣を振り、残った俺に飛び掛かろうとする。タイアザムもまた、両手の爪を振って肉弾戦を挑もうとしてきた。
俺は、自分でも手の付けられない程の怒りに燃えていた。
「お前らあああっ!」
声を裏返すように叫び、魔物に飛び掛かる。アロードの力がない為得意の火属性技は使えないが、湧き上がる怒りが常軌を逸した力に変化する。俺は剣を振り下ろし、魔物の両手を断ち斬った。返す刀で体側を叩き、横向きによろめかせる。
「ガルウッ!」
魔物は吠え、またしても棘を放ってくる。しかし、俺が回避し、また側面から斬撃を喰らわせたのが仇になった。発射直前で軌道を変えられた棘はセルナへと向かって行き、彼女に当たる寸前で
「セルナーっ!!」
ぐったりと倒れていたスティギオが、両手で撥条のように地面を押し、反発力を利用してセルナの前に飛び出した。彼が棘を喰らって翻筋斗打つと、ギデルがそれに躓きそうになって動きを止める。俺は無我夢中でタイアザムの首を斬り落とし、動きの止まったギデルに蹴りを入れる。
「廻鳶脚!」
「うおっ!? てめえ!」
ギデルは吹き飛ばされ、ノーアトゥーン神殿の扉に激突する。そのまま扉を押し開き、中へと転がり落ちて行った。
「ギデル!」
最初に俺の蹴りを喰らい、起き上がりかけたレーナが叫ぶが、俺は彼女もまた神殿内に蹴り込む。ガーディさんは太刀を持った手を広げ、「ケント……」と俺に何かを言いかけた。が、俺は聞きたくもなかった。
無言で、彼の胴にドロップキックを繰り出した。彼は呻き声を上げ、ギデル、レーナと同じく神殿の中に蹴り入れられる。三人が体勢を立て直し、出て来ようとする前に、俺は素早く扉を閉め、傍に生えていた岩を斬り倒した。岩は入口を塞ぐように倒れ、一瞬遅れて内側からバンッ! と蹴られるような音が響いた。
「ユリア! アロード! スティギオ!」
俺はユリアの鎖を切断し、胸に突き刺さった棘を払い落とす。手首を確認し、まだ微弱だが脈がある事を確かめたが、神経毒を喰らったからには心臓が止まるのも時間の問題だ。
繰り返し名前を呼びながら、俺は彼女を抱き締めた。
「ユリア! ユリア! 戻って来てくれよ! まだ死んでいないんだろっ! 頼むよ……俺、ユリアが居ないと……守りたいって思わせてくれる君が居ないと、強くも居られないんだよ! 俺は……弱いんだよ……っ!」
「ケント君……」
シルフィが、セルナの拘束を解いてこちらに這い寄って来た。そちらを見ると、セルナは涙をはらはらと落としながら、スティギオの頭を自分の膝に載せている。彼の体から、シルフィのメダルが落ちた。
「スティ君は……うちを守る為に……うち、スティ君に何もしてあげられなかった……迷惑、掛けてばっかりで……」
「セルナ、それは」
シルフィは目に涙を浮かべつつも、セルナを弁護しようと口を開きかけた。だが、その言葉は途中で詰まる。ユリアやアロードが死に向かいつつあるという事が、彼女の心も激しく苛んでいるに違いない。
俺は何とか心を鎮め、セルナのせいではない、と言おうとした。
その時、洞窟の先程まで俺たちが歩いて来た道の方から声が飛んで来た。
「それは違う。悪いのは全部……あたしさ」
「………?」
俺たちは、揃ってそちらを見る。フィアリスが、アイトーンを引き摺りながらこちらに歩み寄って来ていた。俺は込み上げるものを抑えきれず、彼女に向かって叫んでしまった。
「何なんだよ、これは!? 君は、本当にヴェンジャーズに協力していたのか? そのせいで、ユリアもアロードも、君の友達まで死にかけているんだぞ!」
「分かっているさ、何を言い訳する気もないよ。あたしは、皆に何度も嘘を吐いた。騙して、この洞窟に追い込んだ。奥がこうして袋小路になっているから、逃げられないだろうと思って。……もう、何が本当で何が嘘なのかすら、言っても信じて貰えないだろうさ」
「フィア姉」
セルナは立ち上がると、Tシャツの袖で、崩れたメイク諸共涙を拭う。濃いメイクの落とされた彼女の顔は驚く程清楚で、幼く見えた。
「フィア姉のせいで、スティ君は死にかけているんだよ」
「ああ、全部あたしのせいだ。セルナは悪くない。むしろ、あんたも被害者だ」
「そう思っているなら、スティ君を助けて! ユリアちゃんも、アローちゃんも。許してあげる、本当の事を言うって誓うなら、それも信じる。だけど、もし助けられなかったら……うち、フィア姉の事一生許さない」
セルナが言うと、フィアリスはそこで堪えていたものが決壊するように、くしゃりと表情を歪めた。だが、すぐに自分の頰を張って気合いを入れ直し、こちらに近づいて来た。
彼女は屈み込むと、慣れたような動作で、毒に冒された三人の脈を取ったり心音を調べたりした。やがて顔を上げると、俺と目を合わせた。
「タイアザムの毒にやられたんだね? ……このユリアって子、ほっといたらあと二時間で死ぬよ」
「えっ、そんなに早く!?」どうしよう、と俺が思うと、
「出血多量だったのが、不幸中の幸いだった。貧血気味で、毒の巡りが遅くなっている。それにあんたが、比較的早い段階で毒棘を抜いたのもね。即死しなかっただけでも幸運さ、二時間もあればまだ救いようはある」
フィアリスは、アロードとスティギオをちらりと見る。
「この二人は、三時間持つ。ケント、あたしと一緒に山に行こう。あたしの狩り場の奥の方に、死期が近づいた魔物が向かう墓場みたいな場所があるんだ。そこで、血石っていう鉱物を採掘する。……魔物の血液が凝固したもので、神経毒に効く血清も採取出来る。そいつを採って来るんだ」
「血石……それで、ユリアたちを助けられるんだな?」
すぐに案内してくれ、と頼み込むと、フィアリスは切なそうに微笑んだ。
「ケント……こんな事になっても、まだあたしの事、信じてくれるんだね」
「信じる! 君が悪い奴じゃないって事、俺は信じるよ。だから、こんな所までわざわざ来てくれたんだろう、スティギオに拒絶されたとしても」
「……ありがとう」
フィアリスは言い、アイトーンの翼を開いた。彼女が腕を通すと、俺はその背中にしっかりとしがみつく。数時間前、山から降りて来た時に行ったタンデムの状態になると、彼女はシルフィとセルナに言った。
「今度こそ、嘘は吐かない。あたしがやった事、全部話すから」
「約束だよ? 絶対、ちゃんと教えてね」
セルナが、泣き腫らした目を擦りながら言う。フィアリスは軽く顎を引き、俺と共に火口を抜け、海上へと舞い上がった。




