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『ブレイヴイマジン』第5章 サンダー⑩


          *   *   *


 スティギオが描いてくれた地図を頼りに、再び山の集落まで登った俺たちはカリュドーン家に向かった。

 集落を歩く間、俺たちは擦れ違う山の猟師たちから警戒の目で見られた。メーデさんが脱走の後集落に帰ったのか、それとも昨夜俺たちが彼女を拘束する様子を誰かが見ていたのか、俺たちの行動は既に山の猟師たち全体に知られているらしい。何だか怖いような気がしたが、アロードから「落ち着け」と言われた。

「もしこいつらが敵に回ったとしても、俺らだったら問題ねえだろ。ロードランナーがまた、複数人集まったらちょっとしんどいけどな」

「でもさ……相手は人間だよ。それに、元々スティギオの知り合いだった人たちなんだから」

「そうだけどよ、お前だってヴェンジャーズとは戦うだろ?」

「分かってる。だから、出来るだけって事だよ」

 ──その願いすらも、儚く砕け散るかもしれない。

 そんな緊張感を持ちながら、俺たちは地図に記された通りの家に辿り着く。板塀に囲まれたその家には冠木(かぶき)門があり、そこから(さざれ)石のアプローチを抜けた先に、港町のそれとは少し異なる、黒ずんだ石を積み上げて造られた家がある。それは、トタン板で造られた集落の他の建物よりも大きく、堂々と威厳を持ってそこに建っているようだった。

 俺が門柱に付けられた呼び鈴に手を伸ばそうとした時、頭上を大きな黒い影が横切った。びくりとし、アロードと一緒に身構える。

 また魔物が襲って来たのか、と思い、変身しようとフォームメダルを取り出しかけた時、頭上を通過したものはひらひらとアプローチの辺りに降下してくる。よく見るとそれは、巨大な鳥、恐らくは飛行系の魔物のものと思しき翼で使ったパラグライダーに腕を通した少女だった。律儀にスカートの裾を押さえながら降り立つと、翼を畳む。

「フィアリス!?」

 俺はつい叫んでしまった。少女──フィアリスは俺たちを見、おや、というように目を丸くする。

「ケントとアロードじゃないか! こりゃ驚いたね、二日連続であたしに会いに来てくれたって訳かい?」

「あ、いや……」

 俺は、どう切り出すべきか迷った。もし誰か他の人間だったら、ヴェンジャーズが来ていないかと単刀直入に尋ね、もし動揺するような素振りでも見せられたら即座に訝しみ、多少強引にでも本当の事を白状させようとしただろう。しかし、相手は昨日その事を尋ねたフィアリスだ。ここでもう一度同じ事を尋ねるのは、彼女を疑っているようなものではないか。

 と、そこまで考え、俺は自分を叱った。

 何を、言い訳するような事を考えているのだろう。実際、俺は彼女を信じきれないからこそ、こうして集落を再訪したのではないか。

「君に、聞きたい事があるんだ。ヴェンジャーズの件で……」

 意を決してそう切り出すと、フィアリスは一瞬面食らったように目をぱちくりとさせ、やがてやれやれというように肩を竦めた。

「昨日のあたしの話じゃ、満足出来なかったかい? それとも、今日は連中が来ているかもしれないって事で? 言った通り、あたしらはヴェンジャーズとは、一切関係はないよ」

「スティギオは、そうは思っていないみたいなんだ」

 俺は食い下がる。

「心外だね。昔の友達じゃないか」

「だけど……これだけは事実なんだ。昨日、スティギオとセルナは山の猟師、ロードランナーに襲撃を受けた。君のお祖父さん、カリュドーンさんの一族の、メーデさんっていう女性にだ」

「………」

 フィアリスは、ぐっと押し黙った。その沈黙が驚きによるものなのか、全てを観念して対処方法を考えている事によるものなのか、俺には即座に判別する事が出来なかった。ただ、事実だけを伝える事にした。

「昨夜俺たちは、メーデさんを拘束したんだ。そして、朝になったら居なくなっていた。誰かに、逃がされたような形跡があったんだ。……メーデさんは、単独の意思で襲ってきた訳じゃないって事だよ。スティギオはそれを、カリュドーンさんたちの一族、もしくは山の猟師の総意なんじゃないかって疑っている」

「……それで、もし叔母さんの狙いがセルナだったなら、あたしたちがヴェンジャーズと取り引きしているみたいだ、って事かい」

 フィアリスはふっと息を()くと、(かぶり)を振った。

「スティギオが疑心暗鬼になるのも無理はないね。だってさ、あたしたちが彼を恨まない事だって、絶対にないとは言い切れないんだからさ」

「どういう事?」

 俺が尋ねると、彼女は「彼から聞いてないのかい?」と問い返してきた。

「何か、思わせぶりな事を口にする事はよくあったけど……本人も、あんまり話したくはないようだったし」

「じゃあ、あたしから聞いたって事は黙っておくんだね。……セルナがこの山に来てから、彼女絡みの件で二人が死んでるんだ。アタランテスと、あたしのとこで一人ずつね」

 フィアリスは言う。その声色からは、俺が彼女の特徴だと判断した快活さは既に影を潜めていた。彼女は「立ち話でするような内容じゃないから」と言い、傍の石材に腰を下ろす。俺とアロードも勧められ、恐る恐る彼女の横に並んだ。

「まずは、セルナが逃げ込んできた時さ。その時は丁度、アタランテス、カリュドーン両家の皆が広場に集まっていた。スティギオの、十八歳の誕生日だ。元服して結婚出来るようになるのは、ミッドガルドの法律では十八だからね。婚姻が人質交換であるだけに、同棲とか子供の有無とか、事実上って事じゃない公的な書類が必要になるんだよ。

 で、それに従ってあたしたちが十八歳になるまで、”人質交換”は発動されなかった。メグロスさんとカリストの姉貴はもう元服していたけど、片方だけ先に相手方に送られたんじゃ、平等じゃないからね。つまりその日は、彼らと、あたしとスティギオ、ダブル結婚式だったって訳さ。

 その会場に、セルナとヴェンジャーズ三侯、突然駆け込んで来たんだからね。もう阿鼻叫喚さ。スティギオは彼女を守ろうとして、儀礼用の宝刀で戦った。そして、同じ武器を使う太刀使いに斬られそうになって……それを庇ったメグロスさんが、ばっさりやられた。数の利はこっちにあったし、三侯はセルナからメダルを奪うや否やすぐに引き揚げたけど、出てしまった人死にについては取り返しがつかない。

 結婚式は即中止、片方の新郎が死んだんだから、人質交換も当分お預けだ。セルナは、スティギオが引き取ってアタランテス家に居候させて貰う事になったんだけど……何しろ、相手は若い女だ。家から人死にまで出した厄介者が居ついたって事で、彼女は相当煙たがられた。スティギオにも、彼女との良くない噂が一杯立った。いや、ここは『立てられた』って言うべきかな。

 それでも、セルナだって彼らに迷惑を掛けようとした訳じゃない。皆分かっているから、直接的な攻撃はしなかったんだ。でも、そうは言っていられない事態が起こってしまった。……狩りに出ていたカリストの姉貴が、落雷で死んだんだ。その発生原因は『自家発電(セルフ・ジェネレート)』の特性(スキル)を持つ魔物だった。

 過去に、この山には出現した事のない魔物だよ? 雷属性の魔物が、セルナの監視から解放されて増殖を始めたって事だ。姉貴の件がきっかけで……『ヤークト事件』が起こった」

「イマジン・ヤークトが現れたのか?」

 セルナ以前にメダルを奪われたタイタスにヤークトが襲来したのが、つい二週間程前の事だ。まさか、と思いながら尋ねると、フィアリスは否定した。

「違う。イマジンが交替すれば、新しい雷属性の監視者が現れてこういう悲劇も起きなくなる──そう考えたうちの狩人たちが、セルナを殺そうとしたんだ。イマジン・ヤークトを気取ってね。

 家に乗り込まれそうになったアタランテスさんは、セルナを祖父ちゃんに引き渡そうとした。それを……あの馬鹿が、うちの人間に完治不能の傷を追わせて連れ出したのさ。それが、十ヶ月前の”駆け落ち”の真相だよ」

「それで……」

 俺は、(かろ)うじて絶句せずに済んだ。アロードは、セルナをそのような目に遭わせた山の猟師たちを許せない、という顔だったが、彼らの中からも死者が出た、という事実が言葉を押し留めているようだった。

「それでスティギオは、自分がこの山の者たちから恨まれている事を、覚悟していたのか……セルナも、それで俺たちに言えなかったんだ」

「ケント、ごめん」

 フィアリスも長い間、この事を誰かに話し、心を軽くしたかったに違いない。話し終えた彼女は、素直に口を開いた。

「あたし、ケントが昨日、ヴェンジャーズがこの街に来ているかもしれないって言った時、もしかしたらって思ったんだ。もしかしたらヴェンジャーズは、今度はセルナ本人を利用して何か良からぬ事を企んでいるんじゃないか、って。スティギオが海の漁師になって、彼に手を出す事が海と山の関係を悪化させるかもしれないって思ったから、皆あれ以上彼やセルナを追撃しようとはしなくなった。姉貴みたいな事故も、あれから起きていないしね。それでも……もし、ヴェンジャーズがまた雷属性絡みの災いを起こそうとしているなら、放っておけない。

 あたしも、セルナの事が特に憎かった訳でもないんだ。スティギオを取られたなんて事も、勿論考えていないしね。だけどもうこれ以上、身近な誰かが死ぬのはごめんだったんだ。だから、ヴェンジャーズが何かをする前にセルナを殺そうとか、ちょっと思ってしまった。それで、祖父ちゃんに言っちゃった。

 ……あたし、酷い女だよね。スティギオとセルナに幸せになって欲しいっていうのは嘘じゃなかったのに、結局自分の事となるとそれよりも優先しちまうんだ。そして自分で手を下す訳でもない」

「……無理はねえよ」

 悪態をつくかと思われたアロードだったが、その口から出たのは意外にも同情のような言葉だった。俺は何と声を掛けていいのか分からなかった為、無言で彼に視線を向けた。

「ここを守ろうとしたっていうのは、本当の事だろ。でも、それでもしスティギオが死んでいたりしたら、お前は自分を責めなかったのかよ?」

「……そうだね。だから、ちゃんと謝るよ」

 フィアリスは立ち上がると、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。

「それにあたしのした事は、ヴェンジャーズと戦ってその目論見を打ち砕こうとしているケントたちの戦いを、(はな)から無理だって決めつけているみたいなものだ。あんたたちにも、失礼な事をしてしまった。……ねえ、ケント。あたしがあんたに、スティギオたちの”駆け落ち”の真相を話した事、本人には黙っていて欲しい。だけど、あたしも彼に、この件で伝えたい事はある。だから……一緒に、彼の所に行ってもいいかい?」

「ああ、それは勿論」俺はこくこくと肯く。「是非、会ってあげてくれ。恋愛関係はなくても、ちゃんと友達だったんだろう? スティギオも、このまま君を疑い続けるのは、(つら)いだろうから」

 決まりだね、と言うと、フィアリスはパラグライダーを装着し直した。

「ケント。変身して、アロードを憑依させてくれないかな?」

「えっ、どうして?」

 俺が尋ねると、

「このアイトーン、相乗り(タンデム)しか出来ないから」

 フィアリスは言うと、悪戯(いたずら)っぽく舌を出して頭に拳を当てた。

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