『ブレイヴイマジン』第5章 サンダー⑨
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翌朝目を覚ますと、外が騒がしかった。
俺とアロードは変わらず書斎の床で眠っていたが、すぐに半分覚醒状態の頭は冴えた。窓に駆け寄り、カーテンと戸を同時に開けて身を乗り出す。
係留柱の所に、スティギオとセルナ、ユリア、シルフィが立っていた。繋がれていた鎖はそのままだったが、その先に繋がれていた毛皮の狩人──メーデ婦人の姿が忽然と消えている。
「何があったの!?」
俺が声を掛けると、四人は一斉に俺とアロードを見上げた。ユリアが答える。
「ケント君、アロード、おはよう! それが、私たちにも分からないの。セルナたちが起きて、確認したらもう鎖から抜けられていて……ケント君にも伝えようとしたんだけど、本当についさっき気付いた事なの」
「夜の間に、どうにかして抜けたんだな。でも、鎖が力任せに壊されたような形跡もない。やっぱり、刺客はメーデおばさんだけじゃなかったんだ……」
スティギオは悔しそうに呟くと、棚状に並ぶブレディンガルの街並みを、その最上部にある山の集落の辺りを睨みつけた。
「もしこの襲撃が、カリュドーンたちの……いや、山の猟師の総意なら、俺は自分を抑えていられる自信がねえ」
「確かにメーデさんの独断じゃない事は確かだよね。スティ君を狙うにしても、彼女個人が、しかもうちらが山を下りてからこんなに時間が経って、襲撃してくるなんておかしい」
セルナも言う。彼女の声には、出来る事なら違っていて欲しい、と祈るかのような色が含まれていた。俺は「ちょっと待っていてくれ」と言い、アロードと共に階下へ降りて外に出た。
「カリュドーンさんって人も、集落では有力な一族なの? スティギオの出身も大家族だって、フィアリスが言っていたけど」
「そうだな、山の猟師の家系で、昔からいちばん力を持っているのが、俺の祖父ちゃん──アタランテスと、カリュドーンの一族だ。まあ集落の住民は少ねえけど、大体がどっちかの派閥に入っているって感じだな」
「派閥?」
「地主みたいなもんだよ。集落の土地なんてたかが知れているけど、山の狩り場は広大だ、誰が何処を狩り場にするかっていうのは、あらかじめちゃんと決めておかなきゃならねえ。それをしていなかった時代は、弓矢の誤射とか、ロードランナーみたいに魔物や獣の生皮を被った狩人を亜人種と間違えて殺しちまったり、そういう事故が多発したらしい。
で、それで縄張り分けをしたら今度は地権争いだよ。アタランテス派、カリュドーン派は、当人たちの先代の頃から特に酷い争いをしてきて、もうすぐ百年にもなる。だから、そろそろやめにしたいって双方が話し合って……人質交換で紛争を終わらせる事にした。両家の将来有望な子供を嫁に、或いは婿に出し合ってな。
俺はアタランテス一族から、カリュドーンの所に婿に行く事になっていた。結婚相手はフィアリスだ。俺の従兄のメグロス兄ちゃんも、カリュドーンから孫のカリストを貰うはずだったんだ」
「それで……そこに、セルナが入り込んだから」
ユリアが呟くと、セルナは少々極まり悪そうにした。スティギオは「セルナのせいじゃない」と言いながら、彼女の頭を撫でた。
「メグロス兄ちゃんとカリスト姉ちゃんはさておき、俺とフィアリスはまだまだガキだったからな。あいつ、ワイルドなのに妙に乙女チックなところがあってさ、昔は普通の娘みたいに、『将来の夢はお嫁さん』とか言って……でも、俺が婿に行くってなって、しかもそれが大人たちの決めた政略結婚、本質は人質交換なんて事だったら、夢が破れるのはどうしようもねえだろ?
俺もフィアリスも、確かに遊び仲間だった。でも、それ以上の事はお互いに想ってはいなかったんだ。きっとセルナが来なくても、俺たちは何か理由を付けて縁談を取りやめてくれって頼んだかもしれねえ」
「……俺」
俺は、躊躇いながらも口に出す事を選んだ。
「メーデさんが襲撃してきたのは、カリュドーン家の総意じゃないと思うけどな。少なくともフィアリスは、知っている素振りを見せなかった。しかもあの子……素直でいい子そうだった。丁度俺たちと同じ年頃の、若い女の子って感じで、何も包み隠しているような様子はなかった」
「だけど、ケント君」
ユリアは、こんな事は言いたくないけど、と前置きしてから言った。
「協力者は居るみたいだよね、昨日の件? だけどそれが、メーデさんと他数人が個人的にスティギオを狙ったって考えるのは、ちょっと無理がない? もし彼女たちが誰かの意思に基づいて動いているなら、それはスティギオの言うみたいに、カリュドーン家の可能性がいちばん高い。そしてそれを、同じ家のフィアリスって子が知らないとも思えない」
「でも……」
「それにケント君、その子とは一度会っただけなんでしょう? ガーディの事を考えてよ、ケント君がいい人だって思った彼だけど……本当に、少しはそういう部分もあるのかもしれないけど、彼がセルナを襲ったのは事実でしょ? 第一印象なんて、そこまで当てにならないよ」
今のユリアは、状況が状況だけに真面目モードのようだった。
スティギオもまた、俯きがちに沈黙していたが、やがて俺に言ってきた。
「ケント、お前が昨日フィアリスに会ったの、何時頃だ?」
「えっと……集落に着いたのが、一旦分かれてから一時間経った頃だから、大体五時半くらいじゃないかな」
「そこで、ヴェンジャーズを集落で見なかったか聞いた訳だな? セルナが狙われるかもしれないって言って、今は俺たちが一緒に行動しているって」
スティギオは少し考え込むようだったが、そこで「もしかしたら」と呟いた。
「そこからフィアリスがカリュドーンにその事を伝えて、カリュドーンがメーデおばさんに命令して、彼女が直で山を下ったなら……矛盾しねえ」
「スティギオ、それって……」
「俺だって、昔の婚約者を疑いたくはねえよ。でも、そう考えるのが状況的にいちばん自然じゃねえか?」
「でもそれじゃ、カリュドーン家がヴェンジャーズと手を結んでいるみたいな言い方じゃないか。スティギオが標的だったって考えるのは、不自然なんだから」
「それも……有り得なくはねえんだ」
スティギオの呟きに、俺は「どうして!」とつい声を上げる。すぐにはっとして口を噤み、ユリアが窘めるように俺の名前を呼んだ。が、スティギオは決して感情的にではなく、冷静な声で答えた。
「彼らが俺やセルナを恨んでいないって事が、絶対にねえとは言い切れねえから。フィアリスなんか、特にそうだと思うぜ」
「スティ君」
セルナは彼の肩に手を置くと、無言で首を振る。スティギオの顔が、そこではっと我に返ったように表情が固まった。
「すまねえ、これは忘れてくれ」
「とにかく」ユリアが手を打ち、まとめる。「まだ全部、推測の域を出ていない。もしも山の猟師たちがヴェンジャーズと何らかの形で繋がっているなら、疑わしい事は放置する訳にも行かないでしょ。もう一回……山で調査をする必要があるわ。本当に集落には、ヴェンジャーズが居ないのか」
「ユリアちゃん、でもスティ君は……」
セルナが言いかけると、
「勿論、スティギオたちは山の上には行かせられないわ。またロードランナーに狙われたりしたら、危険だもの」
ユリアは言った。
「だけど、こっちでも二人を孤立させる訳には行かない。メーデさんが何処かに居なくなって、しかも単独で行動している訳じゃないとしたらね。だから、私とシルフィが二人と一緒に行動する。ケント君とアロード、また、山の猟師たちの集落に行ってくれる?」
俺は、心の中で昨日のフィアリスの事を思い返した。彼女を疑うような事はしたくない、というのが本心だったが、確かに不穏な可能性がある以上、感情で動けないというのも事実だ。
「……分かった」俺は答えた。「その間、ユリアたちはどうするの?」
「もう一回、街で聞き込みをする。こっちでヴェンジャーズの目撃情報があれば、山がヴェンジャーズを匿っていたりっていう可能性はぐっと減るでしょ。彼らが迂回路を取ったとしても、そろそろ街には着いていると思うし」
ユリアが「いいよね?」と確認すると、スティギオとセルナは肯いた。
「すまねえな、こうゴタゴタした事に巻き込みたくはねえんだけど」
「大丈夫。どっちかっていうと、巻き込んでいるのは私たちの方なんだから。もしもメーデさんたちの行動がヴェンジャーズとは関係のないもので、私たちがまたスティギオやセルナ絡みで問題を起こしそうだから山の猟師が襲ってきた……とか、そういう話だったら、私たちも正直に謝るわ」
だからケント君、とユリアが言ってくる。
俺は肯き、アロードと無言で顔を見合わせ、顎を引いた。




