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『ブレイヴイマジン』第4章 グランド⑫

 その時、ゼドクを突き飛ばすようにしてガーディさんが跳躍した。刀を逆手に振り上げ、タイタスに飛び掛かりつつあった魔物の背に向かってそれを突き刺す。ビファドルドは断末魔の声を上げる間もなく、心臓を破壊されたようだった。

 刀身が抜けると共に、血飛沫(しぶき)の筋を引きながらその巨体がゆっくりと傾倒した。急な事に呆然としていると、ガーディさんはさっと血払いをする。背を向けていたので、彼がどんな表情を浮かべているのか、俺には分からなかった。

「ガーディ……何故俺たちの邪魔をする?」

 ブレイヴフォースの反動から立ち直ったギデルが、動揺した声で呟いた。

「第一、お前の担当はここじゃねえぞ。フレイリオスでブレイヴフォースの事を伝えた時、お前は先にブレディンガルに行けって……」

「貴様らは」

 ガーディさんは、独白なのか問い掛けなのか曖昧なギデルの台詞を遮り、ヴェンジャーズの二人に顔を向けて低く言った。「失せろ」

「何ですってえ!?」

 レーナが、満面に憤怒を浮かべる。ギデルはガーディさんにつかつかと歩み寄り、襟首を乱暴に掴んで噛みつくように牙を剝き出した。

「なあお前、仲間に向かって『失せろ』はねえんじゃねえのか? 何だよてめえ、ヴェンジャーズの癖にこいつらに味方すんのか、ああ!?」

「仲間……そうだな、貴様らは何も覚えていない」

 ガーディさんは呟くと、尚も喚き立てようと鋭い呼吸音を出したギデルに怒鳴り返した。

「いいから出て行け! これ以上事態を掻き乱すな!」

 今まで彼から聞いた事のないような、洞窟内で行き場を失った空気を震わすような怒声だった。そこには憎悪のようなものすら滲んでおり、俺ははっとする。だが、彼の顔が依然見えないのは残念だった。

 彼は、ギデルの肩を掴んで逆に押し返す。レーナとギデルは怒りに満ちた顔で立ち尽くしていたが、やがてこちらに鋭い一睨みを浴びせ、走り出て行った。

「ガーディさん……俺たちを、助けてくれたんですか?」

 俺は、恐る恐るガーディさんに尋ねた。そこで彼はやっと振り向いたが、その表情はいつもの何処か不機嫌そうなものと、特に変わりはなかった。

「邪魔者を追い出しただけだ。このままでは埒が明かないからな」

 ガーディさんは視線を滑らせ、俺からゼドクの方へそれを移す。タイタスのブレイヴフォース打破から俯き続けていたゼドクは、その顔に殺意を蘇らせながらゆっくり頭を上げた。

 俺は、わざと大声で割り込むように叫んだ。

「ガーディさんはこういう性格だしヴェンジャーズだけど、きっと本当はいい人なんだ! 初めて会った時から俺を励ましてくれたし、勇気をくれた。俺とは戦いたくないって言ってくれているし、さっきも魔物からタイタスを助けてくれた。彼には、彼なりの理由があるんだと思う。俺はまだ、彼の事情を何も知れていない。そんな状態で、彼と戦って殺したくはない。分かってくれ!」

「では……」

 ジーゼイドさんが、困惑したように尋ねてきた。

「ゼドクという方は? ブレイヴらしいが、彼がガーディと戦ったら……」

「彼は、知らないだけなんです。人一倍意志が強くて、正義感がある。ヴェンジャーズと戦うのは、世界の為。その信念に、偽りはありません。彼もまた、俺たちにとって必要な存在なんです! だって……そうじゃありませんか、タイタスの親友、ルクスと契約したブレイヴなんですよ」

「ケント……!」

 ルクスが、目に一筋の光を浮かべた。俺は肯き、続ける。

「だから俺は……今はまだ、ゼドクとガーディさんが戦うような事態は嫌だ」

 密かにガーディさんとゼドクにも伝えるつもりで言っていたのだが、ゼドクは察してくれたようだった。その双眸に燃えていた冷たい殺意が、ゆっくりと霧消していった。

「もしその男が、ケントにとって特別な由縁のある人間であるのなら……露悪的な行動の深層に、彼なりの『正義』が秘められているのなら」

 彼は、一瞬だけ例のポーズを取ってから、ゆっくりと言った。

「今はまだ、賊とは呼ばないでおこう」

「まあ、それは」ルクスも、安心したように肩を落として続ける。「そいつが今後どのような行動を取るか、で俺たちも対応を変えるけどな」

「ゼドク、ルクス……ありがとう」

 俺は安堵と共に微笑み、彼らに頭を下げる。ルクスはゼドクの方へ歩いて戻り、俺の前を通る一瞬減速して「ありがとな」と囁いてきた。

 ゼドクとルクスは軽く会釈をするように頭を下げ、立ち去って行った。ガーディさんは忌々しげに彼らの背を睨みつけていたが、やがてインフェリアブランドを鞘に戻し、俺の方を向く。俺もまた、デュアルブレードを納め、彼の目に真っ正面から向き合った。

「日付を跨いで、ゼドクたちとかあの二人が入って来てよく分からなくなってしまいましたけど、そろそろ結論を出して下さい。俺とユリアを二人とも斬るのか、何もせずに帰るのか」

「……最早、選択の余地はあるまい」

 ガーディさんは(しば)し、俺とユリアの間で視線を泳がせていたが、やがてゆっくりとそう言った。

「今回は、大人しく引き下がるとしよう。だが近いうちに、また俺がユリアの命を狙う日は確実に来る。立場を異にしている以上、決して馴れ合うつもりはないという事を忘れるな」

「いいですよ。その時はまた、俺がユリアを守りますから。十回でも、百回でも、いつまでも何回も。……俺は、ガーディさんの敵です」

 俺は最後、表情を引き締めて言った。彼は、皮肉っぽく口元を歪める。

「その敵に、まさか助けられるとはな」

「ガーディさんと同じですよ。さっき言っていたじゃないですか、邪魔者を追い出しただけだ、って。あのままじゃ、埒が明きませんでしたからね」

「……全く。悪役が勇者に敵わないというのは、本当らしい」

 彼はそう呟くと、最後に立ち去った。

 これで、この一件に介入した者たちは全員清算出来た。これで一安心だ、と思い、いつもより出しゃばってしまったな、と反省したが、今までは想像もつかなかった自分の行動に何処か誇らしく思っている俺も居た。

 仲間たちの方を振り返ろうとした時、突然背後から腕を回された。視界の隅に、シルフィが出現する。彼女が分離したのは、ユリアが俺をぎゅっと抱き締めてきたからだった。(うなじ)の辺りに額を押し当てられ、温かく柔らかな感触が伝わってきて、微かに体温が上がる。

「ユリア……?」

 いきなりどうしたんだ、と思いながら呟くと、

「格好付けすぎだよ、ケント君」ユリアが、ぽつりと零した。「これじゃあ増々私、ケント君の事好きになっちゃうじゃん……」

「えっと……俺は別に、狙っていた訳じゃないよ」

 急に、元来のシャイな性格が戻ってしまう。先程まで自分が並べていた台詞が思い起こされ、自分でもよく口に出せたなあと思った。

「友達になってくれたユリアを、初めて俺に親切にしてくれたガーディさんに殺されたくなかった。無我夢中だったんだ。ともあれ、助かって良かったよ」

 そう、俺は先程まで、我を忘れていた。こんなに自分の中に没入した事などあったか、と思う程だった。冷静に考えれば、現実世界での苛烈な勉強の際も、プレイしていたゲームでも、これ程本気になったことなどなかったかもしれない。それも、自分自身ではない誰かの為に。

 今までの冒険でも、何度かこのような、自分が自分でなくなったかのような変化は感じた事があった。少し考え、それが何なのかに思い至る。

 きっと、俺自身の意識が変わったのかもしれない。

 先程俺の中では、ユリアたちがNPCというような考え方は、いつの間にやら消え去っていた。昨日まで、彼女をNPCとして見る目は変えられず、その後ろめたさからユリアになるべく丁寧に接しようとしているのでは、と思っていた。それが、自覚出来る程に変化した。

 気付かないうちにユリアの事を何よりも大切に想い始めていた。

 この気持ちの変化に、名前はまだないけれど。

「ねえ、ケント君」

 ユリアが、微かに囁いてきた。温かな呼気が耳朶に触れる。

「ケント君はさ、私の事、どう思っているの?」

「俺は……」

 正直、どうしようと思った。この気持ちの変化に、名前はまだないけれど、彼女が恋だと言うならそれでもいいのかもしれない。だが俺は今、何かとても大切な事を考えている気がするのだ。それを分かりやすい一言で、自分でも納得しきれないまま答えてしまうのは何か違う気がする。

 俺という個人は、まだ旅の途中なのだ。

「……もう少し、考えさせて欲しい」

 俺は、絞り出すように言葉を紡いだ。

「今はただ、友達としてユリアの傍に居て守りたい。いや、守りたいだなんて、傲慢かもしれないな。俺は……そう、ユリアに、俺と一緒に進んで欲しい。今までと同じようにね。ユリアが望んでいない答えだったら、ごめん。それでもこれが、今の俺の本心だよ」

「……そっか」

 ユリアの声に小さく残念そうな響きが感じられ、俺は少し申し訳なく思った。だが俺が更に言葉を続けようとすると、彼女は小さく言った。

「ありがと。少し安心した。だから……今はもう少し、こうしていてもいい?」

 抱き締める力が、心なしか強くなる。

 アロードが、さすがに見ていて気まずくなったのか「なあ、ケント」と声を掛けてきた。俺は赤らんだ顔を隠すように下を向きつつ「何?」と答えた。

「昨日お前、『ユリアは誰にも渡しません』とか言ってなかったか?」

 ──確かに、言った。

 後から思い返すと、恥ずかしくなって全身が火照った。密着したユリアにそれが気付かれる前に、

「そうだ皆! そろそろ戻らなきゃ、作戦は成功したんだし!」

 自分でもわざとらしいと感じる程の台詞で、話題を逸らした。皆がくすりと笑い、背後のユリアは俺の肩に頭を預けてきた。

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