『ブレイヴイマジン』第4章 グランド⑩
「レーナ……あんたって子は!」
ユリアは、背中に登ったコンデムを背負い投げの要領で地面に叩きつけ、その片目を人差し指で指した。
俺はその目を見、あっと叫ぶ。片目のあるべき位置に、小型カメラのようなレンズが埋め込まれていたのだ。
「このコンデムたちで、私たちを監視していたのね! メダルが修復されるのを待って、直ったら、その場で奪う為に!」
「あら、最初は意図的じゃなかったのよ?」
レーナはとぼけるように首を傾げ、ギデルに「ね?」と同意を求める。ギデルはニヤリと犬歯を覗かせ、得意げに言った。
「まさかお前らが、メダルを直そうとするとは思わなかったぜ。でも、念の為お前らを監視してはいたんだ。タイタスを見捨てない事くらいは、俺たちにも予想がつくからな。しかしよ、お前たちも大馬鹿野郎だな。イマジン個人にそこまで拘泥しなければ、戦わずに俺たちの目的を挫けたっていうのによ」
「卑怯だぞ!」タイタスが、魔物に噛みつかれた手を押さえながら言った。「俺個人ならまだしも、他人を想う皆の気持ちを利用するなんて!」
「言わなかったっけ? レーナたち、魔王ディアボロス様に忠誠を誓った悪の集団だって。手段なんて、選んでいる暇はないの」
レーナは悪魔的に微笑むと、指を鳴らした。地面に潜っていたコンデムたちが、一斉に飛び出してくる。魔物たちは好戦的そうに牙を剝き出したが、すぐに苦しげに呻き始めた。レーナがもう一度ブレスレットを回すと、それらは紫色の光に包まれ、ぐにゃりと歪む。引き寄せられるように彼女の持っているフォームメダルに向かって飛んで行き、メダルをコーティングするかのように球を形成していく。
それがイコルである事に気付いたのは、光が消え、ブレイヴフォースに用いられる紫色の球体がそこに現れた時だった。
「あれは……!」
ジーゼイドさんが、斧を構えながら呻く。レーナは球体をギデルに手渡した。
「ギデル、やって。レーナ、憑依されて情熱的に抱擁されるには、タイタスは好みのタイプの男の子じゃないの」
「……分かったよ」
ギデルは彼女のイコル生成をやや不愉快そうに見つめていたが、大人しく球体を受け取り、体の前へと突き出した。
「タイタス・グランド、俺に従え! ブレイヴフォース!」
「タイタス、逃げろ!」
アロードが叫んだが、間に合わなかった。イコルが弾け、その断片がタイタスに絡み付く。俺とユリアは彼に駆け寄り、増殖を開始したそれを毟り取ろうとした。が、粘液は俺たちが触れると熱を持ち、タイタスが苦悶の声を上げるので、手を離さざるを得なかった。
やがて、粘液に覆い尽くされたタイタスが流体状に崩れ落ちた。フォームメダルに吸収されると、黒紫色の光となり、ギデルの輪郭をなぞるように伝わる。
「ああ……そんな!」
シルフィが頰を両手で押さえた時、ギデルは叫んだ。
「トランスフォーム『タイタス・グランド』!」
魔方陣が生じ、残酷な事態は刻一刻と進んでいく。それに包まれたギデルの髪が焦げ茶色に変じ、黒い吸血鬼のような服装は鈍い黄土色の光を放つ重装鎧へと変化していく。四肢には具足やメタルブーツ、ガントレット、頭には本格的なオープンヘルムまでが出現し、ギデルの体躯は元よりも二回り以上巨大化したように見えた。
「タイタス……」
ジーゼイドさんが、青褪めた顔で呟く。俺は絶望的な気持ちになったが、頭を振ってそれを追い払った。メダルを取り出しつつ、ユリアに声を掛ける。
「ユリア、ヴァレイの時を覚えている?」
「リビィが、彼の意識に必死に呼び掛けて、洗脳を解いたんだよね?」
「ああ。今回の場合、こっちには親友だったアロードも、ジーゼイドさんも居る。絶対に言葉は届くはずだよ。だから……」
「ガード専念、だよね?」
「そうだ。タイタスにも、アロードとシルフィが憑依した俺たちを……仲間を、殺させる訳には行かないから。一人でも犠牲が出たら、きっと彼は増々、自分の中に閉じ籠って出られなくなってしまう」
俺が言い終えるや否や、ギデルがクライシスバスターをぞろりと抜いた。魔物の咆哮のような声を上げ、こちらに向かって地面を蹴る。俺は変身すると、デュアルブレードを抜いて迎撃の構えに入る。
「地神天割劉!」
両手剣が、目にも留まらぬ速さで上下二連撃を繰り出す。あたかも、獣の顎が獲物に喰らいついたかのようだった。
「赫閃燃導劔!」
俺は袈裟斬りで、下から振られた二撃目を受け止める。そちらで俺を仕留めるつもりだったらしいギデルは激しく舌打ちと歯軋りをし、すかさず次の剣技を使用してきた。「森羅万象旋!」
「スピニングマリン!」
ユリアが動き、俺と入れ替わりで相殺に入ろうとする。だが、
「ビファドルド、やっちゃって!」
レーナが、魔物に指示を出した。親分土竜は吠え、腹で地面を滑るようにして、その巨体からは想像も付かないスピードで俺たちの方に突進を掛けてくる。ユリアと位置を変えたばかりの俺は、その回避が間に合わなかった。
信じられない事に、ビファドルドの体が大きく宙に跳ねた。腹を抉られたかと思う程の衝撃と共に、その頭部が俺に激突する。俺はそのまま地面に倒され、魔物に伸し掛かられた。
「ケント君!」ユリアがこちらを向いた。ギデルはそれを逃さない。
「おっと、てめえの相手はこの俺だよっ!」
彼の両手剣が、レジーナソード諸共ユリアを押し返した。彼女はやや空中に浮いて舞い、地面に転がる。俺は助けに行きたかったが、ビファドルドの前足で両肩を地面に張りつけにされ、動けなかった。
「ユリア嬢! ……斧顎山隆創!」
「甘いぜ、ブラッドサースティデーモン!」
ギデルの得意技が、ヴァンガードアームズを振り被ったジーゼイドさんの腕を思い切り薙いだ。大量出血のエフェクトを生じ、吹き飛ばされて仰向けに倒れた彼の口から血液が散る。魔鏡石の加工により消耗していた彼は、やはり戦闘は困難な状態に在るようだ。
「ギデルー、タイタスをブレイヴフォースに使ったんだから、タイタスの技を使いなさいよ」
レーナが不満そうに言い、ヴァルキュリアピアサーを腰から摘まみ上げてくるりと回転させる。ギデルは獰猛に嗤った。
「いいじゃねえかよ、力は温存で行こうぜ。……あれも使うんだし」
「まあね。でも、まずはレーナが」
彼女は俺を真っ直ぐに見つめると、小首を傾げて言った。
「まずは王子様から。お姫様の前でヒーローが死ぬ方が、楽しいでしょ?」
「ゲルアアアアアアッ!!」
ビファドルドの口腔が、網膜一杯に映し出された。前足の爪がプロテクターの隙間から肉に突き刺さる。
生臭く、熱い魔物の息が、その源が俺のすぐ頭上にある。そう思うと、ぞっと鳥肌が立つのを感じた。今までこれ程、魔物に一方的にやられた事はない。眼前の敵が口を閉じれば、俺の頭はその牙によって砕かれる。
(こんなところで……!)
俺は、指先で剣を動かし、何とか握ろうとした。魔物の脇腹に僅かにでも突きを入れられれば、脱出出来る。早く、ユリアを助けに行きたい。ギデルの言った”あれ”が、また彼女に襲い掛かる事は看過出来なかった。
俺の額にビファドルドの牙がめり込む。眉間から血が垂れてきたのが視界に入った次の瞬間、思いがけない事が起きた。
「ラディアントブリッツ!」
ザクッ! という湿った音と共に、俺に掛かっていた圧力が緩んだ。ビファドルドが呻き、俺の上から転げ落ちる。翻筋斗打ったが、地面を前転するようにして俺から距離を取り、また牙を剝いて唸った。
ゼドクだった。彼はクリアレストライトをさっと振り、ビファドルドを正面から睨み据える。
「叶うならば、二度とこの地を訪いたくはなかった。だがこれが、この冥府を満たす運命石が導きし、我が宿世のシナリオならば」
「ゼドク……!」
俺が呟いた時、ビファドルドが彼に飛び掛かった。一度仕留めかけた俺よりも、不意討ちで攻撃を仕掛けてきた彼を危険人物と認識したらしい。だがゼドクは、迎撃の姿勢を取りつつもさっと体を捌き、ビファドルドの足元を抜けてヴェンジャーズたちの方へ向かった。
レーナは、咄嗟にニューニを招喚して自分の肩を掴ませ、空中へと回避した。しかし、ギデルはその一瞬で攻撃対象をユリアから彼に切り替え、あくまで応戦の態勢を見せた。
「オフランド・オウ・ネアン!」
「当たらねば、さして問題はない!」
ゼドクは空中で体を回転させ、放たれた赤黒い渦と平行になるように、すれすれの位置で回避する。そして、必殺技をギデルの胴中央に叩き込んだ。
「ナイトメアスクラッチ!」
「ぐあああっ!」
ギデルの纏っていた鎧が、胸から腹にかけて大きく砕けた。破片は空気に溶けるように消滅し、ゼドクは残留する粒子を払うようにエストックを一閃しつつ、更に攻撃を繰り出していく。
──イマジンが憑依したブレイヴを殺せば、イマジンも死ぬ。
その事が頭を過ぎり、俺は「やめろ!」と叫んでいた。
「ケント、何故止める?」
ぎりぎりの位置で刃を寸止めした彼は、ギデルから距離を置きつつ言った。
俺は、「ガーディさんは?」と問い返す。「彼はどうなった?」
「交戦しながら、洞窟を奥へと進んだ。そして、振り切った。目下、喫緊の課題はお前たちの眼前にあるようだからな」
ゼドクは言うと、再びギデルを見る。俺は焦燥が募った。
「待ってくれ、ゼドク! タイタスは……」
「先刻承知だ。この賊に憑依しているのだろう。イマジンの意思を操り、生きながらの死に堕とす魔の技術。だが、故にせめてもの冥福を捧げねばならない……新たなる牽引者を渇望する、世界の為に」
「タイタスごと、殺すつもりなのか?」俺は耳を疑う。
「やむを得ない事だとは思わないか。実際、タイタス・グランドは既に今際の宣告を受けたはずだ。それを、残された時間のうちに理に背馳し、生命線を繋ぎ直そうとする行為こそおこがましいものと、考えた事は?」
「ゼドク、君は……」
「魔鏡石の事を口にし、この霊光の間を目指しているという時点で気付いていた。タイタスがメダルを喪失し、無能者へと堕とされた事を。ルクスも恐らく、そうだっただろう。だから……」
彼が言いかけた時だった。
入口の方から、また新たな声が届いた。
「ケント……お前は……」
「ガーディさん!?」




