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『ブレイヴイマジン』第1章 リアルデスゲーム①

 闇が消え、俺を包み込んだ光が消える刹那の間に凝縮された時間の中から、意識が引っ張り上げられた。瞼の裏側が、皮膚を透過した赤黒い色に染め上げられる程の光が次第に収まるのを待ち、俺は目を開ける。

 白昼夢のような回想だった。

 走馬灯とは、このようなものなのではないか、と錯覚させる時の圧縮だった。

 しかし、自分が死んだ訳ではない証拠に、目を開けて最初に視覚に飛び込んできたものは、分かりやすい「風景」だった。無論、俺とて死後の世界など垣間見た事すらないが──。

(ここは……?)

 何処か異国風の、見知らぬ村だった。丸太を組み上げて造られたログハウスが立ち並び、地面は(わだち)の刻まれた土で、コンクリートやアスファルトで舗装されている様子はない。タイルが円形に敷かれた広場のような箇所は一箇所だけあり、その中心には噴水がある。少し遠くの、なだらかな丘のようになった場所には、風車の付いた大きな建物。

 俺は広場のベンチに腰を下ろしており、背後で涼やかな水音を立てる噴水を、聴くともなしに聞いていた。現実ではクリスマスを間近に控えた十二月下旬だったが、ここでの季節感は分からない。

 立ち上がり、噴水の下で循環させているらしい水場を覗き込むと、そこに映った自身の姿もかなり変化していた。

 ベージュ色の長いコートと、黒いベルト。同じベージュ色のスカーフ。手には、黒い指なしの手袋。何より違うのは髪で、現実世界で黒かった俺の髪は、淡いオレンジ色になっていた。

(何か、格好良いのかダサいのかよく分かんないな…………)

 溜め息を()き、噴水を離れる。素体を維持したまま、ファンタジー風の外見になっていた事で、ひとまず推論を行う材料は揃ってきた。

 不安を伴う落下フェイズは措くとして、『ブレイヴイマジン』のゲームサーバーと接続するシークエンスは無事に通過したらしい。ここは、メタバース空間エヴァンジェリア。人工の異世界。

 それにしても、何という再現度なのだろう、と思った。

 流れ落ちる水と、跳ね散る飛沫(しぶき)。流れる雲の動き。地面に屈み込み、草を抜いてみたが、一本一本が断面まで現実と変わらない。根ごと抜けたものを見ると、その分岐や絡まった土の粒やその固まり方、湿り気に至るまでが、寸分の違和感もなく自然だった。それこそ、本物と見紛う程に。

 普通のゲームであれば、感嘆するだけで済んだ事だろう。しかし、現在の俺はこの世界の完成度に恐怖すら感じていた。

 視覚だけではないのだ。一つ一つの物事に五感全ての情報を付与し、しかもそれがオフラインとなれば、この再現度を持った世界が、単純計算で現在五十個は存在している。『ブレイヴイマジン』のサーバーに、これを具現化するのにどれだけの負荷が掛かっているのだろう? それに耐えられているというのなら、どれだけのスペックを持つスーパーコンピューターが使用されているのだろう?

 メタバースの無駄遣い、という評価が蘇った。

 たしかにこれは、尋常でないレベルの無駄遣いだ。レーラズは──黒田氏は、一体どれだけのコストをこの環境開発に注ぎ込んだのだろう。いつから、このようなゲームの構想が練られていたのだろう。

 そして何よりも、これ程の情報を自然ではない人工的な電気信号で脳に与えられている俺の体は、大丈夫なのだろうか。

 無性に、黒田氏に連絡を取りたくなった。運営へ問い合わせを行いたい、と思ったが、そこでまたある事に気付く。それは気付きから、焦燥へと変質しながら急速に膨れ上がった。

 メニューやヘルプの呼び出し方が分からない。

(何で、事前に説明されなかったんだ?)

 鼓動を速める心臓を宥めながら、落ち着け、と繰り返し自分に言い聞かせた。何か簡単なアクションを起こせば現れるのかもしれない。

 以前読んだ事のあるゲーム小説のように、二本指で空中をフリックしてみたり、高度情報化社会のPVで見た事のある、胸辺りの高さの宙を撫でるように横に手を振ったり、様々な事を試してみる。だが、何も変化は起こらなかった。そして、よくよく考えればHP(Hit Point:体力、生命)などのゲージすら視界にない事に、遅ればせながら気付いた。どうりで、ここがゲーム世界だと咄嗟に気付けなかった訳だ、と俺は思った。

 もしかしたら、自発的なログアウトがあれば体験会にならないので、運営側である程度操作に制限を掛けているのかもしれない。だとすれば、もう間もなく何かしらのアナウンスがあるのではないか。不具合だとしたら、現実側からもモニタリングされているはずだし、強制的に弾かれる可能性もある。

 五分、十分、十五分、と時間が経過する中、俺は何かしらの変化を待った。化石化したように動かず、動作の遅いコンピュータに()れるような、しかし催促のアクションを意地で我慢するような気持ちで辛抱する。

 また、五分、十分、十五分。方角が分からないので確かな事は分からなかったが、次第に地面に映る俺の影が短くなってきた。どうやら、これから午後になろうとしているところだったらしい。

 ──このままでは、埒が明かない。

 この状態が続く訳でもないだろうが、俺が何か行動を起こさねば、モニタリングをしている黒田氏も異変に気付かないのかもしれない。

 まずここが何という場所なのか、正常な開始地点なのかどうかから確かめねばならない。俺は、広場から道の方へ移動した。丘の道を登るに連れ、風車のある大きな建物の裏手が険しくそそり立った峠である事が分かってきた。それで、一つ納得出来る事は生じた。

 多くのゲームでは都合上、村や街の端から端までは大抵一分以内に移動する事が出来る。この村もその例外に漏れないのか、と思ったが、ここは単純に辺陬(へんすう)であるからその程度の大きさしかないのだ。

 道の端に、雑貨店や鍛冶屋が、ほぼ露天のような状態で配列している。丸太で出来た建物はほぼ民家のようだったが、他より少し大きい一戸のみは、近づくと宿屋だった。

 人も、それなりに行き交っている。作業用のエプロンや、粗布を編んで作ったと思われる補修痕だらけの上下を纏った彼らは、俺がRPG世界の情緒として思い浮かべる「村人」の典型に見えた。

 俺はその中の一人、最も近くを通り掛かった男性の方に歩を進める。

(……いいか、俺。この状況で情報を集めるには、人見知りな性格もコミュ障な性格も捨てなければならないぞ)

 勉強以外で、俺は対人コミュニケーションが苦手な方だと自己分析をしていた。一度仲良くなってしまえば問題はないのだが、自分から交流のない同級生に話し掛けたり、知らない街で通行人に道を尋ねたりする事に過剰な躊躇いを抱いてしまう。それで居て、授業のグループ活動などの際や、自宅でしてこなかった課題を見せて欲しいと頼まれる時などは何となく返せてしまう。

 要するに俺は、自身への投資である学習以外では、常に受動的、消極的な人間だったのだ。一般入試を選ばなかった俺の受験には面接もあったのだが、もしも落とされた理由がその性格を試験官に見抜かれた事にあったら、と考えると絶望的だった。俺に幾ら実力があったとしても、性格まで責められるのであれば、何処にも及第出来ない事になってしまう。

 それもまた、訓練不足だと言われれば返す言葉がないのだが。

「あの……」

 俺は、見定めた男性に意を決して声を掛けた。

 相手はNPCではないか。今までプレイしてきた二次元的なゲームと、するべき事は変わらない。ツールが、ボタンクリックから自分の声に変わっただけで、対象が変化した訳ではない。

「す、すみません! ここは……」

「………?」

 男性は怪訝な顔で俺を見つめてきた。その視線が、ある一点で停止する。釣られて見ると、俺の腰に吊るされている細長い鞘が目に入った。

「ヴェンジャーズ……!?」

 彼の顔に怯えの色が走ったのを見、俺は慌てて手を振る。

「ああ、いや、俺は」

「この村で武器を持っている者は、一人しか居ないんだ。ブレイヴである彼女を狙って、いつかヴェンジャーズが来ると思っていたから……」

「ちょっと待って下さい!」

 俺は、男性の言葉を遮った。

「俺はただの……旅人です。彼女っていうのも、ここが何という村なのかも分からないんです。気が付いたらこの村に入り込んでしまっていたんですよ。だから教えて下さい、ここは一体、何処なんですか?」

 男性は(しば)し訝しむように俺を見ていたが、やがてふっと息を()いた。

「すまない、最近皆が神経を張り詰めさせていてね。小さな村で、皆相互に顔と名前は覚えているから、余所者には敏感なんだ。……ここは『ギアメイスの村』だよ。ミッドガルドの最北端に位置する辺境の村だ」

「ミッドガルド……」

 エヴァンジェリアではないのか、と疑問が浮かぶ。だが、あまりにこの世界について無知すぎてはまた疑われるかもしれない。

「しかし……参ったな。これからどうすればいいんだろう?」

「目的地はアルヴァーラントかい? それなら、ダガルキエス峠を越える必要があるんだけどね。今あの峠には危険度Sクラスの魔物が居て、近々彼女に討伐して貰わないと通行出来ないんだよ」

「そう、なんですか……」

 適当に、話を合わせる事にする。ボロを出さないように、と意識しながらも、俺は頭の中でまた別な思考を展開していた。

 どうやら『ブレイヴイマジン』は、会話の自由度がかなり高いらしい。しかも、NPCの受け答えがごく自然で、高度なAIが使用されているようだ、と分かる。それだけに、彼らに、というよりこの世界に「ゲーム」という概念があるのかは分からないが、プレイヤーが彼らに対して「この世界はゲームだ」と明かす事は禁忌だ、という事は当然俺も理解していた。

 現時点での俺の感想としては、やはり予備知識もヘルプもなしでオフラインゲームをプレイするのは無茶だ、という事だった。

「すみません、ありがとうございます」

 俺は礼を言い、立ち去ろうとした。この先どうすればいいのかは依然分からないままだったが、とにかく幾らかの手掛かりを得る事は出来た。まず、この村で唯一武器を持っている「ブレイヴ」だという”彼女”なる人物を探してみよう、と思う。そこで更に情報を得られれば、少しは行動がしやすくなるかもしれない。

 と、考えたその時だった。

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