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『ブレイヴイマジン』プロローグ②


          *   *   *


 新宿のマンションで、俺は以前博輔がプレイしていたオフラインゲームを購入し、のめり込んだ。自分が何処まで堕ちるのか気になった、と考えながらプレイするのは制作者に失礼かもしれないが、それが正直な気持ちだった。

 しかし、いざそこまで行く前に、俺は純粋にそれらに心を奪われていた。

 レーラズの黒田氏が会見を開いた時には、まだ概念としてしか理解出来ていなかったが、次第にゲームの世界に浸かっていくうちに、彼の語った言葉を自分の感覚として実感出来るようになった。

 インターネットゲームには、どうしても現実の影が切り離せない部分がある。事件が繰り返すのも、現実世界の悪意が持ち込まれる事も否定出来ない。しかし、オフラインは違う。荒唐無稽で危険な、だが荒野にすら夢と冒険が溢れる世界で、俺は勇者になれる。世界の主人公で居られる。仲間も居るし、不可能はほぼゼロ。経験値を積めば、いつか世界を救う事だって出来る。

 不可能を排除し、可能に変える事の出来る世界。ミスをしてもリセットボタンでやり直す事の出来る世界。

 その”逃げ場”が五感を投入出来るメタバースとして実装される、という事は、黒田氏の夢という表現に吻合している。激しい共感と共に、俺はレーラズの成し遂げた事の偉大さが如実に感じられた。

『ブレイヴイマジン』体験会の抽選が終了するのはその時もう間もなく、という状況だったが、俺は滑り込むようにしてネットで応募した。不思議と応募用の個人情報を登録する間、高倍率の中で選ばれる可能性が限りなく低い事は意識の外に追いやられていた。ただ純粋に、文字通り「創造主(クリエイター)」となった黒田氏の構築した楽園に遊ぶ事を夢に見ていた。

 そして、当選した。今思えば、奇跡のような結果だった。

 両親や担任に対して、この不登校に関して、俺は彼らを完全に騙しきっていた。両親は共働きで、日中完全に家は無人になるので、登校時刻になると俺は家を出、マンション内に隠れて彼らがそれぞれ家を出るのを待つ。それから合鍵を用いて密かに部屋に戻り、自室にも鍵を掛ける。担任に関しては、教師・生徒間の連絡用アプリを用いて欠席の連絡を入れていた。あまり長引くと疑われるかと思ったが、今までの受験で擦り減らしていた神経に疲労が一気に襲い掛かり、体調不良を拗こじらせて悪化したと説明したら信用された。

 もしもこの信用が、俺がずる休みをするような生徒ではない、という、今まで彼らの間で作り上げられた先入観、乃至(ないし)、本当に”頑張りすぎ”で心労が祟ったのだと思われた事によるものなら、担任もあまりに俺の事を記号化──「クラスに一人居る優等生タイプ」というような類型化──して見すぎているな、と思い、複雑な気分になった。

 まあ、露見したら大変な事であるのは明白だが。

 その時はその時だ、と割り切っていた。ただ、ここ最近俺の胸中を支配していたのは、『ブレイヴイマジン』を体験するという事への高揚感のみだった。

「健斗、あなた最近何か興奮しているんじゃない?」

 父が帰って来るよりも早く、母と二人だけで夕食を食べている時、母は俺にそう尋ねてきた。新しい志望校は決まったの、とも聞かれた。

「一応ね」適当に、都内の有名な大学名を口にする。「今まで志望していたところとそれなりに近い事が学べるから。でも、だからこそ面接対策はちゃんとしておかなきゃならないな」

「そう。入試の日程とか、何日までに何を提出するとか、母さんいちいち把握している訳じゃないからちゃんと自分で調べるのよ。それから、保護者のサインが必要って言われた書類は、配布されたらその日のうちに言う事」

「ああ。大丈夫だよ、出願は年明けだし」

 嘘を()いている事に対して、若干の良心の呵責を感じないでもなかった。しかし現在購入してプレイしているゲームソフトも、交通費として渡された金額の残額を溜め続けて手に入れたものだし、家族に対して騙している事は最早数えきれない程ある、という開き直りが幾らか(まさ)っていた。

 家族には自分が至って健康であると、学校には自分がかなり酷い病気であると、相反する事を信じ込ませている事は危険だった。いつかその齟齬が炙り出された場合、自分は本当はどちらなのだろう、とも考えてみた。

 少なくとも、健康でない事は明らかなような気がした。


          *   *   *


 新宿センタービルの四十九階、レンタルオフィスの会場まで行くと、スマートフォンでの当選者画面の提示に始まり、最初に様々な検査が行われた。それはゲームの体験会とは思えないような、綿密極まる内容だった。身長体重、スリーサイズは当然の事、筋肉量や骨密度、心拍数や心電図検査、脳波測定までが行われた。更に血液やそれ以外の体液もほぼ全種類採られ、果てには数種類のウイルスを保菌していないか、抗原検査までされた。

 メタバース空間、ゲームの舞台となるエヴァンジェリアを視覚化(ビジュアライズ)し、感覚を投影する電気信号がどのようなものなのか、説明されたのは原理のみであって詳細なプログラムなどは当然公開されていない。それが身体の健康状態と相俟ってどのような作用を引き起こすのか分からない以上、必要な検査だといわれればそれまでなのかもしれない。

 しかし、俺は受けている間に段々不安になった。健康診断というよりも人体実験、否、()()()()のように感じたのだ。実際、受動的なラインナップの全てが終わった後であったのは、従来のVRゲームで振るような刀の素振りだった。集まった体験者たちは、皆戸惑いと不満の声を上げていた。

 検査が終わった者たちから、別室にあるプロトタイプ版インターフェース「サイコドライバー」の元へ案内された。高校で行われた健康診断の結果は数ヶ月経たないと返ってこなかったのに、何故一時間も経たないうちに神経接続適合の合否が分かるのだろう、とふと疑問に思った。

 俺の番号が読み上げられたのは、持参した昼食を挟んだ午後三時頃、大分終盤になってからだった。案内役の、それこそ如何にも科学者のような白衣を纏ったスタッフに導かれて個室に向かう。

 部屋に入って、俺は複数の要因で驚愕の声を上げかけた。

 まず、壁際に設置された巨大な機械。レントゲン撮影を行う時のベッドのようでもあり、医療用カプセルのようでもあるそれから、無数のコードが伸びていた。それは傍らに置かれた机、その上のデスクトップPCに繋がっている。これがサイコドライバーの試作品だろう、と思い、想像していたよりも大きいな、と考えた。

 そしてその机の前には、黒いスーツの男性が座っていた。黒田薛里──『ブレイヴイマジン』開発の総責任者。

「黒田……さん?」

 思わず声を漏らした時、彼は俺の方を向いて笑みを浮かべた。

「永野健斗君だね? 初めまして、黒田だ。君の接続試験は、私が担当させて貰う事になった。宜しくね」

「………」

 俺は、開いた口が塞がらない。まさか、俺の担当が黒田氏直々だとは思ってもみなかった。気さくに話し掛けられた事にも動揺し、何か返事をせねば、と思い頭を回したが、

「ああ……ええ、はい」

 飛び出したのは、幾つかの相槌のみだった。

 黒田氏は俺の反応に気分を害した様子もなく、「ふふっ」と声に出して笑った。

「私の事は、勿論知っているよね?」

「は、はい」何とか返事をする。「YouTubeで、会見を見ました」

「それは嬉しいな。どうかな、やっぱり私を、夢想家だと思うかい?」

「いえ、こうして実際に、それを形にしてしまったんですから凄いと思います。自分一人の冒険を、その身で行える世界……俺は、憧れていました」

 逃避願望ではなく、純粋なロマンだ。黒田氏の言葉に共感し、惹かれたのは、決してマイナスな事ではない。

「それは良かった。『ブレイヴイマジン』、プレイしてみたい?」

「勿論です!」

 勢い込んで言うと、彼は深く肯いた。

「宜しい」

 手招きし、サイコドライバーを示す。俺は「失礼します」と断ってから、靴を脱いで揃え、その台上に仰向けの姿勢で横たわった。小さなトンネルの如く、頭の上部を差し込む部分があったので、そこに目まで差し入れる。

 視界が真っ暗になると、白衣のスタッフらしい人物が動いた気配があり、俺のTシャツを捲って電極らしきものをぺたぺたと貼り付けた。

「早速始めるが……最初に幾つか注意しておかねばならない事がある」

 黒田氏の声が、そこで微かに低められた。

「エヴァンジェリアは、ある意味最もこの世界らしく、またある意味では最もこの世界の(ことわり)とは乖離した世界だ。健斗君、君は……この世ならざる未知の土地に、突然放り込まれるようなものだ。その事について、ちゃんと自分なりの覚悟は持っているね?」

「覚悟……?」

 俺は、何やら胸騒ぎを覚える。

「大袈裟だなあ、エヴァンジェリアは、電子で作られたメタバースなんでしょう。ゲームなんですよね?」

「しかし、向こうで君が経験した事は、普段外界からの情報を電気信号で収集しているのと変わらない。全て君の体に伝わる。暑さも寒さも、匂いも眩しさも。魔物や人間の悲鳴も……痛みも」

 その「痛み」という言葉を、俺は咀嚼し、反芻した。考えれば、当たり前の不快信号なのだ。攻撃されても、現実の体が損傷(ダメージ)(こうむ)る事はない。架空の物質を摂取しても、肉体に還元される事はない。しかしそれだけに、軽い不快信号程度のものは必要となる。

 娯楽であるRPGの中で、スリルを味わい、別れに涙を流す事があるように。

 俺は納得しながらも、そこまで酷い痛みが仮想世界で再現される事はないだろう、と判断した。剣で斬られ、魔法で焼かれる痛みまでが電気信号で肉体に与えられたとしたら、大問題になる。

「……分かりました」

 俺は答え、始めて下さい、という意志表示に全身を弛緩させた。

 白衣のスタッフが、部屋を出て行った音がする。黒田氏がキーボードを叩き始める音が響き、やがて一つの呟きが微かに俺の耳朶に触れた。

「世界を救いたいのなら、勇者になれ。……頼んだぞ、勇者健斗」

「えっ?」

 空耳か、と思った瞬間、俺の周囲から触覚が消えた。

 頭部から拡張された闇が全身を包み、背中を預けていた台の感触や、胸部に貼り付いていた電極の冷たさが消滅した。俺は突如出現した底知れない空洞の中へ、落下を開始した。

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