第八十九話「やはり、おまえはライバルになる運命にあるようだな」
合宿も終わり、普段と変わらない学校生活が始まっている。授業を受けている僕は、窓から見える景色をぼーっと眺めていた。
「がんちゃんが……いつもより、ふぬけた感じでいる! 芹沢さんは、その理由がわかる?」
「それが、わたしもわからなくて。部活の時も、時々あの感じになることもあるけれど……」
「ぼへー」
ひそひそと、クラスメイトのひなた。そして、芹沢さんが近くで僕を見ながら話していた。当の僕はそんなことをお構いなしに、ぼへーっとうわの空。
合宿の帰りに出会った路上ライブをやった女の子。僕らが通う高校のわずかに離れたところにある女子高の生徒。同い年であり、学年も一緒。
まさかこんな近くに、似たようなバンドマンがいたとは思いもしなかった。しかも、同じイベントに出るライバルでもある。
たしか、名前は。
「滝沢エマかあ……」
僕は思わず、無意識に女の子の名前を口にする。
すると、それを聞いたひなたたちが勢いよく迫ってきた。
「ねえ! それって、女の子の名前だよね! 誰? 誰? 何者ぞ?」
「岩崎君……その人って、この学校の生徒? どの組?」
「え? ……え?」
ものすごい圧を感じる二人に、僕はたじろいでしまう。というよりも、その顔に恐怖を感じてしまった。
「あー! 次は移動教室だったなあ。急いで、行かなければ!」
僕は逃げるように席を立ち、教科書を持って教室を飛び出していった。
――放課後。
「……どうしてんですか? なんか、芹沢先輩がすごい不機嫌そうにしているんですけど」
「うっ、うん。不機嫌になる姿って、初めて見るよね」
「はははは……」
部室に集まった僕ら。けれど、部屋の中はなんともまがまがしい空気。瑠奈たちが芹沢さんの異様な雰囲気に、困惑をしている。
「あー。なんでも、キョウちゃんに新たな女の影があるらしいよー? 知らぬ女に現を抜かしているってー」
「え? 岩崎先輩にそんな女の子がいたんですか? それは、意外ですね」
「……女ったらしってやつですか」
「うおおおい! そんなわけがあるかい!」
響子の盛られた話を聞いて、瑠偉たちは冷めた目で僕を見る。僕はすぐに、それを対して釈明をする。
「だから、違うんだよ! なんで、イベンドがもうじき始まるって時に女の子を考えなきゃいけない! 今は、バンドやライブで頭がいっぱいなはずだろう」
「と、言いつつ無意識に女の名前を口にしたキョウちゃんになんの説得力はありませんけどねー」
「響子……きさまぁ」
おもしろおかしく、話をあらぬ方向へと行かせようとする響子に僕。すると、ピキピキとなにかを握りつぶすような音が聞こえてきた。
「ギターのピックって……パキッと折れるんですね」
「それくらい、怒りが体現させているってことかもね」
これまで見たことがない芹沢さんに、誰も近づくことができない。
このままでは、これからの練習に影響を及ぼす可能性があると思った僕は、この状況を打破すべく口にする。
「今日からライブの本番までの間は、練習の時間を増やす! 週に数回は、部活が終わった後に楽器屋の貸しスタジオでもやるからね!」
決戦は近い。ここは邪念などは捨て、みんなが一丸となってやるべきだ。僕はそう言うと、みんなは大きくうなずく。
大型のイベントが近いことは知っているからか、そこは全員が気合が入っている。
「ということで……さっそく、練習を始めていいですかねえ。あの、芹沢さん」
僕は芹沢さんにそう恐る恐る尋ねると、無言でうなずき返された。
――なぜ、ここまで怒っているのだろう。
僕はその理由がわからず、そのまま今日の練習が始まった。
ほとんどの曲は弾けるようになり、自信を持ってできる曲もある。けれど、だからといって油断は禁物。
どの曲も、全力で取り組むのである。
「おーい! ちょっといいかー?」
「あれ、山本先生。どうしたんですか?」
みんなで曲を弾いていると、山本先生が部室へと入ってくる。手にはなにかの紙を手に持っていた。
「ほら、おまえらが出るイベントの詳細が書かれた書類を持ってきたんだよ。参加をする高校全部に送られて来たんだよ」
「おお! ということは、どの高校が出るか書かれているんですね」
「ああ。まあ、軽音楽部の地区大会みたいなものだからな。なんか、野球部の顧問になった気分だよ」
そう言って山本先生は、僕らにその紙を手渡す。
練習をいったん中断させて、みんなで集まって紙を見る。
「へえー! 本当にいろんな学校が出るんだね。ここなんか、進学校だよー」
「軽音楽部はどの高校にもありますけど、イベントに出れるってことはそれなりにすごいバンドばかりなんですかねえ」
参加をする高校の名前を見ながら、響子たちが話す。たしかに、どこもそれなりに実力がある軽音楽部なのだろう。
音楽研究同好会はいわゆる特別推薦枠のようなものであるから、きっとマークはされていないだろう。
僕はそんなことを考えながら高校名の一覧を見ていると、とある学校の名前に目が留まった。
「あっ……」
思わず声がもれる。
そこには、あの滝沢エマが通う女子高の名があるのだから。
「ああ、その女子高の軽音楽部は有名だぞ? ガールズバンドの中ではここらでは実力があって、たしか……誰か一人がプロにもうなるそうだぞ」
「え? そうなんです? いったい誰が」
「SNSでもうバズっているからなあ。たしか、名前って、滝沢……滝沢のクリスタル?」
「……滝沢エマ」
先生のわざとらしい言い間違いに構わず、僕はその名前を口にする。
「そうか……やっぱり、あの子はそれくらい実力があるんだな」
弾き語りをする姿を見た僕は、そうであると思っていた。そんなすごい人を相手に、僕らはこの大型イベントに挑むことになる。
――必ずどこかで僕らは演奏し合う。
僕の心は、不思議とそう告げている。




